▼極細 「大気さん…大変だと思うけどがんばってね」 放課後に大気と夜天に「あたしと亜美ちゃんはスーパーに寄るから二人は先に帰ってて」と言った美奈子が、ライツマンションに着くや否やキッチンにいる大気の元へやってきて神妙な面持ちで肩をポンと叩くと去っていった。 「はい?」 突然のことに怪訝そうな表情を見せた大気だったが美奈子の突拍子もなさはいつものことなので特に気にせずに、あたためておいたマグカップにロイヤルミルクティーをいれた。 「お待たせしました」 自室に戻るとそこにはなぜか少し困った様子の亜美がいた。 「どうかしましたか?」 「いえっ!なんでもないです。ちょっとぼんやりしちゃって」 そう言ってごめんなさいと謝る亜美に大気はマグカップを渡す。 「熱いので気をつけてください」 「はい、ありがとうございます」 隣に腰を下ろした大気はちらりと亜美を見つめると、両手で包み込むようにマグカップを持ちふーっと息を吹きかけてこくりと一口飲んで笑顔を見せる。 「おいしいですか?」 「はいっ」 「良かったです」 大気も一口飲んでふぅっと息をはく。 「……あの、大気…さん」 遠慮がちに──と言うよりは躊躇いがちに名前を呼ばれた大気は優しく微笑む。 「どうしました?」 「えっ…と、お菓子、食べませんか?」 そう言って亜美が鞄から四角い物を取り出して見せた。 「ポッキー?」 「はい」 大気はふむと頷き数日前からCMが何か言っていたなと記憶を辿る。 「あぁ、そう言えばポッキーの日、でしたっけ?」 「はい」 「愛野さんは本当にこういうイベントがお好きですね」 なにがなんでもスーパーに寄ると言っていた理由に大気は笑う。 「そうですね。せっかくなんだからどれかひとつは買わなきゃダメって言われちゃいました」 亜美はそう言うと箱を開けて小分けにされた袋を取り出し封を切ると、どうぞと大気に差し出す。 「ありがとうございます。いただきます」 大気はポリポリとポッキーを食べながら美奈子に頑張ってねと言われたことを思い出した。 (がんばる?なにを?) テーブルに置かれた二つのマグカップの間に亜美がポッキーの袋を置いた。 (今日はポッキー以外になにかあるんですかね…?) 大気はスマートフォンを取り出して調べると「ポッキー&プリッツの日」以外にも「きりたんぽの日」「もやしの日」などの記念日であるらしい。 (棒状のものならなんでもいいんでしょうか?) 大気は画面をスクロールさせながらよくもまぁこんなに記念日を設けたものだと感心する。 (電池の日の発想は好きですね) そんな感想を抱きながらポリポリとポッキーを食べる。 (ポッキーゲーム?) 大気はその項目に目を通して、ちらりと亜美を見るとポッキーには手を出さずに紅茶を飲んでなにやら考え込んでいる様子。 美奈子の言葉と部屋に入ってきた時になにやら困っていた亜美の様子とこの状況からなんとなく、わかった。 おそらく美奈子に「いーい?亜美ちゃん!大気さんとポッキーゲームするのよ!」みたいな事を言われたのだろう。 だからこのチョイスなのだろうかと亜美が買ってきた“極細”ポッキーの袋を見つめながら思った。 「亜美」 「はい」 「ポッキー、食べないんですか?」 「え?」 「愛野さんに言われたとは言え食べたいものを買ったんですよね?」 そう言うと亜美は、少しだけ考える素振りをみせてこくりと頷いてポッキーを一本取り出すとポリポリと食べ始める。 もぐもぐと咀嚼してこくんと飲み込むともう一本を取り出して同じようにポリポリと食べていく。 「亜美」 3分の2ほど食べ終わるのを見計らって名前を呼び、こちらを向いた瞬間に反対側からポッキーにかぶりつくとそのまま彼女のくちびるを塞ぐ。 「ーっ///」 ゆっくりとくちびるを離すと泣き出しそうに潤んだサファイアがあった。 「ごちそうさまでした」 大気はくすりと笑うとペロリとくちびるを舐めた。 「なん、でっ///」 「せっかくなんですからポッキーゲーム、しとかないともったいないでしょう?」 なんとか言葉を紡いだ亜美に大気はさらりと言ってのける。 「べ、別にしなくてもいいです///」 「随分とつれないですね」 「うぅっ///」 言葉とは裏腹にどこか楽しそうな大気に亜美は何も言えなくなる。 「そう言えばどうして“極細”を選んだんですか?」 「細いから…」 「細いから?」 「折れやすいかな……って」 「……ほう?」 大気が“にっこり”と微笑むと亜美がひくりと息を飲む。 「そんなに私とポッキーゲームするのが嫌ですか?」 「そうじゃ、なくて」 「なくて?」 「は、恥ずかしいです///」 真っ赤になって俯く亜美に大気はかなわないなと思いながらそっと碧い髪をくしゃりとなでた。 「今度はちゃんとポッキーゲーム、しましょうか?」 「え?」 「私のあれは反則でしょう?」 「はん…そく…?」 目をぱちくりとさせる亜美にポッキーをくわえさせる。 「ひゃ、ひゃいひひゃん!?」 「“極細”なんですから、ヘタにしゃべったら折れますよ?」 ニヤリと笑うと反対からぱくりとくわえた。 |