In the dream


夢を、見た。
……というか最近、いつも同じような夢を見る。見れば見るほど鮮明になっていく、不思議な夢。黒だけど、光の加減によっては濃紺にも見えそうな綺麗な髪の少年が、真っ白いTシャツを赤黒い返り血で汚して、彼の周りには沢山の人が血を流して倒れている。少年の後ろには2人、同じくらいの年に見える男の子達が立っていた。

――何だろう、この夢。オレ、あの少年の事、知っているような気がするのに、誰かに似ているような気がするのに、思い出せない……。どうしてだろう?

並盛中に通う少年、沢田綱吉は最近毎日のように同じ夢を見ていた。それが例え、朝でも、夜でも、授業中に寝ていたとしても。目覚めた時、あまりにも鮮烈に記憶に残っているため、ずっと引っ掛かっていた。
「おーい、ツナ!」
「10代目、おはようございます!」
綱吉が考え事をしながら登校していると、友人の山本武、獄寺隼人の2人が後ろから声を掛けてきた。
「山本、獄寺君、おはよう」
「どうしたんスか? そんな思い詰めたような顔をして……。悩み事があるなら聞きますよ!」
「えっ?! ……あ、いや、何でも無いよ、大丈夫」
図星を突かれ、驚いたが、曖昧に笑って誤魔化した。
隼人は少し訝しげな顔をしたが、単純な彼はすぐにいつもの調子に戻り、綱吉は内心安堵した。心配してくれるのは嬉しいが、何となくこの事を出来るだけ人には言いたくなかった。話すならせめて、もう少しハッキリしてからが良かった。綱吉はそんな悩みを抱えながらも、いつもどおり学校へ行った。

放課後、特に目的がある訳でも無く、綱吉は朝の2人と共に並盛町内を歩き廻っていた。
話をしながら歩いていると、並盛と黒曜の町堺へたどり着いていた。そこからは、黒曜ヘルシーランド跡地も見えた。3人は誰からというわけでも無く自然に足を止める。
「ヘルシーランドか……」
「此処、なんか懐かしいっスね」
「…………」
10代目? ツナ? と友人に声を掛けられて綱吉は我に返った。
「あ……、あーと、ごめん。考え事してた」
心配そうに声を掛けられ、綱吉は苦笑して胸の前で手を振る。隼人と武は疑わしげに顔を見合わせる。
「ツナ、大丈夫か? 上手く言えねーけど、お前朝から変だぞ?」
「何でも無い、大丈夫だって」
大丈夫………と綱吉は繰り返すが、隼人にも武にも大丈夫そうには見えなかった。
「お前まさか……骸と戦った時、何かあったのか?」
「じゅ、10代目、ホントっスか?!」
綱吉はハッとして俯いた。それを武と隼人は肯定と受け取った。
「トラウマか?」
武が訊ねる。だが綱吉の答えは2人にとっては意外なものだった。
「違うよ。確かに恐かったけど、そんなんじゃなくてさ。ただ、骸達今どうしてるのかなって思っただけ」
他にも理由はあるけど、と思ってはいたが、やはり隼人や武には言えなかった。2人にはこれ以上心配をかけたくなかった。



――あれ? 今日の夢はいつもと違うのか。意外だな。また同じ夢を見ると思ってたのに……。何処だろう、此処。何も無い? 誰もいない、のか? でも人の気配みたいなのはあるから、やっぱり誰かいるのかもしれない。少し歩いてみるか……

夢の中で、自分の直感と気配だけを頼りに綱吉は歩き始める。辺りは暗くて何も見えない、光も何も無い空間だった。思わずぎゅっと拳を握ってしまう。

――何処まで続くんだろう、この真っ暗な空間。いくら夢の中って言っても不安になるよな。でも人の気配は消えてないし、もう少しだけ……。

気配のもとを辿っていくうちに、遠くに光が見えてくる。どうやら光のある方向に人がいるらしい。そこへ向かって歩いて行くが、思ったより距離があるらしく、なかなか辿り着けない。ずっと歩き続けたために疲労した綱吉はその場にぺたんと座り込んでしまった。
その時、向こう側から誰かが歩いて来た。逆光で顔は見えない。だが、その特徴的な髪型に綱吉は見覚えがあった。
「もしかして、骸………?」
向こうから来る人は何も言わずにこちらへ手を差し出す。綱吉はその手を取った。相手は座り込んだ綱吉を引き上げる。そのまま綱吉を引っ張り、光の方へと連れて行った。
「骸、なのか?」
確認する様に訊ねる。すると彼はにっこり笑って肯定した。いつもどおり、上っ面だけの笑み。
「そうですよ。お久し振りです、ボンゴレ10代目」
「何で? おまえ今復讐者の牢獄にいるんじゃ………」
六道骸。数ヶ月前にマフィアの殲滅と世界大戦を掲げ、若きボンゴレファミリー次期ボス候補である綱吉の体を乗っ取るべく、隣町の黒曜中へやって来た。だが最終的に、小言弾とXグローブによってハイパー死ぬ気モードになった綱吉にどす黒いオーラを死ぬ気の炎で浄化され、敗北し、現在は復讐者の牢獄に収監されている、筈。
綱吉の言いたい事を感じ取ったのか、骸はキザにクフフ、と笑い、説明する。
「此処は現実世界ではありませんよ。夢の中です」
「あっ! そっ、か………」
「どうしました? そんな顔をして」
綱吉は複雑な表情をしていた。骸にはそれが、今にも泣き出しそうな顔にも、また、自分の事を憐れんでいるようにも見えた。
「ちょっと、ね……」
綱吉は自分でも良く分からない、複雑な感情に支配されているような気分だった。
(確かに骸のした行為は許される事じゃない、それは分かる。けど、本当に骸が……全て骸が、悪いのかな)
「………同情ならば要りませんよ」
骸は徐に、氷のように冷たい、刺を含んだ声で言った。綱吉は突然何を言い出すのかと、思索を止めて骸を見上げた。
「同情って、何の事?」
訊ねても骸は何も答えない。綱吉は困惑し、言葉を繋げる事も出来ず、黙り込む。2人の間に気まずい沈黙と空気が流れる。
「オレは、別に、同情してるつもりは無いぞ。骸が勝手に思い込んでるだけじゃないのか?」
先に口を開いたのは、綱吉だった。正直骸の事は苦手だが、酷い言い様に無視までされては流石にいつまでも「苦手だ」などとは言っていられない。
「本当に同情ではないとして、さっきのあの表情は一体何なのですか?」
骸には先程の泣きそうな綱吉の姿が、同情しているようにしか見えなかった。
「あ、あれは……別に同情とかそういうのじゃなくて、上手く言えないけど」
「やっぱりそうなんじゃないんですか? 少なくとも僕にはそれが同情に見えましたよ」
「う………」
毅然とした態度で強く言われ、綱吉は反論出来なくなってしまった。今度こそ本当に泣き出しそうになる。
「……いいですか? 沢田綱吉。僕たちは別に同情して欲しい訳ではありません。分かりますね?」
こく、と綱吉は無言で頷く。その顔には何故か不安そうな表情が浮かべられていた。
「分かってくれたのなら良いんですよ」
骸は小さく微笑みを向けるが、綱吉には骸がまだその奥に、何か重い物を抱えているように見えた。ふとそこで彼は、最近見る夢の事を思い出した。
(よく考えたら、あの夢の中に出てくる男の子って、骸じゃ…。どうしよう、話してみようかな)
「骸、あのさ………」
「何です」
綱吉はたっぷり間を置き、話す覚悟を決めると、ここ最近見ている夢の事を全て骸に話した。話し終え、骸の表情をそっと伺うと、彼はただただ無表情で、何かを考えていた。
「骸?」
綱吉はおずおずと声を掛けてみる。また無視されると思ったが、意外にも今回はちゃんと反応が帰って来た。
「確かに君が見た夢の少年は僕です。………これも、君の家庭教師が言っていた“見透かす力”ですか?」
「オレにもよく分からない」
綱吉はかぶりを振る。
対骸戦で、小言弾により彼の中に眠っていた“ブラッド・オブ・ボンゴレ”が目覚めた、綱吉の家庭教師リボーンはそう言った。ブラッド・オブ・ボンゴレとはつまり、ボンゴレの血統特有の“見透かす力”、即ち超直感の事で、骸は綱吉が自分の夢を見たのはその所為だと考えていた。
「オレがその夢を見る事に、何か意味とかあるのかな………」
綱吉は深く考え込むが、考えれば考えるほど意味が分からなくなり、混乱する。
「……君はそんな風に悩んでまで、理由が必要なのですか?」
骸は暫くそんな綱吉を眺め、呟いた。
「え?」
「意味を求めるのは君の勝手ですが、苦しそうですよ?全ての物事に対して意味を見出す必要も無いと思います」
「あ…………」
言い聞かせるような骸の言葉は、混乱する綱吉を落ち着かせた。彼の声色は低く穏やかで、その声を聞いていると、不思議と安心出来るような気がした。
「君が僕の過去を見た、それは事実です。それだけで今の僕達には充分だと思いませんか?」
「………そう、だね。うん、骸のおかげで気が楽になったよ。……ありがと」
綱吉がふわ、と微笑むと、骸は視線を綱吉から外す。
「僕はただ思った事を言っただけです」
強がってみても綱吉は笑うだけ。
「骸、照れてるの?」
「はぁ? 違いますよ、そんな訳ないでしょう」
「嘘だ」
綱吉はまた笑う。その笑いは馬鹿にするようなものでも、憐れむようなものでも無く、ただただ純粋だった。

今まで骸は、自分の過去や境遇を誰かに話した事も、話そうとした事も無かった。黒曜中で綱吉と戦った時も、自分からは一切喋っていない。自分の過去を知っている人間は、千種と犬しかいなかった。それで充分だった。
だが思いがけない事に、綱吉は骸から話すまでも無く自分で骸の過去を知った。本人の意志とは関係無いとはいえ、知った事は事実で、骸に話した時点で既に共有した事になる。これは綱吉でなければ出来ない事だ。あんなに殺伐とした過去であっても彼は受け入れた。
「………僕は、君に倒されて正解だったのかもしれません」
「けど……オレじゃなくても誰かが倒さなくちゃ骸は……」
骸はかぶりを振って綱吉の言葉を遮る。
「君でなければならなかった。君以外の誰が僕の過去を見て、僕を受け入れられるでしょうか。………これは宿命、かもしれませんね……」
「シュクメイ…………宿命?」
綱吉は復唱する。復唱しながら首を傾げる。骸には確かに語尾に疑問符が付いたのが感じ取れた。綱吉のために説明する。
「宿命というのは“前世から定まっている運命”ですよ。こんなのも知らないんですか?」
「だってあんまり使わない言葉だし、オレ、頭良くないから」
綱吉は頬を染め、苦笑しながら自虐的に言う。骸は呆れながらも、微笑ましさを感じていた。自分でも自然に頬が緩むのが分かった。
「骸? 何で笑ってるんだよ」
「何でもありません」
一瞬でも綱吉を“可愛い”と思ってしまった自分に気づき、慌てて否定しようとする。
(鼓動が早い)
(駄目だ、“堕ちる”)

「沢田綱吉」
骸は胸中を悟られないように、少し早口で綱吉の名前を呼んだ。
「えっ、何?」
綱吉は骸の変化には気付かない。今の骸にはそれが少し、有難かった。
「……今日はもう、お別れしましょう」
「どうして? 折角会えたのに……」
綱吉はやや寂しそうに言う。骸はそれが恋心やそういう感情から来るような言葉ではない事を分かっていたが、それでも少しだけ嬉しかった。
「君は夢の中にずっといるつもりですか? そういう訳にはいかないでしょう?」
「うん……」
そうだけど、と綱吉は口籠もる。骸の事をあれほど苦手だと思っていたはずなのに、これで別れるのは勿体ないという気持ちがあった。
「どうしました?」
「なんか、勿体ないかな、って。もう少しぐらいダメなのかなって思って」
「我が儘な子供ですねぇ」
骸がからかうと綱吉は顔を赤くして斜め下を向く。
「うっ、うるさいなぁ」
言わなきゃ良かったなどと思っているのだろうか、感情が豊かでころころと表情の変わる綱吉を見ていると、「愛しい」という感情が湧き出てくるような感じがした。以前の自分なら、絶対に有り得なかった感情。
(君のせいですよ、……沢田綱吉)
「僕は夢を渡る事が出来ます。だから……もしかしたらまた夢の中で会えるかもしれませんよ」
「本当か? あっ、でも、今度は、その……生身で会えると、なんて……」
骸の言葉を聞いて綱吉は顔をパッと上げるが、途切れがちに喋りながらまた顔を下げた。
「……きっと、すぐに会えますよ。だから、それまで死んだりしないで下さいね。……君が死んでしまっては、君の体を乗っ取る事が出来ません」
「またそういう事言う……」
本気ですよ、と言う骸の言葉に綱吉は悲しそうな顔をする。
「最後にひとつだけ、僕の我が儘を。………目を瞑って下さい」
「何する気?」
いいから、と骸が急かす。綱吉は困ったような顔をしながらも目を瞑る。骸は瞑った綱吉の目の上に手を乗せ、自分の体を近付ける。
綱吉は、すぐそばに骸の体温を感じて、鼓動が早くなっていくのが分かった。
(あったかい………)
そんな事を考えていると、

ちゅ、

額にそっと骸の唇が落ちて来た。
綱吉の顔は今までに無いほど真っ赤になり、思考はフリーズする。
(骸……?!)
骸は真っ赤になった綱吉の顔を確認すると、口を耳元に持って行き、優しく囁いた。
「――」
そして綱吉が目を開けた時、既に骸の姿は無かった。そして、その後の記憶は一切残っていない。残っていたものと言えば、骸の唇が額に触れた感触と、骸の言葉だけ。



「ツッくん、起きて! 遅刻するわよ〜!」
居間の方から母の声と騒がしい子どもたちの声が聞こえて綱吉は目を覚ました。
「ん〜………」
綱吉はひとつ欠伸をすると、制服に着替えて居間へ行った。いつものように母親が朝食を準備し、リボーンが優雅にエスプレッソを飲み、子どもたちが喋りながら朝食を食べる。何ら変わらぬ日常の風景。
「ツッ君、早く食べないとお友達が来てるわよ?」
「んな?! 母さんそれ早く言ってよ!」
慌ただしく朝食を掻き込み、外へ出ると武と隼人が綱吉を待っていた。
「おはよう山本、獄寺君、遅くなってごめん! 中で待っててくれて良かったのに……」
顔の前で両手を合わせる。
「大丈夫だって。忙しいのに悪いだろ?」
「そうっスよ」
「山本……獄寺くん………ホントごめん!」
綱吉がもう一度謝ると、3人は歩き出した。武と隼人は昨日の綱吉の様子がおかしかったのを心配して、わざわざ家まで迎えに来たのだった。だが今朝の綱吉は昨日とは打って変わり、晴れ晴れとした顔つきをしていた。
「2人共……な、何?」
2人がこちらをずっと見ている事に気付き、綱吉は慌てる。
「いや、なんか吹っ切れたような顔してっから……」
「えっ、そう?」
(夢の中で骸に会ったから、かな?)
「10代目、昨日何かあったんスか?」
隼人が不思議そうに訊ねるが、
「ううん。別に、何も無いよ」
綱吉は一点の曇りの無い笑顔を友人の方に向ける。夢の事は誰にも話さない、そう心の中で1人骸に誓った。
「早くしないと学校遅れちゃうよ」
綱吉が言うと、武が笑顔でツッコむ。
「遅れて来たツナが言う台詞じゃないだろ」
「てめぇ10代目に向かってなんて事を……」
いつもどおりの朝。友達と笑い合う毎日がたまらなくいとおしかった。

――骸はこういう事、思ったりしないのかな?

「ツナ、置いて行くぞ!」
「10代目! こんなヤツ放っておいてさっさと行きましょう!」
「待って!」


――骸。お前も、こういう感情が持てるようになるといいな。

――さすがにもう、あの夢は見ないよな?

――そういえば、最後に言った言葉の意味って、何だったんだろう……帰ったら調べてみようかな。

――額のキスって、挨拶だったのかな?外国人って結構スキンシップ激しいんだな……


『Ci vediamo.』

また会いましょう、沢田綱吉。


2010.4.3.


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