大気×亜美 | ナノ




大切な今

「大気さん。お誕生日おっめでとーっ!ってなわけで、どーぞっ!」
「いつも大気さんに苦労をかけている星野と夜天くんからささやかながらも、とっても素敵なプレゼントがありますっ!」
いつも元気な赤いリボンの少女と、お団子頭の少女が、朝起きたらすでにリビングにいて、珍しいこともあるものだと思いながら、少しだけ寝ぼけた頭で考えた。
彼女たちの隣には、星野と夜天もいて、自分の体内時計が狂ったのかと思って、思わず壁にかかった時計を確認したほどだ。
(8時半、ですか…)
いつもより2時間ほど遅いが、昨夜仕事が終わって帰ってきたのは午前1時を過ぎていた。
携帯に亜美からのメールと留守電が入っていて、どちらにも「お誕生日おめでとうございます」の言葉と「遅くまでお仕事お疲れさまです。ゆっくり休んでください」と優しい言葉があった。
それを聞いてしばらくぼんやりしてお風呂に入ったため、寝たのは3時を回るかどうか、といったところだったはずだ。
最近、仕事が忙しかったため、やや生活リズムが乱れているのは仕方のないことだろう。
学校のない日は、目が覚めると8時を回っていることが多い。
「あなた達にしては随分と早起きですね」
星野も夜天も仕事が忙しく、休みの日は昼になってようやく起きてくるようなことも珍しくなかった。
「俺たちだってそういう時もあるんだよ」
「……そうだよ…」
寝起きのいい星野はともかく、寝起きの悪さが到底アイドルらしからぬ夜天から放たれる不機嫌オーラには、ここではあえて触れないでおこうと決めた。
「それで、一体どういうことですか?」
「さっき美奈と月野が言ってたでしょ。そういう意味だよ。今日は一日家のことは気にしないでゆっくり過ごしていいよ。僕と星野でやるから」
「やってんくんたら〜、あたしもいるわよ」
「おいお前ら!おだんごもいるぞ!」
わちゃわちゃする4人に大気はふむ、と考え込んだ。
確かに亜美と約束はしていたので出かけることにはなっているのだ。
しかし、この4人に任せるには、いささかの…、いや、だいぶ不安が残る。
むしろ不安しかないと言っても過言ではないかもしれない。
家に帰ってきたら強盗でも入ったか、あるいは何かが爆発したのかという惨劇だけは、御免被りたいところである。
そうなると結局片付けに追われるのは大気なのだ。
「あなた達の厚意は嬉しいのですが、むしろ、何もしないでいてくれた方がありがたいのですが…」
「「「「どーゆー意味!?」」」」
見事に4人がハモって聞き返す。
「オーブンや掃除機を爆発させられたりしたら困りますからね」
「あれはたまたまで」
「たまたまで爆発させられるものではないはずですが…」
大気が言うと、夜天がため息をつく。
「とにかく、僕らに任せて、大気は今日は何もしなくていい!」
「むしろ亜美ちゃん限定で何かしていいわよ?」
「美奈子ちゃん…」
「おだんご…なんで赤くなってるんだ?」
朝から元気ですね、なんて思いながら大気は笑顔を向けた。
「わかりました。それではお言葉に甘えて、今日一日、お願いします」
大気の返事に美奈子はどこかに電話をかける。
「こちらV。ターゲットが乗ってきた。作戦決行だ。オーバー?」
朝っぱらからどこに電話をかけているのかとか、作戦ってなんだとか、ツッコミどころはあったが、美奈子のこういうところにはそこそこ慣れてきたのでスルーすることにして、大気は顔を洗うためにリビングをあとにした。

「携帯にかけておいて『オーバー?』じゃないわよ…。朝から元気すぎでしょ?作戦決行は了解よ。こっちもあと少しで終わるわ」
美奈子からの電話を受けたレイは、視線をキッチンへと向けると、電話に気付いたこの部屋の主人であるまことと頷き合った。
まことの隣では、作業に夢中になってこちらに気付いていない亜美がいた。
「わかったわ。亜美ちゃんに伝えておくから。美奈子ちゃんもうさぎも余計なことをして大気さんの仕事を増やさないようにしなさいよ!」
声の大きさか、あるいは出てきた名前に反応したのか、くるりと亜美が振り向いて、少し驚いたようにレイを見つめた。
そんな彼女に親指と人差し指で丸を作って見せると、亜美はホッとしたような笑顔を見せた。
美奈子との通話を終わらせたレイは、少し困ったような笑顔を見せた。
「美奈子ちゃんがやたら張り切ってるんだけど、何かしでかさないでしょうね…」
「夜天くんがいるんだから、大丈夫じゃないかな、たぶん…」
しかし、そこにうさぎも加わるとなると、相乗効果で何かが起こりそうな気がしてならない。
「ふふっ、レイちゃんもまこちゃんも心配しすぎよ」
「オーブンやら掃除機を爆発させるような2人だよ?」
「心配にもなるわよ…」
亜美は2人にくすくすと笑いながら、作業を終えた。
「できた」
「見事ね」
「先生の教え方がいいから」
亜美が言うとまことが照れたように笑った。
「いやぁ、亜美ちゃんが真面目に取り組んでるからだよ」
「あとは、大気さんへの愛よね」
「レイちゃん?なんだか美奈子ちゃんみたいなこと言ってるよ」
「失礼ね」
そう言って3人で笑い合った。


「しっかしあの2人…なにも今日まで図書館行かなくてもいいんじゃないの?」
「まぁ、大気と水野だし、なぁ?」
「図書館でどーやってイチャイチャするのよ!」
「別に亜美ちゃんも大気さんもイチャイチャしたいわけじゃないんじゃ…」
そんな会話を繰り広げる4人に、急遽見張り役も兼ねてライツマンションに呼ばれたレイとまことが苦笑する。
「まったく美奈子ちゃんは…すぐそういうとこばっかり言うんだから…」
「それに、『図書館に行きたい』って言い出したのは大気さんだって、亜美ちゃん言ってたよ?」
「そ〜れ〜は〜、分かってるけど、でも、誕生日なのよ!一年に一回の誕生日!何もそんな日にまで図書館に行かなくてもいいと思わない!」
「そんなの、どこに行こうが2人の問題じゃない?」
「せめてもっと2人きりになれるところがあるでしょぉぉぉぉっ!」
なぜそこまで大気と亜美を2人きりにさせたがるのかと、うさぎが疑問を投げかける。
「だって、最近大気さんがずーっと忙しかったでしょ?」
5人が頷くと、美奈子は続ける。
「そんな中であの亜美ちゃんが『大気さんのお誕生日を一緒に過ごしたいです』って言ったのよ?あの!恋愛において!超がつくほど!超!奥手の!亜美ちゃん!がっ!」
「美奈…声でか…」
隣に座った夜天の言葉をスルーしてさらに続ける。
「そ・れ・な・の・に!『図書館に行くの』って嬉しそうに報告する亜美ちゃんなんて望んでなかった!あたしはもういっそ日帰りで温泉とか行って欲しかったのよぉぉぉぉっ!」
「なぁ?なんで愛野がそこまで気にするんだ?」
「大人の階段のぼっちゃうかもしれないっていう淡い期待の元に、亜美ちゃんをからかって照れるところを見たかったのよ!」
「「「バカなの?」」」
言い切る美奈子に、冷たい目を向ける夜天とレイとまことの3人がハモって言った。
「バカって先に言った方がバカなんですーっ!」
「あたしは、亜美ちゃん達らしくていいと思うけど?」
うさぎの言葉に確かにと頷く五人がいた。


「大気さんにおねがいが、あるんです」
「なんですか?」
ある朝、大気と亜美は始業前の教室で恒例の読書タイムをしていた。
いつもなら、本を読んでいるうちに気付けばクラスメイトが登校してくるのだが、今日は本は閉じられていた。
「あの…、あ、もし時間が作れたらでいいんですけど」
「はい?」
「えっ…と」
何やら言いにくそうな亜美を落ち着かせようと、大気は微笑む。
「どうしました?」
「大気さんの、お誕生日なんですけど」
「はい」
「お仕事、ですか?」
大気はすぐさま手帳を開いて確認すると、運の良いことにその日は真っ白だった。
「いえ、違います」
『その、大気さんと、一緒に過ごしたいんです、けど」
その言葉に大気は一瞬固まった。
あの、恥ずかしがり屋で、いまだに大気の自室に入ると緊張して、手を繋いだり、キスをするだけで耳まで真っ赤になっているあの亜美が、「一瞬に過ごしたい」と言ってくれたのだ。
「……えっ、と、大気さんが、迷惑じゃ、なければなんです、けど」
なんの反応も示さない大気に不安になったのか、亜美の声がどんどん小さくなっていって大気はハッとした。
「迷惑なわけがありません。嬉しいです。すごく」
大気が、そっと亜美の髪を撫でると驚いたような表情をしてから、ホッとしたようにふわりと微笑んだ。
その笑顔になにがなんでもこの日は仕事を入れなくてもいいように手回ししようと、硬く心に誓ったことは、亜美には秘密だった。
確実にオフになることが確定した時、亜美が大気に聞いたのだ。
「どこか行きたいところはありますか?」と。
大気はしばし考え、最近、亜美と2人でゆっくり過ごせていなかったことに気付いた。
日帰りでどこかに行くかとも考えたが、今自分が求めているのはそういうことではないと感じた。
「図書館に行きましょう」と提案した。
亜美は少し驚いていたようだった。
「本当に、図書館でいいんですか?」
そう聞いた亜美は
「はい。いいんです――――」
大気の言葉に頬を染めながら花がほころぶように笑顔を見せた。
「その代わり、亜美にお願いがあります」
「はい?なんですか?」
「お弁当を、作ってくれませんか?」
「お弁当?」
亜美が首をかしげると、大気が少し照れたように笑った。
「はい。亜美の手作りのお弁当が食べたいんです」
「わかりました」
そういうわけで、亜美はまことにお弁当の作り方を教わり、誕生日当日のために、まことの家に泊まりがけでお邪魔していたのだ。


亜美にしては珍しく恋愛物の本を読んでいたからか、読みながら大気と今日のためのやり取りをしたことを思い出していた。
読み終わった本を静かに閉じて、ちらりと前に座っている大気を見ると、真剣な表情で本を読んでいて、その表情が綺麗で思わず見惚れてしまった。
ふ、と、大気の視線が文字列から上がり、ぱちりと視線が絡み合い、彼がふっと優しく微笑んだ。
「どうしました?」
周りに人はいないのだが、静かに話しかけてくる大気に、亜美は手を合わせて謝罪の意を示した。
大気がどうしたのかと首をかしげる。
「読書の邪魔して、ごめんなさい」
「いえ、構いませんよ。亜美は読み終わりましたか?」
「はい」
「私も読み終わったので、そろそろお昼にしませんか?お腹すきました」
大気の言葉に亜美はこくりと頷いた。
本を返してから、少し歩いたところにある大きな公園へと足を運んだ。
空は晴れわたり、陽射しが心地良く、風が吹くと気持ちの良い気候の中、2人は日陰になったベンチに座って、ランチにした。
亜美が作ったおかずはシンプルながらも彩りが綺麗で、栄養バランスもしっかりと考えられていて、さすがまこと直伝なだけあった。
ごはんは一口サイズの可愛らしいおにぎりで、デザートまであった。
大気はそれらを綺麗に平らげた。
「ごちそうさまでした。すごくおいしかったです」
「ふふっ、ありがとうございます。まこちゃんほどじゃないですけど」
「いえ。私にとっては誰が作るよりもおいしかったですよ」
優しく微笑む大気の笑顔は、無邪気な少年のそれで、いつもより少しだけ幼く見えた。
「亜美が、私のために作ってくれたのが、すごく嬉しいです」
「大気さん」
「亜美が良ければ、なんですが」
「はい?」
大気は少し緊張したように、一度亜美から資産を逸らせて、意を決したように再び亜美を見つめる。
「また、お弁当を作ってくれませんか?」
「え?」
「迷惑じゃなければ、なんですが」
慌てる大気に、亜美は真っ赤になる。
「あたしので、いいんですか?」
大気は料理がうまい。
今日、自分が作ったものと同じメニューを大気が作ったとしたら、間違いなく彼の方がうまくできるだろうと思う。
「毎日とかではなくていいんです。たまにで構いません。亜美の作ってくれたものが食べたいんです」
大気のまっすぐな瞳に
「分かりました」
亜美がこくりと頷くと大気は嬉しそうな笑顔を見せた。

それから再び図書館へと戻り、閉館時間まで読書をして過ごすことにした。
亜美は最近読んで良かった詩集を大気に薦め、大気は今度、自身が主演する映画の原作を亜美に薦めた。
亜美に薦められた詩集を読み終え、ふと大気が視線を上げるとパラリとページをめくった亜美が視界に入ってくる。
眼鏡越しのサファイアは、楽しそうに文字列をなぞっているのがわかり、大気はふっと微笑んだ。
どうやら気に入ってもらえたようだと確信した。
大気の視線に気付いたらしい亜美は視線を上げて大気を見て、ふわりと微笑んだ。


星野や夜天だけでなく、うさぎや美奈子にまで、どうしていつでも行ける、むしろいつも行っている図書館なのだと聞かれた。
大気としては、亜美と一緒にいられればどこでも良かったのだ。
自分の部屋でも、彼女の部屋でも。
最近忙しく、亜美と過ごす時間が少なかったからこそだ。
自分だけでなく、彼女も大好きな本に囲まれて、それでいて大切な人が同じ空間にいるというのは、大気にとっては“いつものこと”であって、だからこそ“大切”なことなのだ。
だから、大気は図書館に行くことを提案したときに驚いていた亜美に言った。


「はい。いいんです。特別な日だからこそ、私はいつものように亜美と過ごしたいんです。亜美が私の隣りにいてくれるだけで最高の誕生日なんです」






お誕生日おめでとうございます。
今回は特別なことをさせずに、あえて二人らしい場所でのんびり過ごさせることにしました。
亜美ちゃんの手作りのお弁当が大気さんにとっての“特別”なことだといいなぁ、と。
どういうわけか、まだピュア全開な二人でした。
亜美ちゃんが何をあげたかは想像におまかせします。



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