▼CANDY 「Trick or Treat?」 放課後の資料室で頼まれた資料整理をしていた亜美の耳に聞こえた恋人である大気の声と、その言葉にふわりと微笑んで、ポケットから飴玉を取り出すと「どうぞ?」と彼に手渡す。 大気はなぜかちょっとがっかりしながらそれを受け取り口に入れると資料整理を手伝いはじめる。 「亜美がお菓子を持ってるなんて珍しいですね?」 「去年、お菓子を持ってなくてうさぎちゃんと美奈子ちゃんにイタズラされたので念の為に持っておいたんです」 「そうですか…」 大気としてはいたずら目的、というよりは困る亜美を見たかったので非常に残念ではある。 「大気さん」 そんな大気の心情など知る由もない亜美が透明な声で彼の名を呼ぶ。 「はい?」 「Trick or Treat?」 「え?」 「お菓子、くれないの?」 亜美の言葉に目を丸くしていると、ねだるように可愛く首を傾げられドキリと大気の鼓動が跳ねる。 「っ…すみません」 お菓子を持っていない事を謝る大気に「冗談です」と言って亜美は楽しそうにクスクスと笑う。 それより少し前、星野は補習が終わって教室に戻って来たうさぎを「トリック・オア・トリート」と言って出迎えて驚かせていた。 「ひゃあっ!もう星野!いきなりびっくりするでしょ!…あれ?誰も、いない」 星野だけしか残っていなかった教室を見たうさぎがさみしそうな目をしたのを見た彼が明るく笑う。 「愛野はバレー部に応援頼まれて夜天を連れてった。木野は料理教室に行くからって帰ったよ。で、水野は先生に資料整理頼まれて出てったきりだよ。たぶん大気も資料室じゃねーの?」 「そうなんだ」 「で?」 「で?ってなに?」 「さっき言ったろ?“Trick or Treat”だよ」 うさぎを待っている間に少しお腹がすいたため、いつも何かしらのお菓子を鞄に忍ばせている彼女から恵んでもらおうと企んだ星野が言う。 いつもなら何か出てくるところなのだが。 「今日は、これしかない」 ポケットからころんと飴玉の包みを取り出す。 「おっ♪なんだよあるじゃん。いっただきまーす」 星野は素早くそれを奪い取り包みをあけて口に放り込んだ。 「あっ!」 うさぎの大声に星野が驚く。 「なんだよ?お、この飴うまい」 「なんで食べるのよ〜っ」 「くれたじゃねーか!」 「あげてないっ!星野のバカーッ!」 「なんでだよ!おだんごが渡したんだろ!?」 「渡してないもん!見せただけだったのに!」 「別にひとつくらいいいだろ!?」 「ひとつしかなかったの!せっかく亜美ちゃんにもらったのに…返して!」 「無茶言うなよ…」 「うーーーーっ…」 泣きそうにうさぎの瞳が潤む。 星野は慌ててポケットや鞄を探るが残念ながら食べられるものなど持ち歩いてはいない。 「……ちょっと待ってろ。すぐ戻ってくるからな!いい子にしてるんだぞ!」 言い残して星野は教室を出て行き──「まだいてくれよ。水野」──資料室を目指して走る。 大気はくすくすと笑う亜美を見て“イタズラ”が思いついた子どものように瞳を輝かせる。 「亜美」 「はい?」 「せっかくですから、お菓子とイタズラ両方いかがですか?」 「え?」 目を丸くする亜美のくちびるを自身のそれでふさぐ。 「んっ///」 すぐに離し至近距離で亜美の瞳を射抜いてくすりと笑う。 「甘いでしょう?」 「っ///」 亜美の潤んだ瞳を見つめて、大気はもう一度くちづける。 「んんっ///」 くちづけて離して角度を変えてはまたくちづけてを繰り返して何度も“イタズラ”をする。 そんな時、ふと聞こえてきた足音に大気は眉をひそめた。 走っていることを含めて、それよりも邪魔をされたのは非常に面白くないとばかりに入口を見ると同時にガラリと扉が開かれた。 「……星野?」 「あ、良かった。まだいたんだな」 「何か用ですか?」 少し苛立ちを含んだ大気の声には気付かず、星野は目的を果たすために中に入る。 「水野!トリック・オア・トリ…ってぇ!!」 「人の邪魔したあげくいきなり亜美に何言ってるんですか?星野…殴りますよ?」 「殴ってから言うな!邪魔ってなんだよ?ってちがうっ!これにはわけがあってだなぁ、別に水野にイタズラしてやろうとか思ってるわけじゃ…って、おい…大気?聞いてるか?ちょっ…目がマジすぎんだろ!?落ち着けっ!おまっ!うわぁぁぁぁぁぁっ!」 「た、大気さん!落ち着いてくださいっ!」 「亜美にイタズラしていいのは私だけです」 「聞けーっ!水野!飴持ってたらくれ!おだんごにやったやつ!俺が食っちまったんだ!」 「え?えぇ」 「は?」 亜美が鞄からキャンディの袋を取り出して星野に手渡すと、大気は羽交い締めにしていた星野を解放する。 「お?こんなにくれるのか?」 「えぇ、半分くらいしか残ってなくて申し訳ないけれど、うさぎちゃん気に入ったみたいだったから」 そう言って亜美がふわりと笑う。 「おぉ、サンキューな♪」 「まったく…だったら最初からそう言ってください…ややこしい…」 「言おうとしたのに聞かなかったのお前だ…」 「……すみません」 「ったく…水野バカめ…」 「あなたに言われたくありません」 「うっせ。じゃあ水野、飴ありがとな。大気…」 「なんですか?」 「“イタズラ”の邪魔して悪かったな」 大気にしか聞こえないトーンで言うと「じゃあな。資料整理頑張れよ〜」と言い残して資料室から出て行くと、うさぎの待つ教室へと戻った。 教室に戻ると星野はにっとイタズラっ子のように笑う。 「何か言う事は?」 「え?」 「今日はハロウィンだろ?」 「あ、とりっくおあとりーと!」 星野はうさぎに飴の入った袋を手渡す。 「わぁっ♪これどうしたの?」 「水野にもらってきた…大気に殺されかけたけど…」 「ありがとっ!星野♪」 後半は小さかったために聞き取れなかったうさぎが嬉しそうに飴玉をひとつ口に入れてコロコロと転がす。 「おいしーっ♪」 「おだんご」 本当に嬉しそうなうさぎを呼ぶと、顔をあげた彼女のくちびるを塞ぐ。 「っ!な、何すんのよ///」 「“イタズラ”」 「ばかっ///」 夕陽に染められた教室で真っ赤になるうさぎに星野は楽しそうに笑う。 「もぉっ/// そんな事してたら資料整理終わらないじゃないですか」 「じゃあそれが終わったら続きしてもいいですか?」 「ダメですっ!」 資料室では大気が亜美に“イタズラ”を続行しようとして、亜美に本気で止められていた。 |