後編


首から掛けたタオルで頭を乾かしながら居間へ戻ると、テーブルには既にケーキが用意されていた。蝋燭は立っていないものの、ケーキと取り皿とフォーク、それから白蘭が準備万端といった様子で正一を待ち構えていた。
「お帰りー。ケーキの準備出来てるよ」
「見れば分かりますけど。2人で食べるには大きくないですか。しかもホール……」
まだ並盛に住んでいた頃に家族4人で食べたのよりは小さいが、食べ盛りでもない大人が食べるには大きいのでは、と正一は思った。
しかし
「大丈夫じゃない?」
とあっけらかんとした答えが返って来たので正一はそれ以上言及せず、それから飲み物が何も用意されていないのを見て台所へ行った。
「ワインでも買ってくれば良かったね」
「僕はコーヒーで充分だし、気を遣わないで下さい。白蘭サン何飲みます?」
「僕ココアで」
「紅茶淹れますね」
「………」
いつか糖尿病になるぞと思いながらすげなく却下し、インスタントコーヒーとティーバッグの紅茶を手早く用意する。砂糖を入れてやるのは正一なりの優しさ。
「正チャンってたまにつれないよね……」
「気のせいですよ」
尖らせた唇から出る抗議は流して白蘭の向かいに座る。白蘭が長い蝋燭と短いのを立てて火を灯し、正一が部屋の電気を消すのを確認してから徐に口を開く。
「正チャン、お誕生日おめでとう。いつまでも正チャンは正チャンのままでいてね」
優しく紡がれる言葉に耳を傾ける。薄暗い部屋に、蝋燭の淡い灯りと僅かな熱が甘い雰囲気を醸し出す。飲んでもいないのに雰囲気だけで酔ってしまいそうだった。
他の誰かを呼ぶ訳でもなく、2人だけで密やかに祝う誕生日は静謐と幸福に満ちていた。
「ハッピーバースデーって歌う?」
「いや、それはやめて下さい……」
「歌わなくていいの? じゃ、火消して」
白蘭に促されて息を吹き掛ける。一度では全部消えず、二度目で部屋は真っ暗になった。
「おめでとー!」
「……ありがとうございます」
拍手を浴びながら正一が電気を点け、白蘭がケーキを切り分けた。一先ず4分の1ずつ皿に乗せる。
「いただきまーす!」
「いただきます。白蘭サン、これサイズは?」
クリームたっぷりのケーキをフォークで突きながら疑問をぶつける。と、白蘭はケーキを一口ぱくりとフォークごと咥えながら答えた。
「5号ぐらいだったと思うよー?」
「どのくらいの大きさですか」
「直径15センチぐらい」
こんくらいね、と行儀悪くフォークを咥えたまま手で大きさを示す。
「結構大きいんですね……。僕食べられるかなァ」
「流石に僕も半分以上はキツいから頑張ってよ、正チャン」
けらけらとからかうように白蘭が笑う。そうしている間にも目を見張る勢いでケーキを消費していくので正一も仕方なく手を動かし始めた。

それでも生クリームたっぷりの甘ったるいケーキは胃にもたれた。せめて胃が空っぽならばもう少し入ったかも知れなかったが、正一の胃は半分程食べたところで物を拒むようになってきた。
「僕もうお腹いっぱいなんですけど……」
「えー? 半分しか食べてないじゃん」
正一だって好きで残した訳ではない。出された物は出来るだけ残したくなくても胃袋の方が受け入れてくれないのだ。
「白蘭サン食べて下さいよ」
「しょうがないな〜」
最後の一口を頬張り、フォークを置いてから白蘭が笑顔で応える。
食べてくれるのか、そう思って表情を明るくした正一だったが、すぐに晴れやかな顔をした白蘭を見て背筋が凍る思いがした。
「折角買って来たんだから、無理にでも食べてもらうしかないよね」
「え………ちょ、」
白蘭がテーブルを回って近づいて来る。嫌な予感はとうにしていたが、回避も抵抗もしなかった。
「正チャンは出されたらちゃんと残さず食べる子だよね?」
まるで小さな子供をあやすような口振りだ。美しい菫色の瞳に捕えられ、正一は頷いていた。
このまま全てを忘れ、快楽に酔い耽ろう――。
「はい……全部食べます………」
正一の羞恥心も露な物欲しそうな上目遣いに白蘭は笑みを深めて額にキスをした。


「今日は正チャンの誕生日だから、特別に僕がご奉仕してあげる」
横抱きで寝室まで連行され、ベッドの上に正一が横たわる。裸に剥かれ、黒い布切れで視界を遮られている姿は白蘭の目に卑猥に写った。
「正チャン、足開いて?」
「う……」
「ヨくなりたいんでしょ」
「………はい……」
足を開く事を渋る正一に、強い調子で言うと、おずおずと、白蘭を歓迎するかのように足が開かれた。
「はあっ………あうぅ……」
「ひもひいい?」
「やっ、そこでしゃべ、ないで!」
白蘭が自分好みのフェラを施す。舌や咽喉などを最大限に利用し、より感じさせようとする。いつも正一にやらせているやり方にアレンジを加え、更に気持ち良くなるように。
「――ちゅっ、」
「はぁっ、はっ、……ああ、うあ……」
臀部を手で抱え込み、咽喉の奥まで正一自身を咥えて顔を上下する。ギリギリまで抜いてはまた深く咥え、舌を裏筋に這わせれば正一が体を震わせ蕩けた声を上げた。
「すっげぇ可愛い……」
時々先走りを吸引してやると正一が体を震わす。
「ふあっ、ひうう……びゃ、くら、さっ」
口から出して勢い良く手で扱きながら正一の様子を窺う。淫嚢を握ると固くなっているのが分かって、白蘭が笑みを深めた。シーツを握る手に更に力が込められる。
「ひゃう!」
「正チャン、そろそろイっちゃいそうだね」
「〜っ!」
頃合いを見計らって扱く手を止める。そっと指を這わせ息を吹き掛けるだけでもどかしげに顔が歪んだ。
「正チャン、そんな顔して……どうして欲しいの?」
「…………ッ」
意固地にだんまりを続ける正一。下半身では射精しない程度の弱い刺激が与えられ続けていた。額には脂汗が浮いている。
「言わないと分からないよ。言えるよね?」
「う………い、イカせて、ください、白蘭サン……」
ニタ、と口角が吊り上がる。
「いい子。僕が飲んであげる。ちょっとでも溢したらお仕置きだからね」
「な、何で?! 僕が飲むワケじゃあるまいし……っ!」
「見えないだろうけど、全部僕の口の中に出すんだよ。顔射も禁止ね」
(り、理不尽というか無茶だ!!)
抗議を口にする前に白蘭が正一を口に含んでしまったので言葉にはならなかった。再び強い快感の波が襲ってくる。
「くっ、ああッ……」
片手で淫嚢を揉みながら口でピストン運動を始める。煽るためにわざと水音も大きく立てて。
「ふぅッ、んあ、はあっ、あっ! らめ、イッちゃう!!」
止めとばかりにぐり、と鈴口に舌をねじ込んで刺激してやる。
「んんんっ!」
白蘭は正一が出した白濁を飲み込んだ。さっきはあんな事を言ったが、正直外に出してしまうのは勿体ない気がした。
「……よく出来ました」
ぐったりと横たわる正一を褒め、体にキスを落としながら目隠しを外す。
「白蘭サン、飲んだんですか」
「? うん、飲んだよ」
「不味いでしょう、吐き出して下さい。せめてうがいするなり」
心底嫌そうな顔をする正一。自分が出した物を恋人が飲んだと考えると些か気分が悪かった。
「いくら正チャンって言っても、美味いモンじゃないよね。でも飲まないのも勿体ないじゃん?」
「なっ?! 何て事……」
「いつもご奉仕される側だから滅多に飲める物じゃないしね」
けらけらと白蘭が楽しそうに笑う。正一はただ顔を赤らめて眉根を寄せるばかりだ。

「それにしても、」
不意に白蘭が表情を変えた。真顔ではあるが、瞳の奥が妙にぎらついているような気がした。例えるなら、獲物を狙う鷹のような。正一はすかさず身構える。
「正チャンばっかヨくなるのもどうかと思うよね〜」
「白蘭サンがご奉仕してあげるって言ったんじゃ……」
「僕にだってヨくなる権利はあるよね」
「………ご勝手に……」
「そう言えば正チャン、ケーキ食い終わってないよね〜?」
「………もう、好きにしたらいいじゃないか!!」
白蘭はニタァ、と口角を吊り上げる。
正一はしまった、という顔をする。逆ギレを誘導されて、まんまと許可を口にしてしまった。
(好きにしたらって言うとホントに好きなようにする人なのに……!)
「今日はケーキプレイに決まりだね。誕生日らしくていいじゃん」
ニコニコしながら白蘭が迫ってくる。白蘭の整った顔がすぐそこまで近付いた時、「あ、」と白蘭が声を上げた。さっきまでの笑顔が凍りついている。
「どうしたんですか」
「……うん、肝心のケーキ向こうに置いて来ちゃった」
やっちゃった、と白蘭が苦笑する。
「やっちゃったじゃない! さっきまでの期待と緊張感を返して!」
「拗ねないでよ、正チャン。とびきり気持ち良くしてあげるから、ね?」
白蘭が如何にもイケメンな声色で宥めるが、正一は釣れない態度で反対を向く。
「恥ずかしい事言ってないで持って来るなら持って来て下さいよ」
「大人しく待っててね?」
「この期に及んで逃げたりしませんよ」
白蘭を見送ってから、素裸で待つのも今更ながら居心地が悪いと思い至ってベッドの隅に置いてあった薄い毛布に包まる。
よく考えたら寝室の暖房のスイッチを入れていなかった。少し肌寒いが、どうせすぐに熱くなるから、そう考えるとスイッチを入れるためにベッドから降りるのも億劫だった。
「白蘭サン、何してんだろ……」
白蘭は居間からケーキを取って来るだけだというのにまだ帰って来ない。退屈ではあるが、興奮で眠れそうになかった。

暇だとつい余計な事を考えてしまうもので、ふと先程までの行為を思い出していた。
(目隠しがあって助かった……)
いつも口淫をやるのは正一で、白蘭がやった事はなかった。正直自分のモノを口にしている白蘭の姿を考えると恥ずかしいから、目隠しで直に見る必要がなくて良かったと思った。
(………う、上手かったな……)
気持ち良かったと思ってしまった自分がなんとなく恥ずかしくなって、思わず顔を赤くした。
「――正チャン? 顔真っ赤にしてどうしたの?」
「っ、何でもないです! それより何して来たんですか」
「ああ、ケーキ取りに行った序でに放置プレイ」
いい笑顔で白蘭がネタばらしする。その瞬間に正一のこめかみに青筋がたったように見えた。
「そんな事されたって何も起こりませんよ! 暇過ぎてしょーもない事考えちゃったじゃないですか!!」
「ちょ、どうしたの正チャン……。ごめんね? 正チャンが寂しがる姿が見たくて……」
正一がジト目を向けると、白蘭が苦笑しながら優しく頭を撫でてくる。
「何を考えちゃったのかはよく分からないけど、とにかく機嫌直してよ」
ベッドの上で2人向き合って暫し見つめあう。
「白蘭サンが悪いんですよ」
「ハイハイ」
拗ねたような声に白蘭が目を細めて笑い、それから謝罪代わりとして唇と唇を重ねた。


Fin.

11.2.4.

正一誕の続きでした!
もう2ヶ月も経ってんだろ……
結局最後の方はどうまとめたらいいか分からなくなって、
自分でも意味の分からない事に…
反省は多分してる。

Buon Compleanno 正一!


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