written by 月琉様
「…大気さん…まだいるかしら」
学校の前へと着いた亜美。
確認するのならば彼のスマートフォンを鳴らせば済むだけの話なのだが、既に亜美の頭の中は言わなくてはならないことで一杯になっていて、そこまで考える余裕がなかった。
下校時刻30十分前の学校は殆んど生徒もおらず、残っているのは片付けを始めている運動部の生徒と、生徒会の生徒が数人。
そして、自分の席に着いて両手を顔の前で組みながら裏庭を眺めている一人の少年だけだ。
「…た、大気さん…」
「!」
亜美の声に弾かれたようにこちらを見た大気。
「亜美…?」
「…はい。」
「………」
ガタッ、
一瞬、驚いた顔をした大気はすぐにいつもの表情に戻り無言のまま亜美の方へと歩いてきた。
「大気…さ…んんっ?!」
亜美が彼の名前を紡ごうとした瞬間に、その唇を荒々しいキスで塞がれる。
「…ん〜〜//// っはぁ……はぁ…大気さ…ひどい…」
「酷いのは亜美の方でしょう!この一週間ずっと私の事を避けてて…説明してもらいますよ、亜美」
いつになく真剣な大気に、亜美は後悔した。
大気に言いにくいからと灰園の事を話さずに居たことを。
もし、自分が同じことをされたらどうだろう?
心配でどうしようもないのに毎日避けられてしまったら…
…自分が思ってる以上に大気を傷付けていたのかもしれない。
そう思うと胸が締め付けられた。
「…ゆっくりでいいですから。話してくれますか?亜美」
子供を宥めるように優しく問いかける大気。その優しさが今は逆に苦しくて亜美の瞳から涙が溢れる。
「…っ、ごめ…んなさい…どうしても…言えなかったことがあったんです…」
「言えなかったこと…?」
大気はポロポロと涙をこぼす亜美を抱き締めながら聞く。
「…怖かった…んです…大気さんに知られるのが…」
「…?亜美…一体どういうことですか?」
「……えっと…」
この期に及んでまだ言葉が出てこない。
言うと決めたのに…
言わなくちゃいけないのに…
頭では分かっていても、心が追い付いてくれない。
心が大気に真実を伝えるのを拒否しているかのように。
「…亜美…?」
「あ…その…」
バンッ!!
亜美が口ごもり下を向いたその瞬間、教室の前の扉が思いっきり開かれた。
反射的に音のする方向に目を向けた亜美はそこにいる筈のない人物の出現に目を丸くさせ、両手で口を押さえる。
「…どなたですか?」
「あら、貴方が大気くん?」
「ええ、そうですが…どちら様でしょう」
「くすっ、私?私は亜美をさらいにきたのよ」
「は?」
「くすくす、なにも知らないのねぇ。それでも貴方亜美の彼氏?」
嫌味を込めながらくすくす笑う灰園に大気は内心苛々していたが、どうやら彼女は亜美のことを知っているようなので何とか堪える。
「…そのつもりですがね」
「…いいわ、教えてあげる。私の名は灰園黝。亜美の…───」
「っ!やめてぇっ!!」
亜美の悲鳴にも似た叫び声が灰園の言葉を遮った。
「もう…やめて、ゾイサイト…私は…水野亜美なの。貴方の知るマーキュリーではないの…」
「いいえ、そんなことはない。貴方は確かに私の知っているマーキュリーよ。声も仕草も何もかもあの頃の私が愛した貴女のまま…」
「いやぁ…っ…違う…もう…やめて…」
耳を塞ぎ、床に崩れ落ちる亜美。
最早、亜美の精神はギリギリだった。
これ以上大気の前で前世の事を話されてしまったらきっと堪えられない…
「亜美!!」
「大気さん…」
床に崩れ落ちる亜美を抱き止め、大気は灰園の方を睨み付けながら言う。
「…貴女が例え亜美の過去に関わっていようが興味はない…重要なのは現在。…今亜美の傍にいるのは私です!亜美を泣かせる輩に亜美は渡しません!!どうぞお引き取りを!!」
「…ふん、いい度胸じゃないの。何が重要なのは現在よ!私は前世で彼女に誓ったの!生まれ変わって必ず幸せにするって!!さぁ、いらっしゃい亜美っ!!」
ぐいっ、
大気の腕の中から力ずくで亜美の手を引っ張る灰園に、亜美は恐怖に近い感情を抱き始めていた。
「きゃっ、いやぁ…大気さん…っ」
「止めてください!!亜美が怖がってるのも分からないのに良くそんなことが言えますね…呆れて物も言えない…」
「何ですって?!」
「これ以上亜美を泣かせないでください。さぁ、早々にお帰りください。言っても聞いてくださらないのなら大声を出しますよ!!」
キッと鋭いアメジストの瞳で睨む大気に灰園も負けじと対峙する。
「…このっ…」
灰園としてもここで引く訳にはいかないのだ。
ようやく出逢えた亜美。
前世からの約束をようやく果たせるチャンスなのに…
だけど…当の亜美は…
大気から視線を外し、灰園は彼の腕の中で震える亜美を見た。
(…震えてるの…?亜美…)
「───・・・こんなつもりじゃなかったのよ。貴女を泣かせたくて来たんじゃないの…」
そう言って灰園はうつ向いた。
「ゾイサイト…」
「ただ…前世で守れなかった約束を果たしたかっただけなの…亜美は…忘れちゃったみたいだけど」
灰園の伏せられた長い睫毛から小さな雫が落ちるのを見て、亜美の胸がトクンと鳴る。
『──来世では貴女を護るって誓うわ。貴女を必ず見つけるって・・・』
前世で…地球と月の争いが起こったあの時、ゾイサイトはそう言ってマーキュリーを抱き締めた。
忘れる訳ない。
はじめて自分を可愛いと言って好きになってくれたのが彼なのだから。
・・・───でも
「…忘れたり…しないわ。だけど…わたしは大気さんの傍にいたいの…」
「…彼が…好きなの?」
こくん、
亜美は頷く。
「彼が…大気さんが、遠くに行ってしまって、もしかしたらもう二度と会えなくなってしまうかもしれないって時に…誓ったの。大気さんを待ってるって…」
「…亜美…貴女そんなことを…」
確かに亜美は大気を待っていた。
いつ帰るか、それこそ本当に帰ってくるかさえも分からない大気を。
けれど、亜美は本気だった。
大気以外の人を好きになるなど絶対に考えられなかったのだ。
「…あの時わたしには大気さんだけだったんです…」
「ありがとうございます…亜美」
優しく微笑む大気に亜美も幸せそうに微笑えんだ。
その光景を見ていた灰園の口から溜め息が漏れる。
「…あーあー、やってらんないわぁ」
「ゾイサイト…?」
「そんなイチャこらしてるトコ見せ付けられたら百年の恋も冷めるってもんよ、まったく」
「…っ!じゃあ…」
「ええ、諦めるわ。でもその代わり…──」
バァァンッ、
灰園が溜め息をつき次の言葉を言おうとした瞬間、再び教室の扉が音を立てて開いた。
そして、そこに立っていたのは…
「ちょっと待ったぁ────っ!!」
「み、美奈子ちゃんっ?!」
遅れてもう一人。
「待ってぇ…美奈子ちゃん早すぎ…」
「うさぎちゃんまで…どういうこと…?」
混乱する亜美を後ろ手にするようにしてうさぎが叫ぶ。
「説明は後よ、亜美ちゃん!!くぉらぁ!ゾイサイトォッ!亜美ちゃんに手出したら許さないわよっ」
「まっ、しっつれいねぇ!そんなことしてないわよっ!そ れ に!今から帰る所よ!」
「…え。そーなの?亜美ちゃん」
「え、ええ。」
「もうっ、分かったらそこを退いてちょうだい!」
「え…あ…はいぃ…」
灰園の気迫に押されて美奈子とうさぎが左右に退き、その間を通って灰園は廊下へと出た。
「…ところで、貴女たち良く出れたわね。」
二人の方を振り返り灰園。
「えっ!えーっと…ねぇ、美奈子ちゃん?」
「う、うん…秘密よ、秘密!」
「ふーん。まぁ、良いわ。…そうだ、そこの彼氏!」
別段興味もなさそうに二人のやり取りを聞いていた灰園は、亜美たちの方に視線を移しビシッと指をさした。
「…私ですか?」
「そうよ、貴方よ貴方!貴方以外に誰がいるのよっ?!」
「…何でしょう」
「いーい?!あたしは前世から彼女を愛していたの!だけど、諦めるわ。亜美の幸せがあたしの幸せですからね…」
そう、灰園はただ亜美を幸せにしたくてここに来た。
言うなれば、誰よりも一途で純粋なのかもしれない。
「──でも、その代わりに亜美を泣かせたり悲しませたりしたら…容赦なくあんたから亜美を奪うわ!」
キッと大気の方を睨む灰園の目は今までの灰園とはうってかわって、とても真剣な物だった。
それに気付いた大気も真剣な表情で灰園へと向き直す。
「はい…それは、もちろんお約束します」
「…だ、そうよ?亜美。そいつに泣かされたら直ぐにあたしの所に来なさいね!あ、そうだ…もう一つ忘れてたわ…はい、亜美これ。」
灰園がバックから取り出したのは装飾が施された小さな小物入れのような箱。
「開けてみて。」
亜美が言われるまま箱を開くと中には小さな水色に白いマーブル模様の入った石が鎮座している。
「…これは…?」
「綺麗な水色の石でしょ?これは、ブルーレースアゲート。芸術性を象徴するパワーストーンなの。感情を沈めたり心の混乱を取り除いて冷静にさせてくれる効果があるのよ。亜美にピッタリだなと思って。貰ってくれる?」
「どうしてわたしに…?」
「くすっ、鉱物学が仕事だからかしらね。その人を見るとどんなパワーストーンが合うか頭に浮かぶの。亜美を見た時すぐにこの石だって思ったわ。きっと…いつか亜美の役に立ってくれる。」
「…ゾイサイト…いいえ、灰園さん。」
「なぁに?」
「…ありがとうございます!そして…ごめんなさい…」
「いいえ…あたしの方こそごめんなさいね。自分の事ばかりで貴女の事を考えてなかったわ…幸せに…なってね、亜美。」
そう言って灰園は教室を去った。
そして最後に
『今度はお友達として会いましょ!』
と残して。
前世からの繋がり、それは素晴らしいことかもしれない。だが、それは時として混乱を生んでしまう。
今回のように。
…愛し愛された前世が現在と繋がるとは限らないのだ。
・
・
・
「…大気さん…不安にさせてしまってごめんなさい…」
「いえ、ちゃんと話してくれたのですからもう良いですよ。だからそんな顔しないでください、亜美」
「でも…」
「…ふぅ。そうまで言うならオシオキしましょうか…?」
ニヤリと黒い笑いを浮かべる大気に亜美の背筋がゾワゾワとなる。
「えっ?!//// そ…それは、嫌です…」
「くすくす、冗談ですよ冗談」
((く、黒大気さん…!!))
その光景を見ていた美奈子とうさぎは互いの目を見合わせて、こっそりと教室を抜け出した。
「ふ〜、危ない危ない!」
「亜美ちゃんに問い詰められる前に逃げられて良かったよね」
「ほーんと!だって…言えないわよね…」
「…うん…まさか塾に忍び込んだ上に閉じ込められて、扉壊して出てきたなんて…」
外側から掛けられた鍵はとても頑丈でうさぎと美奈子の力では開けられなかった。
窓から逃げるにしても教員室がある階は四階…となれば、正面突破しかないと考えた二人はカーペンターへと変身し、持っていた工具で扉の蝶番とノブを鍵ごと外して脱出したのだった。
「あっ!おだんごいたっ!どこ行ってたんだよ?」
「あら、星野。ちょっとね?」
「美奈も。それより、木野に聞いたよ?」
「えっ?!何を??まこちゃん一体何はなしたの?!」
言われて美奈子は後ろに居た、気まずそうに苦笑いを浮かべるまことを見る。
「ご、ごめん…つい…二人が色んな人に変身してあちこちに忍び込んでることを…」
「ゲゲッ!まこちゃんヒドーイッ」
「酷いじゃないよ美奈!力を使って遊んでたらダメじゃないか!」
「ち、違うのよ夜天くん…」
「何が…違うの?」
「う"っっ…」
「ちょっと家で話そうか、美奈」
「えっ!!いやぁーんっ、助けてまこちゃん!うさぎちゃぁぁんっっ」
「美奈うるさい」
「…はい…ぐすん」
そのまま夜天に引きずられるように連れていかれた美奈子を見て恐る恐るうさぎも星野の方を見る。
「せ、星野も怒ってる…?」
「は?俺は別に怒ってねーよ」
「何で??」
「いや、別にそれでおだんごたちが人助けになることをしてるんなら遊びの延長線上でもいいかなと…」
「星野ぁ…へへっ、ありがと」
嬉しそうに微笑みながら、星野の腕に抱き付くうさぎに星野の顔もまた綻ぶ。
「そうだ!帰りにクラウン寄ってこーぜ!」
「クラウン?星野が珍しいね」
「期間限定パフェの貼り紙してあったんだよ。パフェ好きだろ?」
「パフェ?!食べたい食べたーい!」
「分かった分かった、木野も行くだろ?」
うさぎの方を向いてた顔を後ろにいたまことへと向き直してニカッと笑いながら星野が聞いた。
「えっ!あたし?!」
振られると思ってなかったまことは少し驚きつつも答える。
「あたしは…遠慮しとくよ。お邪魔したくないしね」
「なぁに言ってんのよ、まこちゃん!星野が奢ってくれるってんだから行こうよ〜」
「はっ?!奢るなんて一言も…」
「えっ?奢ってくれるんじゃないの?!」
「あのなぁ……今回だけだぞ」
「へへ〜、やったぁ!まこちゃんの分もいいよね?!」
「はぁ…りょーかい。まっ!だから行こうぜ?木野もさ」
「うーん…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな…?」
「よーっし!そうと決まれば行こーっ♪」
そして、三人は教室ですっかり元に戻った二人を残して学校を後にした。
おまけ
──後日、塾にて。
ザワッ、
ガヤガヤ、
「…?何かしら…?」
亜美が休み明けの塾に来てみると、心なしか生徒が騒がしい。
「何かあったの?」
「あ!水野さん。それがね…教員室のドアが中から壊されてたんだってー!!」
「えっ?!もしかして泥棒?」
「ううん、何も取られてないみたいだよ」
「何も取られてないの?うーん…それはおかしいわね…」
亜美が首を捻っていると、前からカツカツとヒールを響かせながら灰園がやってきた。
「水野さん、ちょっといいかしら」
「え?はい…」
灰園に連れられるまま亜美はエレベーターで生徒達が騒ぎの的になっている四階へと上がる。
「こっちよ」
「?」
「見て。」
「ここは…先生の教員室…ですよね?」
「…ええ」
「扉が壊されたって先生の教員室だったんですか…一体誰が…」
「…あの子たちよ」
「え?」
「あの、おだんごちゃんとおてんばちゃんよ」
「…それって…うさぎちゃんと美奈子ちゃん?!」
驚きを隠せない亜美は目を丸くして灰園に抗議する。
「そんな、二人の筈ないです!だって、ここに来る理由がない…あ…もしかして…」
「そう…偵察に来たみたいよ?それで、ちょっとここに居てもらったの。そしたら…」
「どうして壊したりなんか…ということは鍵がかかっていたってことですよね?」
「それは謝るわ、ごめんなさいね。あたしも頭に血が上ってて…でも、余程心配だったんじゃないかしら?貴女の事が」
「……気付かないうちに心配かけてたのかも…後で謝らなくちゃ」
「ええ、そうしなさい。でも、良い友達を持ったわね…大事にね」
「はい!じゃあ、失礼します」
「あ、二人のこと怒っちゃダメよ?」
「…はい」
亜美はにこっと微笑むと早足でエレベーターへと乗り込み、軽く頭を下げ扉を閉めた。
「くすっ…やっぱり可愛い…諦めるんじゃなかったしらね」
そうして灰園の前世からの長い恋の行方は失恋に終わった。
だが、亜美に対する想いは早々変わるものではないし、自分でもそのつもりだ。
けれど、少しだけぽつんと胸に暖かな恋心とは別の想いが芽生えはじめた灰園だった。
「いつか・・・─── 笑って貴女に会える日がくるのかしらね・・・」
壊れた扉が撤去された教員室の窓を開け、まだ青さを残した空に映える夕焼けを見ながらぽつりと呟くと、風が答えてくれたかのように頬を撫でた。
「…そう…きっと…ね?」
End,
月琉様
またまた素敵なお話ありがとうございますo(*^▽^*)o
またしてもキリ番をゲットして、大亜美←ゾイの続きをとお願いしたところこんなに胸キュンで素敵なお話を書いてくださいましたo(≧ω≦)o
はうぁ〜っ♪ゾイさんいいひとだった。
大気さんとゾイのバトルが!
大気さんが亜美ちゃんを誰にも渡したくないって言うのがひしひしと伝わってきてキュンキュンしました(*´ω`*)
どんなオシオキをしたのか気になるところですが…大気さん怖いから…(爆)
月琉様
いつも素敵なお話ありがとうございます。
宝物にします(^−^)