捧げ物 | ナノ


Do you LOVE me?
「夜天君♪」
遊びに来た美奈子が空色の瞳をキラキラさせて、夜天に一冊の本のようなものを差し出す。
「なにこれ?」
「だ・い・ほ・ん」
「あれ?これって確か…」
タイトルを見た夜天は記憶を辿る。
最近見た覚えがある。

しばらく考えて星野が持っていた事を思い出す。
「あ、星野が今度演る連ドラの台本だ」
「そうなの!そしてあたしもついにドラマデビューよ!」
美奈子の言葉に夜天が一瞬固まる。

「え!?美奈も出るの?」
「うん!第一話のゲストキャラなの!」
「へぇ…どんなやつなの?」
「えっと...」

霊が見えるあげく、取り憑かれやすい体質の星野演じる主人公“神北”が、自分に取り憑いた霊を成仏させる為に、未練を聞いて解決していくというオカルトヒューマンドラマ。

美奈子が演じるのは事故死した享年17歳の少女ユイカ。
恋が出来なかったことに未練を遺して成仏できずに、神北に取り憑く。
「わたしに恋を教えて!」と言って、神北と色々なデートをして最後は成仏するらしい。

台本をパラパラとめくっていた夜天はあるところで視線が止まる。

───ユイカ「“今日までありがとう。すごく楽しかった。(神北に口付けて微笑み)、わたしに恋を教えてくれて、ありがとう”」───

「…………」
「夜天君?」
「……」
「台本がどうかした?」
無言になってしまった夜天の横からひょこっと台本を覗きこんだ美奈子は目をぱちくりさせる。

「えぇっ!?“口付けて”って!?」
「……美奈、台本見てなかったの?」
「うん。ホントにさっき貰ったばっかりで、夜天君に一番に報告したくて…」
「...ふーん…」
夜天は内心でそんなところを可愛いとは思いながらも、決して口には出さない。
そんな事より…この問題のシーンの方が気になる。

「……」
「や、夜天君?」
黙ってしまった夜天に美奈子がそっと声をかける。
「......ドラマ初出演でキスシーンって…大変だね」
「え?」
「がんばりなよ」
「う、うん…」
「……」
「……っ」
「美奈」
「なに?」
「この後の予定は?」
「えっと……オフ、だけど」
「そう…」
「夜天君は?」
「僕は17時からCM撮影」
「そうなんだ」
「うん」
「……」
「……」

(僕に“キスシーン”の事をとやかく言う資格なんてない…)
夜天も芸能人である以上は、『仕事』で女優と恋人役を演じた事もある。
何よりも、その時に拗ねた美奈子に「仕事なんだから仕方ないでしょ…」と言い張ったのだ。

だがしかし、逆の立場になるとこんなにも複雑な気持ちになるものなのか…
しかも相手役も自分のよく知る星野となると、複雑さはより増す。

明らかに“不機嫌オーラ”の夜天に、美奈子はしゅんとする。
初めてのドラマ出演が決まって浮かれていたとは言え、台本に目も通さずに夜天に見せ、彼の方が先にキスシーンがある事を知ってしまった。
(夜天君…)
沈黙が続き、気まずい空気が流れる。

───カチャリ

扉が開き、ひょっこりと顔を覗かせたのは
「およ、美奈子ちゃんに夜天君だ。やほーっ♪」
「お、いらっしゃい愛野。ただいま夜天」
うさぎと星野だった。

「うさぎちゃん、星野君…」
「二人ともどしたの?」
「......別にどうもしないけど?」
夜天は星野に視線を向ける。
(なんだよ夜天、なんか機嫌わり…あ)
星野はテーブルに置かれた台本を見つける。
そして、夜天のゴキゲンナナメの原因に思い至る。

「あれ?それって星野と同じ台本でしょ?」
「あ、うん」
「へぇ、夜天君の?」
「あたしのよ」
「え?美奈子ちゃんの?ってことは……」
うさぎが何かに気付いたようにハッとする。
「う、うん…」
美奈子は緊張でうさぎを見つめる。

「美奈子ちゃん!ついにドラマデビューだね!」
うさぎが本当に嬉しそうに、自分の事のように笑ってそう言うのを聞いた美奈子はうさぎに抱きつく。
「うさぎちゃん!!」
「わっ?どしたの?美奈子ちゃん?」
「あのね……あたしもついさっき知ったことなんだけど…ね。実は──」



「えぇぇぇぇぇぇっ!!キスシーーーーン!?」
うさぎの大音声が響いた。
「キ、キスって…あのキスだよね?魚の事じゃないよね?
え?星野と美奈子ちゃん…が?ドラマでキスシーン。
そ、そう、そうなん…だ。そっか…キスするのかぁ…」
あまりの動揺っぷりに当事者である美奈子と星野はどうしたものかと焦る。
「落ち着きなよ、月野」
「さっきまで明らかに機嫌悪そうだったお前が言うなよ…」
「うるさいなぁ…月野がここまで派手に動揺してくれたおかげで逆にちょっと冷静になれたよ」
「って事は俺らが帰ってくるまでは動揺しまくってたってことだな」
「余計なお世話だよ…星野なんて月野が他の男とちょっと楽しそうに話してるだけで、焦りまくってるくせに余裕ぶらないでよね」
「なっ!なんで知って…って、うるせぇよ!」
「ふんっ」

そんなやり取りをしている彼らの前では美奈子が一生懸命にうさぎに語りかけていた。
「あ、あのね、うさぎちゃん。演技だからね?ホントにするわけじゃないと思うし…
だから、ね?ここに戻ってきてくれるかな?うさぎちゃん?」
「…キス…キス…チュー、接吻、ベーゼ…」
「うーさーぎーちゃーん!」
「星野…なんとかしなよ」
「そんな事言われてもなぁ…」
「そもそも、何やすやすと美奈とキスしようとしてるのさ?」
「してねーよ!仕方ねーだろ!俺もさっき台本もらって知ったんだよ!」
「ちっ…」
「お前…」
「うさぎちゃ〜ん!」
「キス…」



───カチャリ

「お、救世主か?」
「どうせ大気でしょ」

「美奈子ちゃん!?どうしたの?大きな声出して…」
青い瞳が驚いたようにうさぎと美奈子を見つめる。
「あ、亜美ちゃ〜ん!!!」
「きゃぁっ!」
「おっと…愛野さん、突然亜美に抱きつくのは危ないからやめてくださいと……何事ですか?」
「おかえり、大気」
「よぉ、水野」
「こんにちは。うさぎちゃんはどうしちゃったの?」
「……キ、ス」
「一体、何があったの?」
「実はね──」



「なるほど。ドラマでの星野と愛野さんのキスシーン──ですか…」
「うーん…」
「あたしも、ここまでうさぎちゃんにショックを与えるとは思ってなくて」
「うーん…」
「それで、さっきからおだんごあの調子でさ」
「うーん…」
「水野?さっきから何を考えこんでるの?」
「うーん……」
「亜美?」
「うん。うん。うんうん」
亜美は何やら一人で納得したように頷くと
「みんなここから出ていって?」
サラリと言い放つ。
「「「「は?」」」」
「いいから、早く」
「私もですか?」
「当然です」
「え…当然…」
亜美の言葉にショックを受ける大気。
「「恐るべし、水野」」

「亜美ちゃん」
「大丈夫よ、美奈子ちゃん」
「うん。お願いね?」
「えぇ。任せて?
ちなみに覗いたら、水でもかぶって反省してもらうから、ね?」
いつものふわりとした笑顔で、有無を言わせない発言をする。
「「「「は、はい」」」」

みんなはおとなしくリビングから出て行き、夜天の部屋に入る。
「水野、どうするつもりだ?」
「亜美ちゃんに託すしかないわ」
「亜美…」
「ちょっと大気、水野に追い出されたくらいでいじけないでよね。鬱陶しい…」
「まさか、ドラマのキスシーンでおだんごがあそこまで動揺するなんてなぁ」
「悪い事しちゃったかしら…」
「…………」
夜天はうさぎを心配する美奈子の横顔をじっと見つめる。



「うさぎちゃん」
リビングでうさぎと二人きりになった亜美はそっと彼女を抱きしめる。
「イヤ…なのよね。うさぎちゃんは…。
星野君と──美奈子ちゃんのキスシーンを、見たくないのよね…」
子どもをなだめるように背中を優しく撫でながら、ゆっくりと語りかける。

「…っ、うん…ヤダ…。見たく…ないよ。お仕事だって、わかってるけど…
美奈子ちゃんのドラマデビューだから、お祝いしたいのにっ…
そんな事、思いたくないけど、でも…っ、やだよぉ…っ」
泣き始めたうさぎを亜美は切なそうに抱きしめる。
「──うん」
よしよしとうさぎをあやすように優しく包み込む。

星野がキスシーンを演じるのははじめてのことではない。
以前、映画のワンシーンでキスシーンはあった。
『仕事だから、しょーがないわよね!』
少し拗ねながらそう言って星野を少し困らせたとみんなに話していた。

一方の大気も、大人びた雰囲気だからか、星野よりそう言うシーンは意外と多い。
亜美も『大気さんの大切なお仕事だから』と割り切っていた。

では、なぜこうなったのか。

自分達の親友が、自分の恋人と“そういうトコロ”を見るのは他の異性との時よりも、少し切ないのだ。

亜美は先日発売されたファッション雑誌に大気と美奈子が載るからと、それを買って家で一人で見たのだ。
そこには、まるで恋人同士のように寄り添う大気と美奈子のカットがあって、ズキリと胸が痛んだ。

そんな事がありえるわけはないが、そこは亜美やうさぎも思春期なのだ。
やはり、複雑な気持ちになってしまう。

なによりそんな風に思ってしまった自分にも自己嫌悪し、誰にも言い出せなかった。

「そっか。そうだったんだ」
「えぇ」
落ち着いてソファに座ったうさぎに亜美はファッション雑誌の経緯を恥ずかしそうに話した。
「ねぇ、亜美ちゃんはさ」
「うん」
「もし、大気さんが美奈子ちゃんとのキスシーンをやることになったらどうする?」
「そう──ね、やっぱり嫌だなって思うわね…」
「あたし、どうしたらいいかな?」
「はっきり言ってしまえばいいんじゃないかしら」
「二人に?」
「星野君だけでいいと思うわ。きっと美奈子ちゃんには夜天君が言うと思うから」
「あ、そっか。あぁ、そうだよ!だからなんか夜天君が機嫌悪そうだったんだ」
「夜天君は美奈子ちゃんと同じ芸能界の人なのよ?
その夜天君がやきもち妬いちゃうくらいなんだもの。
うさぎちゃんがやきもち妬いちゃうのは当然だと思うわ」
「そっか。そうだよね。えへへ、ありがと、亜美ちゃん」
「ううん、あたしもうさぎちゃんに聞いてもらえてよかったわ」
ようやく笑顔を見せたうさぎに安心して、亜美も微笑む。

「あ、あのね、うさぎちゃん」
「ん?」
「今さっきの話は大気さん達に言わないでね?」
「うんっ!あたしと亜美ちゃん二人だけの秘密ね?」
「う、うん///」
「あれ?ところでみんなは?」
「うさぎちゃんと二人で話したかったから追い出しちゃった」
トップアイドルの恋人と、人気急上昇アイドルの親友を持つうさぎと亜美だけにしか分からない内緒話。



───コンコン

ノックが聞こえた瞬間、美奈子は部屋の扉を勢いよく開く。
「うさぎちゃん!?」
「わぁっ!?ビックリしたぁ…」
「うさぎちゃ〜ん」
美奈子はうさぎに抱きつく。
「動揺しちゃって、ごめんね?」
「ううん。あたしこそ…」
「おだんご…」
「星野…」
「あーっと…さ」
「……星野…ちょっときて…」
うさぎは星野の服の裾を掴むと、彼の部屋の方に消えていく。
「がんばって」
「うん」
亜美がうさぎにしか聞こえない声量でエールを送る。
「亜美ちゃん、うさぎちゃんに何言ったの?」
「ん〜…」
亜美は美奈子を見つめ、夜天を見てから、大気を見ると、もう一度、美奈子に視線を戻し───
「秘密」
人差し指を立てる。

「ところで、大気さんはどうして落ち込んでるの?」
「水野のせいだよ」
「え?」
「責任取ってよね」
「えっ?」
はい、よろしくとばかりに大気を亜美に押し付ける。
「亜美っ!」
「きゃあっ/// だ、抱きつかないでください///」
「ちょっとそこ、イチャイチャするんなら部屋に戻ってくれない?」
「や、夜天君が押し付けたんでしょ///」
「大気を浮上させられるの水野だけなんだから、当然でしょ」
「どういう…?」
「──それじゃあ、部屋に行きましょうか?」
「えっ?きゃあっ!?///」
ひょいっと亜美を抱き上げた大気は「では、夜天に愛野さん失礼します」と、言い残し去って行った。

部屋で二人きりになる夜天と美奈子。
「うさぎちゃん達どうなったのかしら?」
「さぁ?」
「亜美ちゃん大丈夫かしら?」
「大気に仕返しされてるんじゃないの?」
「……夜天君は?」
「僕?僕がなに?」
「怒ってる?」
「......」
思わず黙ってしまう。
怒ってる?
違う。怒るとかじゃなくて…

「イヤだ」
「え?」
「星野とのキスシーンなんて、見たくない」
「〜っ」
「でも...」

貰ったばかりの台本を開きもせずに、誰よりも真っ先に───親友の少女達でも、家族でもなく───自分に言いに来てくれた事を嬉しく思いながら

「────ドラマデビューおめでとう、美奈」

まだ言えていなかった言葉を紡ぐ。

「あ、ありがとう。夜天君」

そう言って、嬉しそうに微笑む美奈子はとても綺麗だった。

(ホント、美奈には敵わないなぁ)

さらさらと流れる金の髪を、指に絡めそっと口付ける。
「や、夜天君///」

「言っとくけど、僕の方が星野より“イイ男”なんだからね」
夜天の言葉に一瞬きょとんとした美奈子はクスクスと笑う。
「やだなぁ、夜天君ったら…そんなの──」
夜天に抱きつくと
「とっくに知ってるわよ」
彼のくちびるに、女神のキスをひとつ。
「夜天君より可愛くてカッコイイ人なんて、いるわけないじゃない?」
「美奈…男が可愛いって言われて喜ぶわけないでしょ?」
「違うわ?夜天君は可愛いだけじゃなくて、カッコイイ事が大前提なのよ?」
「ふーん…ところで美奈」
「なぁに?」
「足りないんだけど?」
「え?」
「さっきのじゃ全然足りない」
「えっ?///」
「もっと────くれるよね?」
そう言って微笑む夜天はいつもより無邪気でありながらも妖艶で、美奈子にしか見せない表情をしていた。

「おいで、美奈」
───教えてあげる。僕がどれほどに君を愛しているか。

「夜天...君///」
エメラルドの瞳に吸い込まれるように、美奈子は彼に身を委ねる。






────そして、放送日
美奈子のドラマデビューを二人きりで見ようと約束した夜天は、リビングのソファで彼女と並んで座り、黙ったままテレビを見つめる。

そして問題のシーンがやってくる。

───ユイカ「“今日までありがとう。すごく楽しかった。(神北の頬に口付けて微笑み)、くちびるは今度生まれ変わる時までとっとくね”」

「え?」
夜天は思わず声をもらす。

「“神北さん、わたしに恋を教えてくれて、ありがとう”」
「“ふっ、なにませてんだよ…ばぁーか…”」
「“ふふっ、だってわたし女子高生だもん”」
「“あぁ、そうだったよな”」
「“そうだよ”」
「“今度はちゃんと生きて青春しろよ?”」
「“うんっ!”」
光がユイカの身体を包む。

「“それじゃあな?ちゃんと成仏しろよ?”」
「“もちろん。じゃぁ───またね?”」
「“あぁ”」───

流れるエンドロールと、主題歌である星野のソロ曲。



呆然とテレビに見入っている夜天に美奈子が話し始める。
「本番でアドリブ入れたら、そのままカメラ回してくれて、監督さんもこっちの方がいいって言ってくれて、一発オッケーが出たの」
「そうなんだ…」
覚悟を決めてただけに、拍子抜けした。

「もし、あたしが…ね」
「うん?」
「ユイカみたいに恋が出来なくて死んじゃったとして、それが心残りだったとして神北さんみたいに自分が見える人と出会って恋をするかなぁって考えたの」
「……」
「それは、確かに恋なんだろうけど、でも、きっと本当の恋じゃないような気がしたの」
「どうして?」
「本気で好きになっちゃったら、きっと成仏なんかしないで、ずっと傍にいたいと思うんじゃないかなぁって」
「…………」
「だからきっとユイカは、恋に恋してたんだと思うの。だったらきっとくちびるにキスはしないんじゃないかなって」
「なるほど、ね」
「だから、星野君にも話して本番でアドリブを入れて貰ったの」
「そっか」



「夜天君」
「なに?」
「安心した?」
「なっ/// 何言ってるのさ?」

「じゃあ、キスシーンの方が良かった?」

「良くは、ない…けど…」
「けど?」
「…っ」
「けど〜?けど、なぁに?」
「あー、もう!うるさいなぁ!///」
「むっ…夜天君のバカ」
美奈子は夜天に抱きつくと彼の頬にキスをする。

「あたしは、やっぱり夜天君が他の子とラブシーンを演じるのは、見たくないよ」
「僕も、だよ」
「ホント?」

「ホントだよ」
美奈子の瞳を真っ直ぐに見つめ、彼女の桜色のくちびるにキスを贈る。



この本番でのアドリブが評判を呼び“愛野美奈子”の人気が上がるのはまた別におはなし。






あとがき

月琉様。
大変お待たせいたしました。
夜天君の嫉妬話とのリクでしたが、気が付けばライツカップル勢揃いでなんかごちゃごちゃしちゃってすみません…。

こんなわちゃわちゃしてて良かったら貰ってやってくださいませ。

月琉様のみお持ち帰りオッケーです。



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