厄介事の後はエスプレッソを


「何ですか?フェーベル副課長」

「何故呼ばれたか分からない?」

目の前のACCAの制服に身を包んだ女性に問い掛けてみれば、全く思い当たる節がない、と真面目な顔で返された。言わずもがなその女性とは昨日私に水をぶちまけた人物である。

「そう…あ、そういえばプレゼントは気に入って貰えたかしら?」

「…!」

目の前の女性は分かりやすく動揺を示した。彼女の名前はエルシー・オルコット。ACCA本部の広報課に勤めている。

「楽しかった?私になり切るお遊びは」

笑みを作って相手を見据えた。彼女は私をじっと観察している様に見える。

「不祥事として私を失墜させたかった?余程私の事嫌いなのね」

「そこまで分かっているならどうしてあんな惚け方したのですか?」

「あなたの事覚えていなかったんだもの」

そう言うと彼女は私を引っぱたいた時の様なカッとした表情を見せたがすぐに笑顔を作った。何なの、怖いこの子。

「それにあなたに何かした覚えもないし」

「あなたが送ってきた写真の男に見覚えはありますか?」

私は今日朝イチでエルシーのメールアドレスに写真を数枚送った。彼女が私に扮している姿の写真だ。私と同じように髪を結っている、だが私の格好をしていても変装のプロでもない彼女は彼女だ。誤魔化し切れない。エルシーもそれを分かっているから写真についての言い逃れはしないのだろう。

「…確か、総務課の元主任だったかしら?」

何となく繋がった。彼女が私を嫌いで嫌いで仕方の無い理由。エルシーはその総務課の主任をしていた男と付き合っているのだ。

「また怒らせるかもしれないけれど、やめておいた方があなたのためだわ」

「あなたに何が分かるっていうの」

「何も分からないから言うのよ」

その元主任の男は自分の利益のために仕事で不正を働き、ACCAをクビになった。勿論それは私たち内務調査課の仕事で明るみに出た事実。エルシーはそれが許せないのだろう。

「副課長だか何だか知らないけれど内務調査なんて汚い仕事をするあなたが大嫌いなんです」

「不正をしてまで自分の利益に繋げる人間、たかが1人。されど1人よ。燻りは放っておけば組織の燻りとなるわ」

「正論を言ってさぞかし気持ち良いんでしょうね」

「別に好き好んでこんな事言ってる訳ではないけれど…これも仕事の内、かしらね」

公私混同している自分が浮き彫りになって恥ずかしくなったのか彼女はかあっと顔を赤くした。

「本題はここからよ。あなたにはもうひとつプレゼントがあるの」

そう切り出すと彼女に向けて一通の封筒を渡した。目の前の女性の顔が強ばる。

「辞令…」

「音読してみる?」

そう少し冗談めかして聞くと彼女は馬鹿にしないで、と一蹴した。

「大嫌いな私が上司でやりにくいでしょうけれど…これからよろしくね」

そう言うと彼女は悔しそうに顔を歪めて見せた。彼女がどう思っているかは定かではないがやりにくいのはこちらとて同じだ。寧ろ好き勝手出来ない分私の方が肩身が狭い思いをするのは目に見えているがそれを口に出すのはフェアじゃないだろう。

「あなたは嫌じゃないの?」

「…嫌に決まってるでしょう、でも仕事ってそんなもの。あなたも知っての通りね」

何故上がエルシーに今回の辞令を出したのか理解に苦しむ。現に昨日の今日でモーヴ本部長からその辞令に関するメールを受け取った時は頭を抱えた。絶対やめておいた方が良いと抗議してもどうにもならないと開き直って今に至る。

「…そう、ですね」

「さあ仕事に戻りましょう。あなたは早く引越しを済ませないとね」

「…はい」

やっと大人しくなった彼女に引越し手伝いましょうか?と尋ねたが、不要です。と冷たく突っぱねられた。そりゃあそうか。

「ねえ、もう済んだ事と思って意見させてもらうけど、私に変装するならもっと上手くやれない?」

「本職のあなたから見ればさぞ見るに堪えない物だったでしょうね…」

「随分内務調査課の仕事を勘違いしてるみたいね…あなたは」

まあ良いか。仕事に関しては嫌でも覚えていくのだから勘違いも解消されるだろう。まだ地味に睨んでくる彼女に背を向けて歩き出す。

「副課長」

「なあに?」

「そういう所ウザいです…」

この子厄介だなあ、と溜息を吐いた。早々に仕事に戻ろうと思っていたが気分転換、カフェで休憩してから戻る事にした。

「やあ、イーナ」

「モーリス補佐官…」

エルシーと別れ、本部のカフェに立ち寄った。そこで私に声を掛けたのはACCAの五長官の補佐官を勤める男性だ。名前はアンディ・モーリス、何故か私がバードンに異動になってからというもの良く声を掛けてくれる。

「疲れてるのか?」

「え、…いえ…」

そんな顔をしているのか、と少し気を引き締める。こんな偉い人に気を遣わせている様ではいけない。

「今回の辞令、大丈夫か?」

「ご存知なんですね…あなたは何でも…」

「仕事柄ってやつだよ」

正直自信ない、と小さく零すと彼は少し笑った。そして、何とかなるさ、と言った。

「何とか、なれば良いんですけれど…ね」

モーリス補佐官と話しながらエスプレッソをちびちび飲む。いけない、のんびりし過ぎてしまった。

「仕事に戻るのか?」

「はい。手の掛かりそうな部下が、待っていますから」

そう言うとモーリス補佐官はひらりと手を振った。私はエスプレッソのソーサーを店員に手渡しカフェを後にした。

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