「綱吉、今日はバレンタインですよ!」
窓から朝日が降り注ぐ綱吉のプライベートルーム。骸は綱吉の膝の上で髪を梳いてもらっていた。朝からご機嫌だ。
「勿論、覚えてるよ。一緒にクッキー作るんだもんな?」
「くふふっ、忘れてたらどうしようかと思いました」
「まさか、オレが骸との約束を忘れるワケないだろ。もう準備はしてあるから、厨房行こっか」
「はい!」
元気に返事をすると骸はぴょんと綱吉の膝から飛び降りた。

仲良く手を繋いで滅多に立ち入ることのない厨房へ。綱吉はシンプルな紺の、骸は水色のエプロンを身に纏う。
「エプロンすると若い主夫みたいでカッコいいですね」
「ホント? 嬉しいなあ。骸は……うーん、年相応に見えてカワイイよ」
「褒めてるんですか?」
「勿論、最高級の誉め言葉だよ!」
優しく頭を撫でるとむくれていた顔が綻ぶ。何となくいつも以上に幼く見えてキュンとしていたのは綱吉だけの秘密だ。
「くすぐったいですってば! 早くクッキー作りましょう?」
「そうだね。手を洗ったら型抜きしような」
骸だけでなく綱吉も料理が出来ないので生地は作って貰っておいた。あとは型抜きして焼くだけだ。ハートや星、花、ウサギなど、色々な型が用意してあった。
「ハートは綱吉にあげます。チョコチップいっぱい入れてあげますからね!」
椅子の上に立ち、小さな手でせっせと型抜きをしている骸が綱吉を見上げる。
「じゃあオレもハートは骸にあげようかな。チョコチップは型から抜く前に置かないと形が崩れちゃうぞ」
「そうなんですか?」
「うん、母さんが昔そう言ってた」
かあさん…――暫く綱吉の言葉を反芻して、骸はふと鎌首を擡げた疑問をぶつけてみた。
「綱吉のママンは美人なんですか? 綱吉に似てますか?」
「うーん、美人な方かも。昔からよく似てるって言われるよ。いつか骸に会わせてやりたいなあ」
「綱吉を産んでくれたママン、会ってみたいです」
骸が目をキラキラさせる。彼は母親というものの存在を知らなかった。綱吉もそれを分かっていたから何とも言えない気持ちになった。
「今度長いお休み貰えたら一緒に行こうな」
目を細めて、平然を装って言う。純粋に綱吉の母親に会ってみたいと、それだけなのは分かっていたが、複雑な気持ちだった。
(だって、こんな小さいのに母親がいないことを何とも思ってないなんてあまりにも可哀想だ)
骸は綱吉の心境には気付いていない様子で、嬉しそうに小指を差し出した。
「約束ですよ?」
「うん、約束。母さん子ども大好きだから絶対に喜ぶよ」
綱吉も小指を出してで指切りをする。母親代わりになれるとはとても思わないが、せめて骸にとって大切な存在として在りたかった。
とびきり甘やかして、優しくして、愛情を注いでやりたい。大切なことを沢山教えてやりたい。自分に出来ることなら何でもしてあげよう、彼をボンゴレに迎え入れる時にそう決意した。
「楽しみにしてます!」
「その時にはお土産にクッキー焼いて行こうか」
「くふふっ、きっと喜びますね」
「そうだね。いつ休み貰えんのかなー…。あ、こらこら、生地は食べちゃダメだぞ」
ミッチリ詰まったスケジュールに遠い目をしていると、眼下で骸が生地の端を口に入れているのが見えた。骸はすぐに顔を顰める。
「粉っぽくてあんまり美味しくないです…」
「言わんこっちゃない。食べるのは焼き上がるまでのお楽しみ」
「はーい。でもチョコチップは食べてもいいですよね!」
「ちょっとだけだぞ?」
聞くや否や袋の中を漁り出す。ちょっとだけの定義がそもそも間違っていると思ったがそこは黙っておいた。
「綱吉もどーぞ」
「あーん」
ぱくっと例の如く指ごと口に含んでしまう。甘噛みしてみたら驚いた骸がぺちぺちと頬を叩くので口を開けた。
「どうしていつも僕の指を食べちゃうんですか!」
「だって目の前に指があるんだもん」
「赤ん坊か?!」
思わずといった体で骸がツッコミを入れると綱吉はイタズラっぽく微笑んだ。
「冗談だよじょーだん。ほら、クッキー作っちゃおう?」
「………」
一歩下がって胡乱な目を向けられる。綱吉にしてみればスキンシップ程度のつもりだったのだが、骸にはそうでもないらしかった。
「ごめんごめん、もう食べないからさ。そんなに警戒しないでよ」
「本当に?」
「うん、多分」
きっぱりと断言した綱吉を黙って見つめること数秒。
「……………仕方ないですね! 特別に許してあげます!」
骸は偉そうに胸を張った。綱吉にはその数秒の間に何があったのか分からなかったが、機嫌を損ねないように微笑んだ。
「ありがと。さ、作ろ? 皆にいつもお世話になってますってあげるんだから。まだまだいっぱい作るよ」
「そんなにいっぱい? 1人1枚で十分ですよ」
「それじゃ少ないだろ? 作り過ぎたらオレらのおやつにしよう」
「おやつ! ならいっぱい作りましょう!」
「食いしん坊だな、骸は」
「なっ、うるさいですよ!」
顔真っ赤だ、赤くない、まっかっかだよ、そんなことない――他愛もないやりとりを繰り広げながら1枚、また1枚とクッキーを量産していく。

そこへ1人の若い女性が姿を現した。小さな鈴を鳴らしたような声が響く。
「どう? 出来た?」
「凪!」
「ああ、凪。結構出来たよ」
生地や型を用意しておいてくれたのは凪だった。
「くふ、出来たら凪にもあげますからね!」
「いいの? 嬉しい」
「勿論です! 綱吉と凪は特別ですから」
静かで気立ての良い彼女を骸は年の離れた姉のように慕っていた。骸曰く綱吉から全面的な信頼を置かれている(綱吉は全員を信頼しているのだが)から好きらしい。差が大き過ぎるような気がしないでもないが。
「オーブン、余熱始めるね。シートに乗せておいて?」
「凪にもハートでチョコチップいっぱいのをあげますからね!」
「うん、楽しみにしてる」
「生地余ったのどうする?」
「ラップに包んでおいてくれれば私が後で使うわ。あとは焼くだけだから片付けしちゃいましょ」

片付けをして焼き上がるのを待つ間、凪に習ってラッピングの用意をした。一番不器用なのは綱吉で、字が下手なのは骸だった。総合的に見ればどちらが上手いだの下手だの言いながら守護者の分を用意して、他の構成員には凪が持って来たバスケットに入れて配り歩くことにした。
「あ、焼けたみたいですよ!」
「熱いから冷めてからにしろよな」
「そんなの嫌です! 僕は出来たてが食べたいんですから!」
「火傷、しないようにね」
チョコチップの乗ったクッキーを恐る恐る摘む。熱くて一度離して息を吹き掛け、今度は口に入れる。綱吉と凪に見守られながら骸は破顔した。
「美味しいです!」
「大成功だな。凪のお陰だよ、ありがとう」
「私は別に、何も……」
「そうですね! 凪は美人だしお料理も上手だし、いいお嫁さんになりそうです」
10以上も年下の少年にストレートに褒められて凪が赤面する。綱吉は吹き出した。
「そんなに美味しいならオレも食べようかな。凪は可愛いからマフィアにいるのが勿体ないよ」
温かいクッキーをつまみ食いしながら、綱吉。凪は狼狽えるばかりだ。
「くふっ、凪、顔が真っ赤ですよ」
「骸、凪をからかうのもそのくらいにしておけよ。凪が茹蛸になっちゃう」
「ボス!」
凪が控えめに咎めるもぺろっと舌を出すだけで綱吉は知らん顔だ。骸がくふくふ笑う。
「茹蛸になっちゃったら大変です! 凪、まだ配りに行かないんですか?」
「まだダメよ、冷まさなくちゃ。……でも、バスケットの方には入れちゃいましょうか」
「じゃあ守護者分は1人3枚ずつと、オレたちが食べるハートを残して、あとは全部入れちゃえばいいか」
つまみ食いしようとする骸を阻止しながらバスケットを満たしていく。いつもお世話になっている人たちが喜ぶ顔を想像するのは楽しかった。
(オレ1人だったら絶対にやってこれなかった。守護者だけじゃない。ボンゴレという組織で働いてくれてる人たちのお陰だ、全部)
「綱吉」
骸が小声で名前を呼ぶ。手招きをするので耳を寄せる。
「どうした?」
「…優しい人がいっぱいいて、良かったですね」
心を読み取ったように、骸が耳元で囁く。綱吉は暫し驚いたように目を瞠り、
「……うん」
やがて笑って頷いた。

「じゃあ行って来るね」
「クッキー、つまみ食いしちゃダメですからね!」
「行ってらっしゃい」
しっかり手を繋ぎ、骸がもう片方の手でバスケットを持つ。
2人は長い廊下を歩き始めた。
ありがとうを届けに。


Buon San Valentino, mio Caro!


12.2.23.
(バレンタインから10日近く経ってしまった…)
(骸ツナともツナムクとも違う、骸とツナが書きたかった)


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