マシマロの海に溺れませう ランチタイム中に突然訊ねられた。 「正チャン、今日空いてるよね? 家行っていい?」 「……空いてますけど。なんで疑問形じゃなくて確認形なんですか」 「だって正チャンの予定は大方把握してるから? キッチン借りたいんだ」 何故僕の予定を把握しているのかはかなり謎だけどそれは置いといて、白蘭サンが料理する事なんてないから驚いた。イタリアは今3月で春だけど雪でも降るんじゃないかってレベルで珍しい事だ。 「料理作ってくれるんですか?」 「料理っていうか、おやつね」 「なーんだ」 白蘭サンの言う「おやつ」は大抵僕には甘過ぎる。正直アテにならない。 「で、何作るんですか?」 「ひみつ〜」 人差し指を口の前に立ててぶりっ子してるが、大の大人がやってもイマイチ可愛くない。――顔がいいから、目も当てられないという程ではないけれど。 「楽しみにしててね」 上機嫌で言われて僕は曖昧に頷いた。普段なら僕の料理が出来るのを待つしかしないのに、今日に限って彼が料理をする理由なんて思い付かない。 帰る前に僕らは近所のスーパーマーケットに寄ってそれぞれ買い物をした。僕は白蘭サンが何を買ったのかは知らない。お菓子と野菜では方向が全然違うから。 「ただいま〜」 「いや、此処僕んちですから。夕飯の準備しちゃうんでそのおやつとやらは食後でいいですか?」 何故仮にも人の家に上がるのに「ただいま」と言うんだこの人は。 「ん、いいよ。今日のメニュー何?」 「美味しそうなレシピ見つけたんでバーニャカウダとトマトスープです」 「うわあ……野菜ばっかり………」 バーニャカウダと言ったら本当は冬の料理だけど、冬と春の間だし問題は無いと思って野菜を沢山買って来た。ちょっと目を離すと白蘭サンは絶対野菜を摂らない。逆に出せば食べてくれるから、出来るだけ野菜料理を出すようにしている。 「それにしてもバーニャカウダって結構豪勢だねぇ」 「そうですか? 今日は野菜安かったんですよね。どうせ白蘭サンが負担してくれるんだからいいじゃないですか」 「う〜ん、そういうつもりで言った訳じゃないんだけど。正チャンってば強かだなぁ」 白蘭サンが呻く。僕には何の事を言っているのか分からなかった。 因みに僕と白蘭サンは半同棲生活を送っていて、僕と違って白蘭サンは食欲旺盛、お陰で食費がかさむので彼が全額出してくれている。 「じゃ、夕飯作るんでお米研いでおいて下さい」 「はあーい」 白蘭サンが来てる時は白蘭サンがお米を研ぐ事になっている。最初は正直下手だったけど今では手慣れて普通のご飯が炊き上がる。勿論お米を研ぐのは料理とは言わない。 僕は買って来た野菜を取り出し、先ずはトマトスープの用意を始めた。 「いっただっきまーす!」 「いただきます」 スープはトマトをじっくりコトコト煮込んでおいたから濃厚で程よく酸味があって美味しかった。バーニャカウダはアンチョビをあまり入れないで作ってみたら比較的あっさりして食べやすかった。 「うん、バーニャカウダもトマトスープも美味しいじゃん!」 「でもパンにすれば良かったかな……。何で主食ご飯にしたんだろう……」 主食がご飯だとなんだかメインディッシュが抜けてサラダとスープを食べてるみたいだった。それに折角ディップソースを作ったのだからパンにもつけて食べたらさぞかし美味しかっただろうと考えても後の祭り。 「……まあ、別にご飯だっていいじゃん。そんなに気にしても、ね?」 「今度は絶対パンで食べましょうね、白蘭サン!!」 「え……う、うん、そーだね」 僕が勢い込んで言うと白蘭サンは若干引き気味に頷いた。 「ごちそうさまー。じゃあおやつ作るね!」 言って白蘭サンが買い物袋を探り出す。先ず中から出て来たのは板チョコのホワイト。1箱、2箱、3箱、この時点で嫌な予感はしていた。最終的に6箱ぐらい出て来た、ように見えた。次にマシュマロの袋。1袋、2袋、3袋も出て来た。どうしてそんなにあるんだろう。怖い。最後にプラスチックのピックが出て来て準備は終わったようだった。 「――白蘭サン、何を作るのかは知りませんけど、そんな大量に買って来た意味ってあるんですか」 「もっちろん!」 何を今更とでも言い出しそうな雰囲気で断言されてはそれ以上何も言えなかった。 「それじゃ、ちょっと待っててね。なんか主夫になった気分」 白蘭サンはキッチンに籠もったが、僕は見ちゃいけない気がしたからローテーブルに頬杖を突いて、白蘭サンの“おやつ作り”を見守る事にした。此処からじゃ物理的に見えないけれど。電気ケトルでお湯を沸かし始めてボウルを出す音が聞こえて来たからきっと湯煎なんだろうなって思った。 「白蘭サーン、何作ってもいいですけど台所汚さないで下さいね」 「はいはーい」 僕はチラチラ白蘭サンを気にしつつも自分のパソコンを開いた。集中出来る気はしないけど、ネサフでもして暇を潰そうと決めた。 「出来たよー! 今冷蔵庫で冷やしてるから待っててね」 「分かりましたけど……背中にのしかからないで下さいよ……」 キッチンから戻って来た白蘭サンがいきなり僕の背中に体重を預けて来る。整った顔がすぐ近くにあって、白蘭サンの髪は頬を、ホワイトチョコの甘い匂いは嗅覚をくすぐる。 「あはは、ごめんごめん。重かった?」 「そういうわけじゃ……んっ」 白蘭サンの顔を見ようとしたら唇を塞がれた。歯列の裏をなぞられ強く舌を吸われて体が震える。ちゅぱ、と音を立てて一度離れ、また唇同士を重ねる。僕は大人しくキスの快感を甘受した。 「そう言えばずっと気になってたんですけど、何でいきなり料理なんか?」 相変わらず熨しかかったままの白蘭サンは僕の髪を手で弄んでいる。 「今日何の日だか知ってる?」 僕が質問したのに逆に質問を返されて辟易した。少し考えても何も思い付かなくて僕はかぶりを振った。 「あらら……。今日はホワイトデーって言うんでしょ、日本だと。だから夕食も結構豪勢だったのかと思ったんだケド」 「あっ、失念してました。だから急に料理するなんて言い出したんですね」 漸く合点が行った。僕は1ヶ月前のバレンタインで白蘭サンにババロア――メニュー自体に意味は無いけど、チョコじゃなくてもいいかと思ってそうなった――を作った。料理作るなんていつもの事だしお返しは求めてなかったから、そもそもホワイトデーの存在を忘れていた。 「そんなワケで、かなり簡単だけどお返し作ってみたんだ」 今持って来るね、と言い残して白蘭サンが冷蔵庫へ向かう。1ヶ月前の事なのに覚えていて、ちゃんとお返しを作ってくれる白蘭サンの律儀さと気持ちが嬉しかった。 そしてお皿に飾り――否、盛りつけられて出て来たのはチョコ掛けのマシュマロトッピング付き、だった。目を見張る。何に驚いたのかと言えば、その数だ。 「………。白蘭サン、それ全部でいくつ作ったんですか」 戦々恐々として訊ねる。 「えーと、1袋あたり20個×3袋だとして――うん、全部で丁度60個だ!」 「はあああぁぁっ?!」 まさかさっき袋から出していたのを全て使ったと言うのか。白蘭サンは何とも思ってなさそうだけど、僕にしてみればお皿にぎっしり並んでいるマシュマロが恐い。 「また何でそんなに沢山……」 「正チャンも『お礼は3倍返し』って知ってるでしょ? つまりはそういうコト」 「だからってそんなに作らなくてもいいじゃないですか! 大体、こんなに食べられませんよ」 僕の必死の抗議を聞いてもニコニコと笑みを崩さない白蘭サン。 「え〜? なんとかなるなる」 「ならないよ!!」 結局白蘭サンを説得して2人で食べる事にはなったものの、量が多過ぎて兎に角食べるのが大変だった。正直暫くの間マシュマロは見たくもない気分だったけど、白蘭サンの大好物だからそうも行かなそうだ。僕は大きな溜息を吐いた。 11.3.14 白正はキャンパスライフ時代の半同棲生活が美味しい(*´〜`*)mgmg 作りもしないのに料理サイト巡りがプチブーム。 *参考にさせていただきました 簡単シンプル♪トマトスープ by さとみにぃ〜 レシピID:1372836 男性必見!ホワイトデー豆腐バーニャカウダ by しるびー1978 レシピID:1365195 ■Mainへ戻る ■TOPへ戻る |