時間は午後九時半を過ぎたところ
お泊まりに来たあたしは大気さんとソファに並んで座ってテレビを見ていた。
――はずなのに…
「っ!?」
一瞬、身体が浮いたかと思うと、背中に柔らかな感触。
そして目の前にはあやしく笑う大気さん。
その笑顔に大気さんに押し倒されたと理解した。
「っ/// どいてください」
「イヤです」
あたしのお願いは一言でばっさり切り捨てられる。
「〜っ」
あたしが睨んでも、大気さんはいつも余裕の笑顔で楽しそうにくすくす笑う。
「そんなに可愛く睨まれても、怖くありませんよ?」
やっぱりまったく効果がない…くやしい…
「どいてください」
「イヤだと言ったでしょう?」
もう一度お願いしてみても大気さんの答えは変わらなくて……
「っ…大気さんここがどこかわかってますか?」
「もちろんですよ。自分の家のリビング以外のどこでもありません」
“それが何か?”とでも言いたそうに大気さんはあたしを見下ろす。
「星野君と夜天君が帰って来たらどうするんですか?」
あたしが言うと、大気さんは楽しそうに“にっこり”と笑顔を見せる。
――まずい…と、思う。
何がかはわからないけど、あたしにとってまずいような感覚が…
「星野は昨日からドラマ撮影の遠征中で帰りは明日ですし、夜天は今夜は愛野さんのところにお泊まりです」
「ソウデスカ…」
あぁ、しまった。自ら墓穴を掘るなんて…
大気さんたちの間には共同生活を営む上での“ルール”がある。
その中のひとつが“リビングでいちゃつかない”だって聞いた。
だから星野君か夜天君のどちらかが帰ってくるのであれば、間違いなく今の状況は打破できたのにと思う。
「さて、亜美」
「……なんですか?」
「“覚悟”は出来ましたか?」
ここで“なんの覚悟ですか?”なんて聞こうものなら――あたしはこのまま大気さんに襲われる。
憶測ではなく経験談から言うのだから間違いない。
「…っ」
そんな経緯もあってなんと答えていいのかわからなくて黙ってしまう。
「亜美」
低い声であたしの名前を呼ぶ大気さんのアメジストの瞳があやしく熱を帯びる。
――あ、これはホントにまずい…
ゆっくりと近付いてくる大気さんの綺麗な顔に思わず見惚れ――てる場合じゃない。
――むぐっ
「だめっ///」
キスされそうになった時、大気さんのくちびるをてのひらで塞ぐ。
大気さんがちょっとムッとしたように自分のくちびるをふさいだあたしの手首をつかむ。
ちょっと抵抗したけどあっさりと引き剥がされて、そのまま両方の手首を大気さんに拘束される。
あたしはこの状況で今できる精一杯の抵抗としていやいやと首を横にふる。
大気さんがちょっとさみしそうな目をしたけれどせめて
「せめて、いきなり押し倒された理由を教えてください///」
あたしが言うと大気さんは少し驚いたように息をつく。
「亜美はどうしてそう自覚がないんですか?」
「え?」
私の言葉にきょとんと目を丸くする亜美が可愛くて、本当に困る…
亜美を押し倒した原因はさっき見ていたテレビ番組。
念のために弁解しておくと、ドラマでベッドシーンに突入したから連鎖的に亜美を押し倒してみたわけでは決してない。
さすがにそこまで私は下劣ではない。
今まで私達が見ていたのは珍しくバラエティ番組だ。
問題は番組内容ではなくその“間”だ。
スポンサーについている有名な化粧品メーカーと私達スリーライツは一年間のCM契約を交わしている。
今日から新CMが流れる事は亜美も知っていた。
ただ、CM内容に関しては流れるまでは一般人にはわからないようなシステムになっていた。
――CM解禁時間は21時30分
ついさっき、新しいCMが流れた時の亜美の反応が犯罪的に可愛すぎた。
あれは――ダメです。
押し倒すなと言う方が到底ムリなほどの反応だった。
と、いうのにどうしてそんな反応をした当の本人は“無自覚”なのか…
“押し倒された意味がわかりません”と言わんばかりの反応で…(実際に理由を教えてくださいと言われたわけだが…)。
「今さっきのCMですよ」
「え?ーーーっ///!?」
一瞬目を丸くしたあと、亜美が真っ赤になる。
「わかりましたか?」
「っ/// あれ、は…大気さんがズルいです///」
「どこがですか?」
「あぅ…っ///」
亜美が真っ赤になって顔を反らせる。
両手は私が拘束しているため、顔を隠すことができない。
精一杯の抵抗が可愛い。
「だって…あんなの…っ///」
亜美の瞳が潤む。
今回のCMはテレビを見ている人が“彼女”という“設定”だ。
それぞれスリーライツの三人の“キャラクター”を活かしたつくりとなっている。
私は待ち合わせに遅れて来る“彼女”をカフェで読書をしながら待っている。
『ごめんなさい!待った?』と“彼女”のセリフがテロップで流れる。
「いえ、では行きましょうか」
到着した“彼女”と“デート”をする。
“オトナの余裕”の態度の私に悔しがる“彼女”が化粧直しで使うのがこのCMの“新商品”である“リップパレット”だ。
それでいつもより“オトナっぽく”なり私を驚かせるというもの。
いつもより綺麗になって
私をドキドキさせて
どうするつもりですか?
と、カメラ目線で私のセリフ。
そして“リップパレット”三種類がアップになり、最後はブランドロゴが出てCMは終わる。
そのCMが終わって亜美の反応を見たら、耳まで真っ赤になって慌てたように私からふいと視線を反らせた。
そんな可愛い反応を見せられたら、押し倒すでしょう?
私は亜美の両手を拘束していない方の手で彼女の柔らかな頬に手をそえて、顔をこちらに向けさせる。
「っ///」
「亜美」
「ーっ///」
「可愛い」
「やぁっ…」
泣きそうな瞳で亜美が私を見つめる。
「亜美」
そのままチュッと亜美のくちびるを塞ぐ。
「んっ///」
何度もついばむようにくちづける。
くちびるを離し、至近距離で亜美の瞳を見据える。
「大気っ…さん///」
「はい」
「ダメですっ///」
「どうしてですか?」
「だって、ここっ」
「今日は誰も戻って来ませんよ?」
「そういう事じゃなくって///」
「じゃあ、どこならいいんですか?」
いつもよりも熱を帯びた大気さんのアメジストの瞳があたしを射抜く。
「っ」
「どこでなら、亜美を抱かせてくれますか?」
「ぁ、ぅ…っ///」
そんなに、はっきり言われた事がなかったわけじゃないけど……
大気さんの言葉に驚きすぎて言葉が出てこない。
あたしは大気さんから視線を反らせる。
テレビが正面に見えて、さっきの大気さんが出たCMがもう一度流れている。
「『私をドキドキさせてどうするつもりですか?』」
テレビからの大気さんの声と、耳元で吐息混じりに同時に囁かれたあたしはその声の甘さにクラクラする。
その声に捕らえられたみたいにあたしは、逸らせていた顔を大気さんに向ける。
「亜美」
熱っぽい瞳と、あたしを甘やかす優しい声。
「大気さん/// ズルい///」
違う…
きっと、本当にズルいのはあたし。
大気さんの優しさに甘えて
彼が与えてくれる熱に“独占欲”を覚えて
あたしだけが“大気さんの特別”だって
――思い上がるの
「すみません。亜美が可愛すぎて我慢出来ません」
切なそうにそんな事言われたら……
どうしたらいいのかわからなくなる。
「っ/// 大気さん…大好きです//////」
「私も大好きですよ」
大気さんは優しく微笑んでゆっくりと甘く、あたしのくちびるを塞ぐ。
すぐに大気さんのあつい舌が入ってきてあたしの口腔内を生き物のように這いまわる。
「っ/// ぁっ///」
軽い酸欠でクラクラするのと同時に、ゾクゾクする感覚があたしを甘く支配する。
「んぅっ/// はぁっ///」
チュッと音を立てて大気さんが少しくちびるを離す。
「亜美、すごく可愛いですよ」
あたしは大気さんの下でなんとか呼吸を整えようとする。
「もっと――亜美をください」
大気さんの長くて綺麗な指があたしのパジャマのボタンをプチンと外す。
「っ!だめぇっ///」
「どうしてですか?」
「だから、ここっ、リビングです」
あたしは必死にそう言う。
誰かが帰ってくるとか来ないとかいう問題じゃない…と思う。
大気さんが少し呆れたような、困ったような目をして、くすりと笑う。
「まったく…亜美は真面目ですね」
「そう言う問題じゃないと思います///」
「そうですか?私は亜美を抱けるなら場所はどこでもいいんですが?」
さらりととんでもないことを言われてあたしは恥ずかしくなる。
「あたしがよくないです///」
いつの間にか解かれていた腕で覆いかぶさって余裕の笑顔を見せる大気さんの身体を少し押すと、彼の下から抜け出す。
「つれないですね」
「大気さんがそういうこと、いきなり、するからです」
「亜美が可愛いからだといつも言ってるでしょう?」
「あたしのせいにしないでください///」
「そうですか?自分が出たCMを見てあんな顔見せられて欲情するなという方が酷ですよ?」
「うっ///」
あのCMは大気さんがズルい。
あんなドキドキすること……
あたしだけじゃなくて、他にもたくさんの女の子があのCMで大気さんにドキドキするんだ。って考えたら――チクリと胸がいたむ。
「亜美は本当に可愛いですね」
赤くなりながら、少し落ち込んだような亜美にくすりと笑う。
「教えてあげましょうか?あのCMを撮る時――誰の事を考えていたか」
「え?」
亜美が不思議そうに私を見つめる。
この子は頭はいいのにどうしてその手の事がわからないのか…
『カメラを“恋人”だと思ってください』
そう言われれば相手は当然“亜美”しかいない。
実際、出来たCMを先に見た星野と夜天には『うわっ…知ってる人が見たらモロバレ…』と、言われたのに…。
まぁ、それは私だけでなく彼らのCMも同じようなものだったけれど…。
それはさておき…
それに気付かない亜美の天然なところも可愛いけれど、たまには気付いて欲しかったりもする……。
「まったく……貴女はどうしてわからないんですか?」
「え?」
あぁ、本当に――自分のことに鈍感すぎる。
亜美は時々、苛立つほどに自分のことには疎い。
私は亜美にあやしく微笑む。
ひくりと息をのんで、困ったような表情を見せる亜美がたまらなく私の悪戯心をくすぐる。
「応え――ベッドの中でたっぷりと教えてあげますよ」
お読み戴きありがとうございます!
結局私はなにが書きたかったの?
大気さんが出てるCMを初見でキュンてなって照れる亜美ちゃんと、それを見て亜美ちゃんに悶える大気さんを書きたいなぁって思ってたのに、なんだかよくわからないことに(爆)
そして大気さんがSスイッチ入ったところで終わる私のどぐされっぷりwwww
お付き合い戴きありがとうございました(^−^)