Treasure | ナノ


いつかの約束
〜すれ違う恋心〜
前編


written by 月琉様

亜美がゾイサイトの生まれ変わりである灰園黝(ハイゾノユウ)と衝撃の再開を果たしてから一週間あまり。

亜美は平静を装ってはいるが明らかに元気がなく、そして大気を避けていた。

その姿にうさぎたちも疑問を感じ亜美に何かあったのか聞くがいつも返事は同じ。

「大丈夫よ、何でもないわ」

「でも・・・最近亜美ちゃん変だよ?やっぱり何か悩み事があるんじゃないの?心配だよ・・・」

「うさぎちゃん・・・ごめんね、でも本当に何でもないのよ。あ・・・私そろそろ塾にいかなくちゃ。また明日ね」

「待って、亜美ちゃん!!」

うさぎが止めるも、何かに気付いた亜美は振り向きもせずに教室を出て行ってしまった。

「亜美ちゃんどうしたんだろう・・・」

「絶対変だね。」

「いつからだっけ・・・?」

美奈子がうーんた首を傾げていると、後ろから近づく不穏な冷気が背中を撫でる。

「っ?!!!」

「一週間前からですよ」

「大気さん!!」

(もしかして大気さんを見て帰った・・・?)

「一週間前って・・・あっ!亜美ちゃんが塾に新任の先生が来るからって手伝いにいった日だ!!」

「どゆこと?うさぎちゃん」

「あのね、一週間前にみんな放課後いなかった時があったでしょ?その日の朝、確か亜美ちゃんがそう言ってたんだよ」

「そうなの?大気」

横でやたらと機嫌の悪そうな大気に夜天が問う。

「らしいですね。なので、塾が終わる頃亜美を迎えに行ったんですが何時まで経っても出てこない上に、何度携帯を鳴らしても出なかったんです。それからです、亜美の様子がおかしくなったのは」

「塾・・・新任講師・・・怪しいわね。怪しすぎる!!」

「・・・美奈、変なこと考えるのはやめなよ?」

「えっ?!」

「だって、絶対今乗り込もうとか考えてなかった?水野の塾に。」

「う”・・・っ、さすが夜天君お見通しね・・・」

「美奈の考えることなんて分かるって」

ふんと鼻で笑う夜天。
そこに、用事を済ました星野が教室に帰ってきた。

「でも、塾で何かあったのは間違いないんじゃねーか?」

「ちょっ、星野まで!」

「大気はどう思うんだよ?」

「・・・私も塾で何かあったんだとは思います。あの亜美が私を避けているんですからね」

「大気を?水野が??」

「ええ。今も教室に入った時、亜美と目が合ったんですよ。でも、亜美はふいっと視線を外すように帰ってしまいました」

「大気が何かしたんじゃねーの?」

「まさか、星野じゃあるまいし大気さんはそんなことしないよ〜」

「おだんご相変わらずひでぇな・・・」

「だって、本当のことでしょ?大気さんは亜美ちゃんを凄く大事にしてるし亜美ちゃんもそうだと思うもん」

「うんうん」

「同感だね」

うさぎに釣られて美奈子とまこともうんうんと頷く。
だが、星野と夜天は内心思った。

((・・・本当の大気を知らないからそんなこと言えるんだよ!!!))

うさぎたちも大気の怖さを知ってはいるだろうが、彼女たちの前で本物の黒大気が出たことは実はまだない。

なので、うさぎたちは原因は大気にないと確信しているのであった。

本当は独占欲が人一倍強くて、亜美の為なら悪にだってなれるような人物だと知っているのは星野と夜天だけだ。

鈍感な亜美も恐らく気付いてはいまい。

大気にも亜美に避けられるようなことをした覚えはない。
寧ろ一週間前のあの日からまともに口さえ聞いていないのだ。

(亜美・・・いったい何があったんですか・・・)

「ねぇ、やっぱりさ怪しいよ」

「美奈!」

「だって、おかしいじゃない!あんな亜美ちゃん見たことないもん」

「・・・うん。行ってみようか、亜美ちゃんの塾」

「おだんごまで!!」

「だーいじょーぶ!!あたしと美奈子ちゃんには秘密兵器があるのよん♪ね、美奈子ちゃん?」

「ねー、うさぎちゃん♪」

「秘密兵器?何だよそれ」

「ヒミツ!そうと決まれば早速決行ようさぎちゃん!!!」

「りょーかいっ!」

そう言うと二人は鞄を手に取りダッシュで教室を出て行ってしまった。

「あーあ・・・行っちゃったよ」

「秘密兵器って一体なんのことだ??」

「さぁ?」

首を捻る星野と夜天に、まことはくすくす笑いながら言った。

「そうか、二人はまだ知らないんだね。」

「知らないって何がだよ?」

「木野は何か知ってるの?」

「うさぎちゃんと美奈子ちゃんは好きな職業の人に変装できるんだよ」

「「変装?!」」

「うん。多分それで亜美ちゃんの塾の講師か生徒に変装して調べに行くつもりじゃないかな」

「成程・・・それなら怪しまれずに潜入できますね」

「二人なら大丈夫だと思うよ。何しろ何回も変装してあちこちに忍び込んでるからね」

苦笑いを浮かべながら続けるまことに夜天は呆れた。
まさか自分の彼女がそんな悪戯まがいのことをしていたなんて思いもしなかったのだ。

「何回もって・・・」

「さすがおだんごと愛野だな」

「・・・うん」



「…はぁ…また大気さんのこと避けちゃったわ…どうしよう…」

本当は今日が塾だと言うのは嘘だ。
ただ、あの場に居づらくてつい塾だからと嘘が口を突いてしまった。

「これから…どうしよう…」

このまま家に帰る気にもならない亜美はとぼとぼと街中を歩く。

手を繋ぎ行き交う恋人たちの姿に亜美の胸はきゅぅっと締め付けられた。

(大気さん…)

「…やっぱり…大気さんに話そう」

それがいい。
ずっとこうしてる訳にもいかないし、何より大気を傷つけてしまったかもしれない。

もし、大気に嫌われてしまったら…

「…っ、そんなの絶対に嫌っ!!戻らなくちゃ…」

亜美はそう言うと元来た道を早足で学校へと、大気の元へ向かった。





その頃塾の裏手へ着いたうさぎと美奈子は鞄に手を入れ、お互いに頷きあった。

「行くよ美奈子ちゃん!」

「OKよ、うさぎちゃん!!」

そして、おのおのにペンとコンパクトを上に翳し叫ぶ。

「ムーンパワーッ!」

「ムーンパワー!トランスフォーム!」

その瞬間、薄暗かった裏手の一角に強い光があふれ二人を包んだ。

「「塾の先生になぁれ!!」」

そう言って塾の講師へと変身したうさぎと美奈子。

長い金色の髪をアップに結い、フリル付きのブラウスとタイトなスカートに身を包んだ二人は塾に入ってしまえば、どこから見ても講師にしか見えない。

「ねぇ、美奈子ちゃん」

「何?うさぎちゃん」

「これさ…バレないかな?」

「うーん…普通の人にならバレないんじゃない?」

「普通の人?」

「そう、普通の人。つまり、一般人にはへーきってことよっ!」

「えー…だ、だいじょぶかな…」

以前、無限学園に忍び込んで敵にバレてしまったのをうさぎは覚えていた。

だが、それ故に美奈子の言う一般人なら気づかれずに済むだろうと言うのも分からなくはない。

けれど、猪突猛進の美奈子をこのまま信じて良いのかはまた別の話。

「だーいじょぶだって!いっくわよー!うさぎちゃんっ」

「えっ?!わわっ、待ってよ美奈子ちゃぁんっ」

うさぎがそんなことを考えている暇もなく、美奈子は先陣を切って裏口の扉を思いっきり開き中へ入って行ってしまった。



亜美の通っているこの塾は四階建てになっており、一階はエレベーターホールと階段、二階には進学クラスの教室、三階には特別進学クラスの教室。

そして四階に準備室が数部屋と教員室がある。

「ふーん、四階が教員室なんて珍しいわね」

エレベーター脇に取り付けられている塾全体の見取り図を見ながら美奈子が言う。

「そうなの?」

「だって、普通職員室とかって一階か二階にない?」

「うん、そう言われてみれば…」

「何か秘密でもあるのかしらっ?!」

「そんなことないと思うけど…美奈子ちゃん、楽しそうだね」

「えっ?!そ、そんなことないとないわよぉ!やーねぇ、うさぎちゃんたら!でも、とりあえず四階から見ましょっか♪」

「…結局そうなるんだね…トホホ」

美奈子に言われるままエレベーターへと乗り込んだうさぎ。

どこかルンルン気分の美奈子に対して、目的地の四階が近付くにつれてうさぎは不思議な感覚を感じていた。

(…? 何だろう…この感じ…前にも何処かで…)

うさぎが顎を撫でるように手を添えながら下を向いた時、ちょうどエレベーターが目的地に着いたことを知らせるピンポンという音が響き扉がゆっくり開く。

「!」

「…うさぎちゃん?」

そして、開いた扉の向こうに居た人物を見てうさぎが先程感じた感覚の正体が分かった。

そこに居たのは亜麻色のゆるいパーマがかかった髪を左脇で結わい大振りなフリルのブラウスとストライプ柄のパンツスタイルの人物…

───そう。
亜美を悩ませている張本人である灰園黝だ。

だが、うさぎたちはゾイサイトまでもが転生したというその事実は知らない。

…その筈なのに…
うさぎは感じてしまった。

オーラを、ヴィジュアルを過去に感じた全ての人物と頭の中で合わせながら…

そして、見事合致してしまったのだ。

「…ゾイサイト…」

「え?」

向かい合わせにエレベーターに乗っていた美奈子は、目を丸くしてそう呟いたうさぎの視線の先を振り返り見た。

そして…

「…あら、これはこれは。お久しぶりね、お二人さん。」

「ゾ、ゾイサイトォォォ?!!」

「ちょっとっ、叫ばないでよ!!まったく相変わらず賑やかな娘ね」

「どうしてここに…」

「…そうね、ちょっと…私の部屋でお話しましょうか。こちらへどうぞ?」

「あ!こらちょっと、待ちなさいよ!」

「…………」

灰園を叫びながら追いかける美奈子を真っ直ぐ灰園を見据えたまま無言でうさぎも追う。




「ここよ。どうぞ入って」

「…教員準備室?」

「ええ。私、今この塾の講師をやってるのよ」

「講師ぃ?!ゾイサイトが?!」

「あ、そうだ!ちょっと貴女!その名前で呼ばないでくださる?!あたしにはちゃぁんと灰園黝って名前があるんですからね!」

「灰園…黝ぅ?!」

灰園はくすっと、人が悪そうに笑うと恰かも二人が自分の元へ来るのが分かっていたように言った。

「そ。どこから話しましょうか…いえ、貴女たちは何が聞きたい?あたしが転生したこと?それとも…───亜美の事かしら」

「!」

ぐいっ、

「うさぎちゃん?!」

その言葉を聞いた瞬間、ずっと黙りこくっていたうさぎが灰園の胸元に両手で掴みかかった。

「…やっぱりあんたが亜美ちゃんに何かしたのね!!亜美ちゃんに何したのよっ?!」

「やーねぇ、誤解よぉ。あたしは只自分の正直な想いを彼女に伝えただけ」

「想い…?」

「ええ。前世で彼女とした約束を果たす為に、ね♪」

「どういうことよ?!」

「さぁねぇ〜、亜美に直接聞いてみたらいかがかしら?」

くすくすと嫌味に笑う灰園に嫌悪感を抱き、亜美のことも気になるがこのままでは帰れない。

もう一つ、聞かなければならないのだ。

苛々して今にも何かに八つ当たりしてしまいそうな感情をぐっと堪えて、美奈子は彼に問う。

「…さっき、転生したって言ったわよね?」

「…──ある日突然ね、記憶が蘇ったの。遠い前世の記憶も、ベリルに操られていた時の記憶も…」

…灰園は続ける。

記憶が蘇った彼は、まずここに存在している自分は一体 "何のか" 調べた。

役所で自分の戸籍を取り灰園黝と言う人物の生まれを知り、持っていた数年前の学生証を頼りに大学に行き自分は鉱物学を学ぶ学生だったことを知ったのだ。

灰園黝には両親も健在しており、幼稚園から大学までしっかり出させてもらったことも分かった。

職業は鉱物学者。

そして、半月が経ったある日「塾の講師をしてみない?」と現在の記憶の中にある大学時代の先輩に誘われ塾を下見に来ていた時に見掛けてしまったのだ。

そう…亜美を。

亜美を見るまでは前世であるマーキュリーと恋仲にあったことは覚えていなかった。

だが、亜美を見た瞬間まるで雪崩のようにその記憶が頭に流れ込んできたのだった。

足りないピースを埋めるように灰園の中に一つの想いが芽生えた。


"今度こそ彼女を幸せにしたい…"


そう思ってしまえば、行動は早い。

すぐに講師の件を承諾して、一週間後にはまんまと亜美との再会を果たした。

「───と言うわけよ。お分かりかしら?あたしは亜美を幸せにする為に転生してきたのよ」

そうあっけらかんと話す灰園に、美奈子とうさぎは唖然とした。

そして、確信した。

亜美の様子がおかしいのは間違いなく彼のせいだと。

「…亜美ちゃんに…話したの?」

「話したわよ」

「やっぱり…」

「やっぱりって亜美から聞いたの?」

「亜美ちゃんがそんなこと言う筈ないでしょ!大気さんがいるのに…あっ!」

「美奈子ちゃん!!」

そこまで言って、美奈子はしまったと思った。

「大気…?もしや亜美に彼氏がいるの?」

先程までと違い、鋭い眼差しで美奈子をじっと見つめる灰園。

「ち、違うわよっ」

その視線に耐えきれず、美奈子はフッと一瞬目線を外してしまった。

ほんの一瞬、それだけでも灰園には十分だった。

「…そうなのね」

「違うって言ってるでしょ!!」

「…いいわ、確かめに行くから!」

「「えっ?!」」

(まずい!このままじゃ…)

「待って!ゾイサイト!!」

「灰 園 よっ!…待たないわ。暫くそこにじっとしてなさい。じゃあ、アデュー★」

そう言って灰園は美奈子の制止を無視して部屋を出ていってしまった。

バタンッ、

そして…

ガチャガチャンッ!

「あっ!開かない…待ちなさい!!」

「えっ?!鍵かけられちゃったの?!」

「そうみたい…どーしよぉ…」

ガチャガチャとノブを捻ってみるが、外から掛けられた鍵は頑丈で扉はびくともしない。

ドンッ、ドンッ!!

「誰かーっ、開けてぇ〜っ」

「どうしよう…このままじゃ鉢合わせしちゃうよぉ〜っ!!あっ!」

「何っ、うさぎちゃん?!」

「じゃーん♪」

うさぎがポケットから取り出したのは何の変鉄もないピンクのスマートフォン。

「最初からこうすれば良かったね」

「でも、うさぎちゃん誰にかけるつもり?」

「そーりゃあ、星…あ。」

もし、仮にここに星野が来たとする。
きっと夜天も一緒に来てくれるだろう。

が、芸能人の二人がこんな所に来てしまったらパニックになり、それこそ灰園を追いかける所の騒ぎではなくなってしまう。

「…忘れてた、星野って芸能人なんだよね」

「うさぎちゃん、忘れてると思うけどあたしもそうなのよ!」

「………さて、どーしよっかぁ♪」

「こらこらーっ!本気で忘れてたわねッッ」

まさか忍び込んだ先で閉じ込められる結果になるとは誰が予想しようか。

うさぎと美奈子がそうしてる間に灰園は塾を出て高校へと向かっていた。

普段なら、もう授業も終わり亜美も学校には居ない時間。

だが、何の因果か亜美はこの日に限って学校へと引き返してしまった。

大気に真実を話すために。

しかし、亜美はまだ灰園が学校へ向かっていることを知らない。


End,



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