Aqua melody ー水面の旋律ー | ナノ


nocturne -夜想曲-

「こっちだ」
リサイタル関係者のみ利用できる駐車場へと抜けた5人は、停めてあった車に乗り込む。
運転席に衛、助手席にせつな。
後部座席に亜美、大気、ほたるが乗り込む。
「ほたる行けますか?」
「うん。大丈夫」
「よし、大気君」
「はい」
「おそらく、駐車場の出入り口でも張られている可能性が高い。
少しの間でいい。亜美ちゃんを隠せるか?」
時刻は夜の8時を回って暗くなっているが、万が一の事を考えて、念には念をいれておいた方がいい。
「分かりました」
衛が言うと、大気は頷き、亜美をシートに押し倒し覆い被さる。
「きゃぁっ!」

「大胆だな…」
「わぁっ」
「ほたる、見てはいけません」
「〜っ///」
「っ、いいから早くしてください」
「あぁ、それじゃあ行くぞ」
衛はゆっくりと車を発進させる。
急ぐとかえって怪しまれるのであえて、普通のスピードで駐車場を抜ける。

記者らしき人間が訝るようにこちらを見たが、幸いなことに後部座席に意識は行かなかったようで安心する。
念の為に跡をつけられていないかを探るために、あえて関係ない道を走り、注意深く周りを警戒する。
車を走らせて5分ほどで大丈夫そうだと判断し、せつなが「お二人とももう大丈夫です」と声をかける。

あまりその、亜美と大気の体勢はほたるの教育上にも、亜美の心情的にも、何より大気の理性的にも良くないだろうと密かに衛は思った。

大気が体を起こし、亜美をそっと抱き起こす。
「ふぅっ」
「大丈夫?亜美さん」
「あ、うん。平気///」
「真っ赤」
「っ///」
赤くなってうつむく亜美にほたるはくすくすと笑う。

「目的地までは大体20分くらいか?」
「そうね、この混み具合ならもう少しかかるかもね」
「あの…衛さん、せつなさん、一体どこに行くんですか?」
亜美は車の進行方向が違うことを疑問に思う。
「あぁ、実はサプライズはさっきのリサイタルだけじゃないんだ」
「……え?」
「ふふっ、もしもこうなった時のためにちゃーんと準備してあるんだよ」
「何...を?」
ほたるの言葉にわけがわからず、亜美は聞き返す。

「亜美さん」
「はい」
「今日は何月何日?」
「9月8日」
「それじゃぁ、明後日は?」
「9月10日」
「何の日?」
ほたるにそう聞かれ、思い出す。
「──あ」
自分の誕生日だったことを。
「思い出したみたいだな」
衛がクスクスと笑う。
「はるかパパとみちるママと、せつなママと衛パパで考えたんだよ」
「ほたるもでしょう?」
「うん」

「ちょっ...と、待って下さい。あたしはああやってステージで演奏させてもらえただけでもすごくお世話になって、それまでもたくさん迷惑をかけたんです。
それなのにこれ以上なんてっ…」
「それは違います」
亜美の言葉をせつながピシャリと止める。
「みちるは亜美さんの音を初めて聴いた時に、いつか貴女と同じステージに立ちたいと思ったそうです」
「え?」
「だから今日はどちらかと言えばみちるの我儘なんです」
「でもっ!」
「亜美ちゃん」
「はい」

「君は昔、俺に言ったね?“自分には夢なんかないんじゃないか”って。覚えてるか?」
「はい…」
「今の君は、どうだ?」
「え?」
「君はあの頃と形こそ違うけれど、立派な夢を持ってるだろ?」
「あ…」
「夢を叶えるために頑張っていた君のことは、二人から聞かされていたしね」
「っ」
「君の演奏はたくさんの人の心を動かしたんだ。今日の君は夢に向かって大きな一歩を踏み出したんだ」
「ーーっ」
「あー、衛パパ、亜美さん泣かせた」

大気が亜美の涙をそっと拭う。
「亜美」
「ーっ」
「亜美の奏でる音色はとても澄んでいて、優しくて、そして、強く心を打たれました」
「大気...さん」
「それに、亜美はいつも人の心を動かしているんですよ」
「え?」
「私がどれだけ亜美の言動や行動に心を動かされていると思ってるんですか?」
「っ///」
亜美の反応に大気はくすりと笑う。

「大気さんは亜美さんの事が大好きなのね」
「えぇ」
「っ///」
「ふふっ」
「うーん。若いなぁ」
「本当ね」
「もーっ!二人ともなに人事みたいに言ってるの?普段ラブラブじゃない?」
「おいおい…ほたる」
「そんな事はありません」
「えー?そうかなぁ?」
仲睦まじいやりとりに大気と亜美は顔を見合わせくすりと笑い合う。

それから20分ほどで目的地にたどり着く。
「さぁ、着いたぞ」
言うと、衛とせつなは車を降り、後ろに積まれた荷物を下ろす。
「行こう、亜美さん」
ほたるににこりと笑いかけられ、こくんと頷くと車を降りる。
「……ここって?」
戸惑う亜美の手をそっと握った大気は、衛たちの後ろに続く。
豪奢な扉をくぐると、そこはやはり豪奢な空間が広がっていて、亜美はますます戸惑う。
「天王で予約した者ですが」
「かしこまりました。今夜ご宿泊なされるお客様は大気様と水野様ですね」
「お荷物お預かりいたします」
「これは一体?」
大気もさすがに驚いたように聞く。
「みちるとはるかと衛さんと私とほたるから、亜美さんへのプレゼントです」
「え?」
「二日早いけど、誕生日プレゼントだ」
「18歳おめでとう、亜美さん」
「──ありがとう、ございます」
少し戸惑いながらも、そう言う亜美に三人が微笑む。

「大気君、ちょっといいか?」
「はい」
衛とせつなが大気を呼び、ほたるが亜美になにやら話を始める。
「突然で色々驚いているでしょう?」
「えぇ…。お聞きしますがここって、結構しますよね?」
「それなら気にしなくていい」
「そう言うわけには…」
「“亜美の幸せには大気君が必要不可欠だもの”」
「はい?」
「と、みちるが言っていました」
「一ヶ月以上、亜美ちゃんとゆっくり過ごせていなかっただろう?」
そう言われ、大気は頷く。

「お二人のためのプレゼントです」
「──そう、ですか…」
「納得したかい?」
「はい、ではお言葉に甘えてありがたく戴きます」
「話が早くて助かるよ」

「亜美さん」
「なぁに?ほたるちゃん」
「貰って、くれるよね?」
「でもっ」
「せっかく亜美さんに喜んで欲しくて、みんなで一生懸命考えたのに……」
しゅんとほたるが落ち込む。
「ほたるちゃん…」
「あたしも、いっぱい考えたんだけどな……」
「分かったわ。ありがとうほたるちゃん」
ほたるに負けた亜美がそう言うと、彼女はぱぁっと顔を輝かせる。
「ホント!」
「えぇ」
「良かったぁ。あのねお部屋のところにみちるママの専属のスタイリストさんがいてくれるから着替え手伝って貰ってね?」
「うん。ありがとう」

「それじゃあ、明日の10時半に誰かが迎えに来るから」
「マンションでお待ちしています」
「亜美さん、大気さん。また明日」
「はい、ありがとうございます」
「衛さん、せつなさん、ほたるちゃん。本当にありがとうございました」
ホテルの案内人についていく大気と亜美を見送った三人は顔を見合わせくすりと笑う。
「さ、あたし達もみんなの所に帰ろう?」
「あぁ、そうだな」
「行きましょう」
真ん中にほたるを挟み、衛とせつなの三人が手をつないでホテルをあとにする。



「こちらでございます」
「ありがとうございます」
「…あ、ありがとうございます」
「お荷物は先にお部屋のほうに運ばせていただいていますので、何かご用があればフロントの方にご連絡ください」
「はい」

部屋の前にいた二人の女性が大気と亜美を見て会釈をする。
四人で部屋に入り、まず亜美の変装を解くために女性三人はある一室に消える。

「水野様、これでいかがでしょう?」
「はい、ありがとうございます」
ウィッグやカラーコンタクトは外され、メイクもナチュラルなものになり、いつもの亜美に戻る。

新たに用意されていた服は真っ白のシフォンワンピースだった。
「水野様」
「はい」
「お写真一枚よろしいでしょうか?」
「え?」
「海王様に頼まれていまして」
「あ、はい。どうぞ///」
「ありがとうございます。では」
どこからか立派なカメラを取り出し、パシャリと一枚写真を撮ると、丁寧に挨拶をして颯爽と去っていった。

亜美はみちるにお礼の連絡を入れようと携帯を開き、メールに気付く。

From:みちるさん
Subject:亜美へ

今日はお疲れ様。
お世辞を抜きにして、本当に素晴らしい演奏だったわ。
貴女にとって初めてのジョイントが私である事を誇りに思うわ。
今日のコンサートで貴女をお披露目した事は間違いではなかったわ。
亜美の夢を私達は全力で応援したいと思っていてよ。
これから大変になるとは思うけれど、今夜は大気君にたくさん甘えなさい?
会えなくて寂しそうにしているよりも、やっぱり愛する人の傍で笑っている亜美の方が素敵だわ。
だから遠慮しないで、二人の時間を楽しんでね。

みちる 


-END-


「みちるさん…ありがとうございます…」

亜美はみちるにお礼のメールを送ってから部屋を出ると
「大気さん」
夜景を見ていた大気にそっと声をかける。
「お待たせしました」
ゆっくりと振り向き、優しく微笑む大気に亜美の鼓動が跳ねる。

「さっきまでの亜美も素敵でしたが、やっぱりいつもの亜美のほうがもっと素敵です」
「っ///」
真っ赤になる亜美に大気はくすりと笑う。
「亜美」
「はい///」
「おいで」
「〜っ///」
亜美はそっと大気の隣に並ぶ。

「わぁ...っ」
そこから見える景色は見事だった。
ダイヤを散りばめたように、街のネオンが光り輝く。
「すごい」
窓から外を見つめる亜美を大気がそっと抱きしめる。
「っ/// た、大気さん///」
「はい」
「あ、の///」
「どうしました?亜美」
大気は優しく囁く。

「大気さん。怒ってないですか?」
「え?」
大気は亜美の言葉に心底驚いた表情を見せる。
「どうしてそう思うんですか?」
「だって、あたし、大気さんに何も言わなかったから…」
「驚きはしましたが、怒ってはいません」

この言葉に亜美は抱きしめられた腕の中からおずおずと大気を見上げる。
その青い瞳には少しの不安が窺え、大気はくすりと笑うと亜美に話し始める。

「むしろ亜美が一人で将来の事を考えて頑張っていたのに、近くにいながら支えられなかった事が申し訳ありません」
「そんな事!そんな事...ありません!」
「亜美?」
「今回の事は、あたしの身勝手な我儘なんです。いろんな人を振り回してたくさん迷惑をかけたんです。大気さんにもうさぎちゃん達にも何も言わないで、今日も騙すみたいになってしまって…」

亜美はずっと心にひっかかっていた。
みんなに何も言わずに今日を迎えることを。
未来を決めたことを。

「それは違います。亜美はなんの理由もなしに人に大切な事を言わない人ではありません。絶対です。海王さん達が今日まで秘密にしておくように言ったことにはちゃんと大きな意味があったんです」
「そう...でしょうか…」
なおも不安そうな亜美に大気は苦笑する。

「亜美、忘れていませんか?」
「え?」
「私はこれでも天下のトップアイドル“スリーライツの大気光”ですよ?そんな私が言うんですから、信じて欲しいですね」
大気の言葉に目を丸くした亜美は、彼をじっくりと見つめると
「ふふっ。大気さんがそんな事言うなんて、ふふふっ」
クスクスと笑い出す。

「亜美」
「ふふっ、はい」
大気はそっと亜美を抱きしめる。
「これからは、話して下さい。将来の事も、ハープの事も。他にもたくさん」
「──はいっ///」
亜美も大気の広い背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返す。

亜美を抱きしめる腕の力を緩め少し体を離すと、彼女の頬にそっと手を添え上を向かせる。
「っ///」
「亜美」
「大気...さん///」
大気がゆっくりと身を屈めると、亜美の長い睫毛が揺れそっと瞳を閉じる。
そのまま二人のくちびるが触れ合う瞬間

────コンコン

「っ///」
ノックの音に亜美が驚き、身を引く。
「……」
大気は内心かなり残念に思いながら、扉を開ける。

食事が運ばれてきた。
「食べましょう、お腹空いたでしょう?」
「あ、そう言われれば…」

亜美は9月に入る少し前から、緊張のせいか、食事があまり喉を通らなかった。
初めてのステージでの演奏と、秘密を明かせた事から緊張も解けた今、空腹という感覚を久しぶりに感じていた。

「なるほど」
亜美のその言葉になにやら納得した大気は、ふむと頷く。

二人で話をしながらゆっくりと食事をすませる。

「ふぅっ」
「うーっ…」
「大丈夫ですか?」
「もうお腹いっぱいです…」
大気はソファにくてっと身を沈める亜美の髪をくしゃりと撫で、隣に腰を下ろすとそっと彼女の肩を抱く。

「亜美」
「っ///」
「今度は逃がしません」
くいと顎を上げられ、大気のアメジストの瞳に射抜かれる。
「あっ///」
ゆっくりと大気の綺麗な顔が近づいてくる。
亜美は瞳を反らせる事も、閉じる事も出来ずに、そのままくちびるを奪われる。
「んっ///」
触れるだけの口付けだけで亜美は真っ赤になる。

「亜美...可愛い」
亜美の反応に大気はくすりと笑うと、再び亜美の柔らかなくちびるについばむようなキスを何度か繰り返した後、吐息を奪い尽くすかのように深く口付ける。
「んぅ…〜っ/// はっ...ぁ///」
くちびるを離すと、亜美が大気の胸に顔をうずめる。
「大気さん///」
「どうしました?亜美」
「いきなり、激しいです///」
「仕方ないでしょう?亜美にこんな風に触れるのは久しぶりなんですから。今のキスもかなり加減したんですよ?」
「えっ///」
「今夜は覚悟しておいてくださいね?」
大気の言葉に亜美は驚きとっさに顔を上げる。
そこには、妖艶に微笑みを浮かべる大気の顔があった。
「っ///」
再びチュッと触れるだけのキスをされ、亜美は真っ赤になる。





その後、みちる達の心遣いでバラの花びらが敷き詰められたお風呂にゆっくりと入った亜美は、入れ替わりに大気がお風呂に入ってる間、窓辺に腰掛け持ってきたベイビーハープをそっと爪弾く。

───♪〜♪〜〜♪

ハープの指運の練習のために家でも弾いていたベイビーハープは手に馴染んでいる。
目を閉じても弾けるほどに何度も何十回も何百回も弾いてきた。

────〜〜〜♪

お風呂から上がった大気は、その音色に聴き惚れる。
気配を殺しバスルームの方からそっと亜美の様子を窺う。
柔らかな月の光に照らされながら、ハープを爪弾く亜美はいつもよりずっと大人っぽく綺麗に見え、大気は息を飲んで彼女の姿を見つめる。

───♪〜♪〜♪〜〜♪……

「大気さん?」
ピタリと音色が止まり、澄んだ声で名前を呼ばれた大気ははっとする。
「どうかしましたか?」
不思議そうに首を傾げる亜美にはいつものあどけなさがあって大気は微笑む。
「いえ、とても綺麗だったので───」
「ありがとうございます///」
「───亜美が、ね」
てっきりハープの音色のことだろうと思っていた亜美は、大気の言葉にきょとんとすると
「なっ...にを///」
真っ赤になる。

「本当ですよ?」
「か、からかわないでください///」
「からかってなんかいません。本気です」
大気は亜美の目を覗きこむように正面から彼女を見据える。
アメジストの瞳は真剣な色をしていて、亜美は吸い込まれそうになる。
「あっ、ありがとう...ございます///」
「亜美」
「はい///」
「何か弾いていただけませんか?」
「え?」
「なんでも...亜美の得意な曲で構いません。今だけでいいんです。私のために弾いてもらえませんか?」

「分かりました」

♪───♪♪────

亜美のハープから奏でられるメロディに大気は笑みを浮かべる。

『流れ星へ』

♪〜♪♪♪〜

曲を弾き終わった亜美はそっと窓辺にハープを置く。
しかし、亜美は気恥ずかしさから大気を見る事ができない。
練習曲として雪音やみちる達にも内緒でこっそりと一番弾いていた曲が『流れ星へ』だった。
ある意味で、一番手に、耳に馴染んでいるのが、大気の作ったこの曲だった。

「ありがとうございます」
「いえ/// どう、いたしまして、です///」
「すごく嬉しいです」
「そんな///」
「亜美は私がキンモク星に帰っている間にハープを始めたんでしたね?」
「はい」
「始めた頃から“その曲”を練習していたんですか?」
「そう───ですね。わりと最初の頃からです」
「私がいない間も?」
「はい///」
「そうですか」
亜美の言葉に大気は嬉しく思う。
自分がいない間にも、亜美の中に自分が残していったモノが傍にあったこと。
彼女がこの曲を選んだ理由がなんにせよ、大気は亜美と繋がれていた事が嬉しい。

「大気...さん?」
「ありがとうございます、亜美」
大気は優しく亜美を抱きしめる。
「ありがとう───亜美」
「いえ///」



大気はそっと亜美のくちびるにキスをひとつ落とす。
「んっ///」
サファイアの瞳が揺れ、アメジストの瞳に情欲が宿る。
「おいで、亜美」
「はい///」
大気は亜美をそっと抱き上げベッドルームへ運ぶ。
「───亜美」
「大気さん///」
「愛しています」
「あたしも...です/// 愛してます/// 誰よりも貴方の事を───大気さん」



二人きりの甘い夜は───終わらない。


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