白正 de ポッキーゲーム


「ねえ正チャン! ポッキーゲームやろうよ!」
「何言ってンですか。やりませんよ」
白蘭が片手に人気菓子の箱を持ち、ニコニコと人当たりの良い笑顔を近付けて来る。箱には「極細ポッキー」の文字。
何故敢えて極細をチョイスしたのか。そもそも何故このタイミングでそんなゲームを持ち出したのか――正一は理解に苦しむ。
正一はちょうど今11月という何とも中途半端な時期に有給休暇をとって、イタリアから実家へ帰省しているところだった。白蘭が一緒にいるのは彼が着いて行くと言って聞かなかったから。
少年時代を過ごした部屋に愛用のパソコンを持ち込んでから恐らく2時間は経つ。白蘭も同様に自分ので作業していたが、早々に飽きたと言って正一の横顔を眺めていた。
別に誰もおやつにしようとも、何か新しい事を始めようと言った訳でもなく、何の脈絡も無く唐突に白蘭が言い出したのだ。
「何でいきなりポッキーゲームなんて……。おやつ食べたいなら食べればいいじゃないですか」
我が儘を言う子供を適当にあしらうかのように、正一は画面から目も離さず言う。
釣れない正一にグッと美しく整った顔を近付けて、耳元で甘く囁いた。
「おやつが食べたいんじゃなくてポッキーゲームがやりたいの! もっと言えば正チャンが食べたいんだよ……」
「なっ……いや、最後の部分おかしいだろ!」
白蘭を叱る前に正一の頬が赤くなる。ワンテンポ遅れたツッコミに白蘭が菫の瞳を細めながらクスクス笑う。そのまま正一の頬を引っ掴んで左右に広げる。
「ひゃふはんはん!」
「お、やる気になってくれた?」
「何するんですか!」
「柔らかいねぇ、ほっぺ。折角買って来たんだからやろうよ、ね?」
正一の返事も聞かずに素早く箱と袋を開け、上機嫌で1本を取り出す。チョコレートがかかっている方を自分の口に入れて、反対側で躊躇っている正一の唇を器用に突く。
(ホントは嫌じゃないくせに。正チャンってば素直じゃないなァ)
正一は正一で迷っていた。何かと理由を付けてキスしようとしてくるのはいつもの事だし(理由なんて無くてもするのだが)、正一自身も嫌いではないが、おめおめと白蘭の思い通りになるのも面白くない。剰え菓子メーカーの思うツボになっているような気がして余計に複雑な気分だった。
迷っている間にも白蘭は正一の唇を突いてくる。プライドとの間で戦っていた正一だったが、いくら突っぱねても一向にやめる気配が無かったので色々考えるのをやめて、目の前のポッキーという名の甘美な罠に齧りついた。
気を良くした白蘭がポリ、ポリ、と小気味良い音を立てて迫ってくる。
正一も大して味のしないプレッツェル側を伏し目がちに食べ始める。
(恥ずかしいんだろうなー。でも、目は瞑らないんだね)
ゆっくりと、気恥ずかしさをも味わいながら真ん中を目指す。中央に近づけば近づく程、速度は落ちて行った。
「んっ!」
もう少しで唇同士が触れ合う――という所で、力み過ぎた正一がポッキーを折ってしまった。
残った部分は白蘭がボリボリと口だけを使って片付ける。全て――と言っても殆ど残っていないが――平らげ、ペロッと口の周りを舐めて白蘭が淫靡に微笑んだ。
「正チャンの負け♪ もうちょっとだったのに。ルールは分かってるよね?」
「……負けた方が勝った方の言う事を聞く、でしょう? 一応言っておきますけど、こんな真っ昼間から僕を抱くとか言わないで下さいね」
些か悔しそうに、正一。
「えー、ダメ? ま、僕が1回ぐらいで満足するような男じゃないって事ぐらいは知ってる筈だから……もう一回やろっか♪」
言葉のチョイスが違う意味を孕んでいるような気もしたが、そこは置いておいて、白蘭が楽しそうに袋から新しい1本を出すので正一は溜息を吐いた。だが止めはしなかった。
「今度は正チャンから誘ってよ。罰ゲームだからね」
「え……」
罰ゲームだと言われると何も言い返せなくなった。差し出されたポッキーを咥え、食べやすいように先を白蘭の方に向ける。上目で白蘭を見れば、上機嫌で反対側を咥えようとしているところだった。色っぽい顔に正一は不覚にもドキッとしてしまう。
白蘭が正一と反対側を口に入れると重みを感じた。そのままどちらからともなく食べ始める。ポリポリポリ、ポリポリポリポリ、先ほどよりも速いペースで。慎重に、折らないように。
恥ずかしさも何も無かった。無我夢中で短くなっていくポッキーを貪る。部屋にはお互いの呼吸する音と、齧る微かな音だけが単調に響く。
「ん……む」
とうとう食べる部分は全て口の中に収まり、咀嚼する間もなく唇が触れ合い、白蘭が舌を侵入させる。少しのチョコレートとクッキーの残骸という何とも滑稽なオプション付きのキスだった。
他の事まで考えている余裕は無かった。目の前が真っ白になる。
「ふぅっ………」
我を忘れ、正一は快楽に任せて白蘭の唇に自分のを強く押し付けてキスを強請る。
気を良くした白蘭は正一の頭の後ろに腕を回したまま床に押し倒した。
「ちょっ」
「ふふ、正チャンってばダイタン♪」
「押し倒したのは、白蘭サン、貴方でしょ……っ!」
息も絶え絶えながら抗議するが、白蘭に腰を擦られて瞼をひくつかせた。淫猥な手つきだ。
「あれ? 正チャン、これだけで感じちゃってる?」
「感じてなんか……んむっ」
キスで口を塞ぎ、白蘭が服の中に手を入れようとした――その時、“ピーンポーン”というベタなドアホンが鳴った。
「!」
正一はハッとして起き上がろうとしたが、白蘭が既に覆い被さっているのでそれは適わなかった。白蘭が不思議そうな視線を落としてくる。
「正チャン? コッチに集中してよ。別に此処来るってワケじゃないでしょ?」
「……いえ、よく考えたら綱吉くんが今日来るって……。綱吉くんもちょうど帰省してるところだから……」
母の事だから、部屋に綱吉を案内するだろう。そうなればこの姿を彼に見られることになる。
(流石にそれはマズい……!)
事情を説明しても白蘭は正一の上から退かない。
「ちょっと、白蘭サン! 綱吉くんが来るって……」
言ってるでしょ、そう言おうとしたが白蘭は思案げな表情から一転、極上の笑みを浮かべたので、正一は本能的に恐怖を覚えた。見た事がない訳ではない。この笑みは一種の危険信号だ。
「僕は誰が来ようと構わないよ?」
「あっ……!」
服の中にあった手が胸の突起を抓る。思わず声を上げれば白蘭が嗤う。白蘭の片手が眼鏡を外す。
「こんな姿見たら綱吉クン、どう思うかなぁ?」
白蘭が一気に服を捲る。正一は床に寝そべっているので脱がす事は出来なかったが。
「や、やめてください!」
閉ざされたドアの向こうから足音が聞こえてくる。1人分の足音しか聞こえてこないという事は、綱吉が1人で此方に向かっているのだろう。
「やめて欲しくなんかないんでしょ、本当は」
「ちょっ! やっ、」
執拗に突起が抓られる。細い指で弾かれる。
足音は正一の部屋の前で止まった。軽快なノックの音と、「正一くーん?」という声がした。
「白蘭サン! 綱吉くんが来てる……!」
「いいじゃん、僕達、ラブラブなんですって見せつけちゃえば♪」
「そうもいかないでしょう!」
思い留まる事を知らない正一の恋人はこの期に及んでも躊躇などしなかった。
「正一くん? 入るよー」
何も知らない綱吉がドアノブを捻る音がした。
正一は、全てを諦めた。
「お邪魔しま………」
「あああもう……お腹いたい……」
「いらっしゃーい、綱吉クン♪」
何も知らずにドアを開けてしまった綱吉は顔を真っ赤にしてフリーズ。
見られたくなかったところを見られた正一は絶望する。
唯一白蘭だけが楽しそうに来訪者へ笑顔を向けた。正一の上から。
「あ、お取り込み中……だったみたいだね。おっ、お邪魔しました!!」
綱吉は手土産と思しき物だけは忘れずに部屋に入れ、しかし自分は入らず、勢いをつけて部屋のドアを閉めた。見ていられなかったらしい。
「あららー、嵐のように去って行ったね」
「もういい加減にして下さい!!」
最後の力を振り絞ってどうにか白蘭の下から逃れ、盛大な溜息を吐く。何故もっと早く抜け出せなかったのだろうと後悔しても時既に遅し。
「正チャン! これからがお楽しみだったのに……」
「そういうのは夜にして下さい! 人前であんな事……」
思い出して赤面する。何て恥ずかしい場面を見られてしまったのだろう。
「夜ならいいんだね? 今夜決行でいいよね!」
「いや、そういう意味で言った訳じゃないですけど。綱吉くんに謝っておかなきゃ」
もう正一に乗る事はなく、白蘭が伸びをしながら床に寝そべる。
「正チャンが構ってくれなかったお仕置きだよ。正チャン羞恥プレイだって好きでしょ?」
「白蘭サン!」
ぽすぽす、と正一が赤面しながら白蘭に攻撃する。大した威力はなく、白蘭は気持ち良さそうにニコニコしながら寝転がっている。
正一は再び溜息を吐きながら白蘭の隣に転がった。
「そういえば、なんで極細買って来たんですか?」
特に拘りもなく口にする。
「ん〜……極細の方が好きだからかなぁ。正チャンは?」
「僕は普通のとかお土産で貰うようなジャイアントが好きかな。別にどれでも好きですけど」
へぇー、と流しかけてから白蘭は性急に身を起こした。正一は何事かと白蘭を見上げる。因みに眼鏡は外されたままなので表情はよく見えなかった。
「白蘭さ……?」
「そうだよね! 正チャン、太い方が好きだもんね!!」
「は? 何の話…………っ」
「だって正チャンドMでド淫乱だもんね〜」
「うわあ! そ、それ以上言うな!!」
ただ自分の好みを言っただけだった、確かに。しかし誰も「ポッキー」とは言っていない。これもまた事実。
「だって情事の最中とかもぶっといの挿れられるとすごく気持ち良さそうに」
「うわあああああ!!」
「啼くもんね! 何でわざわざ聞いちゃったんだろ、正チャンの嗜好はよく知ってるのに」
正一は今度こそ全てに絶望した。その後暫くポッキーは食べられなかったという。


10.11.14

色々ごめんなさい^q^
でも反省はしてない(コラ)