大気×亜美 | ナノ




お菓子は?

困ったわね、と思いながら廊下を歩き、慣れた場所へと足を運ぶ
いつもはない「飲食厳禁!」の貼り紙を見てくすりと笑みがこぼれる

本来なら学校が休みの日の今日、あちらこちらで賑やかな声があふれているのは補習などでは決して、ない
学校をあげてのハロウィンイベントが行われているのだ
参加資格は十番高校の生徒及び教員であること
そして、仮装をすること
もちろん参加は自由
亜美ははじめは参加しないつもりでいたのだが……
「なーに言ってるの!こういうのは楽しんだもの勝ちよ!」
「そうだよ!楽しそうだよ!亜美ちゃんも参加しようよ!」
と、元気な二人になかば押し切られる形で参加することになったのだ
「ごめん…あたしその日はバイトで、さ」
と、いうわけで、まことは参加していない
それでも生徒の四分の三は参加しているのではないだろうかと思う

――と、いうのも

「きゃーーーーーっ!星野はっけーん!」
「あ、あっちに夜天くんぽい人いたわ!」
と、遠くで聞こえる参加者のほとんどの目的であるだろう彼らへの黄色い声に、亜美は思わず苦笑して目的地の扉を静かに開ける
中から人の気配は感じられない
それでも失礼しますと挨拶をして中に入る
なんとなく、なるべく見つかりにくそうなエリアに足を運ぶと、そこにあった蔵書に手を伸ばす
特に読みたい本なわけではないけれど、時間を潰すのに本を読むことは、亜美にとって非常に効率的なのだ

廊下ではたくさんの生徒たちが仮装して談笑しているのだろう
先ほどまでは自分もそんなひとりだったのだが、人の多さとテンションの高さにさすがに疲れてしまったため、通い慣れた図書室へと赴いたのだ

ちらりと腕時計を見ると午後二時半
学校で行われるこのハロウィンのイベントは午後三時半までなので、終了までの残りの一時間はここで時間を潰させてもらおうと思う
「とは、言え…」
ぽそり、と小さく漏れた言葉は静かな図書室に霧散する
「お菓子、どうしようかしら…」
ここに入る直前まで考えていたことを思い返す

ハロウィンだということもあり、たくさんのクッキーを用意しておいた
すれ違う生徒や教員の「トリックオアトリート」の言葉に小包装したクッキーを手渡していた
余るかもしれないと思っていたのに、亜美の手元にクッキーはひとつも残らなかった
うさぎ、美奈子にははじめに渡しておいたし、途中ですれ違った星野と夜天にも手渡せたのだ
ただひとり、今まで一度もすれ違っていない自分の恋人を除いては…

「どうしようかしら……」
お菓子のないこの状況をどうやり過ごそうか考えて呟いたその言葉に
「何を、ですか?」
まさか返事があるなんて思わず、手にした本を取り落としそうになった
「な、っ」
「危ないですよ?」
後ろから本を支えるその人は、出来ることなら今一番会いたくない人だった
「なんで、ここにいるんですか?」
「今日のハロウィンのイベントに私も参加していたからです」
「そうじゃ、なくて」
亜美は支えられていた本を棚へともどし、くるりと声の主の方へと振り向き――息を飲んだ

いつも後ろでひとつにまとめられている髪は解かれ、さらりと流されている
「亜美?」
元から大人っぽい雰囲気のある人で、それでいて元が女性なのだから、それは、その仮装はどう考えても反則だろうと思う

「……魔女?」
確認のために聞くと、彼はえぇと笑った
「せっかくなので、あえて女性イメージの仮装にしてみたんです」
と、彼は続けた。
いわく、はじめは夜天だけに女性の仮装をさせるつもりだったらしいのだが、彼が本気で嫌がった
星野は「俺はもう衣装も買ってあるから今さらチェンジは無理だ」と言い張った
「だったらせめて大気も女性キャラクターの仮装をしてよ。じゃなきゃ僕はこれに参加しない」と言われた
今日の学校で開催されるハロウィンイベントをうさぎと美奈子が楽しみにしていたこと
それよりも亜美の仮装が見たかったので「わかりました」と頷いたのだという
ちなみに、ハロウィン当日までお互いがなんの仮装をするかは秘密にしていたらしい

「それで、魔女なんですね」
「えぇ」
亜美はじっ、と魔女の衣装に身を包んだ大気を見上げる
そんな彼女を見下ろした大気はくすりと笑う
「その格好、似合ってますね」
「……っ、そんなこと、ありません」
ふるふると亜美は頭を振る
「そうですか?素敵ですよ?」
「っ、からかわないでください。大気さんに比べたら…っ」
「そんな事はありませんよ。普段見られない亜美の一面を見られて、とても嬉しいですよ?」
「…………ありがとう、ございます」
そう言って、ふいと自分から視線を逸らせる亜美の服装は黒の長めのジャケットの中にはドクロの可愛らしいイラストの描かれたTシャツを着て、腰には少し太めのベルト、ジャケットに合わせた黒いパンツスタイル
「愛野さんも男装していたのでもしかして、と思っていたんですが」
「せっかくだし、普段しないような格好をしよう、って言われて」
「なるほど。うん。亜美はどんな格好でも似合いますね。可愛いです」
「そんな完璧な魔女の格好をした大気さんに言われても、なんだか複雑です」
嬉しそうに笑顔を見せる大気に亜美は少しふくれてみせる
「ありがとうございます。頑張ったかいがありました。まぁ、そのせいかいろんな人に捕まってしまって、なかなか亜美と会えなかったんですが…一瞬の隙を見つけてここに避難してきたんですよ」
もしかしたらここに来るんじゃないかと思いましてと笑う大気の笑顔はそれはもう、とても綺麗だった

「さて、と……亜美」
大気の声のトーンがいつもより、下がる
「せっかくこうして会えたことですし、ハロウィンの醍醐味と行きましょうか?」
これは、このトーンは
「Trick or Treat?」
亜美だけしか知らない、声

さて、どうしたものか
手元に、お菓子はない
代わりになりそうなものも、あいにく何も持っていない

「ごめんなさい……お菓子、なくて」
そう素直に言ってしゅんと落ち込んだ亜美に大気は少し驚く
「おや?意外ですね?亜美の事だからてっきり用意しているものかと思っていたんですが」
「してたんです、けど…」
「けど?」
「思いのほかたくさんの人と遭遇して、配っていたら……大気さんの分が無くなってしまって」
「ほう?」
「ご、ごめんなさい!その…っ」
慌てる亜美のくちびるに大気の長い指が触れる
「ちゃんとあるじゃないですか?」
「え…っ?」
目を丸くする亜美に大気がくすりと妖艶に笑う
「お菓子は、君でしょう?」
そう言って大気はそっと亜美のくちびるを塞いだ

「私にとってはどんなお菓子よりも、甘くておいしいですよ?」
そう言ってもう一度キスを落とそうとした大気のくちびるを両手で覆って阻止する
「……亜美?」
不思議そうな、というよりは、明らかに不満そうな大気を見て亜美はやっぱりそんな表情も綺麗ね、と少し場違いな事を考える
「だめ…です」
「なぜ、ですか?」
「それは、その…っ!?」
その言葉に亜美は思考をフル回転させ、うまいいいわけを考え、ハッと閃いた

「あ、大気さん」
「はい?」
「外の貼り紙見なかったんですか?」
「貼り紙?」
大気がこてんと首をかしげる
「あぁ!『飲食禁止』ですね?」
「そうです」
「それが何か?」
「だからダメ、です」
「……」
赤くなって、潤んだ瞳でそう言う亜美の言葉を
「……ぷっ、あはははははは」
理解した大気は声をあげて楽しそうに笑う
「なんで笑うんですかっ」
「くくくくくっ、ふっ、あはは」
むぅっと拗ねる亜美に大気は笑いながら片手で謝罪の意を示すポーズをとる
「す、すみませ、くくっ」
「笑いすぎです」
「いや、ホントにすみません。亜美が、あまりにも可愛い事を言うので、つい」
そう言って笑い終えた大気は、じっと亜美の瞳を正面から見つめる
「それは、つまり、ここではないところでなら、おいしくいただいてもいい、ということですよね?
「え?」
「違うんですか?ここでの『飲食』でなければ、問題はないんでしょう?」
「えっ、はい?えぇっ、と」
戸惑ったような亜美の両側にトンと両手をつくと、亜美の瞳を射抜く
「では『お菓子をくれなかったワルイコはあとで魔女の館へいらっしゃい』なんて、ね?」
そう言って微笑む大気に亜美は、小さく頷いた






Trick or Treat!
てなわけで、久々の大亜美更新です
お読みいただきありがとうございますっ♪

更新は11月1日になってしまいましたが、先にぷらいべったーで日付けが変わるギリギリに上げたのでお許しくださいませ

ハロウィンネタをTwitterでつぶやいていたところ、フォロワー様からの「お菓子は君でしょう」にときめいて勢いで書きました
亜美ちゃんはきっと男装似合いますね
もちろん他の仮装でも可愛いでしょうが☆
大気さんは元々女性なのできっと似合いますよね
ドラキュラと迷ったんですが、亜美ちゃんの男装が先に浮かんだのでここは一肌脱いでもらいました!

では、またいずれ



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