▼となり 学校が終わってから私はいつものように植物園に向かいます。 えりかはおうちのお手伝い、いつきはお稽古のため、今日は私ひとりだけです。 少し緊張しながら、ちょっぴり早足で私は足を進めます。 そこにはきっと憧れの人──ゆりさんがいるはずです。 いつもなら確実にいるんですが…今日はもしかするともう帰ってしまったかもしれません… なぜなら高等部のみなさんは今日まで試験だったからです。 私は中等部なので試験期間が高等部よりも短く、昨日まで試験で、今日は通常通りの授業でした。 午前中で試験が終わったゆりさんが、まだ植物園にいるかどうか…確率は五分五分といったところでしょうか? 植物園の入り口前に到着し、私は足を止めます。 まずは一度ゆっくりと深呼吸をして、そっと扉を開き中を覗きこみキョロキョロと周りを見渡しました。 中はとても静かで、色鮮やかなたくさんの花や緑の葉が生い茂る植物が私の視界にうつります。 ゆりさんの姿は見当たりません。 中に入り、いつもみんなでお茶をしている切り株の机に歩いていくと、椅子の上にゆりさんの鞄が置いてあるのを見つけました。 私は思わず嬉しくなり今までの緊張が解け、頬の筋肉が緩んでいくのがわかりました。 あれ?ゆりさんはどこにいるんでしょう? 鞄があるだけで、ゆりさんの姿はやはり見当たりません。 コッペ様がいつもの場所に佇んでいます。 なんとなくそっちに足を運んでみると── 切り株からは見えない位置に紫暗に近い黒髪が見えました。 よく見ると横には文庫本が置かれています──良かった、ゆりさんいました。 でも、なにかおかしいです。 いつものゆりさんなら私の気配に気付いて振り向いたりするんですが…全くそんな素振りがありません。 なんとなく、できるだけ気配を消しながら、ゆっくりゆっくり、ゆりさんのいる方へと近付いて行きました。 そして、私はあることに気付きました。 「……あっ!」 ビックリして思わず声が出ちゃいました。 それでも、ゆりさんは無反応です。 ゆりさんは──眠っていました。 コッペ様にもたれかかって、ゆりさんの膝の上にはシプレがいて、気持ち良さそうに眠っていました。 私はそぉーっと、ゆりさんの前に回り込み、ペタリと座りました。 目の前には憧れのゆりさんが……いつもの大人びた表情ではなく、キュアムーンライトの時のような慄然とした雰囲気でもなく… 無防備であどけない表情。 寝顔なんて初めて見ました。 わぁ…ゆりさん睫毛長いです。 髪の毛ツヤツヤしててすごくキレイです… ──触ってもいいでしょうか? 「んっ…」 無意識でした。 私はいつの間にか手を伸ばし、ゆりさんの髪に触れていました。 はっとして手を引っ込めると、ゆりさんの瞼がゆっくり開いていきました。 吸い込まれてしまいそうな瞳。 その瞳がまっすぐに私を捕えました。 「──おはようございます。ゆりさん」 「…つぼ、み?」 いつもとは違う声音で名前を呼ばれドキリとしました。 「はい、すみません。起こしてしまいましたか?」 「いえ、私の方こそごめんなさい。 ここで本を読んでいたのだけれど、少し休憩しようと思っていたらいつの間にか眠ってしまったみたいね…」 どこか、少し気まずそうに話すゆりさんが、とても可愛くて… 「いえ、ゆりさんのカワイイ寝顔を見られたのでラッキーです」 少し、いじわるしたくなっちゃいました。 「っ///」 恥ずかしさで顔を真っ赤にしたゆりさんも滅多にお目にかかれません。 「ふふっ、今日は私がゆりさんを一人占めしちゃいます」 トドメの一言を放つとゆりさんは真っ赤な顔をプイとそむけちゃいました…残念です。 「ゆりさん、隣いいですか?」 コクリと頷くのが見えたので、私は一度立ち上がり、ゆりさんの隣に移動し、再び腰を下ろしました。 「──ゆりさん、こっち向いてください?」 そう声をかけると、ゆりさんはゆっくりと、私の方を見てくれました。 さっきの私の口撃はまだ効果を残しているようで、ほっぺがほんのり紅いです。 ゆりさんは色が白いのでなおさら目立つのかもしれません。 やっぱり綺麗です 「試験、お疲れ様でした」 そう言うと、ゆりさんは一瞬キョトンとした顔をして──そんな表情も見せてくれるようになった事が嬉しくて──それからゆっくり微笑みました。 「えぇ、ありがとう」 ──とても綺麗に あぁ、やっぱり私はこの人のことが──たまらなく好きです。 どこか儚げで、 でも凜としていて、 強くて、厳しくて、 でも本当は すごく優しい ゆりさんのことが── 憧れだけじゃ… ないのかもしれません。 |