大気×亜美 | ナノ




Feeling Deeply

スリーライツとしてのアイドル活動だけでなく、大気光名義での楽曲提供や、俳優、モデルをこなす大気は忙しい日々を過ごしていた。
そんな中で、大気は春に婚約発表をしたばかりだった。
相手はもちろん高校時代から恋人であり、今では天才ハーピストとして名を馳せている“水野亜美”。
スリーライツのメンバーである夜天光と、女性トップアイドルに上り詰めた愛野美奈子の結婚発表に負けないくらいにテレビやマスコミに取り上げられた。
大気だけでなく、亜美もマスコミに追われてしまい、自宅前も人の山で2人はしばらくホテルを転々とするはめになった。
それが一ヶ月ほどしてから他の芸能人の二股が発覚し、マスコミの関心がそちらにいったことにより、騒ぎが落ち着きはじめてホッとしたところだった。
ドラマ撮影もなく、楽曲制作も今はないため仕事も落ち着いているので、亜美の誕生日当日は丸一日は無理でも夕方からはオフが取れそうだったのだ。
それなのに、なぜよりによってその日を挟んで海外での仕事が入るのかと、大気が頭を抱えたのは言うまでもない。

7月18日の午後三時。
大気は事務所の社長から呼びだされ、直々に社長室に呼ばれた時に、なんとなく嫌な予感がした。
社長室に入っていく大気を見送った星野と夜天は顔を見合わせて、扉の外で聞き耳を立てることにした。
「大気…」
「はい」
「急で申し訳ないが来週頭から三ヶ月ほど、フランスに行ってほしい」
「はい?」
大気はいきなりのことに隠さずに綺麗な眉をひそめた。
「実はな――」
フランスに拠点をおいているブランドメーカーの社長が大気と亜美の婚約会見を見た。
曰く『彼は今度うちから出す商品のイメージにぴったりだ!ニッポン?よし!今すぐ飛んで所属事務所に直接交渉をしよう!』となったらしい。
フランス社長(仮)の行動は早かった。
本当に日本へやって来て、契約を交わして嵐のように去って行った。
その際、大気のスケジュールを見て「ここからここまでで、CM撮りとポスター、その他諸々の撮影するから、タイキにフランスまで来てほしい。これ飛行機のチケット」と置きみやげを残していったとのことだった。
「世界的に有名なブランドだし、断る理由はない。大気、頼んだぞ」
「……わかりました」
そして、慌ただしく準備をして、大気は日本を離れることになった。
「あたしのことは気にしないでください。お仕事頑張ってくださいね」
亜美はそう言って、ふわりと笑顔を見せた。
「でも、無理はしないでくださいね」
そう言って、サファイアが少しだけ揺れていたのは、大気を心配していたのか、あるいは寂しさか。
(会えなくて寂しいと思っているのは、私だけですか?)
そんなことを考えてしまうあたり、疲れているのか、恋しさなのか。
「会いたい、ですね」
夜空に向かって呟いた言葉は、吸い込まれるように夜空へと消えた。

フランス社長(仮)は、大気をたいそう気に入り、滞在中のホテルはどういうわけかジュニアスイートだった。
三ヶ月もあるのだから、どこかの部屋を借りるか、ホテルならせめて普通の部屋でいいと言ったのだが、笑って流されてしまった。
大気としては、ホテルですることは入浴と睡眠と、朝食などがメインで、それ以外は仕事でいないのだから、こんなに広い部屋はどう考えても割に合わないと思えて仕方がない。
フランスに来てから、二度ほど別の国に行ったりと、なにしろホテルの滞在時間の方が断然短いのだ。
(どこの“社長”も考えることは、私には理解できませんね)
スリーライツの事務所の社長もときどき、とんでもないことを言い出すしやってのける。
スーツブランドが、時計ブランドとの業務提携に踏み切ったらしく撮影現場にはたくさんのスーツと、腕時計があった。
万が一、億が一にもそれらが盗難などにあった日には被害総額はいくらになるかなんて考えたくもなかった。
とは言え、その撮影現場となっているセキュリティ対策が万全なマンションは居住区ではなく、一室一室が撮影のための部屋になっていた。
撮影で使われる商品は倉庫部屋で厳重に管理されているため、盗難にあうことはないし、あっても防犯カメラに証拠を抑えられて終わりだろう。
まったく、金持ちというのはとんでもない考えをしているな、と、大気は思った。
大気はブランド嗜好がある方ではないが、それでもスーツに使われている素材が良質なものだとわかる。
肌触りや縫製、ボタンひとつひとつをとっても明らかだった。

入浴を済ませた大気は、ふと時計を見つめる。
9月8日午後十一時。
日本との時差は七時間なので、あちらは9月9日の午前六時。
早起きの彼女のことだから起きているだろうか?
学生の頃よりも時間が不規則になってしまっているため、もしも眠りを妨げたらと思うと、連絡を取ることははばかられた。
(明日、ですね)
そんなことを考えて、思わずため息をつく、
9月10日に彼女の傍にいられないのが、悔しいと感じてしまう。


「やぁ、タイキ!」
「おはようございます。ジェラルドさん」
「ホテルの居心地はどうだい?よく眠れたかい?」
「おかげさまで」
フランス社長(仮)、本名ジェラルド・フォンテーヌ氏は、気さくな人柄で撮影現場にもよく顔を出していた。
「タイキ」
「はい」
「せっかくフランスに来たんだし、1日くらい休んだらどうだい?」
「は?」
いきなり何を言い出すのかと怪訝な表情をしてしまった。
「キミが優秀なおかげで撮影がとても捗っているからね」
「ありがとうございます」
「そうだな。明日1日オフにしよう。ゆっくりするといい」
「えっ!?」
「それじゃ、僕は今から人と会う約束をしているから、撮影頑張って」
ジェラルドは言うだけ言うと去って行ってしまった。
(オフにするくらいなら、さっさと撮影を終わらせて日本に帰らせてほしいんですが…)
よりによって、明日をオフにしてくれなくても良かったのにと思わずにはいられなかった。
愛しい人の誕生日に本人に会えないのならば、仕事が忙しい方がいっそいいと思ってしまう。


「迷惑かけてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる亜美にそこにいた二人は苦笑する。
「迷惑だなんて思ってねーよ」
「そうだよ。美奈なんか泣いて感動してたよ」
「おだんごは泣いてはなかったけど、すげー感動はしてた。めちゃくちゃ嬉しそうだったぜ」
そう言って笑顔を見せた星野は夜天の瞳は、誰よりも愛しい人を想って優しい。
「本当に、ありがとう」
「お礼なんていいよ。美奈が詳しく話を聞きたがってたから、帰ってきて時間あるときにでも会って話してあげてくれたら」
「えぇ、分かったわ」
「おだんごも『最近、亜美ちゃんに会えなくてさみしい』って言ってたぞ」
「帰ってきたら、遊びに行くわ」
亜美はしっかりと頷く。
「「水野!」」
「はい」
「気をつけろよ」「気をつけてね」
「えぇ」
「「いってらっしゃい」」
「いってきます」
亜美を見送った星野と夜天は顔を見合わせる。
「あの水野がなぁ」
「みんな思うことは同じだね」
「まぁ、一番驚くのは俺たちじゃなく、大気だろうな」
「それ以上に喜ぶよ。水野バカだから」
そう言って二人で笑い合う。


撮影スタッフとの食事を終えた大気はホテル前でタクシーから降りる。
慣れたエントランスに足を踏み入れた。
「大気さん」
そのままエレベーターに向かおうとした大気は聞こえた声に、息を飲んで、足を止めた。
なぜ、今、日本にいるはずの彼女の声が聞こえたのだろう。
会いたいという気持ちが強すぎたのと、なんだかんだでたまった疲れもあって、幻聴でも聴こえたのだろうかと考えて、それでも自分が亜美の声を聞き間違えることなどあるはずがないと思い至った大気は、ゆっくりと振り向いた。
そこには、会いたくてたまらなかった恋人――もとい、婚約者がいた。
「お仕事、お疲れさまです」
自宅にいるのと変わらない亜美の言葉に大気は言葉が出てこなかった。
「っ、亜美」
「はい?」
「どうしてここにいるんですか?」
そう、ここはフランスなのだ。
「大気さん達の事務所の社長さんにどこのホテルに泊まっているかを、星野くんが聞いてくれて、あたしの代わりに夜天くんが飛行機のチケットを手配してくれました」
いや、確かに聞いたのは大気だったが、そういうことを聞きたかったわけではない。
なんと言おうか考えあぐねていた大気のスマートフォンが震えた。
「ちょっと、すみません」
「はい」
大気は一度ホテルから出て通話をとった。
「もしもし?」
『やぁ、タイキ!』
「ジェラルドさん?」
『キミのフィアンセは素敵な女性だね』
ジェラルドの言葉に驚愕する。
『明日はフィアンセのバースデイだろう?彼女とゆっくりすごすといいよ』
「あの…ですが」
『今日はとても素敵な演奏を聴かせてもらった』
彼が会うといっていたのは――
『タイキは日付が変わるまで起きていられるかい?』
「眠れそうにありません」
『いい返事だ。僕からのささやかなプレゼントが午前0時に届くから、それまで我慢してるんだよ。いいね?』
ジェラルドの含みのある言い方を、大気は無視する。
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
通話を終わらせた大気はホテルへと入ると、亜美の手を取りそのまま与えられた部屋へと向かった。

「大気さん」
「はい」
「ごめんなさい」
部屋に入るなり、いきなり謝る亜美に驚く。
「どうして謝るんですか?」
「突然、何も連絡もしないでくるのは、大気さんの迷惑になるとは、思ったんです…っ。でも…」
うつむく亜美の表情を伺い知ることはできないが、きっと唇を噛みしめて泣くのを耐えているのであろうことは容易にわかってしまう。
「亜美」
「っ、はい」
「私に、会いに、来てくれたんですか?」
「はいっ」
こくんと頷く碧い髪をそっとなでる。
「嬉しいです」
「えっ?」
驚いて顔を上げる亜美に大気はふっと微笑む。
「久しぶりに会えたんですから、笑ってください。亜美」
一粒、こぼれ落ちた雫を指腹でぬぐう。
「っ、はい」
涙を零しながら微笑む亜美の瞼にくちづけると、くすぐったそうに身をよじって大気から逃げようとした。
「離しませんよ」
耳元で低く囁くとびくりと小さな身体がかたまった。
亜美の反応に大気は楽しげにくすくすと笑う。
いつもは「からかわないでください」なんて言いながら真っ赤になって離れようとするのだが、この日の反応は大気の知るそれとは違っていた。
自分から、大気の背中に腕を回してぎゅっと抱きついた。
「亜美?」
「――さい」
「え?」
「離さないでください」
亜美の言葉に大気の方が固まる。
そっと視線を下げてちらりと見えた耳が朱に染まっていて、大気の中で愛しさがこみ上げる。
こんなことを言われてしまっては、午前0時まで我慢するのは無理かもしれないと本気で思う。
だけど、その瞬間に一番に伝えたい言葉があるのだから、ここは気合の見せ所だ。
「では、せっかくですし一緒にお風呂に入りますか?」
「えっ?」
「大きいので2人で入っても余裕ですよ?」
にっこりと笑って言うと、ボンと音がするのではないかと思うくらいに真っ赤になった亜美は慌てて大気から離れる。
「そ、そんなの、無理ですっ!」
「おや?つれないですね」
「た、た、大気さんお疲れでしょうから、ゆっくりしてきてください」
「レディファーストですよ?」
大気の言葉に亜美はブンブンと頭を振る。
「あたしはあとでいいので、大気さんがお先にどうぞ」
譲る気はなさそうなので、大気は素直に先に入浴を済ませ、入れ替わりで亜美も入浴を済ませた、
「今さらなんですけど」
「はい?」
「お風呂、ついてるんですね」
亜美の言葉に大気は頷く。
「ジェラルドさんがわざわざバスタブ付きのホテルにしてくれたんです’」
「そういえば、温泉が好きで、家にお風呂を取り付けたって言ってました」
大気が知らないジェラルドの情報を亜美が知っていたことに驚いた。
「亜美はいつフランスに着いたんですか?」
「今朝です。そのままジェラルドさんに会うことになっていたので」
「なるほど。演奏したんですよね?」
「はい。一時間ほどですけど」
「私も聴きたかったですね」
大気の言葉に亜美はくすくすと笑う。


ジェラルドは亜美に気さくに接してくれて、演奏のあと一緒に昼食を食べた。
その時に、大気の仕事に対する姿勢と、彼の人柄を褒めていた。
「婚約したばかりなのに、引き離したのは悪かったと思っている」と謝った。
「いえ。こちらこそ、無理を言ってごめんなさい」
「いや、最近のタイキは時々思いつめたような表情をしていたから、気になっていたんだ。アミが来てくれて良かったよ」
ジェラルドの言葉に亜美が不安そうな表情を見せた。
「でも、きっとキミに会えばすぐに元気になるさ」
と、楽しそうに笑った。
その後、大気の部屋に亜美も泊まれるように手配をしてくれたのはジェラルドの秘書だった。
「何から何まで、お世話になります」
「いや、素晴らしい演奏を聴かせてもらったお礼さ」
そう言って、ジェラルドは去っていった。


亜美の話を聞きながら大気はあとできちんとお礼をしようと思った。
そして、ふと気づけばあと五分ほどで日付が変わろうとしていた。
大気は亜美が入浴中にあらかじめ準備しておいたものを確認する。

――9月10日午前零時

「亜美。お誕生日おめでとうございます」
プレゼントの入った箱を亜美に手渡す。
「ありがとうございます」
大切そうにリボンを解いて、箱をあける。
中にあったのはネックレスだった。
「わぁ、素敵」
「貸してください」
大気は手渡されたネックレスを亜美につける。
ドロップモチーフのシンプルなペンダントだが、亜美に映えるものだった。
「綺麗ですよ。亜美」
大気は亜美の左手をとり、薬指に輝く婚約指輪にくちびるを落とす。
真っ赤になる亜美にくすりと笑ってそのまま彼女の唇を塞ごうとして、はたと気付く。
(確か、ジェラルドさんが…)
そう考えたところで部屋のベルが鳴った。
大気は亜美の髪をくしゃりと撫でて、扉を開ける。
そこにはホテルの支配人の男性と、コンシェルジュの女性がいた。
「夜分に失礼致します。フォンテーヌ氏から、午前0時5分にお届けするようにとお預かりしたものです」
あっという間にシャンパンと、グラスがふたつセッティングされた。
「すごいですね…」
「えぇ」
大気がスマートフォンを見ると、ちょうど見計らったように電話が鳴った。
「もしもし」
『やぁ、僕からのプレゼントは気に入ってもらえたかい?』
「はい。しかし――」
大気がグラスを見ると、そこには【TAIKI】と【AMI】と、二人の名前が装飾されていた。
「いつから企んでいたんですか?」
『ハハハ、グラスはもともと、タイキに渡すつもりだったんだ』
「え?」
『アミがフランスに来るのを知ったのは先週だよ。それから準備してたら到底間に合わないさ』
そう言って楽しげに笑う。
『タイキ』
「はい」
『アミに代わってくれるかい?』
「わかりました」
大気は隣に座っていた亜美にスマートフォンを手渡す。
「はい?」
『やぁ、アミ。お誕生日おめでとう』
「本当にありがとうございます。こんなに、よくしていただいて」
『喜んでもらえたなら良かったよ。タイキと素敵なバースデイを過ごすといい』
「はいっ、ありがとうございます」
亜美はお礼を言うと大気にスマートフォンを返す。
『それじゃあタイキ。もう邪魔は入らないから我慢しなくてもいいよ?』
「……お心遣い痛み入ります」
大気の言葉にジェラルドは楽しそうに笑った。
『ニッポン人は面白い言葉を使うね!それじゃあ、今日一日はしっかりアミで充電するだよ!』
言うだけ言って通話が切れたスマートフォンをテーブルに置く。

「せっかくですし、飲みましょうか?」
「はい」
「亜美は少しにするんですよ?」
「分かってます」
あまりアルコールに強くない亜美は、グラス一杯で顔に出る。
「まぁ、でも」
乾杯をした大気はふっと微笑む。
「今日は私しかいませんし、時間はたっぷりありますから、酔ってもいいですよ?」
言いながら亜美の肩を抱く大気の笑顔は優しいが、アメジストが妖しく熱を帯びる。
「それに、この部屋に入ってきた時に、私に言いましたよね?」
「え、っと、何を?」
「“離さないでください”って」
亜美は思わず息を飲んだ。
確かに言ったのは亜美自身だ。だけど、改めて考えるとなんて大胆なことを言ってしまったのだろうと思う。
さっきの言葉だけでなく、そもそも大気に会いたくてフランスまで来たこともそうだ。
(でも……)
大気に会いたかった気持ちは決して嘘ではない。
だから、わがままを言って、たくさんの人に協力してもらったのだ。
亜美はそっと、大気がくれたネックレスに触れる。
プレゼントをもらえたことはもちろん嬉しかったが、亜美は大気の笑顔が見られただけで充分だった。
それどころか、大気と一緒に過ごせるなんて、贅沢な誕生日だと思う。
亜美はシャンパンを一口飲んで、ふぅっと深呼吸をしてそのまま大気にしなだれかかる。
「亜美?」
「大気さん」
「はい」
大気を見上げると、さっきのルームサービスの時に簡単にではあるが、髪を整えていたので、なんとなくそれが少しだけ面白くなくて、亜美はそっと手を伸ばして彼の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「わっ!何するんですか」
驚いたようでいて、だけどどこか楽しそうな大気の声。
「今日は」
大気の胸に顔を埋める。
「今日だけは」
顔を見て言うなんてことは、自分にはまだ出来そうにない。
「あたしだけの大気さんで、いてください」
恥ずかしくて自分の心臓の音がドクドクと早くなっているのがわかる。
こんなにくっついていたら、大気にも聞こえるんじゃないかと気付いて、離れようとした亜美の身体がギュッと強く抱きしめられた。
「一体どこでそんなテクニックを身につけたんですか?亜美」
そう言った大気は難なく亜美の身体を抱き上げた。
「忘れられない誕生日にしてあげますから、覚悟してくださいね」






亜美ちゃんお誕生日おめでとう!
今年もお祝いできてよかったです。
年齢を大人設定にしました。
大気さんが贈ったプレゼントはヴェネチアンガラスということにしておいてください。



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