▼満月とロゼ 「これ、飲みましょ?」 そう言って突然冴子が出してきたのは一本のワインボトル。 「もしもし?冴子さんアナタまだ未成年ですよ?」 「そうね。でも飲みたいの」 まぁ、そうだろう。 そうでなければわざわざ出してはこない。 彼女が差し出したボトルを受け取る。 「んー?赤?」 「ロゼよ」 なるほど。言われれば確かに濃いピンクをしている。 それにしても珍しい。 自分や亮介はときどき二人でビールを飲んだりしてはいるが、彼女がアルコールを口にしているところは、まずお目にかからない。 「これ、どうしたんだ?自分で買ったのか?」 最近は、未成年がアルコール飲料を買うのに身分証明書の提示を要求されることがある。 「自分で買ったのよ」 さらりと言ってのける彼女。 「あら、そうですか」 なんだか拍子抜けだ。 「何よ?」 含みがあるととらえられたのか、軽く睨まれる。 「いえいえ別に」 彼女は大人びている。 制服を脱いでしまえば、一般的にみれば高校生には見えないこともあるかもしれない。 (まぁ、俺からすれば可憐な女子高生ですけどね) なんてことを頭の片隅で思いながら、それは口には出さず、別の疑問を口にする。 「でも、なんでいきなりロゼワインなんか飲みたくなったんだ?」 「満月だから」 「はい?」 「満月だからよ」 「え?」 至極当然のように「満月だから」と解答をされて、「はいそうですか」とは返せない。 満月と聞いて頭に浮かぶのは── 「狼男?」 「違うわよ」 「意味がわからん。説明プリーズ」 お手上げだ。満月とロゼワインの関係がさっぱりわからない。 「ジンクスってあるでしょ?」 「口裂け女はポマードの臭いが嫌いとかってやつ?」 「それって都市伝説じゃないの?」 「そうだっけ?」 「しかもいつの時代の話よそれ。諒ちゃん昭和くさーい」 「しっつれいな!勤労男子高校生に向かって!」 なんだか話が本題からずれた方向にいきかけている。 「そんなホラーじみた話じゃないわよ。もうっ」 少しむくれながらも、彼女はどこか楽しそうだ。 「で?そのジンクスって?」 「満月の夜にロゼワインを飲むと恋が叶う」 「はい?何それそんなの俺はじめて聞いたよ?どこのジンクス?」 「確か、ヨーロッパだったかしら?」 海外産のジンクスなんて知らないので思わず黙ってしまう。 「とにかく飲みましょ?はいよろしく」 そう言ってオープナーを渡される。 難なくワインを開けるとワイングラスに注ぐ。 思っていたよりも淡いピンクだった。 グラスを一つ彼女に差し出す。 「ありがと。あっち行きましょ?」 そう言ってベランダのある方の寝室へと入っていく。 一瞬、ドキリとしたが「諒ちゃん?どうしたの?」と、声をかけられ我に返り彼女ついていく。 部屋に入ると彼女はベッドサイドに腰かけた。 「諒ちゃんも」と、言われ隣をポスポス叩かれる。 「では、お邪魔しまーす」などと言いながら腰かける。 それを確認してから、彼女は手元にあったリモコンで部屋の照明を落とす。 部屋の照明が落ちると彼女は外を指差した。 「ね?見て」 「うん。見事な満月だね。せっかくだし乾杯でもする?」 「そうね。じゃあ」 『乾杯』 キンと少し高い音を響かせてグラスを軽く当てる。 一口飲む。あ、おいしい。 ワインはあまり飲まないが口当たりがまろやかで飲みやすい。 「あれ?飲まないの?」 ふと隣を見ると、冴子は口をつけずワインを見つめていた。 「飲むわよ。でも、その前にやりたいことがあるの」 そう言って彼女はワイングラスを持っていた位置をずらした。 「何してんの?」 「ほら。みて」 彼女はどこか嬉しそうに言う。不思議に思いながら彼女の目線を合わせると── 「あ」 「ね?」 なるほど。満月が彼女の持つロゼワインにうつっている。 だから照明をおとしたのかと合点がいった。 「満月をロゼワインにうつして飲むのがいいらしいのよ」 そう言うと、ワイングラスに口をつけ一口含みコクリと飲む。 「ん。おいし」 (うわっ…今のはヤバイ) 自分の中に沸き上がった感情を誤魔化すためにとりあえず話をすることに決め、口をひらく。 「それで、ジンクスって願いが叶うんだっけ?」 「そうね。恋が叶うって聞いたわ」 「冴子さんは叶えたい恋があるんですか?」 「……どうかしら?」 その間はなんですか? 「ここに俺がいるのに?」 勢いで口から出た言葉に驚いたのか彼女は目を丸くする。 「まぁそうね。でも今日はちょっと特別なのよ?だからやってみたかったの」 「満月なんて来月も再来月もあるのに?」 「満月はそうかもしれないけど、今日が良かったの」 「?」 “オンナゴコロ”というやつだろうか?さっぱりわからない。 「諒ちゃんは11月22日ってなんの日か知ってる?」 「知らない。」 彼女の誕生日は1月だ。 自分たちの知り合いにも今日が誕生日の人はいないはずだ。 答えがわからずにしばらく考えるが… 「降参です」 答えは出なかったので、答えを求める。 「今日は『いい夫婦の日』よ。だからなんかジンクスも効果絶大な気がしたし、それにこういうのちょっとやってみたかったの」 そう答えてふわりと笑う彼女。 (あぁ、ヤバい) 自分の理性が限界だ。 ──二人きりの寝室 そしてベッド 「諒ちゃん?どうしたの?まさか酔ったの?」 返事をしなかったのを不思議に思ったのか、彼女はサイドテーブルにワイングラスを置いてこちらを覗きこむ。 「──いや、酔ってませんよ」 そう答えつつ立ち上がり自分もワイングラスを置く。 そのまま窓際まで歩き満月を見上げる。 「ねぇ冴子さん。満月のもうひとつのジンクスって知ってる?」 聞きながら彼女を振り返る。 「え?なに?知らないわ」 きょとんとした表情で見つめてくる彼女。 無防備だなぁなんて思いながら──ゆっくり近づく。 「それはね」 彼女の前で止まる。 ゆっくり腰をおり彼女耳元で囁く。 「── 」 「っ!諒っ!?」 驚いて身を引いた彼女の肩をつかみそのまま柔らかな唇を奪った。 『──男は狼男になる』 |