▼ふんわり甘い 冴子から連絡があり「今から忍様のところに来て!いい?すぐよ?」と、呼び出された。 何が悲しくて、誕生日に忍の家に行かにゃならんのだと、思ったが…。 行かないと、俺の誕生日だろうが、構わず冴子は忍にとられるわけで…。 それはとてもおもしろくないと、行ってみたら冴子しかいなくて、多少拍子抜けした。 「忍様なら牙とどこかにお出かけになられたわよ。夜には戻られるわ」 との事。 「それで、なんでわざわざここに呼び出しますかね?」 「諒ちゃんたら何言ってるの?忍様のお部屋のお掃除はあたしの仕事よ?」 当然でしょと言わんばかりに言い切られてしまった。 「だったら、それが終わってから俺のとこに来るか、冴子さんの家でいいでしょーが?」 「それじゃあ駄目なのよ!あたしの家のオーブン壊れちゃったのよ!」 はい?オーブン?なんでオーブン? 色々と疑問が渦巻いたが、とりあえず話をすすめよう。 「それで?なんの用ですか?」 「……ちょっと座って待ってて。絶対にキッチンに来ないで!いい?絶対よ!」 そう言って、冴子はキッチンに消えた。 はて? しばらくすると、甘い匂いがし始める。 あれ?これって……。 この匂いの正体がわかったところで、オーブン関係なくないですか?とか思ったけど、なんとなく言わない方がいい気がしたので、黙って新聞のテレビ欄に目を通す。 ──いいのやってないな… 10分ほどして、冴子が大きなお皿を手に戻ってきた。 「お待たせ」 「冴子さん?これは?」 「“ケーキ”よ!」 「はぁ…なるほど」 俺の目の前に置かれたお皿にドンッと乗っているのは確かに“ケーキ”だった。 キレイなまんまるきつね色。 上には余熱で溶けたバター。 そして『お好きにどうぞ』と言わんばかりにメイプルシロップのボトル。 「なぜにホット“ケーキ”ですか?」 「仕方ないじゃない!普通のやつは失敗しちゃったのよ!」 ふてくされたように冴子が言う。 「ふーん」 オーブン活躍ならずか…。 「な、何よ?いらないなら別に食べなくていいわ!あたしが食べるからっ!」 そう言ってホットケーキの乗った皿を強奪しようとする。 「こらこら!誰もそんな事言ってません!食べます!いただきます!」 そう言ってフォークとナイフを持ちホットケーキに手をつけようとしたら── 「あ、待って!」 止められた。 「なんですか?もう水沢おなか空きました」 「諒ちゃん、お誕生日おめでとう」 ──冴子が微笑んだ。 ナイフとフォークを手にしたまま、思わず見とれてしまう。 「っ…ありがとーございます。ではいただきますっ!」 そう言って、バターをぬり、メイプルシロップをかけ食べはじめる。 「んむ、うまい」 そう言うと冴子はホッとしたような表情を見せた。 「ほい」 切り分けた一切れをフォークに刺し、冴子の前につきだす。 「な、なに?」 「あーん」 「っ!しないわよ!」 真っ赤になってぶんぶんと頭を横にふる。 「いいから、ほれ。あーんしなさい?」 そう言うと観念したのかそっと口を開き、ホットケーキを食べる。 「うまいだろ?」 「作ったのあたしよ?」 「だからでしょ?水沢への愛がこもってるもんね?」 「〜っ!バカっ!」 真っ赤になって、そんな事言っても逆効果だよ? 「ねぇ…冴子さん?」 「なに?」 「今、キスしたらメイプルシロップ味だよね?」 「バカな事言わないで」 「本気ですよ?」 そう言うなり、正面に座る冴子の唇を奪う。 「っ!」 「ほら、ね?」 やっぱりメイプルシロップ味だ。 「バカッ!」 「ねぇ、冴子さん」 「なによ?」 「来年は期待してます」 「?」 「ケーキ」 「っ!」 「ね?」 「見てなさい!それまでに絶対成功させるんだから!」 「それは楽しみです」 |