レイニイ・デイ

綱吉の1日はコーヒーを飲みつつ新聞を読むことから始まる――というのは休日に限った話であって、休みなど年に数回貰えるか貰えないかの綱吉には珍しいことだった。
外は雨が降っていて、朝にしては薄暗いリビングでぼんやりと新聞を眺めていると、足音が聞こえてドアが開いた。長身の男がそれはそれは怠そうに入って来る。新聞を読む綱吉には一切目をくれず、まるで誰もいないかのように台所へ行ってしまったので綱吉は再び新聞に目を向けた。
湯を沸かす音、食器を取り出す音、冷蔵庫を開け閉めする音。それらをBGMにして綱吉はまた新聞のページを捲った。もう1ページ捲ったあたりで骸がマグカップを持ってキッチンから出てきて、ようやく綱吉に気付いた様子を見せた。
「おや、起きてたんですか」
「起きてたも何もお前が来た時にはここで新聞読んでたけどな」
「全く気付きませんでした」
嘘つけ、と悪態をつくも彼は特に悪びれる様子も無く肩を竦めた。そのまま綱吉の背後へ回るとそっと顔を近付ける。意図を理解した綱吉も新聞を置いて骸を見上げる。
「おはようございます」
「おはよう、骸」
ゆるく微笑む。熱い視線を絡めるとどちらからともなく唇を重ねた。
「……苦い」
「そりゃあそうだよ、だってコーヒー飲んでたんだもん」
唇を離して綺麗な顔を歪める骸を見て綱吉が苦笑を零す。
「骸は甘いね。ほんのりココアの味がする」
「君もココアを飲めばいいのに」
「朝はコーヒーって決めてんの。おはようのちゅーが苦かったくらいで拗ねるなよ」
「拗ねてません。これだからマフィアは」
後ろから凭れ掛かって肩に顔をうずめる宵色の髪を撫でる。こうすると機嫌が良くなるのだ。随分と安いものであるが、そういう所も愛しいと綱吉は思う。
出逢った頃は随分とつんけんして扱いにくかったものだが、年を取るにつれて角が取れて丸くなり、30を過ぎたあたりから2人きりでいる時によく甘えてくるようになった。やっと恋人が素直に甘えてくれるようになったのが嬉しくて、綱吉もつい甘やかしてしまう。
「ああ、そう言えば」
「ん? どうかしたの?」
言葉と共に肩の上の温もりが離れる。離れた骸は深窓の令嬢も顔負けの優雅な動きで綱吉の向かいに着席した。
「君、誕生日じゃないですか」
「そうだよ。だから珍しく仕事片付けて休み取ったんじゃん」
「クフフ、そうでしたね」
「そうでしたねってお前……昨日の誕生日パーティーと今日の休みためにスケジュール切り詰めたんだぞー」
昨日は毎年恒例の誕生日パーティであった。ボスの誕生日(ただし前日)ということで同盟ファミリーを招き、盛大にお祝い――もといどんちゃん騒ぎをしていた。就任した頃は何処から突っ込めば良いのやらたいそう困惑したものだが、もはや突っ込むのも面倒になった今は周りが楽しそうにしているのを見て楽しんでいる。
そんな楽しい(?)誕生日パーティーだが、その前日までの激務と言ったら!と綱吉は思い返す。骸に「あの怠け者のボスがねえ。雨雪どころか槍でも降りそうだ」とまで言われる有様だ。骸とふたりきりで1日過ごせるのなら、たまには真面目に仕事をするのも悪くないかなと思う。
「そうそう、それで誕生日プレゼントは何がいいですか?」
「えっ、用意してないの?」
「残念ながら」
言葉とは裏腹にくふくふ楽しそうに骸が笑う。
「何にしようか迷ったんですよ。で、考えに考えた末に君が欲しいと言ったものが一番だという結論に至ったんです。体でも、時間でも、物でも何でもいい。僕が全て叶えて差し上げましょう」
冗談ではなく、本気の顔をしていた。目を合わせると深く美しい蒼と紅の瞳に呑み込まれてしまいそうだ。そっと目線を外し、窓の外へと滑らせる。外は依然として雨がしきりに降っていた。綱吉が口を開いた。
「…デートしよう。雨の日デート。傘を差してあちこち歩き回るだけでいいんだ」
「ほう」
「夕飯はワインを飲みながら骸が作ったパスタが食べたいな。ケーキはホールじゃなくて好きなのを一切れずつ買って帰ろう」
頬杖を突いて、淡々と言葉を紡ぐ。プレゼントなんて何も考えていなかったのに、今は自然と口に出していた。
「これはこれはワガママの限りを尽くしましたねぇ。いいでしょう、責任持って叶えてあげますよ」
「ありがとう、嬉しい! 愛してるよ骸!」
とびきり幸せそうに笑うとベビーフェイスが尚更若くなる。テーブルを回るのも億劫で、机を挟んでぎゅうぎゅう骸を抱き締める。
「そうと決まれば出掛けよう。骸といられるだけでオレは幸せだよ!」
「はしゃぎ過ぎですよ……」
されるがままになって苦しそうな骸の姿に思わずクスッとしながら、綱吉は今日これからに思いを馳せるのだった。


12.10.15
Buon Compleanno, 綱吉!
雨が降るように淡々とした話が書きたかった。


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