Happy Happy Birthday



「おはよう、母さん」
「おはよう!」
「あら、おはよう、2人共。今日は珍しく早かったのね」
その言葉に綱吉とツナは顔を見合わせ、にっこり微笑み合うと

「「お誕生日おめでとう、母さん!!」」

パーン、という背中に隠していたクラッカーが弾ける音と共に声を揃えて愛しの母親の誕生日を祝福した。
奈々は暫し驚いた顔をしていたが、すぐに明るく微笑んだ。嬉しそうな笑顔は女神のそれのようにも思えた。
「! ――ありがとう、とっても嬉しいわ」
「やったね、綱吉!」
「大成功だな」
双子も笑みを零す。2人は数日前からこうして誕生日を祝う事を計画していた。クラッカーは100円ショップで買ったものだ。
「ねえ、母さん。オレ達で母さんの誕生日ケーキ作りたいんだけど、いい?」
ツナの頼みに奈々は驚いた顔をした。少し考えてから困り顔で口を開く。嬉しい頼みだが、一つだけ致命的な問題があった。
「構わないけど……あなた達、料理出来ないでしょう」
「うん、だから、その……。スポンジケーキだけ母さんに焼いてもらって、デコレーション? しようかなあって、思ってさ」
恥ずかしそうに笑いながらツナが頬を指先で掻く。
「材料が無いならオレ達が学校帰りに買って来るから」
綱吉も横から訴える。
自分のために色々と考え、行動しようとしてくれる綱吉とツナの気持ちが嬉しくて奈々はとうとう頷いた。
「分かったわ。でも、あなた達だけだと心配だから3人で一緒に作りましょうね」
「やったあ!!」
ツナが綱吉の手を握り跳び跳ねながら喜ぶ。綱吉も顔を綻ばせている。
「買って来てもらう物は後で紙に書くから、先に朝ご飯にしちゃいましょ。手伝ってちょうだい」

「いただきまーす!」
「いただきます。そう言えば今日は母さんの誕生日なのに父さんまだ帰って来ねーの?」
ふと思い出したように綱吉が眉間に皺を寄せながら訪ねる。
単身赴任で海外に行っていて、忘れた頃にフラッと帰って来る父、家光。健気に待っている妻の誕生日ぐらい顔を見せてもいいんじゃないのか、というのが綱吉の正直な気持ちだった。
因みにツナは全く考えていなかったらしく、ぱしぱしと瞬きしながら綱吉の方を見ている。可愛らしい仕草ではあったが少し溜息を吐きたい気持ちになった。
「残念だけど今日は帰って来られないらしいの。綱吉ったら、そんな顔しないで? どうしても会いたかったのは分かるけど……」
「いや、違うから」
「でもね、12時ピッタリにメールくれたのよ」
綱吉のツッコミは届かず奈々が自分の携帯を持って来て2人に見せる。
『誕生日おめでとう、奈々!
今年の誕生日も帰ってやれないが、同じ空の下から祝ってるぜ。
永遠に愛してる。
可愛い息子2人にもよろしくな!
xxx 家光』
読んだ瞬間、双子はほぼ同時に吹き出した。目に涙を浮かべ、腹を抱えながら笑う。
「ぶッ――あっはっはっはっはっ! 何これー!」
「ははっ、クッサ! 何これ超クサい!」
「2人共、そんなに笑わないの。父さん悲しむわよ? 本人は至って大真面目なんだから」
「だって……! このxが3つあるのは何?」
ツナが画面を指差しながら首を傾げる。奈々は些か頬を赤らめた。
「これはキスマーク。アメリカとかでよく使われるのよ。愛してる、って感じかしらね」
「うわ、益々クサい!」
未だ笑い続ける双子を見て苦笑しつつ奈々が添付されていた写真を見せる。
「写真も付いてたのよ、ホラ」
「あーっ、バジルくんだ!! 元気にしてるかな」
「相変わらず父さんと一緒に行動してるンだな。可哀想に」
バジルは家光を「親方様」と慕う少年で、綱吉とツナの大親友でもある。
「さ、早く食べないと学校行く時間よ? 折角早起きしたのに遅刻じゃあ格好がつかないわよ」
「ヤバ、忘れてた!」
奈々の言葉に慌ててツナが朝食をがっつき始める。横では綱吉が余裕綽々といった感じで残りを平らげる。
「オレもう食べ終わったけど。ご馳走様」
「お粗末様。私もご馳走様でした」
先に食べ終わった綱吉と奈々がキッチンに食器を片付けに行ってしまうのを見て、ツナが涙目になる。
「えーっ! 母さんと綱吉の裏切り者ォ!!」
悲壮な悲鳴と、意地悪な母と兄の笑う声が明るい沢田家の食卓に響いた。

「じゃあ、お使いよろしくね。行ってらっしゃい!」
「うん、分かってる。行って来ます」
「行って来まーす!」
玄関先まで出て、元気良く登校する2人の息子に手を振る。姿が見えなくなってから家の中に戻り、1つ小さな息を吐く。溜息とは全くの別物で、幸福な吐息だった。
「……綱吉もツナも、心配いらないぐらい立派に、とってもいい子に育ってくれてるわよ」
遠く離れた所にいる愛する夫の姿を思い浮かべ、呟いた。



「ケーキの材料と、母さんのプレゼントも買いに行かなきゃだね」
「そうだな。何買うか……」
学校帰り、買い物へ行く道すがら、並んで誕生日プレゼントを考える。実は当日になっても尚何を贈るか決めていなかった。
「うーん、エプロンとかは?」
ツナが提案する。
「名案だけど何処か売ってる店なんてあったか?」
「……知らないや」
綱吉の言葉にがっくりとツナが項垂れた。実用的で良いと思ったのだが。
「あ、スーパーに熱い物持つ用の手袋みたいなの売ってたよな? 名前は忘れたけど」
「あー、ある! 見た事あるよ! 綱吉、ナイスアイデア!!」
思わず綱吉の手を握る。毎日料理を作ってくれる母にぴったりだと思った。いくつかあっても困る物でもない。
「だろ? ツナがエプロンって言ってくれなかったら思いつかなかった」
「えへへっ、早く行こ!」
ツナが嬉しそうに綱吉の手を取って引っ張った。自動ドアを通過しカゴを持ったところで行き先の確認をする。
「先に手袋みたいなの、えーとミトン? 選ぶか」
「そうだね! 花柄とかあるかな」
キッチン用品売場を見渡し奈々に似合いそうなミトンを探す。話し合った結果、暖色で可愛い物にしよう、という事になった。
「黄色、ピンク、オレンジだって! ね、どれがいいと思う?」
いくつか種類がある中から3色に絞り込み、2人は顔を突き合わせて首を傾げる。通り掛かった人々はそんな少年達の姿をチラチラと不思議そうに見ては過ぎて行った。
「そうだな……うーん、黄色がいいんじゃないか? 結構似合うと思うんだけど」
「よーし、じゃあ黄色で決まり!」
「早っ」
綱吉の返事を聞いてすぐ買い物カゴにミトンを入れるツナ。そんなツナを見て綱吉が思わず突っ込んだ。
「え? だって黄色って言ったじゃん」
「いや、まあそうだけど。まさか即決されるとは思わなくて。うん、別にいいんだ」
「ん、そう? あとケーキの材料だけだね」
次にお使いを頼まれた物を買いにコーナーを移動する。カゴは重くはなかったが仲良く2人で持った。歩きながら綱吉が「そう言えばさ、」と口を開いた。
「ミトン買うじゃん。でも此処スーパーだからプレゼント用に包装とかしてもらえないよな」
「そっか! どうしよう……」
ツナはすっかり失念していたようだが、綱吉はこのスーパーに着いたあたりからずっとそれが気懸かりだった。
「で、この後100均寄ってラッピングする物買って帰ろうかなって思ったんだけど」
「流石綱吉! そうしよ!」
自分と違ってぽんぽん妙案を出す兄を尊敬の眼差しで見る。
目を輝かせるツナに思わず苦笑いを零して、それから食料品コーナーへ買い物の場を移した。

「ツナ、今朝母さんに貰った紙があるだろ? 読み上げて」
「えーと、イチゴを1パック、植物性の生クリーム2パック、あと……ジップロックだって」
「ジップロック?!」
凡そケーキ作りに似つかわしくない単語に綱吉が眉根を寄せる。思わず頓狂な声を上げてしまった。
「って書いてあるよ。丸型の小さいの1つでいいって」
「序でに買い物頼んだのか……? まあいいや、それだけ?」
「あとケーキに乗せる好きなフルーツ1種類だけいいよって!」
ツナが嬉しそうに言うと綱吉も笑顔になった。それからカゴとメモをツナに持たせ、綱吉が買う物を入れる事にして再び歩き出した。
まずは果物売り場へ。様々な果物が並び、薄ら甘い匂いがした。
「わ、超良い匂い……! 綱吉、大粒で大きそうなの選んでね」
「分かってるって」
どれも鮮やかに赤く色づき、整然とパックに入れられている。普段買い物に行かない2人にはどれが良いのか見当がつかなかった。迷っていると、不意に後ろから声が掛けられた。
「あら、沢田さんとこの双子ちゃんじゃない。こんにちは、おつかい?」
近所に住む、奈々と仲の良い主婦だった。
「こんにちは。はい、母さんが今日誕生日で、ケーキの材料を買いに来てるんです」
綱吉が答えると、その主婦は些か目を丸くしてからニッコリ微笑んだ。
「まあ、そうなの! 偉いわね」
「それで今イチゴ選んでるんですけど、どれが良いのかよく分からなくて……」
「そうねぇ、まずは形が綺麗でヘタのところまで赤いこと。それと表面に傷が付いてたり、変色してない物を選ぶといいわよ」
ツナが困り顔で相談すると、彼女は丁寧にレクチャーしてくれた。それを元に綱吉が1つ選んで取る。
「えーと……コレ?」
「ええ、そうね。良いと思うわ。綱吉くん選ぶの上手ねぇ」
「ありがとうございます」
褒められた綱吉はツナと顔を見合わせ、はにかみながら礼を言った。
「どういたしまして。お家に帰ったらお母さんにおめでとうございますっておばさんが、って言っといてちょうだいね」
そう言ってその主婦は去って行った。
「良いの選べて良かったね!」
「そうだな。もう1種類はどうするか。ツナは何か食べたいのとかある?」
ツナが首を振る。正直余程変な物でなければ別に何でも良かった。
綱吉が唸る。
「オレも別に何でも。母さんの好きな果物何だっけ」
「何だろ、桃とか好きそうじゃない?」
「あ、好きそう! 桃缶でいっか」
結局ツナの一言で桃の缶詰をカゴに入れた。自分の意見が初めて役に立ってツナは嬉しそうだ。
「じゃああとはジップロックと生クリームだけだな。ツナ、カゴ重くない?」
「全然! 軽いから大丈夫だよ!」
「そっか。じゃあ行くか」
そっと手を繋ぐ。ミトンを買う時に一緒に探せば良かったね、と会話しながらジップロックを求め、双子はまた歩き始めた。


11.3.30. 続く!