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03
「ただいま」
大気が家に帰ったのは夜八時をまわった頃だった。
「お帰り光。ご飯できてるけどどうする?先に風呂入っちゃう?」
リビングから顔を覗かせたのは彼と瓜二つの人物。
「いや、先に食事にします。メニューは?」
「ん。春キャベツとじゃこの和風パスタと、玉子スープ。足りる?」
「はい、ありがとうございます。姉さん」
彼女は大気光の双子の姉である大気明。
外見は大気とまったく同じであるが、れっきとした女性である。

「いやいや、アタシが忙しい時は家事はほとんど光がやってくれてたからね。お互い様よ」
「そうですね。着替えてきます」
「ん、仕上げとくわね」
「おねがいします」

大気は自室に行くとラフな服装に着替える。
スーツをハンガーにかけると部屋を出て手を洗い、リビングに戻るとちょうど料理が完成したところだった。

「「いただきます」」

「“先生”初日はどうだった?」
「緊張しました。それに覚える事が多くて大変です」
「そう。どこかのクラスの担当になったりした?」
「えぇ、一年生の副担任になりました。担任が地場先輩なんですよ」
「へ?そうなの?」
「はい」
「そんな事ってあるんだねぇ」
「そうですね」
「せっちゃんは?」
明の言う“せっちゃん”とは小学部教諭であり、衛の彼女であり、明の親友でもある“冥王せつな”の事だ。
大気の大学時代に衛とせつなと知り合い、仲良くなった。
「冥王先輩なら3年生の担任になっていましたよ」
「そっかぁ。担任なんだ。最近忙しくてせっちゃんに会ってないからなぁ。あとでメール入れとこう」
「電話すればいいんじゃないですか?」
「地場先輩とデートだったら悪いでしょ?」
「なるほど」



「ねぇ、光」
「はい?」
「図書館にはもう行った?」
「いえ、まだです。近いうちに行こうかとは思ってます」
「そうなんだ。懐かしいよね。光は中学の時からあそこの図書館の常連だったもんね」
「そうですね」
「最後に行ったのいつ?」
「確か高3の大学受験前なので、もう五年くらい前ですね」
「そっか。あたしは中3の試験前だから…、うわっ!八年前!?」
「姉さんは、両手で数えられるほどしか行かなかったでしょう?」
「光が連れ出したんでしょ?」
「試験勉強前に自分から一緒に勉強しようって言いながら、いざとなったら部屋の掃除を始めようとするからです」
「あー、そうだったわねぇ…あの謎の衝動はなんだったのかしらねぇ?」
「知りませんよ…」

「あー…ねぇ、面白い生徒とかいそう?」
「なんですか?突然」
「や、さっき料理しながらちょっと考えてたんだけどさ、あの時の“彼女”…今頃、中3か高1なんじゃないかなって思ったのよね」
「………………そんな事を考えていたから麺が少し残念な事になってるんですね?」
「う、バレたか」
「でも、姉さんの予想は当たってます。────いましたよ」
「…ホントに?」
「嘘ついてどうするんですか」
「そっか。いたんだ」
「えぇ、迷っていたところを助けてもらいました」
「は?…迷った?誰が?」
「私が、です…。思っていたよりずっと広くて…」
「へぇ…それはなかなか…そうなんだ」
「なんですか?」
「アタシは今までアンタが迷子になったところを見たことないのよね」
「私だって道にくらい迷います」
「む…光が迷子に…。あとで母さんに教えてやろっと」
「余計な事を言わないで下さい!あとで私から連絡しますから」
「はいはい。で?」
「何がですか?」
「助けてもらったんでしょ?“彼女”に」
「えぇ」
「向こうは気付いた?」
「いえ、さすがに」
「光はよく分かったわね?“彼女”だって」
「──そのまま大きくなった感じでした」
「ほぅ…つ・ま・り!美少女ね!!」
「…えぇ、そう…ですね」
「アタシも会いたい!」
「無茶を言わないで下さい」
「うーっ…もう図書館には通えないしねぇ」
「つまみ出されますよ」
「だよねぇ…せめて写真ないの?」
「ありませんよ。まだクラス写真撮ってません」
「光だけズルイ!」
「意味がわかりません…」



「────光」
「はい?」
「生徒に手、出したらダメよね?」
「当然です。なんで疑問形なんですか?」
「……別に?」
「はぁ?」
大気は明の言葉の真意がわからず、首をかしげる。



二人はその後、もくもくと食事を済ませる。
「「ごちそうさま」」
「食器洗い任せていい?」
「えぇ、姉さんは先にお風呂入って下さい。明日も早いんでしょう?」
「うん。まぁね。じゃあお先に入らせてもらうわ」
「ごゆっくり」



「アンタが一人の女の子にこだわるの、他に見たことないのよ?」
リビングを出た明はさっき口にしなかった言葉をポツリと呟く。



そんなことなど知る由もない大気は食器を洗いながら考える。
『光はよく分かったわね?“彼女”だって』
そう言われればそうだ。
“彼女”──水野亜美と会ったのは八年前が最期だ。
あの頃の彼女はまだ小学部の低学年で“小さな女の子”だった。

でも、気付いた。
今日、学校で一目見た瞬間に“理解”した。
(──あぁ、“あの子”だ)
もしかしたら会えるかもとは思っていたが、まさか彼女のクラスの副担任になるとは思わなかった。

『あ、ありがとうございます/// 大気先生///』
そう言って恥ずかしそうに見せた今日の彼女の笑顔はあの日の笑顔と同じだった。

『ありがとうございました。“光お兄ちゃん”“明お姉ちゃん”』

明自身もはっきり覚えている。
図書館で出会った碧い髪の少女。
たった一度、話をしただけの彼女のことを。
恥ずかしそうな笑顔と、繋いだ手のぬくもりを。
「覚えてないのかぁ…ザンネン…だな」
明は寂しそうに目を伏せる。


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