▼距離 「…っ、と」 亜美は両手に抱えた紙の束をよいしょと持ち直すと、フラフラと歩き始める。 「あ、水野さん悪いんだけどこれ資料室まで運んでおいてもらえるかな?」 放課後に職員室に行った帰りの出来事。 断る事など出来るはずもなく「わかりました」と引き受けた。 しかし資料数が多くて、前が見えないのが困る。そして重い。 亜美が資料を落とさないように気をつけながら歩いていると、突然視界が開け重みがなくなった。 「え?」 「一人でこんなに…危ないですよ」 「大気さん…?どうして…」 「それは私が聞きたいです。フラフラじゃないですか」 「うっ…」 「どこに運ぶんですか?」 「えっと、資料室に」 「そうですか。じゃあ行きますよ」 「え?え?でも全部持ってもらうわけにはいかないです」 「では、私と亜美の鞄を持ってもらっていいいですか?」 「でも」 「ほら、行きますよ?月野さん達、校門のところで待ってるらしいので急がないと、ね?」 「あ、はい」 うさぎの名前を出されると弱い亜美はこくりと頷き、大気と自分の鞄を受け取ると、二人で並んで資料室へと歩き始める。 「職員室に行ったきり戻ってこないので何かあったのかと思って、亜美の鞄も持ってきて正解でした」 「ありがとうございます」 「いえ」 (あの時は、こんな風じゃなかったわ) 亜美の脳裏に高校一年の時の出来事が浮かぶ。 今日と同じように資料室に運んでおいてほしいと頼まれて、視界が遮られる中で目的地に向かっていた亜美の視界が同じようにひらけて、そこには今日と同じように大気がいた。 亜美は驚きのあまり一瞬、息が止まった。 お互いの正体が分かってからというもの、大気と夜天は自分たちとの接触を避けていた。 なのに、なぜと思ったのを覚えている。 『一人でこんなに…危ないですよ』 今日も聞いた同じ言葉を、その時は不機嫌そうに大気は口にした。 何も言葉を交わすことなく資料室まで二人で歩いた。 『あの…っ!ありがとう、ございます』 『別に、ただの気まぐれですよ』 切り捨てるようにそう言った大気がそそくさと去っていったのを覚えている。 大気の隣を歩きながらその時の事を思い亜美は小さくくすりと笑う。 「どうしました?」 「いえ、ちょっと……」 一瞬、口に出しかけて亜美が言いよどむ。 もしかすると覚えているのは自分だけかもしれないと思った。 「ちょっと?」 「なんでも、ないです」 「そうですか?」 「はい…」 亜美がそう言ったきり、沈黙が二人を包みそのまま資料室へとたどり着いた。 亜美が扉を開けて中に入ると、大気は資料を机に置く。 「ここに置いておくだけでいいんですか?」 「はい」 紙が飛ばないようにする重し代わりに出来るものはないかと資料室の棚を探っていた亜美が穴あけパンチを見つけ、それを資料に乗せる。 「では、行きましょうか?」 「はい。ありがとうございます。助かりました」 「いいですよ」 大気が亜美に手を差し出すと、はにかんだような笑顔でそっとその手に小さな手が重なる。 「亜美」 「はい?」 「ただの気まぐれじゃなかったんですよ」 「え?」 突然の事に目を丸くする亜美に大気はふっと笑う。 「わからないなら、いいです」 「っ/// え?///」 |