大気×亜美 | ナノ




more&more

「すみません亜美…急に海外での仕事が決まったので、おそらく二週間ほど帰れないと思います…」

大気からそう告げられた時
「わかりました。お仕事頑張ってくださいね」と、笑顔で答えた。

彼の邪魔になりたくないからと自分からの連絡は控えているし、大気も忙しいらしくなんの連絡もない。

「……はぁっ」
亜美はソファに小さな身体を沈めてため息をつく。
「大気さん……」
クッションを抱っこしてぽすっと顔を埋める。



二人で暮らし始めて半年近く。

これまでも大気が仕事で海外に行ったり、地方遠征に行ったりで一人になったことはあったけれど、なんの連絡もないまま二週間以上もこの家で一人になるのははじめてのことだった。

大気を疑っているとかではない。
公表されるまで言えない仕事もあるのだが、今回はなんだかそれとも少し違うような気もしている。
ただ、言っていた二週間を三日ばかり過ぎているのになんの連絡もない事が、ほんの少しだけ不安に拍車をかけているだけだ。

「あいたい……な」

ポツリとつぶやいた言葉はシンと静まり返った部屋に吸い込まれて消える。

(電話…してもいいかしら?)

スマートフォンを操作して、通話履歴の一番上にある名前に触れようか迷って迷って───ホームボタンを押す。
(……まだお仕事かもしれないし、終わってたとしてもきっと疲れてるわ)
時計を見るとあと三十分ほどで午前零時に到達するところだった。
「……寝よう」

あとはベッドに入って眠るだけでいい。
ただ、寝室のダブルベッドは一人で眠るには広すぎる。
「……おやすみなさい、大気さん」
ここにはいない恋人に就寝の挨拶をすると、亜美は静かに眠りに落ちていった。



亜美が寝入って一時間ほどが過ぎた頃、寝室の扉がゆっくりと、静かに開き、するりと音もなく忍び込む影がひとつ。
「…………」
その影がベッドで眠る亜美に気配なく近付き、柔らかい髪に触れようとそっと手を伸ばした瞬間。
「――っ!」
ヒュンと自分にめがけて飛んできたものを、影が素早く避けるとカンッと硬いものが壁に当たる音がした。

「…いきなり変身ペンなんて投げたら危ないでしょう…亜美」
「…っ…たいき、さん?」
部屋に侵入者の気配を感じ、護身用にと枕の下に忍ばせておいた変身ペンを全力で投げたもののあっさりと避けられた亜美が、声の主に不思議そうな顔を向ける。

「私以外の誰がこんな夜中にここに入ってくるんですか?」
「…あらてのドロボウ…」
「…………」
亜美の言葉に大気が絶句する。
ここのマンションの鍵はピッキング対策の最新型の鍵が採用されており、大気と亜美と管理会社しか鍵を持っていないはずで複製は不可能だ。

「亜美」
「はい?」
「戸締まりは?」
「した」
「じゃあどうしてドロボウが入ってくる発想になるんですか?」
「まんがいち」
「亜美」
「んー」
「寝てるでしょう?」
「おきてる」
「……ほう?」
今の亜美はどう見ても起きてはいない。
半分以上無意識状態の亜美との応酬に、少し不満気に眉をひそめた大気はギシリとベッドに身を乗り出すと、そのまま夢の世界に落ちようとしている亜美にくちづける。

「っ!?ん…っ?」
亜美がぼんやりと目を開ける。
「ふっ…んぅ」
突然のことに亜美は状況が飲み込めない。
「やぁっ…」
小さく漏らした言葉すらもかき消されそうになるほどに深くくちづけられ、酸素が足りずにクラクラして、じわりと涙があふれて、眼尻を伝う。
「っ、はっ、ぁ…。なん…っ、で」
開放された亜美は酸素を求めて喘ぎながら大気に質問をぶつける。

大気はそんな亜美にくすりと笑う。
「なにが、ですか?」
「…なんで、ここにいるんですか?」
「帰ってきたからですよ」
「……っ」
亜美は身体を起こすと、ベッドから抜け出し先ほど自分が投げた変身ペンを拾いあげると、それを持って再びベッドへと戻り枕の下に変身ペンを忍ばせるとプイと大気に背中を向ける。

「…………おやすみなさい」
「えっ!?寝るんですか!?」
「寝ます。これは夢です」
きっぱりと言い切る亜美に大気は面食らう。
「はい?」
「大気さんが、なんの連絡もしないで帰ってくるなんて……おかしい」
確信を持って言うと、亜美は目を閉じ眠りに就こうとする。
「えっ!?ちょっと待ってください!寝ないでください!」
「……ゆめ」
「話を聞いてください!連絡しなかったのにはわけが…」
「……やだ」
亜美が頭を横に振って拒絶の意を示す。

「亜美…」
「……大気さんのバカ…っ」
亜美の声が涙で揺れた事に気付いた大気が息を飲む。
「っ!すみません」
大気は反射的に亜美を抱き起こしその身体を抱きしめる。
「泣かないでください」
「っ、泣いてないですっ」
大気がそっと亜美の髪を撫でると、そのぬくもりに甘えるように大気の背中に腕を回しギュッと抱きつく。
「すみません」
「っ」
亜美はふるふると頭を横に振る。

「大気さん」
「はい」
「おかえりなさい」
「はい。ただいま。亜美」
大気もしっかりと亜美を抱きしめる。

「電気つけてもいいですか?」
「え?」
「顔、見せて?」
「っ///」
亜美が小さくこくんと頷くと大気が部屋の照明をつける。
眩しさからか、はたまた恥ずかしさからか自分の胸元に顔をうずめたままの亜美に、大気はふっと笑うと碧い髪をよしよしと撫でる。
「これじゃあ亜美の顔が見えないんですが?」
小さくこくんと頷いた亜美はそっと顔をあげて大気を見上げる。
そこにはいつもと同じように優しい瞳の大気がいて、亜美は泣きたいほどに切なくなる。

「亜美、寂しい思いをさせてすみませんでした」
「…っ、大気さん、は?」
「え?」
「寂しく、なかったん、ですか?」
亜美が少し拗ねた口調で言うと、大気がくすくすと笑う。
いつもの彼女なら恥ずかしがってここまで素直な反応はしてくれない。
こんなに可愛い事を言ってもらえるのなら、寝こみを襲ったかいがあった。
「寂しかったですよ」
「ホント?」
上目遣いで見つめられて思わず理性がぐらつくが、ここで理性を手放すわけにはいかない。
「本当ですよ。それとも、私はそんなに薄情にみえますか?」
大気が少し意地悪に言うと亜美が頭を振って、慌てたように否定の意を示す。
「違います!そうじゃ、なくて」
亜美がうつむき口ごもる。

「今回は連絡ができませんでしたからね。それで亜美を不安にさせてしまった事は申し訳なく思っています」
大気の言葉に亜美が顔を上げる。
「今回は絶対に亜美に内緒にしておかなくてはいけない事だったんですよ」
不安そうな亜美に大気は内心で苦笑する。

この様子だと亜美は分かっていない。

「亜美」
「はい…」
「今日がなんの日か分かりますか?」
「今日ですか?えっと…今日って9月…………10日?」
「正解です」
大気が満足そうに言うと、亜美が困ったような表情を見せた。
「今の今まで忘れてたでしょう?」
「えっ…と、そんな、ことは…ない…はずなんです、けど…」
語尾がどんどん小さくなっていく亜美に大気はやれやれと苦笑する。

「亜美、ひょっとして…」
「え?」
「サイレントマナーにしてませんか?」
大気に言われて、亜美がベッドサイドに置いたスマートフォンを手にして、何件かのメールがあった事をはじめて知る。
「…あ」
「やっぱりですか…月野さん達がなにもしないはずないですからね」

メールを開くと大気の言うようにうさぎ、レイ、まこと、美奈子からのメールで『二十歳のお誕生日おめでとう』のお祝いの言葉と、最近忙しくて会えていないから近いうちに絶対に会おうというもの。

「ーっ」
きゅっとスマートフォンを握りしめてうつむく亜美の髪を優しくなでながら、大気は彼女の耳元にくちびるを寄せて優しく囁く。
「月野さん達に先を越されてしまいましたね」
「えっ?」

「二十歳のお誕生日おめでとうございます――亜美」

「ありがとう、ございます///」
「顔、上げてくれませんか?」
「やっ」
「亜美」
大気がくすりと笑って優しい声で名前を呼ぶと、亜美がそっと顔を上げる。
その青い瞳は今にも涙が零れそうに潤んでいて、大気が亜美の柔らかい頬に優しく触れる。
「泣かないでください」
亜美の瞼にそっとくちづけて、そのままくちびるを塞ごうとする。
「っ!大気さん///」
驚いた亜美が慌てて自分から離れようとするのを、抱きしめて阻止する。
「ーーーっ///」
真っ赤になっている亜美を見下ろし、そっと触れるだけのキスをおとす。

「亜美」
「はい…っ///」
「お渡ししたいものがあるんです」
「え?」
「『え?』じゃないでしょう?まだ寝ぼけてるんですか?もう一度襲いますよ?」
「えぇっ!?」
大気は亜美の反応にくすくすと笑う。

「リビングに行きましょうか?」
「はい」
リビングに行くと、大気がノンカフェインの紅茶を淹れて、二人で並んでソファに座る。
大気はバッグから手のひらにのるくらいの大きさの物を取り出すと、亜美に手渡す。

「どうぞ」
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「もちろんです」
亜美が細い指でシュルリとリボンをほどき丁寧にラッピングを外し、ラベンダー色の箱を開ける。

「――わぁっ、キレイ」
中から現れたのは淡い水色の繊細なガラス容器。
「香水?」
「そうですよ」
亜美はそれをくるくると回して眺めて気付く。
見覚えのありすぎるあるものの存在に。

ちらりと大気を見ると満足気な笑顔で亜美を見つめていた。
「大気さん、これって…」
「亜美のためだけの香水です」
「えぇぇぇぇっ!?」
「二十歳のお祝いに特別な事がしたくて、実はちょっとキンモク星まで作りに行ってました」
「えぇっ!?」
「嬉しくなかったですか?」
大気の憂いを帯びた声に亜美はブンブンと首を横に振る。

「そんな事っ、ないです。すごく嬉しい…です/// ありがとうございます」
亜美は本当に嬉しそうに、恥ずかしそうに大気にふわりと笑顔を見せる。
「それは、良かったです」
大気は亜美の笑顔にホッとしたように微笑み、彼女の肩をそっと抱き寄せる。

「キンモク星は香水とか簡単に作れるものなんですか?」
「えぇ、お香やアロマオイル、香水などはよく作られますよ」
どこか楽しそうな大気の声に亜美もくすりと笑う。
「なんだか変身ペンやポケコン以外でこれを目にするのは、すごく不思議な感じです」
亜美は香水瓶にある“水星のシンボルマーク”に触れながら言うと、大気がふっと微笑み香水瓶に触れていた亜美の手に触れる。

「私は、“水野亜美”としての貴女も、“セーラーマーキュリー”としての貴女も、どちらも大切なんです」
驚く亜美の手からするっと香水瓶を奪うと、キャップを外し亜美の華奢な手首にシュッとワンプッシュすると、キンモクセイの香りが広がる。

「まぁ、この香りははじめだけです」
「そうなんですか」
どこかホッとしたような表情を見せた亜美に、大気が少しだけ怪訝そうな眼差しを向ける。
「どうしてそこで安心するんですか?」
「えっ/// いえ…そのっ///」
真っ赤になって慌てる亜美に大気は詰め寄る。
「キンモクセイの匂い、嫌ではないでしょう?」
「もちろんですっ!その…キンモクセイの匂いは、すごく好きなんです、けど///」
「けど?」
「ずっとキンモクセイの匂いだと…」
「……」
「大気さんを思い出して、ドキドキしちゃうので…困っちゃいます///」
「ーっ」
そんな真っ赤になって、潤んだ瞳で、なんという殺し文句を言ってくれるのだと大気は思う。

香水をつけた時はキンモクセイの匂いになるようにしたのは当然、亜美に自分を意識させるためであり、その目的はしっかりと果たされたわけだが、亜美の反応が可愛すぎた。

「亜美、そんな可愛い事を言うなんて反則ですよ」
「えぇっ/// んっ///」
真っ赤になった亜美のくちびるを素早く奪う。

「これをつける度に私を思い出してくれるんでしょう?」
「当たり前です///」
「それは光栄です」
大気の笑顔に亜美は恥ずかしくなり、そのまま彼にぎゅうっと抱きつく。

「どうしました?」
「大気さんからキンモクセイの匂いがした理由が分かって良かったなぁって」
花がほころぶまでもう少し時間がかかりそうなのにどうして、キンモクセイの匂いがするのだろうと思っていた。
「あちらで一度、変身を解いたので匂いが移ったんでしょうね」
「そうだったんですか」
大気は亜美の耳元でくすりと笑うと低く囁く。
「私が亜美以外の女性の残り香なんてつけるわけないでしょう?」
「っ///」
「ずいぶん可愛いヤキモチを焼いてくれますね?亜美?」
「だっ…て///」
恥ずかしさから俯こうとした亜美の顎を大気の長い指に捉えられ、くいと顔をあげられ正面から瞳を射抜かれる。
「ぁっ///」
「本当に可愛いですね。亜美」
「からかわないでください///」
「本気なんですが?」
「うぅっ///」
いつもこうやって大気のペースに飲み込まれてしまう。

亜美はそれが少しだけ悔しかった。
決して嫌なわけではない。
大気がこんな風に楽しそうにからかうのも、時々意地悪するのも自分に対してだけだと亜美はもうちゃんと分かっている。
それが嬉しくもあり、悔しい。

たまには、仕返ししたってバチは当たらないだろうと思う。
何しろ、今日は自分の誕生日だ。
そして“二十歳”という“大人”への大きな一歩を歩き始めたのだ。

少しだけいつもと違う自分で、誰よりも愛する人へと。

亜美は目の前にいる大気の首にするりと腕を回すと、そのまま彼のくちびるを塞いだ。
「っ!」
驚きで目を丸くする大気から素早く離れる。
「仕返し、です///」
そう言うと、大気から貰った香水を持って寝室に逃げ込んだ。

亜美からの不意打ちのキスで反応が遅れた大気はくすりと笑う。
キスをして寝室に入っていくなんて、誘っているととられても仕方がないのに、と。
亜美にそんなつもりはないことは分かっているし、今の時刻はもう午前1時半を回っているのだからあとは眠るだけなのだが……。

「さて、どうしましょうかね?」
大気は楽しげに囁く。

彼女が生まれてきた大切な日。
特別な一日は始まったばかり。

まずは寂しい想いをさせてしまったぶん、とびきり甘やかして抱きしめようと決めると大気はリビングをあとにした。



Happy Birthday to AMI







あとがき

お誕生日おめでとう亜美ちゃん(^−^)

私はやっぱり誰よりも亜美ちゃんが大好きです。

今年は早めに書き終えていたのでちゃんと間に合いましたwww

最近、亜美ちゃんがちょっとずつ頑張って大気さんを狼狽えさせようとしておりますが、うちの大気さんは一枚も二枚もウワテですね♪



目次
Top
[*prev] [next#]






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -