▼キスの日 「亜美」 優しい声色で名前を呼ばれた亜美はふと顔を上げる。 先ほどまで仕事をしていたはずの大気が思っているより、ずっと近くにいたことにどきりとした。 「亜美」 もう一度、さっきよりも甘さを含んだ声音と、優しい瞳に、鼓動が早くなる。 そっと、頬に大気のぬくもりを感じた次の瞬間―― 「っ!!」 驚いて、だけれど、何をされるのかが分かった亜美はとっさに手のひらで大気のくちびるをおおう。 「……」 「……」 大気の瞳が少し、だいぶ、不満の色を宿したかと思うと、大きな手であっさりと亜美の手を離す。 「何をするんですか…」 「大気さんこそいきなり何をするんですか」 「キスです」 あっさりと言い切った大気の言葉に亜美は真っ赤になる。 「だ、だめです」 「なぜですか?」 「いきなり、そんなの、びっくりするじゃないですか…っ」 しどろもどろになる亜美に大気はくすりと笑う。 「びっくり、ね。じゃあ、いきなりじゃなければしてもいいんですか?」 「そ、そういうことじゃなくて」 あわあわと慌てる亜美に大気はどこか楽しげにクスクスと笑う。 「亜美」 耳元で低く囁くように亜美の名前を呼んだ大気がゆっくりと彼女の碧い髪を撫でる。 「大気さん、ずるいです」 耳まで赤くなった亜美の言葉に、大気は「すみません」と小さく応えると、そっと身体を離し、まっすぐに彼女を見つめる。 「亜美」 「っ」 「キス、してもいいですか?」 今にも泣き出しそうな亜美のサファイアが、戸惑うように彷徨い、ゆっくりと大気のアメジストとぶつかる。 こくりと小さく頷く亜美に優しく笑うと、大気はゆっくりとくちびるを重ねた。 |