01...

彼の名前はジョットと言った。光に透かすと、更に美しく見える金色の髪。覚悟の光を湛えた綺麗なオレンジに輝く瞳。華奢で色白で、簡単に折れてしまいそうな体躯をしていながら、スーツを着て、漆黒のマントを纏うと、威厳――ボンゴレファミリーのボスとしての――があった。彼の姿は、蒼く広大な大空に良く映えた。
性格は、一言で言うと不思議。慎重だったり豪快だったり、天然かと思えば或る時は確信犯だったり。だが、彼は嘘を吐く事を厭い、束縛を嫌い、約束を守り、他のメンバーからの人望も厚かった。
僕にとって彼の唯一の欠点が、自己犠牲的な面だった。他人やファミリーを守るためならば、自らの命を捨てる事も惜しまない姿勢が、僕には理解出来なかった。


………………

「デイモン?どうした、そんな顔をして」
ずっとそんな事を考えていたら視線に気付いたのか、不意に彼がこちらを向いた。
「別に。ただ考え事をしていただけですが」
「内容は?」
興味深そうに笑いながら訊ねた彼は、明らかに面白がっていた。その笑いにほんの少しばかり苛立ちを覚えたが、こういう無駄な詮索が好きな彼の性格にはもう慣れてしまったので、僕は
「貴方の変な人柄について」
と、冗談で返してみる。すると彼は面白い事を聞いたと言わんばかりに軽く目を丸くし、文句を言う。
「随分と非道い言い様じゃないか、デイモン。それは褒め言葉か?」
「嫌味のつもりで言ったんですけど、どうやら貴方には通じないようですね」
むしろこちらの方に嫌味を含ませると、彼は苦笑した。
「お前は相変わらず失礼なヤツだな」
僕はその反応が得られただけで何となく満足だった。この男は本当に興味深い。いちいち反応が普通の人と違っていたりする。
僕がボンゴレ、もといジョットに協力している理由の一つに、彼を身近で観察してみたかった、というのがある。初めて会った時からずっと気になっていた、ジョットという人物。
彼との初対面は今でもはっきりと覚えている。

      ***

「マフィアなんて物は、滅んでしまえばいい」
僕はこの考えを常に持っていた。マフィアなんて汚くて、存在価値すら無いと思っていた。僕自身は一応とあるファミリーに所属していたけれど。
それでもマフィアに関わっていたのは、報酬目当て、と言ったところ。仕事を成功させれば多額の金が貰える。少なくとも生活に困る事は無い。そんな理由で続けていた。
そうして僕は沢山の汚い仕事を引き受け、こなして来た。要人の暗殺、恐喝、麻薬取引………他にももう覚えていないぐらいの数をやって来たと思う。でも僕は人命への執着や、法を破る事に対する罪悪感なんて物は持ち合わせていなかったから、何とも思わなかった。完全に、僕自身が汚れきっていた。でも、マフィア関係者というのは皆そういう物だと思っていた。
だから、彼との出逢いは僕にとっては本当に衝撃だった。
その時僕は18歳で、またいつものように仕事で、とある人物を殺すよう言われていた。その人物は政治家で、民衆の生活など一切考えないような、私利私欲にまみれた人間。勿論僕は彼を殺す事に何の躊躇いも無かった。だが、彼を殺すのは案外手間取った。深手を負いながらも何とか彼や、彼のボディーガード等を皆殺しにすると、追手から逃げる為に街を彷徨った。どうにか路地裏へ逃げ切り、安堵の溜息を漏らした時、後ろから声が掛かった。
「ちょっといいか?」
「誰です?」
身構えながら振り向くと、僕より年下に見える1人の金髪の青年が立っていた。彼は、白いシャツにネクタイを締め、黒いパンツを合わせただけの比較的簡素な格好をしていた。
「突然声を掛けてすまない。オレの名はジョットだ。お前は?」
「……デイモン、ですが。僕に何の用です?」
彼は、デイモン……変わった名前だな、と本人を目の前にして呟くと、いきなり真面目な顔でこちらに向かって手を差し延べて来た。勿論僕はその手を取らなかった。黙って彼を見つめ返すと、彼は小さく笑い、僕の手首を掴んだ。
「お前、怪我をしているんだろう?手当てしてやるから来い。追手から隠れるのにも丁度いい場所がある」
「何故、それを?」
僕は警戒しつつ、訊ねる。こういう時に慌ててはならない。
「怪我をしている事くらい、見れば分かる。それに、何も無いのにこんな路地裏に入り込んだりはしないだろう?………図星みたいだな」
「……………」
案外洞察力がある男だ、と意識の隅で考える。勿論そんな言葉に釣られて着いて行くような真似は僕はしなかった。
「お前、オレを疑っているのか」
「当然でしょう」
僕は応えた。誰だって見ず知らずの人間に着いて行ったりはしない。そんな事をするのは疑う事を知らない無知な子供ぐらいのものだ。
僕は踵を返そうとした。こんな事に付き合っている暇は無い。だが彼は握った手首を離さない。それどころか華奢な腕で僕の手を強く握り、僕を引き留めた。
「離して下さい」
「嫌だ」
暫く応酬は続いたが、彼は頑として離そうとしないので、結局僕が折れる事にした。仕方なく満足げな彼の後を着いて歩くと、少しした所に大きな建物があり、店内に入り階段を下ると、地下は洒落たバーになっていた。
ジョットと名乗った彼はマスターらしき人間に声を掛け、こちらを向いた。
「さぁ、手当てをしてやる。怪我しているのは何処だ?」
「自分で出来るので結構です」
僕が断ると、「ん、そうか」と彼は案外あっさり引き下がった。少々驚きつつも僕は自分で応急手当をした。
ふと視線を感じて顔を上げると彼がじっとこちらを見ていた。
「………何ですか?」
「お前、運動とか得意そうな割に細いんだな」
「は?」
僕は唖然とした。まずいきなりそんな事言われても困るし、まるで少女のようにか細い彼にだけは言われたくない。
「そういう貴方はどうなんです?僕なんかより貴方の方がよっぽど華奢だと思うのですが」
今度は彼の方が唖然とする番だった。その反応に僕は純粋に驚いた。
「………っ、まさかとは思いますが無自覚、でした?」
「オレ、そんなに細いのか………?」
そのリアクションだけで、無自覚だったと理解するには充分だった。呆れて溜息しか出ない僕に対して、バーのマスターや客たちはこの光景を見て楽しそうに笑っていた。だが僕としては正直脱力、といった気分だった。
「随分と楽しそうじゃねぇか、ジョット」
そんな光景を僕は何も言えずに眺めていると、1人の男が入店し、彼に声を掛けた。
「Gか」
「暫くぶりだな。……そっちは?」
その男はこちらを見てジョットに訊ねた。
「ああ、この男は」
「デイモンです」
僕は彼が言う前に自分から名乗った。特に大きな意味は無かったが、出会って間もない人に紹介されるのは何となく嫌だった、それだけの事。
Gと呼ばれた彼は、無駄無くすらっと伸びたジョットより高い長身、右目の上辺りから下に向かって刺青をし、目つきが悪い上にタバコを咥えているので、一般人には近寄り難い雰囲気を醸し出していた。だが彼らが普通に話している様子を見るに、彼らは友人同士と言った所か。
「ここら辺じゃ見ない顔だな。他の街から来たのか」
「まぁ、そんな所ですかね。この店に来たのはそこの彼に連れて来られたからですけど」
ちらっと『そこの彼』を見ると、当の本人はテーブルに行儀悪く頬杖を突き、興味深そうにこちらの様子を伺っていた。
「怪我をしていたからな」
「怪我?」
ジョットが言うと、彼は怪訝そうに眉を顰めた。
「ええ」
僕は素っ気なく答えた。怪我をした理由を喋る訳にはいかないし、喋る気も無い。そして何より、いい加減この場を立ち去りたかった。
「さて、僕はこれで失礼します」
「大丈夫なのか?」
「ええ。あれくらい、大した事ありませんから。では」
僕が席を立つと、ジョットも「上まで送って行こう」と言って立ち上がった。僕は必要ないと断わろうかと考えたが、先程の流れからして恐らく拒んだとしても彼は送りに着いて来るだろう、そう思って黙認した。
(言い出したら聞かないタイプ、ですかね)
この時の僕は、たったこれだけの妥協が未来を変えるとは微塵も思っていなかった。
出口に着いて、別れを告げようと口を開きかけた時、僕よりも彼の方が先に口を開いた。そして、彼の言葉に僕は驚愕した。
「お前、何処かのファミリーに所属しているのか」
「………だとしたら?」
僕が反対に訊ね返すと、彼は一瞬楽しそうな笑みを端整な顔に浮かべ、
「関係無い。お前、オレのファミリーに入れ」
言い放った。それははっきりと、有無を言わせない物言いだった。僕は彼の顔をまじまじと見つめたが、どう見ても冗談を言っているようには見えなかった。彼はあくまでも本気で言っていた。
「貴方のファミリーが何処なのかまず分かり兼ねますが、とにかくお断りします。……参考までにお聞きしますけど、貴方のファミリーの名前と僕に加入しろと言う理由は?」
「お前の事は以前から知っていた。仕事や情報の処理能力、功績、その他諸々を考えてもお前は我がボンゴレファミリーに欲しい逸材だ」
「ボンゴレファミリー………」
僕は驚いて彼の言葉を反芻した。ボンゴレファミリーと言ったら当時、新進気鋭で民からの信頼も厚いと話題になったファミリーだ。元は自警団で、まだマフィアグループになってからまだ日は浅いが、既に少しずつ活動を活発化させているらしかった。噂では「ボンゴレボスはまだ若くして遣り手、下手に敵に回せばどうなるか分からない」などと聞いていた。
“うちの”などと言うからには彼がボンゴレの若きボスなのだろう。まさかこんな所で遭遇し、引き抜きと思しき行為をされるとは露ほども思っていなかった。
「すぐに入れとは言わない。オレは大抵さっきのバーにいるから、その気になったら、というか何かあったらそこに来ればいい。引き止めて悪かったな」
「……考えておきます。では」
僕は今度こそ踵を返すと、上司に仕事の報告をするべく、大空の下を歩き出した。


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*追記
5/31 アニメ見ました。一人称「私」でしたね。
ただ全てを「私」に変えるのは少々無理があるのと、(管理人的に)しっくり来ないので、「僕」のままにしておきます。




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