捧げ物 | ナノ


trap −後編−
「っ!?亜美っ!」
星野の運転する車でLuiのマンションに向かっていたスリーライツの三人は強いエナジーを感じ取り息を飲んだ。
次の瞬間大気は素早くセーラースターメイカーに変身を済ませていた。
走行中の車の窓からするりと屋根に出ると、全力でエナジーを感じた場所へ向かう。
「おー…はえー」
「感心してないで早く車飛ばして!」
「分かってるけどこう混んでると」
週末ということもあり道路は車にあふれていた。
そんな中でのエナジーの放出。
亜美の身に何かがあったのだ。
だからこそ大気はメイカーに変身し、流れ星よろしくとばかりに向かったのだ。
目にも留まらぬ速さだったため、他の人々は絶対に気付いていない。

「回り道!次の角を左!」
「逆だろ!?」
「いいから!」
「わかったよ、カーナビ役頼んだぜ」
「もちろん。美奈に約束したからね」
一緒に行くと言って聞かなかった美奈子を夜天は危ないからとなだめになだめて帰らせたのだ。

『水野は絶対にちゃんと見つけるから』と、もしも何かあった時に、うさぎ達のフォローを任せておいた。
夜天達も亜美のエナジーの放出は予想外で、最悪の事態が脳裏を駆け巡った。
「これで水野にもしものことがあったら俺たちおだんご達に顔向け出来ねーな」
「ホントだよ、大気を信じよう」
「あぁ」
「次の三叉路真ん中!」
夜天のルート案内にしたがって星野は車を飛ばす。



「ふっ、いい気味よっ!っ!?」
エナジーの放出を感じることが出来ない一般人であるLuiは亜美の悲鳴に気を良くしてくすくすと笑ったが、彼女の身体を見て息を飲んだ。

亜美の身体に咲く紅い華。
ひとつやふたつではない、胸元から腹部にかけて咲く無数の情事の証。
「っ」
これを想像していなかったLuiは狼狽えるばかりだ。
男たちも驚いたように動けずにいる。
「ーっ…アンタたち…」
Luiが低く男たちに声をかける。
「この女…ヤっちゃいなさい…」
「「「!?」」」
「コレを見れば分かるでしょ…大人しそうな顔して…しっかりヤルことヤってんじゃない…っ」
Luiは亜美の下着に鋏を通すと、シャキとそれを切り裂くとベッドから離れる。
「早くヤりなさいっ!……早くっ!!」
(やだっ!怖い…助けてっ)
「ーーーっ、大気さんっ!」

───ガッシャァァァァァァァァン

「っ!?」
「「「なっ!?」」」
突然響いた何かが砕け散るような音に全員が息を飲む。
「なによ…今の音?隣の部屋から?」
Luiが怯えるように言った瞬間、ガチャガチャと扉のドアノブが回る。
中から鍵をかけているため、入ってこられるはずが───ないと思っていた扉がバキィッと乱暴に開かれた。
いや、蹴破られたと言った方が正しい。

そこにいたのは
「大気…なんでここに」
怒気を露わにした大気だった。

必殺技を遠慮なく放って窓をぶち破り部屋に入った瞬間に素早く変身を解いた大気は亜美の悲鳴が聞こえた部屋へと向かう。
そちらの部屋の窓をぶち破らなかったのは亜美に怪我をさせないためだ。
どれだけ防音設備をしてようが、セーラースターメイカーに変身して少し感覚を研ぎ澄ませればまったくの無意味だ。
ましてやそれが亜美の声となると聞き間違えるはずがない。
鍵のかかった扉を蹴りひとつで突破した。

そして、目の前の光景に───ベッドで男たちに押さえつけられている亜美を見た瞬間───これまでにないほどの怒りを覚えた。
「ずいぶんとふざけた真似をしてくれますね」
亜美ですら聞いたことが無いほどの冷たい声に、Luiも男たちも息ができなくなる。
「人の彼女を誘拐したあげく強姦ですか」
コツンと一歩ベッドに近づく。
「よっぽど」
また一歩。
「死にたいようですね」
恐ろしいほど低く吐き捨てた大気は、目にも留まらぬ早さで男たちに容赦ない一撃を食らわせる。
動けなくなるほどの衝撃で、けれど気絶をさせないように。
気絶なんかさせて楽にしてやるものかと頭の片隅でどこか冷静な自分に大気は内心で笑う。

ベッドにいた亜美をそっと抱き起こすと優しく包み込む。
「亜美」
「たいっ、き…さっ」
突然の出来事と自身のエナジーの放出の衝撃で、処理が追いつかずになかば茫然自失状態だった亜美は大気の自分を呼ぶ声とぬくもりに、涙をこぼす。
自分の腕の中で小さく嗚咽をこぼす亜美をぎゅっと抱きしめる。
「すみません。怖い思いをさせてしまって」
「っ、ぅっ」
亜美は言葉に出来ずに小さく頭を振る。

そっと身体を離し、亜美の頬に触れる。
「いっ」
「っ!?」
気が動転していて気が付かなかったが、亜美の左の頬に小さな引っ掻き傷と、晴れて赤くなっていることにようやく気付いた。
「亜美、口開けて」
亜美が口元を押さえてふるふると首を横に振る。
すっと顎をすくい上げるとかすめるように一瞬くちづける。
───微かに感じる血のにおい。
「口の中、切ってるんですね?」
大気の行動に目を丸くしながらも、亜美が小さくこくりと頷いた。

大気は上着を脱いでそっと亜美にかけるとボタンをきちんととめてからゆっくりと背後を振り仰ぐ。
そこで呆然とこちらを見つめていたLuiを睨みつける。
敵意を込めて、殺意を込めて、アメジストの瞳で冷たく睨みつける。

「ひっ…な、なによ…アタシに何かしたらパパが黙ってないわよ!!」
「親が有名プロデューサーだかなんだか知りませんが、そんな事どうだっていいんですよ…」
ゾッとするほどの冷たい声音に亜美すらもひくりと息を飲む。
「よくも亜美をこんな目に合わせてくれましたね…」

「な、によ…っ!」
Luiはギリッと歯を食いしばると…
「こんな対して可愛くもないなんの取り柄もないような女のどこがいいのよ!?」
「……」
「ルックスだって!スタイルだって!全部アタシの方が上じゃない!
「……」
「アタシの方が大気の隣に立つのにふさわしいじゃない!」
「……」
「そんな女っ!ただの性欲処理の…っ!」
「うるさい」
大気の地を這うような低い声を亜美ははじめて聞いた。
「さっきから不愉快な事ばかり…うるさいんですよ…
ルックスがなんですか?スタイルがなんですか?」
大気はLuiを睨み言葉を続ける。
「私は外見だけで彼女を選んだわけではありません!」
「はぁ?じゃあなんだって言うのよ?その女がおとなしそうな顔してよっぽど───」
「あなたはよほど頭が悪いようですね」
Luiは大気の言葉と眼差しに二の句が告げなくなる。

大気は侮蔑の眼差しでLuiを見つめて言葉を続ける。
「あなたは本気で人を好きになったことがないんですね」
「っ!?」
「人を外見だけで判断して、あなたが私の隣に立つのにふさわしい?違うでしょう?」
「何が違うっていうのよっ!」
「あなたは私を自分を引き立てるための飾りにしたいだけでしょう」
「ーーーっ」
Luiが息を飲む。

「そんなくだらないプライドで亜美を傷付けるとは───」
大気のアメジストの瞳が冷たい光を帯びる。
「万死に値します…」
そう言うとコツコツとLuiに近づく。
「っ、来んなっ!」
恐怖で体が動かないLuiは、腰が抜けその場に崩れ落ちる。
「来んなって言ってんでしょ!」
大気に向かって手にしていたスマートフォンを投げつけるがあっさりと受け止められたかと思うと───バキッと難なく片手でそれを壊す。
「ひっ…」

コツンと目の前で立ち止まった大気がLuiを見下ろす。
怯えたように震えて、涙を浮かべるLuiを蔑むように見下す。

「怖いですか?」
「っ、なんっ」
「私が───怖いですか?」
「なん、なのよ、アンタ…意味わかんっ、い」
「……」
「あんな子のために、ここまでするなんて、頭おかしいんじゃないのっ!?」
悲鳴のように言葉にしたLuiに大気はふっと微笑んだ。
それがますますLuiの中の恐怖心を高める。

「そうですね。おかしいんでしょうね」
「…は?」
「私は普段はわりと冷静な方なんですがね…」
確かにLuiもそう思っていた。
けれど、今の大気は誰が見ても冷静などではなかった。
「彼女が傷付けられたりすると、冷静でなんていられないんですよ」
「っ」
「あなたは一番してはいけないことをしたんです…」
「ーっ」
「私はあなたを───絶対に許さない」
「っ!」
ゾッと背中をこれまで感じたことのないほどの恐怖が走る。

「本当なら、亜美と同じ目に合わせてやりたいところですが…」
大気はふぅっとため息をはく。
「私はあなたに触れたくありません」
「…なっ、んですって」
「聞こえませんでしたか?触りたくないと言ったんですよ」
Luiは大気の言葉を理解できずに黙る。

今まで自分に触れたがらない男はいなかった。
それなのに、触れたくない?

「私は基本的に亜美以外の女に触る気はないんですよ───仕事以外の時は、ね」
「っ。そんなにあの女が大事!?」
「えぇ、誰よりも」
「どこがいいのよっ!」
「そんなの一言では言いつくせませんよ」
「っ、くっ…だらないくだらないくだらない!!」
「……」
「気持ち悪いのよ!アタシよりあんなくだらない女を選ぶなんてっ!」
「…くだらないのはあなたですよ」
「ーっ」
「くだらない自尊心を守るために亜美をさらって怖い思いをさせるだけに留まらず、彼女を傷付けて…あげく強姦しようとした…その報い、少しくらいは受けていただきましょうか…」
大気は吐き捨てるように言うと、Luiの胸ぐらを掴みあげると片手をヒュッと振り上げる。
「っ!?」
「大気さんっ!だめっ!」

大気のこれまでにない怒りに呆然と様子を見ていることしか出来なかった亜美だったが、彼がLuiの胸ぐらを掴みあげた瞬間ハッとした。
気がつけば体が勝手に動いていた。
薬の影響かまだ少しふらつく体で、振り上げた大気の腕にしがみついて、全力で止めた。

「っ!亜美!?」
「だめっ!」
「この人に何をされたか分かっているんですか!」
「分かってますっ!でもっ…だからって女の人に手をあげちゃダメですっ!」
亜美が泣きそうな瞳で大気を見つめる。
「大気さんがっ、人を傷つけちゃ、ダメっ」
ぎゅっと腕にしがみついて亜美は訴える。

「……っ」
Luiは驚いたように亜美を見つめる。
どうして、そんなに必死になって止めるのだろう?
自分のカタキをとろうとしてくれている大気を。
「はっ、同情のつもり?平手打ちくら…っ」
「あたしは大気さんに人を傷付けてほしくないだけですっ!」
亜美が涙に濡れながらも凛とした眼差しでLuiをまっすぐに見つめて言葉を紡ぐ。
大気は亜美の言葉にハッとして手を離す。

「…まったく貴女は」
大気はLuiには興味を無くしたようにふいと顔をそらすと手を離し、亜美の体を抱きしめる。
「転んで怪我でもしたらどうするんですか?」
「大気さんが誰かを傷付けるよりはいいです」
薬の影響が残っているらしい亜美の体は立っているだけでせいいっぱいのようだった。
そんな状態でベッドから飛び出してくるなんて、危険すぎる。
「私がよくないです」
大気が亜美を片手で軽々と抱き上げる。
「っ/// お、おろしてください///」
「ダメです。さて、亜美をさらったあなた方にお聞きしますが」
大気は先ほど自分がのした男たちを振り向くと冷たく声を放つ。
「彼女に使った薬は体に後遺症のようなものを残したりはしませんか?」
「…ッ、大丈夫…です。半日くらいで効果はなくなるから、朝には元に…」
「間違いないですか?」
「間違いない!絶対に間違いない!」
「いいでしょう…今は信じてあげます…。けれどもし朝になっても亜美の体になんらかの影響が残っていたら……その時は覚悟しておいてください…」
大気が低く吐き捨てると、Luiが突然くすくすと笑い出す。

「どれだけ彼女を大切に思っていても、噂だけは止められないわ」
Luiが何を言ってるのかすぐに察した大気と亜美の反応は両極端だった。
くだらないと言わんばかりの態度の大気と、落ち込んだような表情の亜美。
「亜美、心配しなくてもそんな噂なんて広まりませんよ。これっぽっちもね」
「え?」
驚いて大気を見つめる亜美と、勝ち誇ったように笑うLui。
「なに言ってんの?アタシは今日モデル仲間の子にっ」
「その相手のお名前は?」
「“愛野美奈子”よ!」
大気が自分の言葉を嘘だととっていると思ったのかLuiは相手の名前をなかば叫ぶように二人に叩きつける。
「ね?分かったでしょう?」
「何がよっ!」
大気が亜美に言うとLuiが噛み付くように反応する。
「“何が”と言われましても…愛野さんは彼女の親友ですよ」
大気の言葉にLuiが唖然とする。

「う、嘘だ!俺達はこの一週間、その子が学校が終わって友達と出てきたところをみてたけど、美奈Pと一緒に居たところなんて見てないぞっ!」
「そりゃそうでしょう。愛野さんは先週から今日の夕方までの十日間海外撮影だったんですから」
男の一人が言うと大気が呆れたように言葉を発する。
「あなたが亜美から盗ったリングはみっつのストーンを自分で選べるんですよ」
「は?」
「アメジストとサファイア、そしてピンクダイヤモンド」
「それが、なによ!それだけでっ!」
「“それだけ”で充分なんですよ」
大気を現すのが、彼の瞳の色であるアメジスト。
亜美を現すのが、彼女を体現したサファイア。
対応してくれた店員は「普通はみなさん同じ石を選ばれるんですよ」と言ったあとに「よっぽどアメジストとサファイアに思い入れがおありなんですね」と楽しそうに微笑んでいた。
もうひとつをピンクダイヤモンドにしたのは店員のおすすめだった。

「それを愛野さんに自慢気に見せたのは逆効果でしたね。それをあなたが持っている事に疑問を覚えた彼女が教えてくれて、あなたが亜美に何かしたとわかったんです」
「……っ」

Luiと男たちが呆然とする中で大気はふぅっとため息をつくと、亜美のバッグを彼女を抱いた方と反対の肩にかけると、先ほど自分が蹴破った扉を踏みつけて部屋を出る。

「ーっ、ちょっとどこ行くつもりよっ!?」
「彼女を取り戻した以上、こんなところに用はありません。帰るんですよ」
「ダメ!」
大気の言葉に反発を示したのはLuiではなく亜美だった。
「亜美?」
「だって、まだ指輪返してもらってないです」
「……また同じものをプレゼントしますから」
「それじゃダメなんですっ!あれじゃないと…意味がないの…っ」
亜美がLuiをまっすぐに見つめる。
「お願いします。返してください」
「ーっ…」
Luiはネックレスを外すと黙って亜美に差し出す。
亜美はホッとしたような笑顔で「ありがとうございます」と言うとそれを受け取る。
「…っ、なんで、アンタ、お礼なんか言ってんのよ…わかってんの!?アタシはアンタからそれを盗ったのよ!」
「分かってます」
「じゃあ、なんで…っ」
「ちゃんと返してくれたから」
亜美はそう言って微笑んだ。

どうして、そんなにまっすぐに見つめてくるの。
大気からもらった指輪を盗られて、ひどいことを言われて、怖い思いをさせられて、怪我までさせられて。
なのにどうして……。
どうして、そんなに澄んだ瞳でまっすぐに見つめられるの。

「…っ、ごめん、なさい…」
自分でも驚くほど自然に言葉がするりと出た。
「謝って済めば警察はいらないんですよ」
「大気さん」
Luiの言葉を切り捨てるように言った大気を叱るように亜美が彼を呼ぶ。
「分かってるわ。謝って許されると思ってないけど……まず謝らないとアタシの気がすまないのよ…本当に、ごめんなさい…」
Luiは深く頭を下げる。
「……これで亜美に何もされていなければ私もまだ納得できたんですがね…」
「あたしなら大丈夫です。服を切られただけで、変なことはされてないですから」
「……亜美がそう言ったからといってそれで『そうですか』って簡単に納得して引き下がれると思ってるんですか?
この人たちがした事は警察に行けば間違いなく罪に問えるほどのことですよ?誘拐と障害ですよ!」
「わかってます」
「…っ、そのつもりはないんですね…」
「……はい」
「「「「なんで!??」」」」
亜美の返答に対して大気ではない四人が驚いた。

「あまり大事にしてしまうと大気さんに迷惑がかかるじゃないですか」
「っ!私なら」
「だめ」
はっきりと言い切る亜美に大気ですら息を飲んだ。
「元はと言えば、ひとりきりの時に視線を感じていたことを誰にも相談しなかったあたしにも責任はあります」
「だからと言って」
「もし、警察沙汰にでもなったら大気さんだけじゃなく、星野君や夜天君にも迷惑をかける事になります。芸能活動に影響が出たりしたらスリーライツのファンの人達はきっと悲しみます」
「……っ」
「それにLuiさんのファンの人達だって…きっと悲しむと思うんです」
Luiと男たちが息を飲む。

「亜美は甘すぎます」
「そんな事ありません」
大気は亜美の言葉に彼女が譲る気が無いことを悟る。

「ごめんなさい。本当に悪かったわ…
それとアンタ達も、悪かったわ…。アタシの身勝手なワガママに付き合わせて…本当に…ごめんなさい」
Luiは男たちにも頭を下げる。
「いや」「そんな」「えっと」
「アタシがデビューした時からずっと応援してくれてるのに…こんな利用の仕方をして…ごめんなさい」
亜美の言葉にLuiはハッとした。
一番自分を信じてくれている人達を利用したことを恥じた。

「…っ、私としてはあなた達に地獄を見せてやりたいんですが…亜美がそれをよしとしないでしょうし、被害者である彼女がこう言ってる以上、あなた達が罪に問われる事はありませんよ……。良かったじゃないですか……」
大気は吐き捨てるように言うと、片腕で抱いたままだった亜美を両手でお姫様抱っこすると、呆然とする四人を残して部屋をあとしようとする。
「っ、待って!この償いは必ずするから!絶対に!」
Luiの言葉を一切無視して大気は部屋を出る。

エレベーターに乗り込んだ大気は、不安そうな亜美をじっと見下ろす。
「大気さん…どうして…」
「亜美がいなくなったと楠先生からの電話で聞かされた時に、私がどれだけ心配したか分かってるんですか!」
「っ!?」
「あんな事をされて、怪我までしている亜美をみたとき、私がどんな想いをしたか…っ」
大気の瞳が痛みをはらむ。
「ごめん、なさい。でもっ、あの人たち…んっ」
亜美のくちびるをふさいで言葉を遮る。
「今は聞きたくありません」
驚いたように大気を見つめた亜美は小さく「心配かけてごめんなさい」と呟くと大気にぎゅっと抱きついた。
「助けに来てくれて、ありがとうございました」
亜美の泣き出しそうな声に大気はなだめるようによしよしと頭をなでた。

エレベーターホールから外に出るとそこには一台の車が停まっていて、後部座席のドアが素早く開いた。
「乗って!」
「ありがとうございます」
「夜天君?」
亜美を抱いたまま後部座席に乗り込み、夜天が助手席に乗り換えると星野が車を発進させる。
「良かった。水野、無事だったんだな」
「星野君も…」
「ねぇ、アイツは?」
「……っ」
「おい?どうするんだ?まさか水野を取り戻せたからそれでいいとか言うんじゃねーだろうな?」
「……被害者の亜美が彼女たちを許すと言った以上、私にはどうすることもできません」
「人がいいにもほどが…っ!水野?左頬ケガしてるの?」
「っ、これは…その…ちょっと…」
「それ爪でついた傷だよね?殴られたの?」
「ーっ」
頬を押さえて黙りこむ亜美に夜天と星野が眉をひそめる。
「赤くなってるね…星野コンビニかどこか寄って。冷した方がいい」
「あぁ」
星野がすぐに見つけたコンビニ前で車を停めると、降りようとした夜天を大気が止めた。
「私が行きます」と言うとイヤーカフ(認識誤認装置)をつけて、亜美を隣におろすと車を降りていった。

「……っ」
「なぁ、水野。殴られただけか?」
「……それ、は…」
「大気が上着を貸してるって事は……そういうことじゃないの?」
「……なるほどな…そりゃあ大気があそこまで怒るわけだな」
「だね」
「っ」
亜美はきゅっと小さく拳を握りしめる。
ガチャリとドアが開いて大気が戻ってきてペットボトルの水を差し出す。
「亜美」
「ーっ」
「……これで一度、口の中洗ってください」
亜美はこくりとうなずくと、一口水を含み外の排水口へと吐き出す。
そこに赤いものが混ざっていることに大気だけでなく星野と夜天も眉をひそめた。
亜美は痛みに耐えながらも、三回ほどその行為を繰り返す。
「ーっ、ゲホッゲホッ…ーーーっ」
「痛いでしょう?」
亜美が小さく首を縦にふると、大気は彼女の髪をなでた。
「大丈夫ですか?」
「ん…っ」
大気が車に乗り込むと星野は車を発進させる。

「なぁ。そういや水野どっちに帰るんだ?」
頬を冷やしている亜美に星野が聞くと、大気が返事をする。
「今日は家にはお母様がいらっしゃるはずなので私たちのマンションに連れて帰ります。
こんな状態の亜美を見たら心配するでしょうから」
「……っ」
「分かった。水野それでいいな?」
「えぇ…ごめんなさい…」
「謝る意味がわかんないよ…」
「夜天、亜美をいじめないでください」
「いじめてないよ…僕はホントの事言っただけ」
「だな。気にすんなよ水野」
「……っ、ありがとう」
大気がそっと亜美の肩を抱き寄せ優しく髪を撫でた。



その後、ライツマンションに帰って扉を開けた星野たちは亜美を心配して駆けつけていたうさぎ、美奈子、レイ、まことの四人に出迎えられた。
薬のせいで自分で歩くのはふらついて危険だったため大気にお姫様抱っこされた亜美に目を丸くするが状況的にからかったりはせず、何かあったことを悟った。
そして、亜美の左頬のケガに気付いたまことは眉をひそめ、レイは息を飲み、うさぎと美奈子は泣きだしてしまい、亜美の方が慌てるはめになった。

一度、大気の部屋に行き着替えを済ませてリビングに戻り、心配をかけた事を謝ると「亜美ちゃんが謝ることじゃない」と声を揃えて叱られた。
とりあえず亜美は晴れた頬を冷やすことに専念するように大気をはじめとした面々に言われたので、事情説明は大気に任せて必要があれば補足した。
服と下着を切られた事はうさぎ達には言わないで欲しいとお願いしておいたので、大気はそこをうまく省いて説明した。

亜美が“犯人たち”を許したことを聞いた時にみんなは複雑そうだった。
けれど、被害者である亜美がそう決めたのならばと、渋々ながらも納得してくれた。

その話が終わる頃にはとうに日付けは変わっており、遅くなったのでみんなでライツマンションに泊まった。

そして次の日の朝Luiと彼女から話をすべて聞いた彼女の両親が、大気達のマンションに訪れ謝罪をしたのはまた別のお話。






あとがき

epinu様

34000のキリ番ゲットおめでとうございます。
リクエストありがとうございますっ!

大変長らくお待たせいたしまして申し訳ありませんでしたm(_ _)m

「亜美ちゃんが誘拐される、または危険な目にあうのを、大気さんが助ける話」とのリクエストでしたが、このような感じで良かったでしょうか?(;・∀・)

私自身このようなお話を書くのは初めてで探り探りで、書いては消して、書きなおしてを何度かしながら、こんな感じになりました。
かなり強引に話を持っていった自覚はありますが…(^-^;)

少しでも気に入っていただけると嬉しいですm(_ _)m



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