▼いつもの君で 「はい。冴子さん」 新年、本家のある鎌倉から戻ってきた冴子は諒に連れられ初詣に来た。 二人で参拝をすませ、屋台を見て回っていると諒がなにやら発見したらしく、冴子を待たせ屋台に向かってほどなくして戻ってきた。 「あったまるよ?」 そう言って、湯気のたつ紙コップをひとつ冴子に差し出す。 「……ありがとう」 それを受け取り、中身を見つめる。 「…いただきます」 「正月はやっぱりこれだよね。いただきます」 諒は少し息を吹きかけごくりと飲む。 「うん!うまい!」 冴子も冷まし、一口飲む。 「……」 「ふーっ。あったまった。ごちそーさまです」 キレイに紙コップを空にした諒は、隣で黙ったままの冴子を見る。 紙コップの甘酒はあまり減っていない。 「冴子?」 「なに?」 「いや、お前さん猫舌だったっけ?」 「別に、普通だと思うわ」 猫舌であったとしても、気温の低さでぬるくなるのも早いだろう。 現に、冴子の持つ紙コップから湯気はもう立っていない。 「あぁ、そうか。確認しなかった俺が悪かったですね」 何かを察したらしい諒が言うと、冴子がバツの悪そうな顔をする。 「何がよ?」 「甘酒苦手なんだろ?」 「違うわよ!ちょっと冷ましてただけよ!」 そう言って、手にしていた甘酒を飲もうとする。 「あー、こらこら!無理しなさんな。それは水沢が飲みますから」 諒は冴子を止め、彼女の手から甘酒を奪還するとそれを一気に飲み干す。 「ちょっ!」 「いただきました。すぐに戻るからここで待ってるんですよ!」 言うや否や人混みに消えていく。 (どこ行ったのよ…バカ…) 冴子はたくさんの行き交う人々をぼんやりと見つめながら考える。 本家に帰ったことで疲れていた。──精神面で。 帰りたくない気持ちはあったが、帰らないわけにはいかない。 しかし、毎度毎度本当にうんざりする。 壊れた機械のように似たような言葉を繰り返される。 分かっていた事だからと言って、疲れないわけがない。 「……はぁっ」 無意識にため息がこぼれる。 「お嬢さん。ため息をつくとシアワセが逃げますよ」 背後からかけられた声に思わず驚く。 「っ!無駄に気配消さないでって言ってるでしょ!」 言いながら冴子はくるっと声の主に振り向く。 「まぁまぁ、疲れた時は甘い物がいいんですよ?」 冴子の目の前に使い捨ての容器と割り箸を差し出す。 「え?」 「はい。冴子さんこれなら食べられるでしょ?」 そこにあったのは、甘い匂いを発する小豆色。 真ん中あたりに白い物がのぞいている。 「ぜんざい?」 「うん。お餅もつきたてでおいしそうだったよ。これでも食べてあったまってください」 「ありがとう。いただくわ」 冴子が割り箸を先に受け取り、割るのを確認してからぜんざいの入った容器を渡す。 「ありがとう」 「いえいえどういたしまして。ではいただきます」 「諒ちゃん。甘酒二杯飲んだのにまだ食べるの?」 「あんなの腹の足しになりません。育ち盛りなんでね」 割り箸を口にくわえてパキッと二つに割り、熱々のぜんざいを食べ始める。 「それ以上成長してどうするのよ。いただきます」 くすりと笑い、冴子もぜんざいを食べ始める。 「ねぇ、冴子さん。甘酒の何が苦手?」 一つ目の餅を食べた諒が聞く。 「酒粕があんまり得意じゃないのよ」 ふーっと息を吹きかけぜんざいを口にする。 「あぁ、なるほどね。俺は好きだけどね。ぜんざいおいしい?」 「うん」 「そっか。うん。それは良かったです」 一人でうんうんと頷く諒を不思議そうに見つめ、冴子は柔らかい餅を食べる。 早々と餅が三つ入った(一つは冴子から貰った)自分のぜんざいを食べ終わった諒は、隣の冴子をこっそりと見つめる。 昨夜、本家から戻ったことを忍から聞いた。 冴子本人からの連絡はなかった。 きっと疲れていたんだろうと思って、それを理解していて初詣に連れ出した。 なんの連絡もせずに朝から冴子の家に行き 「どーも。水沢でっす!新年のご挨拶に伺いました。せっかくですし一緒に初詣なんていかがでしょう?」 と、いつものように振る舞った。 そんな諒に冴子は 「それならそうと事前に連絡入れてよね!」 と言いながら、快く了解してくれた。 ちなみに諒は亮介も誘った。 「え?冴子ちゃんと初詣?んー…そうだな。新年の挨拶したいけど今日じゃなくてもいいから二人で行ってこいよ」 そう言って見送られた。 ぜんざいを食べる冴子を見つめながら、思う。 (カッコよく「俺を頼れ」とか言えたらいいんだけどね) そんな簡単に“それ”を口に出来ない事はお互いに充分に理解している。 だから、せめて──彼女がいつも通りに振る舞えるように。 自分の傍にいる時くらいは少しでも安らげるようにと願う。 「ごちそうさま」 食べ終わった容器を捨てて、再び屋台を歩く。 「忍への手土産はベビーカステラでいいですね」 「諒ちゃんたら何言ってるの!お土産と言えば林檎飴でしょ!」 「それは冴子さんが食べたいんじゃ…」 「……今はおなかいっぱいなのよ」 「じゃあベビーカステラの一番大きいやつと林檎飴3つ買ってから忍んとこ行きますよ」 「そうね」 そう言って、やっと笑顔を見せる冴子。 諒は優しく微笑み、髪をくしゃくしゃと撫でると、いつものように「ちょっとやめてよね!」と言う彼女の声。 今から、忍のところに行けばきっと彼にこれでもかと“兄妹愛”を見せつけられるのだろうと思う。 (まぁ、今日くらいはそれでもいいですけどね?) 「あ、こらこら。勝手に行こうとするんじゃありません。迷子になったらどうすんの?」 そう言って、彼女の右手をとり包み込むように手を繋ぐ。 「ならないわよ!」 そう言いながらも、繋いだ手がきゅっと握りしめられる。 「顔、赤いよ?」 「さっきのぜんざいであったまったからよ!」 「ふーん?」 「な、何よ?」 「水沢は冴子さんと手を繋げてポカポカですよ?」 「な、何バカな事言ってるのよ!」 耳まで赤くなってる冴子を見てくすりと笑う。 (うん。良かった。いつもの冴子だ) |