大気×亜美 | ナノ




ハニーメモリー

「会いたい、な……」
 亜美は自室の窓から夜空を見上げ無意識に自分の唇からこぼれた言葉にわずかに自己嫌悪に陥る。
 会いたいと思う恋人は、今はドラマ撮影で地方にいるため迷惑をかけてはいけないから、と亜美から連絡を取るのは控えている。
 彼の方から連絡が来れば返事はするが、電話で声を聴いたのは十日前だ。

 その時の大気の声が、いつもより疲れているように感じた。
「お疲れ、ですか?」
『え?』
「なんだかいつもより疲れていそうな感じなので」
 亜美がそう言うと、大気が少し息をのんだのが分かった。
「大気さん?」
『亜美は誤魔化せませんね』
 くすりと自嘲気味に笑った大気は彼にしては珍しく、共演者の女優がケガをしてしまい、撮影終了が予定より遅れてしまうことをもらした。
『クランクアップが予定よりも2週間は遅れるのが、確実になってしまったんです』
 その言葉を聞いた亜美は大気が疲れていた、と言うより落ち込んでいた理由に思い至った。

 大気は監督とは三度目の仕事だったこともあり、撮影はスムーズに進むだろうと思われていた。
 しかし、共演者の一人が今回のドラマ撮影とは違う現場で怪我を負ってしまい、全治2週間と診断され、予定通りに撮影ができなくなってしまった。
 もともと、その共演者の出演シーンはそこまで多くなかったため彼女抜きのシーンが優先的に撮影されることとなった。

 今日の分の撮影が終わり、ホテルに戻った大気はスマートフォンを取り出し、時計を確認した。
 ――23時
 彼女はまだ起きているだろうが、さすがに遅いので電話することをためらう。
 そして、もうひとつ――仕事用のスマートフォンを取り出すと、星野と夜天、事務所の社長からの連絡が入っていた。
 星野と夜天が仕事用の方に連絡をしてきているということは、スリーライツとしての仕事だ。
 急を要するようなことはなかったはずだが、何かあったのだろうか?と目を通した大気は、ふっと笑った。

 ――5月29日
 土曜日で学校が休みだったこもあり、亜美は朝から模試を受けていた。
 勉強に集中していれば、大気に会えない寂しさも、大気の声を聴けない寂しさも、大気のことを考えずに済む。
 模試が終わってから、亜美は寄り道をし、誕生日を迎える恋人のプレゼントを受け取りに行った。
 何にしようか悩みに悩んで、万年筆を選んだ。
 刻印サービスがあったので、それをお願いしたため完成が誕生日前日となってしまったが、プレゼントも用意できた。
 当日、渡せなくても帰ってきてから渡せばいい。
 だけど、日付が変わったらせめて電話で「おめでとう」は言いたいから、今夜だけは電話をこちらから電話をかけてもいいかしら?と思いながらマンションにたどり着いた亜美は目を瞠る。
「おかえりなさい。亜美」
「大気、さん?」
 そこにはここにいるはずのない恋人がいた。
 かけていたサングラスを外した大気は、アメジストの瞳で優しく亜美を見つめる。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
 亜美は大気と共に自宅に上がり、そのまま自室に通すと、紅茶をいれた。
 大気は亜美を手招きすると自分の隣へ座らせた。
「驚きましたか?」
「はい」
 亜美がいれてくれた紅茶を飲んだ大気は事情を話した。

 ケガをした女優抜きで行える撮影は、天候に恵まれたこともあり予定より順調に行われ昨日の時点で終了したこと。
 残るシーンはケガをした女優が復帰してからの撮影のみになった。
 スリーライツとしての急ぎの仕事が入ったこともあって、今朝東京に戻って仕事をしてきたことを話した。
「連絡があったのが昨日の夜遅かったので、朝に連絡しようと思ったんですが、亜美が今日模試を受けることは聞いていたので迷惑になってはいけないと思い、それならいっそ帰ってきたとこを待ち伏せて驚かせようと思ったんです」
 大気は言葉を切ると、そっと亜美の肩を抱き寄せる。
「亜美」
「大気さん、会いたかったです」
 いつもなら恥ずかしがってなかなか口にしてくれない亜美の言葉に愛しさが込み上げ、その華奢な身体を抱きしめる。
「私も会いたかったです。亜美」
 亜美しか知らない大気の甘い声に、とくんと鼓動が跳ねる。
 恥ずかしいけれど、このまま大気のぬくもりをずっと感じていたくなる。
「大気さん」
 しっかりと抱きしめてくれている大気の背中に回した手を、しがみつくように、すがりつくようにキュッと力を込める。
 言葉にしなくても、亜美のその仕草が自分に触れられることを決して嫌がっていないことを大気はよく知っている。
 亜美の碧い髪を撫でると、恥ずかしがってますます顔を見せてくれなくなるのは少し残念だけど、耳元に唇をよせて名前を呼ぶとくすぐったいのか身をよじって逃げようとする。
「亜美」
 もう一度、さっきよりも甘さを含んで耳朶に触れそうな距離で名前を呼ぶと、パッと顔をあげた。
 その顔が可愛くて、潤んだサファイアの瞳がキレイで大気は長い指で亜美の唇をなぞって、そっと唇が重なる。
 その直前、サファイアとアメジストが交錯して、どちらからともなく瞼を閉じる。
 久しぶりに感じる柔らかな感触が心地良くて、唇を離しては何度も口付ける。
「んっ、ふぅ……」
 唇を離して至近距離で、亜美の瞳を見つめる。
 乱れた呼吸を整えようとする濡れた唇をペロリと舐めて、指でなぞる。
「そんな可愛い反応をされたら、このままさらって行ってしまいたくなります」
 大気はぎゅっと亜美を抱きしめて、自身を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸をしたのだが、ここが亜美の部屋であり、腕の中に閉じ込めた彼女の優しい香りを感じて逆効果だったかもしれない、と心の内で思った。
 今ここで理性を手放してしまえば、今の自分はいつものように彼女を優しく抱けないであろうことがわかっている。
「亜美」
 心地良く響く大気の声色は、いつもより少しだけ低い。
「大気さん?」
「全部の撮影が終わって帰ってきたら」
「はい」
「どこかに旅行に行きましょう。二人きりで」
 突然のことに亜美は驚いたが、その言葉が冗談などではないことが分かった。
「はい。大気さんがゆっくりできるようなところに行きましょうね」
 大気を見つめて亜美が微笑むともう一度、触れるだけのキスを交わした。

 その後、今日中に撮影現場に戻らなくてはいけなかった大気は亜美の手料理を食べてから、身支度を整えた。
「あの、大気さん」
 玄関のところで亜美は用意したプレゼントを大気に手渡した。
「一日早いんですけど――お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 シックなデザインの紙袋から取り出すと、同じく落ち着きにある色味の包装紙に包まれたプレゼントを手に取り、大気は年相応の少年の笑顔を見せる。
 大気はふと考え込んで、プレゼントを袋に丁寧にしまいこんだ。
「今、開けたい気持ちはものすごくあるんですが、せっかくなので当日になってから一番はじめに亜美からのプレゼントを開けたいんです。いいですか?」
「はい」
「本当にありがとうございます。亜美。では、いってきます」
「いってらっしゃい。あまり無理はしないでくださいね」
 下まで見送ろうとした亜美に、連れて行ってしまいたくなるのでここまででいいですと言われた亜美はエレベーターが一階に到着したのを確認して部屋に戻った。
 突然の大気の帰還に驚いたが、ほんの少しの時間でも会いにきてくれたことが嬉しかった。
 渡せないと思っていたプレゼントも渡すことができた。
「大気さん、喜んでくれるかしら?」
 反応を見たかったけれど、誕生日になって一番初めに開けるプレゼントが自分のものだと考えると嬉しかった。


 ――5月30日 AM 0:02
『お誕生日おめでとうございます。大気さん』
「ありがとうございます。亜美。万年筆すごく嬉しいです。大切にしますね」






1年ぶりの大亜美です。
今年こそは大気さんと亜美ちゃんをイチャイチャさせようと思っていたのに、気づけばまたしても大気さんはお仕事で遠くへ……
久しぶりに大亜美が書けて嬉しかったです。



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