大気×亜美 | ナノ




キスする前に

「きゃあっ!」
放課後、図書室から帰ろうと廊下を歩いていた亜美は突然、腕を引かれ、近くの視聴覚室に引きずり込まれ、壁に押さえつけられる。
「っ!なにっ?」
警戒心を強め、怯むことなく相手を睨もうとして
「え?」
亜美は目を丸くする。

「いきなりすみません」
「大気さん?」
目の前で微笑みながら、謝罪の言葉を口にするのは自分の恋人である大気だった。
「はい。驚きましたか?」
亜美はこくんと頷く。
大気はそんな彼女に目線を合わせ、真剣な表情を見せる。

「すみません亜美。ちょっと――」
「?」
「もう限界なんで、抱きしめさせてください」
「……え?」



今日は2月14日――バレンタインデーだ。

朝から仕事が入っていたスリーライツは、四時間目から登校した。
学校中の女子生徒がすごい騒ぎだった。
彼女がいても、この日は特別にチョコを渡しても許されると言う解釈から、昼休みに休み時間、そして放課後までも、教室には数えきれない程の女子生徒が訪れ、スリーライツの三人にチョコを渡しては、きゃあきゃあ言いながら去って行った。
彼らは断ることなく笑顔でチョコを受け取っていた。

いつもなら彼らと一緒に食べるお昼ごはんも騒ぎに巻き込まれないようにと、女子四人でとった。
つまり、大気と亜美は今日は言葉を交わしていなかった。

仕方のない事だとわかっていたので、亜美は今日は大気と一緒に帰るのを諦めようと決めて、帰る準備をして図書室に行った帰り道の出来事だった。



「抱きしめさせてください」
目の前にいる大気の言葉に驚きながら、少しうつむいて答える。
「……いや、です」
「……どうしてですか?」
断られると思っていなかった大気は、少し驚く。
「…………」
「亜美?」
「……大気さん…」
「はい?」
「どうして、こんな所にいるんですか?」
「どうしてって…」
亜美が教室を出る前、大気は他の女の子からのチョコを受け取っていた。
それなのにどうして?と、思う。

「だって…さっきまで」
亜美は休み時間からの光景を思い出し、チクリと胸が痛む。

「亜美」
「……っ」
優しく名前を呼ばれただけで、泣きそうになる。
「亜美が――っ!」
何かを言いかけた大気が言葉を止め、素早く電気を消すと亜美の手を引き、奥にある暗幕の裏に隠れる。
そして、彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめる。

「っ!大気さん?」
「しっ!静かに!」
驚いた表情を見せて、下から大気を見上げる亜美の唇に人さし指を当てると、彼女は息を潜める。



「「「「大気ーーーーっ!」」」」
廊下から女子生徒数人の声が聞こえる。
「どこ行っちゃったんだろう?」
「まさか帰っちゃったとか!」
「えーっ!」
「やだーっ!」
「まだどこかにいるわよ!」
「探さなきゃ!」
「試しにここ覗いてみよ!」

――ガラリ

「……っ」
「……」
扉が開く音が聞こえて亜美は小さく息をのむ。
大気はそんな彼女の仕種にふっと笑うと、唇に当てていた指をどけて、そこに自分の唇をそっと重ねる。
――触れるだけのキス

「!」
亜美は驚きつつも“動いてはいけない”状況だということもあり、おとなしくされるがままになる。
瞳を閉じる事も出来ず、至近距離で大気と視線がぶつかる。
「っ///」



「えぇ?視聴覚室ー?」
「こんなとこにいるわけないじゃん」
「電気もついてないしさぁ」
「やっぱそうだよねぇ」
「他のところ探してみよう」
「音楽室とかは?」
「いいかも〜」

――ピシャリ

大気を探しているらしい女子生徒達は中を覗いただけで入る事はなく、にぎやかに話をしながらどこかへ去って行った。
彼女たちの気配がある程度、遠ざかると大気は唇を離す。

「〜っ//////」
亜美はその場にへたり込む。
「亜美!?」
大気が慌ててしゃがみ込むと、亜美はパッと顔を上げキッと大気を睨む。
「っ!!」
頬は上気し瞳は潤んでいるが、明らかにいつもと様子の違う亜美に大気は驚く。
「亜美?」
「ーっ…大気さんの…」
「……」
「ばかぁっ」
亜美の瞳から透明な滴があふれる。

大気は目の前で涙を流す亜美に驚くが、それよりも彼女が感情を溢れさせた事に思わず笑みがこぼれる。

亜美が感情を荒げる事はほとんどない。
そんな亜美が自分の事で感情的になって涙を流してくれるなんて、これが笑顔にならずにいられるわけがないと思いながら彼女の涙を見つめる。

――綺麗ですね

夕日が差し込む視聴覚室で涙を流す亜美は綺麗だった。
大気は亜美の姿に見惚れるが、別に彼女を泣かせたかったわけではない。

「亜美」
彼女をそっと抱きしめ、溢れる涙を止めるためにそっとまぶたにくちづける。
「泣かないでください」
「ーっ…大気さん…ズルイ」
「すみません」
大気が謝りながらあやすように亜美の背中をそっと撫でる。
「大気さん…」
「はい」
亜美はそのぬくもりにすがるように大気にギュッと抱きつくと、今日一日ずっと感じていた事が自然とこぼれる。
「…………さみし、かったです…っ」
「っ!」
大気は反射的に亜美をきつく抱きしめる。

「すみません」
「違うん、です…あたしが、一人で勝手に」
「いえ、亜美にそんな寂しい思いをさせてしまうなんて…恋人失格です」
「ーっ」
亜美は大気の腕の中でふるふると頭をふる。
「そんな事、ないです!」
珍しく強い亜美の口調に大気が「そうですか?」と言うと、彼女に上目遣いで見つめられて、ドキリとする。

「もう…絶対にそんな事、言わないでください」
「はい。すみません」
亜美の言葉に大気は謝り、そっと彼女のくちびるをなぞる。
亜美が瞳を閉じると、大気はゆっくりとくちづける。
二人はさっきよりも深いくちづけを交わす。



その後、大気と亜美は人目につかないようにこっそりと学校から抜け出し、手を繋いで亜美のマンションへ行った。

亜美の部屋で温かい紅茶を飲む。

「そうだ、亜美さっきの答えなんですが…」
「え?」
「私が視聴覚室にいた理由を聞いたでしょう?」
「あ…はい」
「亜美が教室から出ていく時に鞄を持ってたのが見えたからです」
「はい?」
「廊下から聞こえた木野さんとの会話で図書室に行く事は分かっていたんですが、その後にそのまま帰られたら、せっかく学校に行った意味がなくなってしまいますからね。
だからうまく教室を抜け出して待ちぶせしていたんですよ」
「そうだったんですか…って、学校に行った意味がなくなるってどういう事ですか?」
「今日はバレンタインでしょう?」
「はい」
「亜美に言い寄る男がいないか心配だったんです」
「え?」
「私がいない時にそんな世間を賑わせるイベントがあって、亜美に何かあったらたまりませんから」
大気のこの言葉に亜美はある可能性に思い至ってそっと口を開く。
「あの…」
「ちなみに星野と夜天も似たような理由で学校に行ったんですよ?
学校に行けばああなることは分かっていたんですが……」
学校での出来事を思い出して苦笑する大気に亜美はそっと声をかける。
「大気さん…」
「はい?」
「日本でのバレンタインは女の子が好きな男の子にチョコを渡すのが主流なんです」
「知ってます」
大気はどうやら勘違いをしていたわけではないらしく、亜美は首をかしげる。
「じゃあ、どうして?」
「最近は“逆チョコ”とかいうものもあるのでしょう?」
大気にそう言われ亜美は少し考えこむ。
「あぁ、そう言えば聞いた事あります」
「だからですよ」
「?」
「亜美にチョコを渡していいのは私だけでしょう?」
そう言うと大気は鞄から何かを取り出す。
亜美をひょいと抱き上げ、向かい合わせになるように座らせそっと抱きしめる。
「っ///」
真っ赤になっているだろう亜美の耳元でくすりと笑うと、手にしていた何かをごそごそと探る。
「あ、の?大気さん?いったい何を?」
いまいち状況の飲み込めていない亜美の体を離した大気は、手にした物――ホワイトチョコのストロベリートリュフ――を、目の前できょとんとしている彼女のくちびるに、そっと押し当てる。
「!?」
「ほら、あーんは?」
「っ///」
亜美は困ったように、潤んだ瞳で大気を上目遣いで見上げる。

「っ、溶けますよ?」
大気は一瞬、亜美の“上目遣い攻撃”に撃沈しそうになるが、指先にあるトリュフが体温で少し溶けはじめたのを感じ、平静を装いそう言う。
「っ!あむっ///」
慌てたように亜美は口をあけ、それを口に含み、そっと咀嚼する。
その仕種が小動物のようで、大気は卒倒しそうになる。
「おいしいですか?」
「ん」
亜美は少し大きめのトリュフをもぐもぐと食べながら、こくんと頷く。
「それは良かったです」
大気はくすりと笑うと指先についたストロベリーパウダーをペロリと舐める。
「っ///」
大気のその仕種が妙に色っぽく見え、亜美はふいと彼から目を逸らせる。

「亜美」
大気はくすりと笑うと、彼女の耳元でわざと名前を呼ぶ。
「っ///」
「亜美はくれないんですか?」
「え?」
「チョコ、くれないんですか?」
「……っ」
亜美は黙る。

もちろんちゃんと用意してある。
学校で渡せたらと思っていたので、鞄の中に今もある。

――渡したい

でも、大気は学校でそれはもうすごいたくさんのチョコを貰っていたのだ。
これ以上、チョコを貰っても困るのではないかと思ってしまう。
いっそチョコにしなければ良かったのではないだろうかと自己嫌悪に陥りそうになる。

「あの…」
「私は亜美のチョコだけが欲しいんです」
「え?」
驚いたように大気を見つめると優しくあやすように言葉を続ける。
「学校で貰ったチョコは“スリーライツの大気光”として受け取ったんです。
事務所に届いた他のファンの方からのチョコと同じなんですよ」
まっすぐに亜美の瞳を見つめて大気は続ける。

「“大気光”として欲しいのは、亜美からのたったひとつのチョコだけなんです」
そう言って優しく笑う。

「〜っ///」
大気の言葉に亜美は泣きそうになる。
「なんだか今日は泣かせてばかりですね」
大気はくすりと笑って亜美の瞳からこぼれ落ちそうな、透明の雫を指でぬぐう。

「大気さんのせいじゃないです」
亜美は恥ずかしそうにうつむき大気から離れると、鞄からキレイにラッピングされた箱を取り出し大気に差し出す。

「受け取ってくれますか?」
「はい、もちろんです」

「正直、あんまり自信ないんですけど…」
「今、いただいてもいいですか?」
「あ、はい///」

大気は丁寧にラッピングを外し、箱を開ける。

「抹茶の生チョコですね」
「はい」
「いただきます」
大気はひとつを口に入れる。
亜美は緊張で無言になる。



「すごくおいしいです」
「っ!本当ですか?」
大気は不安そうな瞳で見つめてくる亜美に、くすりと笑うと生チョコをもうひとつ口に入れると
「本当ですよ――ほら」
素早く彼女のくちびるをふさぐ。

「んっ!」
逃がさないようにしっかりと抱きしめると、より一層深くくちづけ熱で溶けた生チョコを亜美の口腔内に送り込む。
「んっ!?ふぁっ、んぅ」
こくりと亜美がチョコを飲み込んだのを感じたが、くちびるは離さずにそのままたっぷりと亜美とのキスを堪能しくちびるを離す。

「はっ、あ///」
潤んだ瞳で乱れた呼吸を調える亜美にくすくすと笑う。
「おいしかったでしょう?」
「そんなの、わかるわけ、ないじゃないですか///」
「そうですか?じゃあ、もう一回」
「しません!///」
「それは、残念です」
その言葉とは裏腹に、とても楽しそうに大気は笑った。






ここまでお読みくださりどうもありがとうございます。
今回、二人ちゅーしすぎですねぇ(//∀//)

前々から大亜美でやりたかったのはカーテン裏でのちゅーでした。
学校の構造上、カーテンだと夕日が差し込むとバレバレなので、暗幕に変更しました。
暗幕があるのは視聴覚室かな?と、思い連れ込み部屋(爆)をそこにしました。

亜美ちゃんは我儘を言わない子なので、普段はなかなか言わせられません。
でも、さすがに他の女の子と話したりしてるのを目の当たりにしてて、さらに自分は話せなかったら爆発するんじゃないかなぁ?と…。
それをたまにはちゃんと口にしないとね?って事でこうなりました。

大気さんはもちろん亜美ちゃんと話をしたくてたまらなかったんですが、状況的に無理だっただろうなぁと…。

それが冒頭のあのセリフにつながるわけです。

なんか説明長くなってすみません。

ちょっとでも楽しんでいただけたら嬉しいです。



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