Fruits Basket | ナノ

▼I'm so Happy

「大気?どうしたのこんな時間に」
深夜、リビングに行った大気は照明がついている事に眉をひそめたが、キッチンからひょっこりと顔を出した夜天に少しだけ驚いた。
「夜天こそどうしたんですか?もう一時ですよ?眠れないんですか?」
「うん…なんか寝付けなくて」
「夜天にしては珍しいですね」
「まぁ、ね。大気はこんな時間まで起きてたの?」
言いながら夜天がゴソゴソと探し物をしている。
「えぇ。決まったスペシャルドラマの原作を読んでいたんです」
「別に今じゃなくても良かったんじゃないの?」
「まぁ、読み始めなければ良かったんですが、一度目を通すとキリのいいところまでは読みたくなるんですよ」
「ふーん…よくわかんないけどそんなもんなんだ…」
大気の言葉になんとなく納得しながら、夜天は探し物を続行していた。

「ホットミルク作るんですか?」
何を探しているのか理解した大気がそう言葉をかける。
「うん。ミルク鍋どこにあるの?」
「上の方ですよ」
「なんでそっちに入れてるのさ…」
「使用頻度がそんなに高くないでしょう?」
「そうだけど…」
「私がやりましょうか?」
「助かる」
「要望は?」
「この間もらったハチミツにして」
「わかりました」

――ことり
ソファに座っている夜天の前に湯気の立つマグカップが置かれた。
「ありがと」
「いえ」
大気は隣ではなくもう一組のソファへと腰を下ろした。
夜天は入れてくれたホットミルクを一口飲むとふぅと息を吐く。
「少し甘すぎましたか?」
「ううん。疲れてたからちょうどいいよ。ありがと」
「なら良かったです」
大気はふっと笑って自分も一口飲むと満足そうに頷く。
「少しハチミツ多め?」
「そうですね」
大気のたった一言に夜天はなるほどと思う。
おそらくは亜美に合わせた配分なのだろう。
「大気ってさ」
「はい?」
「水野に甘いよね」
「なんですかいきなり?まぁ、否定はしませんが…夜天にそれは言われたくないですね…」
苦笑しつつ言いながらも大気の瞳は優しい。

亜美と一緒にいる時
亜美の話をする時
そして、おそらくは亜美の事を考えているであろう時
大気の瞳がいつもより優しくなる。

「僕は大気みたいに甘やかしてないよ」
「私は別にただ亜美を甘やかしてるわけじゃありません」
「そうは見えないけど?」
夜天からすればただ単にひたすらに亜美を甘やかしてるように見えて仕方がない。
「まぁ、別にそう思いたいならそれでも構いません」
「あっ、そ」
夜天の返事に大気は「えぇ」と短く返すとホットミルクをこくりと飲む。
夜天も同じようにホットミルクを飲む。

そもそもホットミルクを飲むようになったのは、キンモク星から再び地球に戻ってきてからだ。
たまたま美奈子と亜美が一緒に泊まりにきていた時の事だった。
「眠れない」と言い出した美奈子の隣で、夜天は眠そうだった。
「僕もう眠い…」
「亜美は眠くありませんか?」
「まだ、あんまり…」
「亜美ちゃんゲームしよう?」
「それはダメよ。余計に眠れなくなるわ」
「でもぉ」
しゅんと落ち込んだ美奈子に亜美は優しく微笑んだ。
「大気さん。キッチン借りてもいいですか?」
「え?えぇ、構いませんが何をするんですか?」
「ホットミルクを作ろうかと思って」
「わぁい♪ホットミルク♪」
「大気さんと夜天君は?」
亜美に聞かれた大気と夜天は戸惑いを見せる。
「ホットミルクってなに?」
「えっ!?夜天君ホットミルク知らないの?」
「知らない」
「ひょっして大気さんも?」
「えぇ…名前くらいは聞いた事はありますが…」
「意外ね」
美奈子が言うと黙っていた亜美もこくりと頷いた。
「まぁ、とりあえず飲めばわかるわ。亜美ちゃんホットミルク四つお願いします!」
「分かったわ」
「ハチミツ入れてね?」
「えぇ」
亜美はふわりと微笑んでキッチンへと入っていった。

「おいしい」
恐る恐るホットミルクを一口飲んだ夜天は驚いたようにそう呟いた。
普通の牛乳を嫌う夜天に美奈子がこれなら大丈夫だと説得した。
「ハチミツ入れるだけでこんなに飲みやすくなるんだ。すごいね」
夜天は気に入ったのかごくごくとホットミルクを飲んだ。
「あまり遅い時間にコーヒーとか紅茶だと眠れなくなるので、そんな時に飲むんです」
と、笑っていた亜美の笑顔に大気は頷き、それから度々ホットミルクを作るようになった。
仕事などで疲れた時はハチミツを少しだけ多めに入れるようになったのは亜美のアドバイスだ。

「夜天」
「なに?」
「あっちの方はどうですか?」
「あー…」
夜天が嫌そうに眉をひそめる。
「そろそろ出さなきゃ、だよね?」
「えぇ、出来れば来月頭くらいには、との事ですからね」
「……ん」
考え込む夜天に大気はふっと笑う。
「難しいですか?」
「そう、だね…」
言って夜天は置いてあるカメラ雑誌の間からルーズリーフを取り出して、大気に手渡す。
「見せるけど…絶対に笑わないでよ…」
「笑いませんよ」
言って大気は視線を落とす。

そこには少しだけクセのある夜天の文字で言の葉が重ねられていた。

夜天は次の新曲の作詞をしようと試みていた。
なんとなく、気まぐれで『書いてみようかな…』と、言ったのがきっかけだった。
『今回はタイアップではありませんから特にテーマなどは決まっていませんが、前回がアップテンポだったので、今回は少し落ち着いた感じにしようと思っていることだけを踏まえて、夜天の思うように書いてみてください』
そう言われて作詞作業に取り掛かった。
「あのさ……言っておくけど僕はラブソングを書きたいわけじゃないんだよ…」
視線を滑らせる大気に声をかけると「そうですか」と短い答えがあった。
読み終えた大気は机に突っ伏した夜天を見つめる。
「ふむ、なるほど。ラブソングにしたくはないけれど、愛野さんのことばかりが浮かんでしまうんですね」
「……やっぱりそう思う?」
「“赤いリボン”は彼女のトレードマークでしょう?」
「あー、そこは違うんだよ…音数でさ」
顔を上げずに言い訳をする夜天を大気が見つめる。
「笑っていいよ!」
夜天が恥ずかしくなったのか突然バンッと机を叩いて身体を起こす。
「ですから、笑いませんと言ったでしょう?」
「なんで作詞ってこんなに難しいのさ…」
「難しく考えすぎですよ」
「……っ」
「では、夜天も何か寝言をこぼしてください。そうしたら拾いあげて私が書きますよ?」
黙り込んだ自分を見てくすりと笑った大気を夜天が本気で嫌そうに睨む。
「僕は間違っても星野みたいなあんな恥ずかしい寝言なんて言わないよ」
「それは残念ですね」
大気がどこか楽しそうに笑った。

以前、うさぎへの想いを秘めていた(つもりだったらしい)星野が寝言で「おだんごおだんご」とうるさくて、それに苛立った大気が彼の寝言を元にして作詞した曲が『とどかぬ想い -my friend's love-』だという事を知っているのは自分達だけだ。

「面白がってるでしょ?」
「人聞きの悪い事を言わないでください」
「……大気っていい性格してるよね…」
夜天が言うと大気がくすりと笑う。
「そうかもしれませんね」
大気の反応に夜天は内心で少しだけ驚く。
「認めるの?」
「そこまでは言ってません。ですが全面否定はしませんよ」
「ふーん…」
夜天はホットミルクを飲む大気を見つめて、呆れ半分感心半分と言った声音で相槌を打った。

大気は変わった。
付き合いの長い自分や星野ですら時々ウンザリするほど “くそ真面目”という言葉が相応しく、そしてどこまでも頑固だった。
(まぁ、僕も大気と違った意味で頑固だったけどさ…)
そんな自分達を変えたのは“彼女達”だった。
月野うさぎはもちろんだが、彼女よりも自分を変えたのは美奈子だし、大気を変えたのは間違いなく亜美だと夜天は思っている。

「ねぇ、大気」
「はい?」
「大気はさ……気が付いたら水野への気持ちが詩になってたりとかって…ないの?」
夜天が言うと大気は小さく笑っただけだった。
「僕は考えないようにしようとすればする程、美奈の事ばかり考ちゃうんだよ…」
「なるほど」
大気は頷いて、先ほどの夜天の歌詞を思い出す。

軽く目を通しただけで、夜天が美奈子を想って書いた事はすぐに分かった。
意識しないようにすればするほど、相手のことを考えてしまう。
自分にも経験があるからよくわかる。
亜美と付き合い始めて、復帰アルバムに向けての作詞をした時、特に何も考えずに書いた。
すぐに出来上がったそれを読み返して、あまりにもストレートすぎる亜美へのラブレターのようで、大気はその場で赤面してしまった。
あれを星野や夜天に見られていなくて良かったと、今でも本気で思っている。

「ちょっとした仕種とか…笑顔とかが浮かんでくるんだよ!なんなのあれ!意味がわからないよ!」

大気はこれまでのスリーライツの曲をすべて自分が作詞作曲してきたからこそ、歌詞の書き換えは意外と容易だった。
だが、はじめて作詞に挑戦する夜天はなかなかそう簡単にいかないだろう。

「それで…気が付いたらそのまま詩になってて…さ」
「そう、ですか」
大気はこくりとホットミルクを飲みふぅと息を吐き、少し言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「私なら他の人に教えたくありません」
「は?え?なに?なんの話?」
「今、夜天が言ったことですよ?」
「僕が――って…はぁっ!バッカじゃないの!?」
言葉の意味を理解した夜天が呆れたような驚いたような視線を大気に向ける。
「なんとでも」
にやりと笑ってそれを受け止めると、空になったマグカップを手に立ち上がり洗うためにキッチンへと入る。
一緒に洗ってもらうために自分のマグカップを持ってきた夜天が黙って大気を睨む。

「なんですか?」
「大気は水野の事になると人が変わるよね?」
「あなたも人の事は言えないでしょう?」
「否定はしないんだ?」
「えぇ。私が今、地球−ここ−にいるのは亜美がいるからです。それ以外の理由なんてあるはずないでしょう?」
「それは…僕もそうだよ。美奈がいなかったら地球になんて戻ってこなかった」
「でしょうね」
大気はフッと笑うと、洗い物を済ませた。

「ふぁ…さすがに眠いや」
「そうですね」
「僕もう寝るよ」
歌詞の書いたルーズリーフを挟んだカメラ雑誌を忘れずに手にする。
「夜天」
自室に戻ろうとしたところを大気が静かに呼び止めた。
「なに?」
「作詞、来週いっぱいまで待ちます。それで無理そうなら言ってください」
「…うん…分かった」
「それじゃあ、おやすみなさい。くれぐれもお腹出したりなんかして風邪引かないでくださいね」
「引かないよ。星野じゃあるまいし。じゃ、おやすみ大気」
そう言い残して去ろうとした夜天に大気はふと思いついた事を伝えようと再び彼を呼び止めた。
「あぁ、そうです。夜天」
「ん?」
「もし、もしもですよ?」
「うん」
「先ほど見せていただいた詩なんですが」
「うん?」
「期日に間に合わなかったとしたら、自分で作曲もして愛野さんにプレゼントするのはどうですか?」
「はぁっ!?いやだよ!恥ずかしい!」
「おや?素敵なラブソングになると思いますよ?」
「大気…面白がってるでしょ…」
「さぁ?」
ニッと笑う大気を夜天はジロリと睨む。
「あれはあれで変えたりするのはもったいないと思いますよ?それに愛野さんに普段好きだと言えないのなら、歌で伝えるのもひとつの方法でしょう?」
「…っ!大気こそ水野にラブソングでもプレゼントすればいいんだ」
「そうですね。考えておきますよ」
大気は楽しそうにくすくすと笑うと「では、おやすみなさい」と告げ、先に自室へと戻って行った。
「……見てなよ、大気」
低く囁いた夜天の言葉は静まり返ったリビングに吸い込まれた。


結局、夜天は一から新たに作詞をして大気を驚かせた。
「“あれ”はどうしたんですか?」
「ウルサイな…」
「……なるほど」
「なにが?」
「いえいえ、別に?――作曲、頑張ってくださいね?」
「っ!余計なお世話だよっ!」
夜天が美奈子にラブソングを贈ったかどうかは、また別のお話。

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Category:セーラームーン

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