「亜美ちゃん!いいから行って!」
「落ち着いてうさぎちゃん、そんなのダメ――「じゃないのっ!」えぇっ」
ピシッと指を立てて譲る気のないうさぎに、亜美は泣きそうな表情を見せる。
「でもっ!」
「でもじゃない」
「だけど!」
「だけどじゃない」
「ーっ」
有無を言わせないうさぎの態度に亜美は何も言えなくなってしまう。
「亜〜美ちゃんっ?今日は何月何日でしょう?」
「……9月10日」
「何の日?」
「車点検の日」
「えっ!?そうなの?へぇ、さっすが亜美ちゃんでもあたしが聞いてるのはもっと個人的なことです」
うさぎは関心したもののすぐに話題を元に戻した。
「今日は何の日でしょう?」
「……誕生日」
「そうっ!亜美ちゃんのお誕生日なんだよっ!」
「……えぇ、わかってるわ」
亜美が渋々頷く。
「だから、だよ?」
「そんなのダメよ」
「もーっ!亜美ちゃーんっ!」
二人のやりとりを黙って見ていた星野がやれやれと肩をすくめる。
「水野も頑固だなぁ」
「ちょっとせーやっ!カンシンしてないでなんとか言ってよっ!」
「つってもなぁ……」
うさぎに話を振られた星野は困ったようにガシガシと頭をかく。
(おだんごの説得でダメなら俺の出る幕じゃねーんだよなぁ)
そんな本音は口には出さずにどうしたものかと壁にかかった時計を見やる。
時間は午後2時13分。
今日は9月10日――水野亜美の誕生日
そして、本来なら平日のこの時間、彼らは学校ではなくライツの住むマンションにいた。
メンバーは星野、うさぎ、亜美の三人。
亜美は大気に誘われて昨日の夜から泊まりに来ていた。
うさぎは星野に呼ばれて泊まりに来ており、朝には仕事の夜天と大気を残して三人で登校する予定になっていた。
ところが、勢力を増していた台風が見事に直撃。都内の学校のほとんどは休校となった。
家に帰るのは危ないからここで大人しくしているようにと、大気に言われた亜美は素直に頷いた。
大気と夜天は暴風雨の中、仕事へと向かっていったのが午前10時。
その時の大気はそれはもう――星野から見ればすごく落ち込んでいた。
(そりゃ落ち込むよなぁ…今日に限ってこの天気じゃ)
大気は今年の亜美の誕生日は学校が終わってからディナークルーズを計画していたのだ。
人気のあるそれは競争率が高く発売日に完売してしまうほどのものなので、星野と夜天にも協力を頼んだのだ。
苦労のかいもあってか無事にチケットを入手することが出来たにも関わらず、だ。
(自然現象だからなぁ…こればっかりはどうしようもないよな)
台風は発生した当初の進路予想を裏切り、直撃したのだ。
亜美には「放課後から開けておいてください」と言っておいたが、詳細は当日まで秘密にしているつもりだったのだ。
うっかり亜美に漏らされては困るから、と、星野と夜天以外には何も言わずに「誕生日当日、彼女を私に預けてください」とお願いすると、うさぎ達は快く了解してくれた。自分たちは週末にパーティーをするから、と。
昨日の夜にイベント会社からの連絡があった
「台風接近につき、安全面を考慮し明日のディナークルーズは中止とさせていただきます。チケットの払い戻しにつきまいては――」
連絡を受け、激しく落ち込む大気を夜天と二人で励ましているところを亜美たちに見られたため、ディナークルーズの件を話したのだ。
「亜美を驚かせるつもりだったんですが……」
「充分、驚きました」
「いえ、そうではなくて――すみません」
「大気さんのせいじゃないんですから、ね?」
隠すことなく落ち込んだ大気を亜美がなだめるという光景を星野と夜天とうさぎは珍しそうに眺めてしまった。
「ねぇ、星野」
「ん?」
そろそろ寝ようと星野の部屋に行ったうさぎが真剣な表情を見せた。
「どうした?」
「あのね――」
うさぎの話を聞いた星野は少し驚いた表情を見せて、ニッと笑って頷いた。
――そして
「ねぇ、亜美ちゃん」
「なぁに?うさぎちゃん」
読書をしていた亜美にうさぎが声をかけた。
「あのね、今日は元々大気さんとディナークルーズに行く予定だったじゃない?」
「えぇ」
「でも、台風で行けなくなったでしょ?」
「えぇ」
亜美はこくりと頷いた。
「夕方には台風も去ってお天気も回復するみたいだから、せっかくだし大気さんと二人でレストランとか行ったらどうかなって、思ったんだけど」
「レストラン?」
「あ、のね!実はもう予約してるの!」
「え?」
首を傾げる亜美は考える素振りを見せた。
レストランで食事をするくらいなら予約をする必要はないはずだ。予約が必要なのはコース料理の場合が多い。
昨日すぐに予約を取ったとしても台風の影響もあって無理があるような気がした。
「どういう事?」
「実は、ね」
隠せないと判断したうさぎが経緯を話し始めた。
ディナークルーズの件を知っていた星野があとでうさぎがそれを知ったら羨ましがって、自分もおいしいものが食べたかったと言うのではないかと思い、レストランを予約しておいたので、そこに大気と亜美が行けばいいとの事で、それを聞いた亜美は断った。
「せっかくなんだから二人で行ってきて」と言ううさぎと、「うさぎちゃんと星野君が行くべきよ」と言う亜美。
どちらも譲ろうとはしないのは明らかで星野はどうしたものかと思考を巡らせる。
「星野君はうさぎちゃんのためにレストランを予約してくれたのよ?」
「そうだけどぉ〜…でもっ!」
「そのおだんごが水野と大気に行って欲しいって言ってるんだぜ?」
星野がそう言うとうさぎがこくこくと頷く。
「それでも、そんなの――」
――ガチャリ
「ただいま戻りました」
「よ、おかえり大気。お疲れさん」
「ありがとうございます――何事ですか?」
大気が場の雰囲気から何かあった事を察したのか星野に聞く。
「実はな大気――」
星野は経緯をかいつまんで大気に説明した。
「なるほど。そういうことですか」
「どうだ?せっかくの水野の誕生日なんだ。悪い話じゃないだろ?」
「まぁ、確かにそうですが…」
大気は視線を星野とうさぎに向ける。
「あなた達はそれでいいんですか?月野さんは楽しみにしてたんでしょう?」
「それは、まぁそうなんだけど、でもね」
うさぎはえへへと笑って亜美を見つめる。
「亜美ちゃんのお誕生日だし、せっかくなら大気さんと素敵な時間を過ごして欲しいなって思うの」
「うさぎちゃん…」
「あたしはまた星野に連れて行ってもらえるもん。でも亜美ちゃんの誕生日は今日だけでしょ?だから、ね?」
そう言って優しく微笑むうさぎに、亜美は困ったように大気を見つめる。
「ふっ、月野さんの言うとおりですね」
「大気さん…」
「行ってこいよ。こうなったおだんごは絶対に譲ってくれないぜ?」
「…………ホントに、いいの?迷惑じゃ――」
「「ないっ!!」」
「だそうですよ?」
大気がくすくすと笑う。
亜美は意を決したようにこくりと頷いて、星野とうさぎに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「亜美ちゃーん。そこはそうじゃないっしょ?」
「あ、えっ…と。ありがとう、ございます」
「えへへ〜っ、良かったぁ♪」
そう言ってうさぎが亜美にギュッと抱きついた。
「コースだから変更はできねーんだけど、追加でケーキ頼んどいた。午後七時に予約してある。俺の名前を出せば事情は説明してある」
「分かりました。ありがとうございます。今度お礼に私が何か作りますから何が食べたいか考えておいてください」
「えっ!?大気さんの手料理っ!やったぁ♪」
「あたしもお手伝いします」
「お願いします」
大気はようやく納得したらしい亜美の碧い髪をくしゃりと撫でた。
午後六時過ぎ、暴風域を抜け天候が少し回復した。
レストランまでは一時間もかからないが交通渋滞を考え早めに出発することにした。
「では、行ってきます」
「行ってきます」
「おう、行ってらっしゃい」
「亜美ちゃん、大気さん、楽しんできてね」
「「はい」」
星野とうさぎに見送られた二人は大気の運転する車に乗り込みレストランへと向かう。
「せっかく二人が譲ってくれたんですから、楽しみましょうね。亜美」
「はい」
通常の所要時間の倍近くかかって目的地へと到着。
中に入り星野の名前を出すと「お待ちしておりました。大気様と水野様ですね」とスムーズに個室へと案内される。
店内は全体的に落ち着いた雰囲気で大気は多少意外に思った。
賑やかな二人のことだからもう少しざわざわしているところをチョイスしたと思っていたのだ。
(帰ったらもう一度お礼を言わなくてはいけませんね)
出てくる料理は色鮮やかで味も申し分ない。
「こちら、バースデーケーキになります」
入店した際にコーヒーか紅茶を選んでおいたそれと一緒に小さめのイチゴのホールケーキがテーブルの真ん中に置かれる。
「お誕生日おめでとうございます、亜美」
大気はプレゼントを亜美に手渡す。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「もちろんです」
シュルリとリボンを解いて丁寧に包装された水色の包装紙を開けていく。
現れた長方形の箱をそっと開ける。
「わぁ、綺麗。ありがとうございます。大気さん」
中には鮮やかな青と紫が綺麗な模様を描いた細長い物が二つ収められていた。
「すごく嬉しいです」
亜美はひとつを手に取りくるりと回す。
「喜んでもらえて良かったです」
大気が亜美にプレゼントしたのはボールペンとシャープペンシル、それを入れておくためのペンケース。
「使い心地はいいと思いますよ」
「そうなんですね。大切にします」
そう言ってふわりと微笑んだ亜美に大気は彼女にだけ見せる優しい笑顔を見せた。
レストランを出ると空には優しく見守るように月が浮かんでいた。
ここまでお読み戴きありがとうございます。
そんなこんなでっ!
亜美ちゃんお誕生日おめでとうっ!
大気さんのお誕生日には夜美奈が活躍してくれたので今回は星うさに活躍してもらいました。
亜美ちゃんへのプレゼントは私が文房具好きで以前友達からもらったオシャレなボールペンがすごく嬉しかったからです
書き心地がめっちゃ好みで最高なんです
では、また