ベッドの上でふたりして縺れ合った後、恍惚とした余韻を少し残しながら話をすることがあるのだが、たまにとんでもない話題になる。

「ごうかんをどう思います?」

 最初骸に言われた時、綱吉は脳内で上手く漢字変換ができなかった。気だるげに骸の髪を指先で弄んでいた綱吉は、ぴたっと動きを止めて骸の顔を覗き込んだ。骸はうつろに視線を宙に漂わせていて、どこを見ているのか分からなかった。

「え、何、ゴーカンって、無理やり的なアレ?」
「無理やり性交をするそれですよ」

 あまりにも淡々と言うので綱吉は不安になった。さっきまでふたりで気持ちいいことをしていたはずなのに、その後にする話題としては随分と糖分控えめで殺伐としたものだ。

「それはもしや、俺とするのはムリヤリだって言いたいの?」
「違いますよ。ちょっとした意識調査です」

 意味が分からないが、それはいつものことなので綱吉は改めて骸の言葉を反芻した。そしてやはり顔をしかめた。

「えー・・・ダメなんじゃないの?」
「いけませんか?」
「だ、ダメだろ。え、何、お前はいいって言うの?」
「いえ、死ねばいいと思います」

 小気味いいくらいはっきりと言う。綱吉は苦笑しかけて、ふともしかしたらこれは体験談の話が始まるのではないかと緊張して少し身構えてしまった。大丈夫だよお前が過去にどんなに穢されていようともお前は綺麗だよ、なんてくさい台詞が脳内を走り抜けていったが、骸の次の言葉で、その言葉が永遠に不必要だと悟った。

「男性が書くものと女性が書くもので、犯される側の女性の精神状態が随分異なるなあと思いまして」

 綱吉はがくりと項垂れながら、唐突すぎる話題に眩暈がした。さらりと言うので聞き流しかけたが、架空の小説の話だったらしい。綱吉は自分の頭の下に腕を敷いて、胡乱な目を骸に向けた。

「何が、どう違うって?」
「男性が物語上で書くと、無理やり犯される側が、割と満更ではなかったり、淡々とやり過ごそうとするんですよね」骸は大真面目に話を始めた。「ですが、女性が書き手になると、犯される側はかなり抵抗したり恐怖を覚えたり、かなり精神的に追い詰められてると思うんですよ」

 骸の話しを聞きながら、綱吉は少し遠い話のような気持ちでいた。綱吉は本を読まないし、読んだとしてもそういう手のものは読まない。真面目に語る骸を面白いものを見るような目で見ながら一応相槌だけはうっていた。

「それで、男性というのはどこかしらで、犯される側もそれを望んでいる、と思い込んでいるのではないかと思いまして」

 そこで骸はちらりと横目で綱吉を見た。

「それを急に思い出したので、君に聞いてみました」
「なるほど」

 とりあえずそう言ったが、綱吉は納得したわけではなかった。相変わらず思考回路が意味不明だなァとしみじみしつつ、綱吉は首を捻った。

「で?何だっけ?」
「ですから、君は、自分が相手を無理やり組み敷いたとしても、相手もそれを望んでいると思いますか?」

 骸は話を戻したつもりでいるが、最初にされた質問とは少し違っているので、つまりこれが一番聞きたかったのだろうと予想しながら綱吉は口を開いた。

「抵抗してるんだから、嫌がってんじゃないの?」
「では、想像してみて下さい」唐突に骸は話し始めた。「僕がベッドで寝ていたとします。疲れて服を緩めただけで寝転がっている僕を見て、君が欲情したとします。そこで君が寝ている僕を無理やり抱こうとしたら、その僕はそれをどう思うと思いますか?」

 綱吉は目をしばたかせた。物語上の話がいきなり現実世界の話に置き換えられて少し戸惑う。、綱吉はわずかに眉を寄せて、小さく言った。

「いや、お前はそういうの待ってる派じゃないの?」
「ほら!やはり相手も望んでいると勝手に思い込んでるじゃないですか」

 我が意を得たりと言わんばかりに骸は顔をしかめて声を荒げた。何故だか非難され始めて、綱吉はたじろいだ。

「ちょっと待ってよ。別に他の人が相手だったらそんなこと思わないけど、相手がお前だからそう思っただけだからな。全部そうだって決めつけんなよ」
「君こそ、僕が望んでいるとは思わないで下さいよ。時折待ってるだけです」
「待ってるじゃん!」

 少し大きな声で言い合いをした後、ふたりは息切れしたように同時にため息をついた。またごろんと天井を見上げて、見飽きた天井の染みの数を数えた。

「少し話が変わるんですが、」ぽつりとまた骸が言った。「ムクツナの君って結構僕に無理やり犯されてたりするじゃないですか。あれはどう思いますか?」
「うーん、難しいな。お互いに愛がゼロってわけじゃないから、嫌がってんのは本気だろうけどお前をキライにはなれな・・・って待て待て待て待て。何普通にメタ発言してんだよ!」

 聞き慣れているような慣れていないような単語を聞き捕えて泡を食い、綱吉は勢いよく上半身を起こした。骸は寝転がったまま起き上がった綱吉を見上げて、とろりと瞬きをする。

「いえ、ちょっと気になりまして」
「やめろよそういうめんどくさいこと!あとあと大変だぞ」
「もう遅いですよ。良いじゃないですか。ピロートークですよ」
「ピロートーク関係ねえ!」

 ひときり騒いでから綱吉は黙り込み、疲れたようにまたベッドに寝転がった。枕に顔を押し付けて、やだお前めんどくさい、と愚痴ると、骸がくすくす笑いながら綱吉の髪を撫でた。

「まあムクツナの僕が君を抱き殺してしまい程愛しているのは確かだと思いますが」
「だーかーらー!」
「ツナムクの僕が君を待ち焦がれているというのも、間違いではないと思いますよ」

 綱吉は束の間枕に突っ伏して骸の言葉をよくよく考えた後、顔を起して骸を見た。骸はあわく微笑んで綱吉を見ていた。

「・・・メタ発言は本当にやめてほしいんだけど、それより今のはお誘い的な?」
「3時ですけどね」骸はいたずらっ子のように笑って、綱吉の首筋を撫でた。「話題選びを間違えました。目が冴えてしまいましたよ」
「ホント色々間違ってるよ。アホだねお前」

 しみじみと言ってやったが、その骸の手を寄って引き寄せようとしている自分も阿呆の部類なのだと綱吉は分かっていた。手繰り寄せるようにキスをして体をくっつけながら、明日の業務に差し支えない程度に頑張ろうとやや手遅れ気味な意気込みをした。


真夜中三時より開始