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04
「おはようございます、水野さん」
朝の職員室で机の整理をして、日課に繰り出そうとした大気は教室の鍵を取りに来た亜美に気付き声をかける。
「大気先生、おはようございます」
「毎日早いですね」
「そう…ですか?」
「まだ、7時40分です」
「小学5年の頃からの習慣なので、もう癖みたいなものなんです」
そう言って微笑む亜美と一緒に大気も職員室を出る。
亜美は「失礼しました」の挨拶は忘れなかった。

「大気先生の方こそ、いつも早いですよね」
「私は新人なので、色々とやらなくてはいけない事があるんです」
「そうなんですか?」
「えぇ、例えば迷わないように校内構造を頭に叩きこんだり、ですね」
「ふふっ」
亜美は一瞬目を丸くしたが、大気の言葉を理解し微笑む。
「水野さんは迷子になりましたか?」
「はい、小学部に入学したばかりの頃にちょっと興味本位でうろついてみようと思ったら、あっという間に迷っちゃって…。不安になってきちゃって泣いちゃいそうになった事がありました」
亜美は懐かしそうに、楽しそうに話す。
「それで無事に戻れたんですか?」
「いえ、結局自分の力では戻れなくて怖くて泣いてしまって/// そうしたら通りかかった高等部の方が助けてくださって、小学部の棟まで連れて行ってくださったんです///」
「そうだったんですか」
「はい///」
恥ずかしそうに頬を染める亜美に大気は微笑む。

「水野さんがそうやって興味本位で探検するのが少し意外です」
「そうですか?」
「えぇ、あくまで私のイメージなので気を悪くしたらすみません」
「いえ!そんな事ありません」
「それは良かったです」
「いろんなものを見たいなって思うんです。案内図にきちんとかかれていても、ちゃんと自分の目で見て納得したいって言うか」
「なるほど、私もそうですね」
大気の同意に亜美は顔を上げる。
「あ、もしかして、それでいつも歩いてるんですか?」
「えぇ、地図とにらめっこしているよりも、実際に歩いて目で見た方が覚えられるんですよ」
「そうですよね。もうだいぶ覚えましたか?」
「七割と言ったところです」
「え?この敷地全体の七割ですか?」
「えぇ、と言っても大学部の方までは把握できていませんが…」
「すごい…ですね」
亜美は本気で感心する。
「そうですか?」
「はい」
「意外な発見があったりして面白いんですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ」

二人で教室までの道を歩きながら話を続ける。
「水野さんはどこの施設を利用するんですか?」
「今は生徒会と、時々プラネタリウム館を。それと、図書館です」
「──図書館、ですか」
大気が静かに反応する。

「はい。あたし子どもの時から本が大好きで、小学部に入学してからよく図書館に通ってます。
だから一番最初に覚えた施設は図書館なんです」
そう言うと、亜美は嬉しそうにふわりと微笑む。
つられるように大気も微笑み返す。
そうこうしているとちょうど1年6組の教室前についた。
他の教室はまだ開いていない。

「では、私は今から少し校内散策にいきます」
「はい、えっと、いってらっしゃい」
亜美の言葉に大気はふっと優しく微笑むと
「はい。また朝のホームルームで。いってきます」
と、言って去っていく。
亜美は大気が階段への角を曲がるまで見送ると教室を開ける。

教室の窓をすべて開け空気を入れ替える。
そこから見える木々の葉は青く茂っていた。

自分の席に座ると、1限目の教科書とノートを開き予習を始める。
すでに昨日の夜の間に済ませているのだが勉強はどれだけやってもやりすぎということはないので、これが彼女の朝の──親友である少女たちが登校してくるまでの──日課となっていた。

(大気先生って真面目なのね)
亜美は教科書の文字を目で追いながら、大気との会話を思い出す。
(学校内の七割か…すごいわ)
今年で学園在籍10年目になる亜美は中学部でも生徒会に所属していたため敷地全体の把握はほぼ完璧である。
(ここに来て1ヶ月ほどで七割は聞いたことないもの)
亜美はぼんやりと始業式に出会ったばかりの大気を思い出す。
迷って慌てていた大気とぶつかった事を思い出し微笑む。
きっと彼はもうあんな風に校内で迷うことはないんだろうなと思う。
(そう言えばあの時、新しい事務員さんと勘違いしたのよね)
それが実は高等部の新任教諭で自分たちの副担任になるなんて思ってなかった。

『一見真面目で堅物そうに見えるけど結構面白いよね』と言っていたのは、うさぎだったか、美奈子だったか。
授業も丁寧でわかりやすく、教え方もうまい。
(いい先生──よね)
亜美は小さく微笑む。

「……」
一人教科書を開きながら、どこか楽しそうにしている亜美を、教室の外から浦和が複雑そうに見ていた。



一方の大気も校内を歩きながら、さっきの亜美との会話を思い出す。
(図書館──ですか)
新任に就いてから多忙な日々が続いているため、いまだに図書館に行けずにいた。
それにあと2週間で中間試験が始まる。
試験問題も作らないといけないとなると…
(図書館に行けるのはもう少し先になりそうですね…)

「あ、大気先生おはようございまーす!」
「ん?愛野さんおはようございます。朝練ですか」
「はい!」
「もう終わりですか?」
「はい」
「そうですか」
「先生は何してたんですか?」
「散歩のようなものです」
「へ?散歩?」
「学校内の構造を覚えながらです」
「あぁ、なるほど〜」
「それでは、また後で」
「え〜っ!もう少しお話ししましょうよ〜!」
「夜天君、愛野さんを待ってるんじゃないんですか?」
大気が彼女の背後を示すと、夜天が近づいてくる。

「おはようございます、夜天君」
「オハヨーゴザイマス大気先生…」
「夜天くーん!待っててくれたのね?ウ・レ・シ・イ♪」
「その割に気付いてなかったでしょ…」
「だって夜天君てば気配殺しすぎ」
「写真撮る時に気配殺すクセがついちゃったんだよ…」
「そんなところも好き」
「ハイハイ、ありがとう」
「お二人はいつも仲がいいですね」
「はい!ラブラブです!!」「いえ、違います」
「えー!夜天君ひどい!」
「美奈が開けっ広げすぎるんだよ…」
二人のやりとりを大気は微笑ましく見守る。

「なんか騒がしいと思ったらやっぱり美奈子ちゃんね」
人気のない方からレイがやって来る。
「レイちゃんおはよう」
「あ、おはようございます大気先生。おはよう美奈子ちゃん、夜天君」
「おはようございます、火野さん」
「オハヨ、弓道部?」
「え?あ、いや、ううん。今日は朝練はないんだけど…。ちょっと早く着きすぎちゃったから散歩してたの」
「夜天君、学校ではお散歩がブームなの?」
「違うんじゃない?」
「なんのこと?」
「大気先生も散歩してたんだって」
「そうなんですか?」
「早く学校内の構造を覚えたくて、毎朝校内を歩いてるんですよ」
「あぁ」

「みなさん今の説明で必ず納得してくださるので助かります」
「いや、先生だけじゃなく生徒にも結構そういう人いるんで、高等部は外から進学してくる子がいないからそんな子はいないですけど、小・中学部の方に行けば珍しい光景でもないんです」
「そうなんですか?」
「はい」
「あたしとうさぎちゃんもやったわぁ。それで見事に迷った!」
「あたし達はそれを小学部で経験したのよ」
「僕もそうだった。迷わなかった人っているのかな?」
「「さぁ?」」



「あれ?お前らおはよう!っと…大気先生おはようございます」
「おはようございます星野君」
「「おはよう星野君」」
「オハヨ、星野」
「こんなところで一体なにしてんすか?」
「星野は小学部で最初の頃って迷った?」
「は?あ、あぁ。迷ったぞ、すげぇ迷いまくった」
「迷わなかった人って知ってる?」
「何?そんなすげぇヤツいんの?」
「やっぱり星野君も知らないかぁ…」

「みんなおはよう、なんでこんなところで?あ、大気先生まで、おはようございます」
「おはようございます木野さん」
「「おはようまこちゃん」」
「「木野、おはよう」」
「で?何してたのさ?」
「実はね──」

結局そのまま生徒たちと話し込んだため大気の朝の探索は進まなかった。



予令ギリギリにみんなが教室に入ってきた。
『おはよう亜美ちゃん』
「「おはよう水野」」
「おはようみんな、今日は遅かったのね?」
「大気先生と話し込んじゃったの」
「大気先生と?」
「学校の中を歩いて構造覚えてるんだってさ」
「すごいわよね。あたしとうさぎちゃんなんていまだに知らない場所があるくらいなのに」
「ん?そういやおだんごまだか?」
「えぇ、まだ来てないわ」
「また遅刻なんじゃないの?」
「朝起こした時は起きてたんだけどなぁ…」
「星野君はうさぎを甘やかし過ぎなんじゃないかしら?」
「そんな事ねーよ」
「うさぎちゃんを家まで迎えに行くようになったらアウトだよね」
「それはしない。俺も朝稽古あるし、それにさすがにそこまでしたら過保護だろ?」
《そこはちゃんと自覚あるんだ》

「本令まであと1分切ってるね」
夜天が教室にかかった時計を見つめ、言った──その時。
「セーーーーーーーフ!!!っ、はぁっ…、はぁっ」
「お、間に合った」

────キーンコーン…



「月野、今日は遅刻しなかったな」
「やぁーだな、まもちゃん先生ってば!あたしが本気出せこんなもんですよ!」
「そうか、頼もしいな。じゃあ明日からもその調子で頼むぞ」
「は、はぁーぃ…」
「ん?声が小さいな」
「わ、分かってます!まかせてください!」

(おだんご多分明日は遅刻だろうな…)


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