捧げ物 | ナノ


スター 1
〜♪...

「はい、じゃあ今日はここまでにしましょう。お疲れさま、水野さん」

亜美は奏でていたハープから、柊雪音に視線をやるとふわりと微笑む。
「はい、ありがとうございました。お疲れ様です」

「今日は大気君が迎えに来てるのね?」
「はい」

学校が終わってから夜遅くまでレッスンが行われる。
居候していた夏休みを除き、秘密をバラすまでは雪音が亜美を送り届けていた。
しかし、海王みちるのリサイタルが終わってからは、大気が迎えに来ることが増えた。

「そう、それじゃあ、あとの戸締りとかは私に任せて帰っていいわ」
「はい、お先に失礼します」
「気を付けてね、って言っても大気君がいればなんの心配もいらないでしょうけど」
くすりとイタズラっぽく雪音が笑うと亜美は真っ赤になってうつむく。
「ほら、早く行きなさい」
「はい、ありがとうございました。先生もお気を付けて」
「えぇ、ありがとう」
ぺこりとお辞儀をして亜美はレッスン室をあとにする。

亜美を見送った雪音はちらりと時計を見つめる。

───21:27

今日のレッスン開始予定時間は午後五時から八時までの予定だった。

雪音は、ハープを弾くことも当然大切だが、体を休める事も大切だと亜美に教えている。
学校もあるのだからレッスン時間は三時間までと雪音がそう決めている。
亜美は家でもベイビーハープを奏でて練習を欠かしていない事も分かっているからだ。

つまり、今日はレッスンが長引いたわけではない。

午後五時を過ぎても亜美がレッスン室に現れなかった。
みちるのリサイタルの後、学校に話した直後からレッスンに遅れて来る事が増えた。
これまでサボリや遅刻とは無縁だった亜美が来ない。
となると理由は一つしか考えられなかった。
『今日もまた生徒指導室に連行かぁ…』

ポツリと呟き、昨日の姉との会話を思い返していた。
『毎日放課後になると生徒指導室に連行中…』
『やっぱり……』

亜美はみちるのリサイタルの後、すぐに学校に「わたしは医学部には行きません。“ハーピスト”になります」と、申し出た。
職員室中が驚きのあまり静寂に包まれた───次の瞬間、亜美はたくさんの教員から詰め寄られた。
それからというもの、連日のように生徒指導室に呼ばれ、進路指導、生活指導、学年主任、おまけに教頭といった数々の教員から『説得』される日々が続いていた。

『なんとかしてよ〜、担任でしょ?』
『無駄にいい連携プレイ組むのよねぇ…』
『お姉ちゃんから聞かされるだけで、水野さんは私にはなんにも言ってくれないのよ…』
『まぁ……でしょうね…』

夏海の声音が真剣味を帯びる。

『どうせあれでしょ?
「もう一度落ち着いてちゃんと考えなさい!」だの、
「ハープ奏者なんて…何を血迷っているんだ!?」だの、
そうね…水野さんの場合だと…
「くだらない夢なんか捨てて、大人しく医学部に行け!」とか言われてるんでしょ?』
雪音が言うと、夏海は苦笑して首肯した。

『水野さんは雪音の事をすごく尊敬してるからね。
言いにくいでしょ?そんな風に言われてるだなんて…』
『まぁ…ねぇ…』
『……』
『厄介そう?』
『思っていたよりもずっと……ね』
『そっか…』

十番高校始まって以来の天才。
入学当初から医学部志望だった彼女は、教員達にとっては「希望の光」のようなものだったらしく、是が非でも医学部に進学して欲しいと、ほぼ全ての教員が思っていたのだ。
そんな彼女が突然、進路を大きく変えた。

毎日の呼び出し、説得。
それまで『水野亜美という生徒は大人しく自分の意見を言うところを見た事がない。だから、少し説得すれば、簡単にいう事を聞くだろう』と、思い込んでいた者が多くいた。

ところが、亜美の意思の強さは一切揺るがなかった。

『何度言われてもわたしの気持ちは変わりません。
もう決めたことなんです』
と、凛とした眼差しで言い切ったのだ。

毎日毎日、平行線を辿るだけの時間。
さすがの亜美がウンザリしているのが周りに分かるほどだ。



『あの水野さんが教員からの呼び出しに嫌そうな反応をするくらいだからねぇ……』
そりゃそうだろうと思って雪音は頷いた。
『おまけに、今日ちょっと事件も起こってね…』
『事件?』
『教員である自分達の説得がダメなら、親しい人から説得してもらおうと企んだ学年主任と教頭が、水野さんが呼び出されてる間に大気君を呼び出してね───』
『うっわ…それはないわぁ…』
『でしょ?』

『もうさぁ…グダグダ言ってないで、その教員連中も水野さんの音を聴けば、すーぐ分かるのになぁ…お姉ちゃんみたくさぁ』
ポツリと漏らした雪音の言葉に
『やっぱ雪音もそう思うわよね!』
夏海はうんうんと頷く。

『雪音』
『なに?』
『ちょっと聞きたいんだけど、水野さんの“あの変装”って海王さん達がいないところでしちゃダメなの?』
『そんな事ないわよ』
『それじゃあ、今日の大気君の騒動の後に出た話なんだけどね───』
二人しかいないのに夏海は雪音の耳元で“内緒の話”をした。
『っ!?それは…出来るならいいけど、どうすんの?
本番まであと一ヶ月かそこいらでしょ?
今さらプログラムに組み込むなんてできっこないでしょ?』
『ふっふーん』
夏海がニヤリと笑った。

そして、亜美が来る前に連絡があった。
『“百聞は一見に如かず作戦”水野さんが了解すれば遂行決定』───と。

「あとは、水野さんに話すだけ…か。
任せたわよ───大気君」



「お待たせしました」
エレベーターホールを出た亜美は待っていた大気にパタパタと駆け寄る。
「いえ、さっき着いたばかりですよ。お疲れ様です亜美」
「大気さんもお仕事お疲れ様でした。それと…お迎えありがとうございます///」
「いえ、気にしないでください。さ、帰りましょうか?」
「はい///」



「レッスンの方はどうですか?」
「楽しいです。自分で弾くのも楽しいんですけど、柊先生と二人で弾くことも、先生の演奏を聴かせて戴く事も楽しくて」
車を発進させた大気が聞くと、亜美がそう言って笑顔を見せる。
その笑顔は子どものように無邪気で本当に楽しそうだ。

「そうですか、……亜美」
「はい?」
「進路の方はどうですか?今日の放課後もまた呼び出されたんでしょう?」
「……えぇ、まぁ」
さっきまでと打って変わって亜美の表情が一気に落ち込みに変わる。
「相変わらずの平行線です」
「……」
「先生方は『そんなものよりも医学部を目指せ』の一点張りですから」
そう言って亜美は苦笑気味に笑う。

大気はやるせなくなる。

そんな顔見たくない。
亜美はいつも花が咲くようにふわりと笑う。
その笑顔が大気は本当に好きだ。

(亜美…そんな無理に笑わなくていいんです。
そんな顔、貴女には似合いません)

ハンドルをグッと握り締めると、大気は小さく息を吐く。

「亜美」
「はい?」
「少し、お話したい事があるんです。今から家に来ていただいても構いませんか?」
「え?あ、はい」
「ありがとうございます」

大気はそう言うと、自分のマンションに向けて車を走らせる。

マンションの駐車場で大気は車から降りる前に亜美にどうしても聞いておかなくてはいけないことがあった。
「亜美は“プロのハーピストになりたい”と言う気持ちに揺らぎはありませんか?」
「ありません」
きっぱりと言い切る亜美に大気はふっと笑う。
「では、もう一つ質問です。
───本当の事を言って下さいね?」
「……はい」
「毎日の先生方からの『説得』にうんざりしてますか?」
「っ」
大気の言葉に亜美は目を瞠る。

「……っ」
亜美はひくりと息をのみ、うつむく。
「亜美」
「っ!」
不安そうに自分を見上げる亜美に大気は優しく微笑みかける。
「大丈夫です。何があっても私は亜美の味方です」
「ーっ…」
「私だけじゃない、月野さん達も、星野達もです」
亜美の瞳をまっすぐに見つめてそう言うと、彼女はホッとしたようにふわりと笑う。
「っ、はいっ///」

「だから、本当の事を話してください」
「───はい…」
亜美は頷くと、ゆっくりと話し始める。
「あたしは考えて考えて“ハーピスト”になる道を進もうって決めたんです…。
だから……っ」

亜美は小さな手をぎゅっと握りしめる。
大気はそんな彼女の手をそっと包み込むと、するりと手をほどき指をからめる。

「〜っ.今さら何を言われても、あたしの意志は変わらないんです...っ」

亜美の瞳が涙で揺れる。
大気は亜美のまぶたにくちづけ、そのまま彼女を抱きしめる。
「っ/// た、大気さん///」
「亜美の気持ちはよく分かりました」
「え?」
「では、続きは部屋に戻ってからにしましょうか」
「はい」

車から降りた大気は亜美の小さな手を握り、部屋へと向かう。

もう星野も夜天も帰ってきているだろうから。



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