猫 耳 カ チ ュ ー シ ャ

「骸、骸。ちょっと来てごらん」
「何ですか?綱吉君」

綱吉の呼び掛けに、骸が愛らしく首を傾げた。
読んでいた本を丁寧にテーブルへ置き、ソファから立ち上がる。
自分の身長よりも大きな執務机を回り込んで近付くと、綱吉はにこやかに骸を迎えた。

「はい、あげる」
「?」

言いながら、頭に何かを着けられる。
骸が不思議に思って手を伸ばすと、三角形のフワフワとした物に触った。

「可愛い!!骸可愛い!!」
「なんですか?これ…」
「あ、ちょ…!写メ撮るからまだ取らないでえ!」

ねだるように悲鳴を上げる綱吉を無視して、骸が頭に着いた物を引っ張る。
簡単に取れたそれは、黒い猫耳の付いたカチューシャだった。

「変わった物持ってますね」
「うん、なんか幼稚園の行事で使うのが余ったらしくてハルがくれたんだよ。『ツナさん是非着けてくださいね!』って言われたんだけど、ツナさんももういい年だし…」
「僕は似合うと思いますよ」
「そう?ありがと」

ちゅ、という軽い音を立てて、綱吉が骸の頬へキスを送る。
それに嬉しそうに笑って、骸も綱吉の頬へキスを返した。

「でもやっぱり骸が着けた方がいいよ。凄い可愛いから」

そう言って綱吉は骸の手からカチューシャを取ると、改めて骸の頭へ着ける。
少し離れて見ながら耳の位置を調節すると、へにゃりと笑った。

「可愛いなあ」
「クフフ、当然です。この僕に猫耳が似合わないはずがありません」
「だよね。オレも知ってた」

頬が緩みっぱなしの綱吉が携帯を構える。
慣れた様子で骸がポーズを撮ると、シャッター音が鳴った。

「可愛い!!ねえ骸さん、骸さん!ニャアって言ってみて!」

綱吉のリクエストに、骸が緩く左手を握る。
その手を招き猫のように顔の横へ持ってくると、小さく首を傾げた。

「にゃあ」
「あざとい!!骸さん流石です!!」
「クフフフ…綱吉君の為ならこれくらい軽いものです」
「骸さん!もう1回お願いします!」
「にゃあ」
「可愛い!!」

興奮に声を荒げて、綱吉がシャッターを切る。
リボーンがいたら「いい加減にしろ」と殴られそうなものだが、生憎所用で出掛けている。
鬼の居ぬ間に羽を伸ばしまくる綱吉を止められる者はいない。
嬉々として骸へレンズを向けながら、綱吉は感嘆の溜息を零した。

「骸は本当に何でも似合うなあ…」
「くふ、綱吉君の僕なんだから当たり前です」
「いやー、オレの骸はやっぱり世界一だな」
「クフフ」

黒い猫耳を撫でて、綱吉が骸の額へ唇を落とす。
それに擽ったそうに笑って、骸は綱吉の服の袖を引いた。

「骸?」
「僕も、僕の綱吉君が可愛い猫耳カチューシャ着けてる姿が見たいです」
「えー?骸ほど可愛くないよ?」
「いいえ。綱吉君が世界で1番可愛いに決まってます」

綱吉の頬へキスを送って、骸がカチューシャを外す。
それを手渡されてしまえば、綱吉も断ることなど出来なかった。

「じゃあ、ちょっとだけな」
「はい!」

パアッと表情を輝かせる骸に苦笑して、綱吉はカチューシャを頭に着ける。
見栄えが良さそうな角度に位置を調節してから、骸へ視線を向けた。

「ど、どうかな?」
「可愛いです!凄く似合ってます!!」
「そ、そう?」

自分を見上げる色違いの瞳が、心底嬉しそうに煌めけば綱吉も悪い気はしない。

「僕も写真撮っていいですか?」
「え?うん、まあ、ちょっとなら…」

骸の提案に、綱吉が薄く頬を染めて頷いた。
骸はそれに笑んで、ポケットから携帯を取り出す。

「クフフ、そんなに照れないで、もっと笑ってください」
「いや、そんなこと言っても…」
「はい、ボス笑ってー」

掛け声と一緒にシャッターを切る音が響いた。
画面の中で営業スマイルを浮かべる綱吉に、骸が満足そうに頷く。

「いいですね。これは三浦ハルへ送っておきましょう」
「なんで?」
「君が本当に着けたとなれば、次にもっと他の物を送ってきてくれるかもしれません」
「打算的だなあ…。……って言うか、なんでお前ハルのアドレス知ってるの?」
「僕、人脈は広い方なんですよね」

メールの送信を終えたらしい骸が、再び綱吉へレンズを向けた。

「え?ホントに送ったの?」
「ホントに送りましたけど」
「ええー!?うわ、凄い恥ずかしいんだけど!…次どんな顔して会えばいいんだ……!」
「恥ずかしがることなんてないですよ、綱吉君。こんなに可愛いんですから」

カシャカシャとシャッターを切りながら、骸が柔らかな笑みを浮かべる。
それに綱吉は恨めしそうな視線を向けた。

「いや、それはお前がオレのこと好きだから欲目に見てるって言うか…」
「綱吉君は僕のことを欲目で見て判断してるんですか?」
「まさか!骸は欲目抜きで世界一だよ!!」
「クフフ…つまり、僕が君へ贈る賛辞もそういうことです」
「ぐっ…!」

上手く丸め込まれてしまって、綱吉が悔しさに唇を噛む。
二回り程も年の離れている小さな恋人に、こんなにも簡単に言い負かされてしまう自分が情けなかった。
けれど、決して嫌ではない。
そう思えてしまう自分は相当重症なのだろうなと考えながら、綱吉はレンズ越しに骸へ視線を向けた。

「好きだよ、骸」

ふわ、と綱吉が笑うと、骸が驚いたように目を開く。
ぱち、と瞬きをした後、骸も綱吉と同じように笑った。

「僕も君が好きですよ、綱吉君」

シャッターを切る音が響く。
綱吉へ画面の焦点を合わせたまま、骸は言葉を続けた。

「君だけが好きです」

画面の中の綱吉の表情が歪む。
次の瞬間には温かく広い胸に抱き込まれていて、骸は目を白黒させた。

「つ、綱吉君?」
「あーもー!骸は可愛いなあ!!」
「綱吉君、写真が撮れないです」
「写真なんかもういいだろ!オレともっといい事しようよ!」
「もっといい事?」

綱吉の言葉を繰り返す骸に、綱吉が爽やかな笑みを浮かべながら頷く。

「うん、もっといい事」
「いいですよ。何をするんですか?」
「じゃあちょっとこっち…へ……」

笑顔で振り向いた綱吉の体が固まった。
ドッと冷や汗を吹き出す綱吉を不思議に思って、骸が腕の中から身を乗り出す。

「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもねーぞ。今からちょっとその犯罪者を連行するだけだ」

ドアに凭れ掛かった漆黒の男が、リボルバーでボルサリーノを押し上げた。

「リボーン…」
「ボンゴレのボスともあろう奴が、未成年者に手を出すとはなあ?」
「い、いや、オレは決してそんなつもりじゃ…!」
「猫耳生やした変態の言うことなんか信じられるかよ」
「あ!忘れてた!」

慌ててカチューシャを外した綱吉は、それを骸の頭へ着ける。
再び猫耳カチューシャを着けた骸に一瞬表情が緩んだが、すぐに自分の置かれた状況を思い出した。

「と、とにかく!誤解だから許して…!」
「言い訳は署の方で聞いてやる」
「ひい!」

リボーンに首根っこを掴まれた綱吉が悲鳴を上げる。
しかし、最後の抵抗と言わんばかりに首を横に振った。

「やだやだ!リボーンだって殺し屋のくせに!なんでオレにだけ法が適用されるんだよ!!」
「おいダメツナ、その発言は自白してるに等しいんだが、いいのか?」
「はっ!……ち、違う!違うんですリボーン先生!!」
「何が違うかは署の方で聞いてやるから大人しくしろ」
「ひいい!」

首根っこを掴まれたまま、綱吉がズルズルと引き摺られ運ばれていく。
呆然とそれを見ている骸に、綱吉が慌てて声を掛けた。

「ご、ごめん、骸!すぐ戻るから、帰ってきたらまた撮影会しよう?」
「……はい…」

寂しそうに、けれど聞き分け良く、猫耳カチューシャを着けた骸が返事をする。

「リ、リボーン!1枚だけ!1枚だけあの骸撮らせて!!」
「テメエは少し懲りろ」
「ぐふっ!!」

腹部に強烈な踵落しが入り、綱吉が鈍く呻いた。
完全に動かなくなった綱吉を見下ろして、リボーンが溜息を零す。
一体どこで教育を間違ってしまったのか、最近はそんな反省ばかりを繰り返していた。


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