星のない世界 | ナノ






【1】

「はぁっ…はぁっ…」
見つかった時、しまったと思った。
今さら激しく後悔しても、すでに手遅れな状況だと判断できた。

こちらとしては別になにか悪いことをするつもりはない。
二年前に“ニンゲン”の世界に行ったきり戻ってこない友人の消息を探しに来たのだ。
大人たちは「あの子たちはもう殺されてるよ」と言って諦めてしまった。

だが少女だけは決して諦めなかった。
彼女達がきっと生きていると信じていた。

けれど本で読んだように“ニンゲン”は自分とは違う種を厭う傾向が強いらしい。
同じ“ニンゲン”同士でもそうらしいのだから、自分達“魔女”に対しての嫌悪感というものは想像にかたくない。

実際に自分を見た瞬間、恐怖と畏怖の眼差しを向けられていると気付いた時には「化け物」「異端」などの非道な言葉や悲鳴に追われ逃げまわった。

大人たちの言うように、もう彼女達は殺されてしまったのかもしれない。
そんな絶望感が少女の脳裏をよぎる。
「くっ…」
ズキリと左足首に痛みが走る。
逃げている時にどこかで挫いたのだろう。
そっと触れると熱と腫れを感じた。
自分の魔術を使えれば応急処置はできるが、ここで力を使ってしまうと見つかってしまう。

(お願い…あたしに気づかないで…あたしを見つけないで)
少女はくちびるを噛む。
(なんとか森まで行ければ…っ)
森からこの街までは歩けば結構な距離だろうが、あいにく自分は街から見えないところまで低空飛行できて、そこから歩いたので実際に時間がどのくらいかかるかはわからない。
何よりここで飛べばすぐに見つかってしまう。

少女は息を殺しながらこの状況を打破する方法に───攻撃魔術を使わずに済む方法はないだろうかと───思考を巡らせる。

あまり大きなことをすると“魔女狩り”が行われる。
それだけはなんとしても避けなければいけない。

(とにかく騒動が収まるまでここに隠れて───っ!?)
狭く暗い路地裏の影に身を潜め、頭から被っている隠蔽魔術のかかった漆黒の外套をギュッと握りしめた時だった。
ジャリと砂を踏む───“ニンゲン”には感知できないほどの───音が聞こえ少女は息を硬くする。

(見つかった?)
ドクンと鼓動が跳ねる。

相手に“認識”されてしまえば隠蔽魔術のかかった外套なんてただの布切れだ。

───ジャリッ ジャリッ

近づいてくる足音

───ドクンドクン

うるさい鼓動

───ジャリッ ジャリッ

足音はどんどんと大きくなる

───ドクン…っ

───ジャリ……ッ

「ーーっ」





「神父様!」
バンと乱暴に開けられた扉に振り向いた青年は駆け込んできた人達に優しく微笑みかける。
「おや、こんな時間にいかがされましたか?」
街より離れ、森に近い所にある教会は夜になって訪れる者は少ないのにと思う。
「大変なんだ!魔女だ!魔女が現れたんだ!!」
掴みかからんばかりに興奮した中年の男性の言葉に神父は目を瞠る。
「一人なんだが逃げられちまった!」
「お願いだ神父様!あの化け物を捕まえるのに協力して欲しいんだ!」
「分かりました。場所はどこですか?」
常に身に着けているクロスと聖水を懐に収めると村人たちに付いて行く。

馬を10分ほど走らせ街の入り口の門にたどり着くと中は騒然としていた。

「神父様だ!大気神父様が来てくださったぞ!」
「本当だ!」
神父───大気の周りに村の男達が集まる。
「みなさんまずは落ち着いてください」
静かな声音に彼らは少し落ち着きを取り戻したようで、街の代表の息子が話をした。

街の子どもや女性、年配者は安全のために集会場に集って数人の男が見張りについて、“魔女”捜索には他の男が当たっている。
“魔女”は一人だけで、追いかけて一度捕まえたが、その時に掴まれた髪の毛を自分で断ち切り逃走。
呆気に取られているうち見失ってしまいどこに行ったのかはわからないが、森の方には逃げていない。

「なるほど…事情は分かりました。では───」
「みんなで協力して“魔女”を捕まえよう!」
「いえ」
意気込んだ男の言葉を遮った大気は続ける。
「“魔女”は私ひとりで探します。みなさんは集会場でご家族やお子さんを守ってあげてください」
「そんな…いくら神父様でも危ないぞ!」
「ご心配には及びません」
「でも…っ」
「私を信用出来ませんか?」
「いや!そんな…滅相もない!」
「では、みなさんは急いで集会場に行ってください」
大気が言うと男達は頷き、集会場に向かって走りだす。
「神父様!相手は“化け物”だ!気を付けてくれよ!」
「はい。ありがとうございます」
村人たちを見送った大気は彼らの姿が見えなくなると、浮かべていた優しい笑顔を消し去ると───
「さぁて……はじめましょうか…」
低くそう呟き、くつりと喉の奥で笑うとゆっくりと歩を進めた。

大気はただの神父ではない。
“魔”を狩る事の出来る祓魔師-エクソシスト-だ。

身につけたクロスに触れ小さく呪文を唱える。
鮮明に脳裏に“ある場所”が浮かぶ。

(ふむ…うまく隠れてますね)
これならば普通の人には見つけることが出来ないのも納得だ。
大気は頷くとそこに向けて歩き出す。

気配探知で誰にも後を付けられていないことを確認するとそこに向かう。

───ジャリッ ジャリッ

狭い路地裏に一人分の足音が響く。

───ジャリ……ッ



「貴女がこの騒動の発端ですか」
一見すると何もない木箱と木箱の隙間。
大気はそこに向かって言葉を発する。
「マントに施した隠蔽魔術───ですか」
さっきまで誰もいなかったそこに突如としてシルエットが浮かぶ。
「なかなかうまく隠れていたようですが……残念でしたね」
“魔女”はゆっくりと立ち上がるが、漆黒の外套の大きなフードを目深に被っているため表情はおろか年の頃もわからないが随分と小柄だ。

「どうしてここに来たんですか?」
「…………っ」
「言いたくありませんか」
「……」
「では質問を変えます」
「……」
言葉ひとつ発することも頷く事も、否定もせずに“魔女”は佇む。

「ここで死にたいですか?」

教会に訪れる者達に「今日はどうしましたか?」と聞くのと同じ気軽さで大気は聞いた。

「……っ」
少女は一瞬何を言われたのか理解できなかった。
ここに来た理由を尋ねた次の質問にいきなりそんなことを聞かれるなんて誰が思う。
だが、少女は瞬時に悟る。
(この人が…あたし達を殺す“ニンゲン”───エクソシスト…)

図書堂で読んだ文献を思い出す。

人間の中で
魔を狩る事が
出来るものは
存在する

陰陽師や祓魔師が
その類である

その者に
出会った場合の
逃避法は
ないに等しい

(あの子たちもきっとエクソシストに殺されたんだ…っ)
少女の脳裏に幼い頃からの友人であった彼女達の笑顔が浮かんだ。

───ザァァァァァァァッ

二人の間に強い風が吹きすさぶ。
「ーっ」
少女の被っていたフードが風をはらんでふくれ、外れると隠れていた顔があらわになる。

「……子ども…?」
俯いているため表情までは分からないがあどけなさの残る雰囲気に大気は息を飲む。
「これは驚きましたね」
大気は本気でそう思った。

「貴女は何を目的にこの街に来たんですか?」
「……」
「言葉を話せないんですか?」
「……」
少女は大気の質問には一切答えない。

(これは参りましたね…)
大気はポケットを探ると聖水の入った瓶を取り出す。
表向き入れている聖水には“魔”の力を持つものにはほとんど───まったくと言っていいほど効果がない。
あいにくと大気は“魔女”と対峙する事はおろか、本物を見るのも初めてのことだ。

「申し訳ないですが少しだけ痛い目を見てもらいます」
「……」
少女は大気の手元を見て、眉をひそめる。
キンと聖水の蓋を外すと大気は少女に向かって投げつける。
(“聖水”?そんなものでっ!)
一瞬で正体を見抜いた少女は小さく呪文を唱える。

───ピシッ パキン

「っ!?」
聖水は少女に届く前に一瞬で凍りつき地面に落ちて割れる。
「なるほど…やはり無意味でしたか…」
大気がふっと笑うと少女がゆっくりと顔をあげる。

空を覆っていた雲が風で流れ、この星特有の対をなす双子月が姿を現す。
双子月は二年に一度の満月で、普段なら薄暗く狭い路地裏ですら眩しすぎるほどに充分な光量が差し込む。

“魔女”の姿に大気は目を瞠り小さく息をのんだ。

幼いながらも整った輪郭。
艶やかな碧い髪に、それよりも少し明るめの碧い瞳。
プルンとしたくちびる。

年の頃は人間年齢で言えば13か、せいぜい14歳といったところか。
大気は誕生日がくれば19歳になるが、目の前の“魔女”は自分より少しだけ年上の可能性もあるかもしれない。

なぜならば“魔力”を持つ者の歳の取り方は“ニンゲン”とは違う。

12歳になるまでは“ニンゲン”と同じように外見年齢と実年齢が一致する。
しかしそれを過ぎると“魔力”を持つものは4年で1歳くらいの外見年齢になるため、歳を重ねれば重ねるほど実年齢とかけ離れていってしまう。
寿命は変わらないのに、生涯を全うしても“魔力”を持つ者の外見年齢はせいぜい30歳ほどだ。
その間の外見年齢なんてまったくアテにはならないらしい。



空と海を溶かしこんだような色合いの髪は、話に聞いたとおり自分で断ち切ってしまったため不揃いでざんばらになってしまっている。

「ーっ、君…は」

大気がかすれた声で呟くと、少女の両方の瞳が碧く輝く。

「っ!」
大気の周りの温度が急激に下がりピリピリと空気が凍る音が聞こえる。
「ちっ」
小さく舌打ちすると大気はクロスを手に握りこみ火を巻き起こす呪文を唱える。
「……っ」
少女は顔色ひとつ変えずにその場に立ち尽くし輝く瞳で大気を睨みつける。
「なにっ」

一瞬周りの温度が上昇し、大気に形勢が傾きかけた───が。

「アクア・ミラージュ」

───パリィィィィィィン

少女が呟いた瞬間、ガラスが割れるような音が響き渡った。
「っ!な…っ」
大気は驚愕で目を見開く。
(火が氷に負けた!?)
通常ならばありえない。
火の術は水には弱いが、氷には有効だ。

「貴女は氷を司る魔女ではないのですか?」
「……っ、アクア・イリュージョン!」
周囲にもやがかかる。
(この“魔女”幻影魔術まで!?)
「っ、つぅっ」
大気が逃げられると思った瞬間、至近距離で小さな声が聞こえた。
耳と気配を頼りに素早くその声の方へと動く。
「しまっ…!」
目の前の少女のみぞおちにドンと一撃を食らわせ、ふらついた小さな身体を支えると反対の手で延髄部分に手刀をトンと叩きいれる。
「っ!?───ぁ」
少女の身体からくたりと力が抜ける。

そんな少女を見下ろし大気はくすりと笑うと、彼女を抱き上げ街の入り口に止めた自身の馬に乗り込むと教会よりもさらに森に近い自身の屋敷へと帰っていく。



まるで精巧な人形のような少女をベッドに寝かせる。
本当に生きているのかと疑いたくなるほどに寝息すら立てずにあどけない“魔女”は眠る。

こうして見ると“魔”の力を持つ者たちは自分達“人間”となんら変わりなく見える。
牙や角が生えているとか、耳が尖っているとかでは決して無い。
ただ“ブルーアイズ”と言われるように“青い瞳”を持っていることをのぞけば───


“魔”の力を持たぬ者
力有る者の
青き瞳を
見つめるべからず

さもなくば
その者
瞳の輝きに
とらわれり

(“とらわれり”って…“こういう事”ですか…)
その時には気にも留めなかった古-いにしえ-の言葉。
いざ身を持って体験してようやく理解できた。

「さて、どうしましょうか?可愛らしい“魔女”さん?」


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