Fruits Basket | ナノ

▼ring

光希と数年ぶりに会って昼食を済ませ職場に戻った亜梨実は業務を終えた。
「アリミ!今夜食事にでも」
「行かないわよ。帰るに決まってるでしょ?」
職場を出たところで待ち伏せをしていたらしいライアンを軽くあしらう。
「そうか。残念だな。また来週誘うから」
「行かないってば」
亜梨実はため息をついて、ライアンの横をすり抜ける。
「それじゃあ、お疲れさま」
「アリミ!」
振り向くと妙に真剣な表情のライアンがいた。
「なに?」
「アリミはリコンしないの?」
「しないわよ」
「話し合って仲直りしたから?」
「そうね」
「じゃあ、どうしてアリミは――」



「ただいま」
「おかえり」
「夕飯すぐに作るわね」
「あぁ、下ごしらえだけしといたよ」
「ありがと」
亜梨実は荷物を置くと洗面所に行き、手洗いとうがいをするのが習慣だ。
手を洗いながらふと、先ほどのライアンの言葉がよぎって、かぶりをふった。
「…………っ」
「亜梨実?」
「え?」
「疲れてるなら俺が作ろうか?」
「ううん。ちょっとぼんやりちゃって、ごめんね。大丈夫」
「そっか?」
心配そうな銀太に微笑むと、亜梨実はキッチンへと足を運び手早く料理にとりかかる。
日本に帰国してから半月ほどが過ぎた。
仕事も落ち着いて、銀太とも話し合って和解できた亜梨実は元の日本での生活に戻っていた。
仕事よりもプライベートを優先すると決めて、今は定時で上がれる時は、まっすぐ家に帰って二人で食事を作っている。
三年間の生活で銀太も自炊していたらしく、彼の手際の良さに亜梨実は最初、驚いた。

「そう言えば、今日、光希さんに会ったの」
「光希に?」
「うん。たまたま新規の取引先が光希さんの事務所の最寄駅だったことを思い出してランチに誘ったの」
「光希に会うの何年ぶりだ?」
銀太はサラダを作る手を止めずに返す。
「四年ぶりくらい。光希さんあんまり変わってなかった」
「まぁ、確かに光希はあんまり変わらないよな」
「うん。心配かけちゃったから、そのへんの話をね」
「そうか」
「うん」
それきりその会話は終わり、二人は程なくして夕飯を作り終えた。

夕飯を食べ終わって、洗い物は食洗機に任せて、食後のコーヒーか紅茶を淹れてソファでゆったりとくつろぐのが日課だ。
隣に座る亜梨実の横顔をちらりと見つめた銀太は、静かに口を開く。
「なぁ、亜梨実」
「なぁに?」
「何かあった?」
「え?」
「いや、ちょっと落ち込んでるみたいに見えたからさ」
「なんでもないの。ちょっと連日の暑さで参ってるだけ」
そう言って笑顔を見せる亜梨実にそっかと返事をした銀太はそれ以上は追求しなかった。

(亜梨実が笑顔でなんでもないっていう時は、大体何かあるんだよなぁ…)
伊達に亜梨実と高校時代から交際しているわけではない。
自分が鈍感な方だと自覚している銀太だが、亜梨実の事に関しては別だった。
長年の経験がモノを言うことは多々ある。
今の亜梨実がそうだ。
銀太に「何かあった?」と聞かれて、間合いを開けずに「なんでもない」と笑顔で応えるときは、大抵「何かがある時」なのだ。
「何もない場合」には彼女はほんの少し考えるように視線を彷徨わせる癖があることを銀太はよく知っている。
今回の事は昔の銀太ならば見抜けなかったであろう、亜梨実が何かを隠そうとしている良くない癖だ。

(光希に何かを言われたわけじゃないな)
光希との事を話していた亜梨実は楽しそうだったから、それはない。
何より、小石川光希という人物の事を、銀太はよく知っている。
(と、なると…会社で何かあったのか?仕事でミスした、とか?いや、ないな)
定時で帰って来たこともあるが、亜梨実はロンドンの本社にも抜擢された程に“デキる女”だ。
今さら大きなミスを侵すとは、皆無とは言えないにしても、今の状況では考えにくい。
(また誰かに言い寄られてる、とかかな…)
それは充分にあり得ると、銀太は納得した。
何しろ帰国早々に空港で「アリミには僕がいるから諦めて」なんて言い出すようなヤツが現れたくらいなのだ。
交際していた時だけに留まらず、結婚してからも亜梨実に好意を寄せる男は少なくない。どころか、銀太からすれば、多い。
「アリミ」なんて馴れ馴れしく呼んでいたヤツは何しろ亜梨実と同じ職場の人間でもある。
「ライアンか」
「っ!?」
ボソリと呟いた名前に亜梨実がぴくりと反応を示した。
「……亜梨実」
「なに」
「ライアンと何かあった?」
「別にないわよ」
銀太の方を見ずに亜梨実は返す。
「こら、こっち見なさい」
「やだ銀太ってば、先生みたいなこと言う」
「…………何か、されたのか?」
先生だしなと突っ込みは入れずに、銀太は聞く。
「されてないわよ」
「ホントに?」
「ホントに」
「……じゃあ、なんでライアンの名前を出した時に…」
「そもそも、なんで銀太はいきなりライアンの名前を出したの?」
「……なんとなく」
「なんとなく?」
怪訝そうな表情を見せる亜梨実に銀太はふぅと息を吐く。
「さっきの亜梨実の“なんでもない”は“なんでもなくない”だろ?」
「……なに?言葉遊び?」
「違う」
銀太は亜梨実を見つめると、帰ってきてからの彼女の様子に感じていた違和感について正直に話す。
「だから、俺はなんでもないとは思ってないんだ」
「…………」
「……亜梨実?」
黙って俯いてしまった亜梨実に銀太はそっと呼びかける。
何か、言ってはいけないことを言ってしまったのかと心配になる。

――トン

しばらくの沈黙の後、亜梨実が銀太に身体を預けるように抱きついた。
「亜梨実?」
「顔、見ないで」
亜梨実はぴしゃりと言い放つと、そのまま何も言わずに、銀太の背中に腕を回してキュッと力を込めた。
「抱きしめるのは、いい?」
銀太が聞くと小さく頷く気配があったので、そっと腕を回して亜梨実を抱きしめる。
やっぱり何かあったのかと心配になる。
「亜梨実」
「……っ」
「どうしたんだ?」
聞いても亜梨実は小さく頭を横に振るだけで、応えを得ることはできなさそうだと銀太は内心で焦る。
自分自身も含めて、亜梨実を落ち着かせようと、銀太はそっと彼女の髪を撫でる。
「何かあったなら、ちゃんと話してくれ」
「……」
「一人で、抱え込むなよ」
亜梨実は肝心なことをあまり自分から話さないタイプである事を銀太はよく知っている。
「……っ、て」
抱きしめていても、聞こえるか聞こえないかの微かな亜梨実の言葉。
「え?」
「離婚、しないのか、って」
「は?」
「……」
「ライアンが?」
亜梨実が俯いたままこくりと、頷く。
「……アイツ…っ」
銀太のいつもより低い声に、亜梨実がびくりと反応する。
「渡さないからな。アイツにも、誰にも」
「え?」
「え?ってなんだよ…」
「なんでも、な…っ!」
銀太は亜梨実の言葉を遮るように唇を塞ぐ。
「なんでもないは、もう聞かない。何があった?」
一瞬のキスで、唇を離した銀太は至近距離で亜梨実の瞳を覗き込んで聞く。
「ーっ」
視線を逸らせようとする亜梨実の逃げ場を塞ぐように、銀太は抱きしめる力を強める。
「話したくない?」
「違う、けど」
「けど?」
「……」
「言いにくいこと?」
「…………」
「…………」
「っ、大したことじゃ、ないから、ホントに…」
(大したことじゃないけど、言いにくいことって、なんだ?)
考えてもとっさにこたえは見つけられずに銀太は内心で焦る。
「あの、銀太…」
「うん?」
「はなし、て」
「……いやだ。離したくない」
「私はお風呂入りたいの」
「一緒に「いやっ!」
逃げようと理由をつけられ、とっさに食い下がった銀太だったが、亜梨実の拒絶にショックを受ける。
「いや…」
「あの…ごめんなさい…えっ、と、だって、恥ずかしい、し」
そう言うと亜梨実はまだ「いや」の衝撃から立ち直れない銀太からするりと離れてしまう。
「あ…」

――パタン

亜梨実は扉を閉めて着替えを取るために寝室へと逃げ込む。
「なんで銀太ってこういう時だけ妙に鋭いのよ…」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
「…………私から言えるわけ、ないじゃない」
亜梨実はボソリと呟くとお風呂へ向かった。

亜梨実の様子がおかしい事はわかるが、何故なのかがわからず銀太は頭を抱える。
余談だが、帰国してからまだ一度も一緒にお風呂に入れていない。
ロンドン出張前は一週間に一度くらいは一緒に入れていたのに…
恥ずかしいという亜梨実の気持ちは分からないわけではない銀太だが、帰国してからすでに何度かそういう事はしているのだ。
その時と違うのはわかる。わかるけれど、そろそろ一緒に入りたいと思ってしまう。
(いや、今は風呂の話じゃないんだ)
とは言え、お手上げ状態だった。
「なんなんだよ…」
思わず呟いた時、スマートフォンから着信音が流れた。
「…………」
無視しようかと思ったが、着信相手を見て電話を取った。
「もしもし?――」


髪をアップにした亜梨実は浴槽に浸かりぼんやりと揺れる水面を見つめていた。
お風呂にでも入れば気分が晴れるかと思ったのだが…そう簡単にはいかないようで、思考は堂々巡りだった。
『アリミはリコンしないの?』
帰国してからも、ほぼ毎日のように口説き落とそうとしてくる同僚のライアンの言葉。
そもそもロンドンにいた頃から亜梨実は「離婚届を置いてきた」とは言ったが、ただの一言も「離婚する」や、ましてや「離婚したい」なんて言葉は口にしていないのだ。
それがどういうわけか「離婚届を置いてきたって事は、離婚したいって事なんだろう?」と解釈したようで、とにかくロンドンにいた頃からライアン・クリスティはなかなかしつこい。
帰国した翌日に「銀太に変なこと言わないで」とキツく言った時に「離婚もしないから、もうこれ以上口説くのもやめて」とも伝えておいたのに、まったく効果がないのはどういうわけなのだろう。
今日はいつもより諦めが悪く、あげく、彼の言葉にとっさに応えることができなかった。

『じゃあ、どうしてアリミはマリッジリングをしていないままなんだい?』

「……っ」
お互いの気持ちをちゃんと話し合って、離婚したくないという気持ちは同じだったことを知ったのは、帰国日の夜。
けれど、亜梨実はまだ一度も結婚指輪を付けていない。
「…………」
空港まで迎えに来てくれたことが、嬉しかった。
待っててくれたことが、本当に、嬉しかった。
だが、亜梨実は自分の身勝手さをわきまえずに、何も気にせずにもう一度結婚指輪をつけていいとは思えなかった。
ロンドンに赴任したばかりの頃は結婚指輪をつけたままでいた。
仕事中はそんなことはなかったが、家で一人になるとどうしても銀太のことを思い出してしまうことが、寂しくて、辛かった。
だから、指輪を外した。
銀太のことを考えないように。
銀太を想い出さないように。
銀太の声を聞きたいと思わないように。
銀太に会いたいと思わないように。
仕事の事だけを考えられるように。
(どうしよう…)
きっと、何も言わずに結婚指輪をしても、銀太は何も言わないと思う。
気付いたら、優しく微笑んでくれる、そういう、あたたかい人だ。
結婚指輪は外してからずっと、リングケースの中にしまってある。
「…………」
亜梨実はそれ以上考えるのをやめて、髪を洗うために浴槽から出た。

お風呂から出た亜梨実は髪を乾かした後、少し緊張しながらリビングへと足を踏み入れた。
「遅くなってごめんなさい」
「長かったな。逆上せたりしてないか?」
「大丈夫」
「じゃあ、俺も入ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
亜梨実は銀太を見送ると、冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注いで飲み干して、グラスを洗う。
「ふぅっ…」
亜梨実はソファに座ってぼんやりとテレビを眺める。
しばらくそうしていたが、テレビの内容に興味がわかず、だからと言ってテレビを消すこともしたくなくて、クッションを抱きしめると、顔を埋めて音を聴くことにする。
意識をそちらに向けていられるので、思考が堂々巡りにならずにすむ、はずだ。
「……銀太…」

「うーん…」
銀太は風呂に浸かりながら先ほどの電話での会話を思い出していた。
「もしもし?光希?」
電話の相手は友人である小石川光希だった。
『あ、もしもし銀太。いま忙しい?』
「いや、大丈夫だよ。どうしたんだ?」
『亜梨実さんは?』
「今風呂だけど、亜梨実に用か?」
確か亜梨実の連絡先を知っていたはずなのに、と思って聞くと慌てたように光希が否定した。
『あ、ううん。違うの。銀太に用なんだけど、亜梨実さんの事で』
「え?」
『ちょっと気になった事があって』
「……」
『あれ?銀太?もしもーし!』
「あ、聞いてるよ。ごめん。で、なに?」
銀太はハッとして返事を返した。
『銀太と亜梨実さんて、ちゃんと仲直りしたんでしょ?』
「あぁ」
『だよね』
光希は納得したように言ってから、言いにくそうに言葉を続けた。
『あの…ね、今日亜梨実さんに会って気になってたんだけど、亜梨実さんに聞いていいことかわからなかったから聞かなかったんだけど…さ』
「なに?」
『えっと、銀太ってずっと結婚指輪してるよね?』
「あぁ、してるよ?」
『じゃあ、亜梨実さんが結婚指輪してなかったのって、なんでなのかな、って、ちょっと気になっちゃって』
「え?」
『あ、ごめん。ホントにちょっと気になっただけなの。あ、おかえりなさい。遊。うん。銀太と電話。あ、ちょっ…『もしもし?須王か?』
「よう、久しぶり。遅くまでお疲れ」
『おぅ、サンキュ。亜梨実と仲直り出来て良かったな』
「あぁ、まぁ、な」
『どうした?喧嘩でもしたのか?』
「してねーよ」
遊に心配そうに聞かれた銀太はそう返した。
『ふーん?ま、頑張れよ。亜梨実はあれで結構繊細なとこあるからさ』
「松浦に言われなくても分かってるよ」
『それもそうだな、おっと…『銀太、いきなり変なこと言ってごめんね。ホントに私が勝手に気になっただけだからあんまり深刻に捉えないでね』
遊からスマートフォンを取り返したらしい光希が少し申し訳なさそうに言った。
「あぁ、わざわざありがとな」
『ううん。亜梨実さんと仲良くね』
「おぅ、光希と松浦もな。またメシでも行こうぜ」
『うん!今度はみんなで会おうね』
通話を終了させた銀太は自分の左手を見つめた。
そこには結婚式の日からずっと身につけている結婚指輪がキラリと輝いていた。
本当はずっと気になっていた。
『ロンドンでは銀太のこと忘れて仕事に打ち込むために指輪はずしてたし』
そう言っていた亜梨実の左手に指輪はなかった。
そして、今も――
その事に関してそれ以来亜梨実は何も言わないし、こちらから聞くのはなんだか女々しいような気がしてしまう。
だけど、本当はずっと気になっていたことだった。

「寝てる…」
リビングに戻った銀太はソファでクッションを抱いた姿勢で寝息を立てる亜梨実に驚いた。
仕事で疲れているのだろうが、こういう寝方はなかなかお目にかかれない光景である。
「せめて横になればいいのに…」
ソファは銀太でも横になって足を伸ばせるくらい大きなもので、亜梨実が横になって寝てもなんら問題はないのにも関わらず、座った状態で寝落ちてしまったらしい。
静かに左隣に座った銀太は優しく亜梨実の肩を抱き寄せる。
「…ん」
起こしてしまったかと思ったが、亜梨実は小さく寝息を立てたままだったので、ホッとした銀太はそのままそっと亜梨実の左手を取る。
自分よりずっと小さい手、細い指。
その薬指に、今はない結婚指輪。
結婚指輪をはめていなくても、亜梨実の心が自分に向いていることは、わかっている。
わかってはいるのだが、どうしても気になって仕方がないのだ。
「……亜梨実」
「…んっ、ぎんた?」
無意識に、小さく名前を呼んだら、亜梨実がもぞりと動いた。
「あ、悪い。起こしたか?」
「んーん。ごめん。ねちゃってた」
寝起きの時だけに聞ける亜梨実のいつもより舌ったらずな喋り方とふにゃりとした声色。
「器用な寝方してたな」
銀太がくすりと笑う。
「テレビみてたはずなんだけど、いつのまにか、ごめんなさい」
「いや、帰国してからも仕事忙しいんだろ?疲れてるんじゃないのか?」
銀太が聞くと亜梨実は少し困った表情をする。
どうやら図星のようだ。
「あんまり無理するなよ?」
「うん。ありがとう」
亜梨実は銀太の言葉に、笑顔を見せた。
「……」
「銀太?」
「あの、さ…」
さっきまでと違う、緊張をはらんだ銀太の声色に亜梨実が少し不安そうな視線を向ける。
「……なに?」
触れていた亜梨実の左手を握る力を少し強めた銀太は意を決して口を開く。
「――結婚指輪って、どうした?」
「っ!?」
亜梨実が驚いたように目を見開く。
「……」
「……っ」
きゅっと唇を噛んで、視線を逸らせようとする亜梨実の頬に手を添えそれを阻止した銀太は、彼女の瞳をまっすぐに見つめる。
「…っ、しまって、ある…」
「どこに?」
「……今は、クローゼットの、奥に…リングケースに入れて」
「…………もう、はめたくない?」
「っ!そんな事、っ」
亜梨実は銀太の言葉を否定する。
「ない…っ」
「ごめん!」
銀太は泣き出しそうな亜梨実をそっと抱きしめる。
「ごめん。俺の言い方が悪かった。ごめん…」
謝る銀太にぎゅっと抱きついて、亜梨実はふるふると頭を振る。
「違うの。銀太は謝らないで。私が悪いの」
亜梨実はそう言って、銀太に抱きついたまま言葉を続ける。
「自分で勝手に指輪を外しておいて、仲直りできたからって、簡単にはめていいなんて、どうしても、思えなかったの」
「亜梨実…」
「ーっ、ライアン、に」
「……ライアンに、なに?」
ここで他の男の名前を出されると思っていなかった銀太は低く聞き返す。
「離婚しないなら、どうしてマリッジリングをしていないままなんだって、言われて…」
「いつ?」
「今日の、帰りに…」
なるほど、それで亜梨実の様子がおかしかったのかとようやく合点がいった銀太は安堵したようにため息をついた。
「なんだよ…早く言えよ」
「そんなこと、言えるわけないじゃない」
「なんで?」
「だっ、て…」
「ごめん。違うな。俺がもっと早くに聞いておけばよかったんだ…」
銀太はそっと亜梨実を抱きしめる。
「ホントはずっと気になってたんだ…。でも、俺から言うのはダメなんじゃないかと思ってた」
「銀太…」
「光希がさ」
「光希さん?」
「うん。亜梨実が風呂に入ってる間に電話くれてさ。今日会った時に、亜梨実が指輪してなかったのが気になったみたいで」
「え?」
銀太は苦笑すると、亜梨実の体を離して視線を合わせて、そっと彼女の左手を取る。
「もう一度、はめてもいいか?」
「銀太……いいの?」
不安そうな亜梨実に銀太は優しく笑う。
「当たり前だろ」
銀太はそう言うと、ソファから立ち上がりリビングから出て行く。
しばらくして、見覚えのあるリングケースを手にして戻ってくると、さっきと同じように亜梨実の隣に座るとリングケースを開ける。
そこにキラリと光る結婚指輪を取ると、銀太は亜梨実の左手を取る。
「っ」
「亜梨実」
亜梨実の薬指に結婚指輪をはめると、銀太はそこにそっとくちびるを落とす。
「銀太」
「もう二度と、はずさせないから」
「ーっ」
「泣くなよ」
「っ、こっち、見ないで」
銀太は優しく微笑むと、亜梨実の頬を包み込んで零れ落ちる涙を指の腹で拭うと、そのまま口付けた。

Comment: 0
Category:ママレlittle

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -