▼いい風呂 −星うさ− 「なぁ、おだんご」 ものすごく真剣な表情の星野がソファに座るうさぎの前に膝をついた。 まるで星野の騎士−ナイト−のようなその姿に 「な、なに?」 何事かと驚くうさぎの左手をすっと取ると、手の甲にくちびるを落とす。 そして── 「一緒に風呂入ろうぜ?」 「…………………………は?」 一瞬本気で星野の言葉を理解できなかったうさぎがポカンと口を開けて聞き返したのはたっぷり十秒が経ってからの事だった。 「だから、一緒に風呂に入ろうぜ?」 「な・ん・で?」 「……っ!いいじゃねーかっ!夜天と愛野が一緒に風呂入ったことあるのはともかくとしてっ!」 「して?」 うさぎが首をかしげる。 「大気だって水野と風呂入った事あるって言うんだぜっ!」 「えぇっ!ホントに?あの亜美ちゃんが?大気さんと?」 「お、おう」 本当は亜美が一緒にお風呂に入ったことがあるのは大気ではなくメイカーなので、星野が少し返事に詰まってしまったのだが、うさぎはそれには気づかなかったようだった。 「そ、そうなんだ///」 「なんでそこで赤くなる?」 「いや、あの超恥ずかしがりやの亜美ちゃんがって思ったらなんか///」 「そ、そうだよな?だから俺たちも」 「それとこれとは関係ないでしょっ!」 うさぎがピシャリと言い切る。 「分かってるよ…」 「わかってないでしょ?星野の言い方だと、まず絶対にありえないことだけど、夜天君が美奈子ちゃんと別れたり、大気さんが亜美ちゃんと別れたりしたら、あたしと別れるって言ってるみたいに聞こえる!」 「ちげーだろ!!」 「じゃあお風呂一緒に入る必要ないでしょ?///」 「必要とかじゃねーよっ!」 「はぁっ?じゃあなんでいきなりそんな事言ったのよ!」 「ただ俺は…おだんごと一緒に風呂に入りたいんだよっ!」 「や、やらしい事するつもりでしょっ///」 「しねーよっ!」 売り言葉に買い言葉のようないつもの応酬があった結果。 「いーい?あたしがいいって言うまで入ってきたらダメなんだからねっ///」 「はい」 「お風呂で、その…え、えっちなことしたらダメなんだからねっ///」 「はい」 「あたしが恥ずかしくなって限界になったらファイターに変身してもらうからねっ///」 「……ハイ」 「返事に迷いがみられたけど?」 「気のせいですよ」 「なんで大気さん口調」 「気のせいですよ」 「……約束破ったらこの先星野とは二度と一緒にお風呂に入らないからね」 「分かった」 そんなやりとりを脱衣所で繰り広げてから、星野を追い出した。 髪をくるんとわっかにするように上げて浴室に入るとかけ湯をしてからにごり湯でピンクになった浴槽へと入る。 (うぅっ…恥ずかしいよぉ///) 顔を少しお風呂につけてぶくぶくと息をはく。 (でも、まさか亜美ちゃんが大気さんとお風呂に入ったなんて…知らなかったなぁ) 人の何倍も恥ずかしがりやの亜美が大気とお風呂に入ったと聞いていなければ、無理だったとひっそりと思う。 「星野と…お風呂///」 そう呟いてからハッとして、壁にあるボタンを押す。 それはキッチンにあるお風呂スイッチに知らせる事が出来る仕組みになっていた。 外で待っている星野に声をかけるのはなんだかとても恥ずかしいのだ。 「おだんご?」 「ひゃいっ!」 「……入ってもいいか?」 「う、うん///」 そっと浴室の扉が開く瞬間、うさぎは恥ずかしさから背中を向けた。 「湯加減、どうだ?」 「あ、うん///ちょうどいいよ///」 「そっか。俺も入っていいか?」 「う、うん///」 シャワーの音が聞こえて、少しして浴槽の水かさが増す。 「なぁ、こっち向いてくんねぇ?」 「いやっ///星野もあっち向いてっ」 「え…」 「じゃなきゃファイターに」 「向けばいいんだろ…」 少しふてくされたような声が聞こえて、バシャリと水音がした。 「っ!?ちょっと星野」 背中同士が触れたうさぎが抗議の声を漏らす。 「無茶言うなよ…ここの風呂広いっつっても、背中合わせで余裕で足伸ばせるほどじゃねー事くらいわかってるだろ?」 「で、でも亜美ちゃんとか美奈子ちゃんとお風呂入った時はそんなことなかったもん///」 「そりゃあ俺は男だからな。水野とか愛野と体格違うんだから当たり前だろ?」 「うっ」 至極当然のことを指摘されたうさぎが黙る。 「…そんなに俺と風呂入るの嫌なのかよ…」 「それは、だって、は、はじめてだから恥ずかしいんだもん!当たり前でしょっ///」 「俺もはじめてだしすげぇ恥ずかしいよ///」 「せ、星野が一緒に入りたいって言ったんじゃない///」 「そうだよ///でも思ってたよりも恥ずかしいな///」 そう言って星野がハハハと恥ずかさを誤魔化そうと笑っていることがうさぎは分かった。 そっと振り向くと星野の漆黒の髪が見えた。 綺麗な髪してるなぁ…と、ぼんやりと思ったうさぎは「ねぇ、星野」と彼を呼んだ。 「ん?なんだ?」 「髪の毛洗わせてくれない?」 「はっ!?」 星野が本気で驚いた声を出したのを聞いてうさぎはハッとする。 「あ、あたしってばいきなり何言ってるだろ///ご、ごめんね///変な事言っちゃって」 とっさに出た言葉にうさぎ自身驚いていた。 星野の時でもファイターの時でもひとつに束ねられさらりと流れる黒髪がとても綺麗で、うさぎは密かにその髪が好きだった。 だからつい、あんな事を口走ってしまった。 「なぁ、おだんご」 「な、なに?」 「俺もおだんごの髪洗ってもいいか?」 「え?」 「俺の髪をおだんごが洗って、おだんごの髪を俺が洗うってことで、どうだ?」 「どうだ…って、えぇぇぇぇぇぇっ///」 「なんだよ?言い出したのおだんごだろ?」 「そ、そうだけど///」 「ほら、おだんごから洗ってやるよ」 星野の楽しそうな声が聞こえて、ザバッと浴槽から出る。 「出てこいよ。あ、でもそれだけ長いとそのまま頭だけ出してる方がいいか?どうする?」 星野に聞かれたうさぎはのぼせないために出ると言うと星野がそうかと頷いた。 「タオル巻くよな?ちょっと待ってろよ」 星野が一度脱衣所に出て行きバスタオルを手にして戻ってくる。 「ほら?巻く間後ろ向いてるからさ」 バスタオルを受け取ったうさぎはパシャリと浴槽から出るとそれを巻いて椅子に座る。 ちなみに星野は腰にタオルを巻いている。 「熱くないか?」 「ん、だいじょーぶ」 まとめていた髪を解き、星野がシャワーを毛先から濡らしていく。 「これだけ長いと毎回シャンプーとか大変じゃねーの?」 「慣れてるもん」 「そうか」 「うん」 誰かに髪を洗ってもらうのなんて美容院以外だと子どもの頃に母に洗ってもらった以来で、うさぎが少し緊張した表情を見せる。 「おい…おだんご…そんな不安そうなカオしなくても、だいじょぶだぞ?」 「え?」 「不安で仕方ないってカオしてただろ?」 「してないわよ!き、緊張してるだけよ」 「だから大丈夫だって言ってるだろ?俺に任せろって♪悪いようにはしねーからさ」 そう言うと鼻歌交じりにシャンプーを泡立ててうさぎの頭を洗い始める。 「ちょっと星野っ!もうちょっと優しく洗ってよ!からまっちゃうじゃないっ!」 「大丈夫だっつったろ?あ、バカ!いきなり動いたら」 「ーーーっ!いっ……たぁーーーーーいっ!シャンプー目に入ったぁぁぁぁぁっ!」 「なんでよりによって目を開けるんだよ!」 「星野の扱いが雑だからでしょ」 「雑じゃねーよ!あーもうっ!終わるまでちょっと大人しくしてろ!」 「いーい!やっぱり自分で洗うから!」 「い・や・だ!」 「あ・た・し・も!」 「ふざけんなぁ!」 「ちょっと耳元でおっきい声出さないでよ!ばかっ!」 「声がでかいのはおだんごだろ!」 ぎゃいぎゃいと口論しながらも、星野はうさぎのシャンプーを終え、トリートメントをする。 その間にうさぎが交代で星野の髪を洗うことになったのだが── 「いって!おい!引っ張るなよ!」 「引っ張ってないわよっ」 「こらっ!抜けるだろっ!」 「これくらいで抜けないわよ!あっ、んもうっ!動かないでよ!」 うさぎに叱られた星野はしぶしぶ抵抗をやめる。 「なぁ、おだんごは人の髪を洗った事ないのか?」 「あるわよっ!小学生の時に進悟と一緒にお風呂に入った時に」 「あぁ、進悟くんの髪は絡まなさそうだな」 「うん」 「……」 「星野は、あるの?」 「……あるぜ」 「誰の髪?夜天君とか大気さん?」 「なんで野郎の髪の毛洗わなきゃならねーんだよ」 「じゃあ、だれの──っ!まさか火球プリンセス!?」 「そうだよ」 「っ!信じらんないっ!」 「はぁ?なんでだよ?」 「だってっ///」 「待ておだんご…誤解してないか?だれが“星野”でそんな事するんだよ?そんな事してみろ?メイカーやヒーラーだけじゃなく星にいる全員から必殺技食らわせられるだろ?」 「あ、そっか。じゃあファイターで?」 「そんなの当たり前だろ」 「なんだ…そっか」 「……安心したか?」 「なっ///そんなわけないでしょっ!バカッ!」 「いってぇ!だーから引っ張んなっつってんだろ!」 「ちょっとくらい引っ張って刺激を与えたほうがハゲないんだって〜?」 「ハゲねーよっ!!!!」 やはりぎゃあぎゃあと騒ぎながら二人ははじめてのお風呂タイムを終了させた。 その後、ドライヤーで髪を乾かすのに時間がかかったのはいうまでもない… |