小ネタ置き場 | ナノ
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はっぴーばーすでい!

※長いです。


今は夕方に差し掛かろうとしている時間帯。
窓の外を見ると、空は薄紅色に染まろうとしているところだった。

「シュゼ。すぐにドレスに着替えて出掛けられる準備をしなさい」
「あら母さん、何故?」
「いいから。準備が終わったらすぐに降りてきてちょうだい」

今日は私の誕生日。
家族内でのお祝いパーティを何故か今年に限って昼間に済ませてしまったので、今は暇な時間でしかなくする事も特になかったので二階にある自室でぼーっと愛しのあの人の事を考えていた。
ノックして部屋に入ってきた母さんが私に着飾って出掛けられるように準備をしろといきなり言ってきたのはそんな時。
私は次はどんなキッシュを作ろうか考えていた時だったので少し驚いてしまったが、母はそんな私に気付かないのか急かすように言うとそのまま扉を閉めて一階へ降りて行ってしまった。

「変な母さんね。…ああもう、せっかく良いレシピが思い浮かびそうだったのに」

愚痴を言いつつパーティ用ドレスに着替えて髪をセットしきちんと化粧をする。
なんだかんだ文句を言いつつも、自分の誕生日に何かイベントがあるという事がとても楽しみで仕方ないのだ。
特に誕生日の日にドレスに着替えて何かをするだなんて事は生まれてこの方一度もなかった事もあって、シュゼは何があるのだろうと色々と考えながら支度を済ませた。

「こんなもんかしら」

呟いて、部屋にある全身が見れる姿見の前でくるりと回って自分の姿を確認する。

「よし、完璧ね!」

どこかおかしいところは無いかを念入りに確認し、特に問題はなかったので仕上げにお気に入りの香水の香りを身に纏う。
ふわりと優しい甘い香りに笑みがこぼれながら姿見の前で最終確認をしてから、部屋を出て一階へと降りた。


 * * *


トン、トンと軽い音を立てて階段を下りてきたのは着飾っているためいつもより大人っぽい雰囲気のシュフィアーゼ・フェイル・ヒュピエナ、愛称はシュゼ。
シュゼの母親が出してくれたお茶の残りを一気に飲み干し、座っていた椅子から腰を上げた。
階段を降りてくる途中、ここにいる自分に気がついたシュゼは驚いた顔で立ち止まって口元に両手をあてた。

「なんで?え?どういう事!?」
「ほら早く下りてきなさい。お客様に失礼でしょう」

驚いたままのシュゼに母親が声をかける。
声を掛けられてはっと我に返ったシュゼは喜びと困惑の表情のまま階段を下りてきた。
そんなシュゼがおかしくて、なんだか笑えてくる。
でもここで笑うわけにもいかないので、我慢して心の中だけで笑っておこうと思った。

「…どうしてラナさんがここにいるの?」
「姫君の御迎えに参りました」

我ながらなんだか似合わない台詞と思いつつも、現在は黒いシンプルなタキシードを身に纏っているのでそれらしい事を言いつつ跪いてシュゼの手を取りキスを落としてみる。
チラリとシュゼの様子を見てみると、照れたのか少し顔をそむけていた。

「ちょ、ちょっとラナさん。悪ふざけはよしてよ…!」
「あはは、シュゼったらかわいーの」
「もうっ…!」
「ほらほら、二人とも遊んでないで。時間は大丈夫なの?」

手を離して跪いたままシュゼを見上げて、そのまま少しいじってみるとものの見事にシュゼは反応してくれた。
軽く怒るシュゼを見て笑っていると、シュゼのお母さんが笑いながら間に入ってきて言った。
そうろそろ行かないとな、と思い壁に掛けられた時計に目をやると、ちょうどよさげな時間帯だった。

「シュゼ、行こう」
「行くって、どこに?」
「あたしらの住んでる古城だよ。では娘さんを一晩お借り致しますね」
「ええ。…シュゼ、楽しんできなさいね!」
「え?あっ、ちょ…ちょっと…!?」

立ち上がりシュゼの手を取って声をかけると、シュゼはまだ状況を理解していないため混乱状態だった。
あたしはそんなシュゼを気にせずにシュゼの母親に声をかけ、シュゼの手を少し強く握って胸元にある移動石を使用して目を閉じた。
移動石がシュゼの視界に入った瞬間、手を強く握り返してくれたので一緒に移動できたなと思った。


 * * *


「はい到着」

移動石での移動は一瞬だけで、すぐにラナさんの声がして閉じてた目を開く。
そして見えたのは見覚えのある古城の正門。
私は何回かここに来た事があるから、見た瞬間にここがラナさん達が暮らしている古城だと瞬時に理解した。

「じゃあ、行こっか…じゃなくて。…行きましょうかシュフィアーゼ様」
「えっと……ええ、行きましょうか」

気付けば移動時には手をつないでいたはずのラナさんの手が、私の手を待つように出されている。
ここまで来たらうだうだ言ってても仕方ないし、そもそもここの住人は楽しい事が大好きな人ばかりなのできっとパーティでもするのだろうか?
それならば思い切り楽しまなくてはと思い、ラナさんの手に私の手を重ねた。

ラナさんにエスコートをされて正門をくぐると、リュッツェルさんと煌羅ちゃんが育てている色とりどりの美しい薔薇の花々が私達を迎えてくれた。
薔薇の花々は夕日の明かりに照らされていて、花屋さんにある薔薇とは比べ物にならないほどにとても美しいと感じた。

そのまままっすぐ歩いて行くと、古城の入り口の大きな扉の前についた。
そしてついたと同時に大きな扉が開き、入り口にいた住人達と古城に住む妖精達、そして知らない男の人がそろってお出迎えをしてくれた。
妖精達以外は皆着飾っているが、初対面の男の人だけは何故かフードのついた黒い少しボロボロの服を着ている。
多分もしかしなくてもこの人は噂の死神上司さんなんだろうと理解できた。

「…あれ、マリスさんはいないの?」

他の人達は全員そろっているにもかかわらず、愛しの人マリスさんだけがその場にいなかった。
確かに今隣にいるタキシードのラナさんも格好良いと思えるけれども、やはり私はマリスさんが一番好きだから。
だからこそ、いない事にもすぐに気がつく事が出来た。
ただ、いなくて残念ではあるけれども皆が私の為に何かしてくれるのだ、ここでマリスさんがいないからと言ってあからさまな態度をとってしまうと申し訳ないとはわかっていても、聞かないと言う選択肢はなかった。

「シュゼ、お誕生日おめでとう……マリスは、遅れるって…」
「そうなんだ…煌羅ちゃん、教えてくれて有難うね!」

前に遊びに来た時に着ていた私服用に裾を短くしていたチャイナドレスとは違い、煌羅ちゃんは少し濃いめの緑色のチャイナドレスを着て髪も両サイドに御団子にして纏め上げていた。
そんな煌羅ちゃんの髪型を崩さないように気をつけながら頭を撫でてあげると、いつものように無表情だったけれども心なしか嬉しそうな表情に見えたような気がした。

「シュゼ、お誕生日おめでとうございます。そして来てくれて有難うございます」
「こちらこそ、招待して下さり有難うございます」

ふわりと優しく微笑むリュッツェルさんはシンプルな灰色のイブニングドレスを身に纏い、首元にはいつも通り真っ赤なリボンが結ばれている。
普段から大人のお姉さんと認識していたが、今日はいつにも増して大人のお姉さんという印象が強かった。

「シュゼ、お誕生日おめでとうっ!」
「誕生日おめでとうぅーっ!」
「ラズリちゃんとミサキちゃん。ふふ、有難う!」

ミサキちゃんはドレスを着そうだと思っていたけれども今日はラナさんのように黒いタキシードを、ラズリちゃんはお人形らしく豪華でレースがふんだんにあしらってある青色のドレスを身に纏い、二人とも素晴らしいくらいの満面の笑みで私を祝ってくれた。

「シュゼ。誕生日おめでとう」
「おめでとう、シュゼ!…あー…っと、この黒いのはヴェル様の上司」
「黒いのって何だ黒いのって…はぁ…まあいい。俺はヴェルディスの上司だ、適当に呼んでくれてかまわない。そして誕生日おめでとう」
「ふふ、有難う!…じゃあ上司さんの事は"上司さん"って呼ばせていただききますね」
「ああ」

ヴェルディスさんは普段の服装に近い薄い黒色の正装というより少しラフめな着物を、アルトさんは落ち着いた少し薄めの紫で彩られた可愛らしいお姫様のようなデザインのカクテルドレスを身に纏っている。
初対面なので上司さんとの挨拶もきちんと済ませると、ふわふわと浮いていた妖精達が近づいてきてきゅいきゅいと話しかけてきた。

「貴方達もお祝いしてくれるの?」
「きゅい」
「きゅいっ」
「有難うね」

言いたい事はなんとなくわかるけれども、言葉がわからないので一応聞いてみる。
するとそうだと言わんばかりに強く鳴き、頷くように動いた。
勿論言葉が伝わらなくても祝いたいと言う気持ちは十分なまでに伝わってきているので、彼らにも皆と変わらずお礼を言う。
すると伝わって嬉しいのか、私の周りを嬉しそうにきゅいきゅいと互いに言葉をかわしながら飛びまわり始めた。

「さて、ここでこのままというわけにもいかないので奥へ行きましょうか」

はしゃぎながら飛びまわる妖精達を見ていると、リュッツェルさんが奥へどうぞと案内をしてくれた。
勿論移動する時はラナさんのエスコート付きで。



「うわあ…すごい…!」

古城の大広間に案内されると、そこは以前来た時とは違い派手すぎず落ち着きすぎない程度に装飾がされていた。
そして真ん中の空いた部分を囲むように美味しそうな御馳走が立食できるように沢山並んだテーブルが置かれていて、壁際には座れるように椅子も並んでいた。
正面には小さな机が置かれていて、その上にはどんなものかわからないが本が一冊置いてあった。


「シュゼ、誕生日おめでとう!」

装飾や御馳走など色々な物が用意されていて凄いと思い、周りを見渡していると急に皆の声と何かの破裂音とともに花弁が舞った。
驚いて皆を見ると、私の正面に半円を描く様に立ち、皆私の斜め上に向かってクラッカーの糸を引いていた。
破裂したクラッカーから出てきたのは、色とりどりでキラキラと輝きふわふわと舞い落ちるとても綺麗な花弁達。
それは魔法で作られたものらしく、床の上に落ちると光の粒子になってそのまま消えてしまった。

「…っ…あ、有難う、皆さん…!」

あまりにも美しすぎる光景に、人生初の大掛かりなパーティ。
それらは皆の優しいお祝いの気持ちでいっぱいで、嬉しさに思わず涙が出てしまう。
が、涙が零れ落ちそうになった瞬間、その涙は一瞬で消え去ってしまった。
その事に驚いていると、アルトさんが微笑んで、メインに会う前にせっかくの化粧が落ちるぞ、と小さな声で言った。

「メイン…」

その言葉にどきりとする。
勿論この場でメインと言ったらもうあの人しかいない。
そして私の後ろで衣擦れの様な音が聞こえた次の瞬間、胸元に冷たい感触。

「誕生日おめでとう、シュゼ。それ、俺からのプレゼントな」

振り返ったらそこにいたマリスさんはラナさんやミサキちゃんとは少し違う黒いタキシードを着ていて、他の二人には無かった燕尾の部分が印象的だった。
すこし執事っぽいような服装にも思えたけれども、燕尾があるのはとてもマリスさんらしいと思う。

「!!!」

いきなりの事に私はきっと顔を真っ赤にしているのだろうなと思った。
それもそうだ、女同士とはいえ愛しのマリスさんに近くでお祝いの言葉を言ってもらえてそして誕生日プレゼントとネックレスをつけてもらえて。
振り向けばすぐそばにいつもより格好良さが物凄くアップした愛しの人がいたら。
顔を真っ赤にして、何も言えなくなったっておかしくはない事だと思う。

そんな私達の雰囲気を邪魔しないように、他の人たちはこの大広間で好きに料理を食べたり談笑したりしているようだった。
ようだった、というのは私が見えない部分にいる人もいたからだ。

そんな中、アルトさんは一人本のある机のところにいた。
マリスさんの後ろでアルトさんが置いてあった本に触れる。
するとその瞬間に本が光って中に浮きながらどこかのページが開かれて一定の高さまで浮き上がる。
そして一瞬間をおいてからどこからともなく音楽が流れ始めてきた。
結構上の方まで行ってしまったのでどんな本なのかはわからなかったが、あの本はきっと楽譜なんだろうと思う。
アルトさんは本を満足気に見ると、そのまま私の見えない部分へと行ってしまった。

「あ、あの、あの…」

結構な無言が続いてしまって焦りつつマリスさんに声をかけようとするも、なんだか今日は物凄く照れてしまって上手く顔を見て話す事ができない。
そんな私の状態を知ってか知らずかマリスさんは私に手を差し伸べて言った。

「Shall we Dance?」
「………Sure」

本当に、今日のこの人は格好良すぎると思う。
マリスさんの手をとり、曲に合わせてたどたどしく不慣れなステップを踏みながら思う。
普段のマリスさんは主にミサキちゃんに追いかけまわされたりしているへたれっぽいような感じのはずなのに。
むしろそれがあるからこそギャップで凄く格好良く見えてしまうのだろうか。

「マリスさん、卑怯です」
「なんだよ卑怯って。いきなり酷いな」
「でもそれがいいと思います」
「そっか。まあ、良い意味で受け取っておくよ」

ふっと笑うマリスさんの顔はとても美人。
だからこそ見惚れてなかなか言いたい事も言えなくなっちゃうような気がするけど。

「……誕生日プレゼント、有難うございます」
「おう」

まだ言ってなかったお礼を言うと、少し照れくさそうに笑うマリスさん。
正直照れてしまうのは私もなんだけど、今はそういうのは我慢してこのまま踊り続けていたいと思った。


 * * *


「可愛い…」

いつの間にか用意されていたパジャマに着替えてベッドの上に仰向けで寝転がる。
外したネックレスのチェーンを指先に絡めてトップを揺らす。
ゆらゆらと目の前で揺れるのは、金色の三日月と小さなお星様。


あれから踊り、休み、食べ、話を繰り返していたら日付が変わって夜も遅くなってしまった。
マリスさんとばかりいるのは他の人達に悪いし、それ以前にさすがにずっと一緒じゃ私の心臓が持たないと思ったので、他の方とおしゃべりしたり踊ったりした。
色々な事があったので、かなり思い出に残る誕生日だったと思う。


ラズリちゃんが間違えてお酒を飲んで酔っちゃったり、相変わらずなラナさんとヴェルディスさんのアルコールの有無についての言い合い。
ミサキちゃんはいつものようにマリスさんを弄ろうとはしていたみたいだけど、今日はあまり手を出さないようにしようとしていたのか近くに来た人と適当に話ながら結構食べては飲み食べては飲みを繰り返していた。

あと一人で壁ぎわに立って皆を見ていたのが気になったので何となく話し掛けてみた上司さん。
かなり飲んでいるのか、声をかけた私に一方的にヴェルディスさんの事や仕事の事についてをひたすら語りながら泣きそうになっていた。
自分から話しかけたとはいえ結構長い話になりそうだったのでどうしようかなと思った時にヴェルディスさんが気付き、すぐに上司さんの腕を掴んで遠くに引っ張っていってしまった。
遠くに行った二人を見ていると、俯く上司さんにヴェルディスさんが怒っているような感じだった。
普通は逆なんだろうけど、


他にも色々な事があったけど、きっと全部思い出していたら睡眠時間が短くなってしまう。
せっかく私の為に素敵な部屋を用意してくれたのに、あんまり眠れなくて睡眠不足になってしまいましたなんて事になったら申し訳ないにもほどがある。

「…もう2時か、早く寝ないとね」

ベッドサイドの机の上にある時計を見るともう針は2時のところに。
確か普段は7時30分には皆で朝食を食べているって事を前に聞いた事がある。
それならもう寝ないといけない、そう思い私は時計の前にネックレスを置いて布団の中に潜り込んで目を閉じた。


 * * *


現在夜中の3時、そして今いるのはシュゼのいる客室の扉の前。
今ここにいるのはわらわとラナ、煌羅の三人。
そしてそれぞれの手にはプレゼントの入った箱が9つ、マリス以外の住人7人と上司、ふーとむーからの贈り物だ。
ふーとむーはこの古城の中で何かを見つけたのか、それをプレゼントであげたいとの事でマリスにお願いして箱を用意してもらってリュッツェルに包んでもらっていた。

「……寝た、かな?」
「さっきここ来る前に窓から中覗いてみたけど寝てたよ」
「…部屋は二階だぞ」
「上の部屋から行った」
「……ラナ、さすがだね」
「ふふん、そりゃあね」

ラナの話によると、シュゼの上にある部屋の窓を開けてぶら下がりシュゼの部屋を覗いたという事らしい。
よくもまあそんな事が出来ると思ったが、普段からその被害はリュッツェルが受けているという事を思い出して心の中で溜息を吐いた。

「眠っているのならさっさと済ませた方がいいだろうな」

わらわ達のすべき事はプレゼントをシュゼに気付かれないように部屋に置いてくる事。
勿論この三人になったのは、気付かれないようにそれをできるという理由の為だ。
ラナは持ち前の素早さ故に気付かれない、煌羅は元々狩りをして生活する種族だったので気付かれないよう行動にするのはお手の物。
勿論軍人として前線に出ていたマリスもそういう事に慣れてはいるが、長けているわけではないので却下だ。
だがわらわは他の者とは違い戦いに身を預けた事は無かったのでそういった事はできないに等しい。

「いくぞ」

扉に手を当てて魔法を発動、発動から数秒後に扉が薄い紫色の防音膜で覆われる。
部屋が膜に覆われたのを感覚で理解してから手を離し、扉をゆっくりと開く。

「なんか紫の部屋って嫌だね」
「…変な、感じ」
「……。悪いがそっちはまかせたぞ」

扉の隙間からシュゼが眠っているのを確認し、中に入る。
部屋とシュゼは紫色の膜で覆われていて、膜の中は最低限の明るさを保っていた。

わらわは二人がプレゼントを部屋の机の上に運ぶのを横目に、ベッドサイドの机に置いてあるネックレスを手に取る。
愛しのマリスから貰ったネックレスが錆びたりボロボロになったりなんてしたら、シュゼは酷く悲しみ落ち込むだろうと言うのが目に見えて分かる。
そしてこのネックレスをずっと身につけ続けるだろうというのもわかる。
だからこそ、わらわの魔法でいずれ来るであろうネックレスがつけられなくなる日を回避させてあげたいと思った。
きっと駄目になったらまたマリスが新しいものをプレゼントするだろう。
けれど愛しの人からのプレゼントが駄目になって悲しむ姿をわらわは見たくない。

目を閉じネックレスに魔法をかける。
ぼろぼろにならないように、錆びたりしないように…シュゼが悲しまないようにと願いを込めて。

「お前の為を思ってやったには違いないが、これはわらわの我儘だ。勿論、お前が望むならこの魔法を解く」

机の上にどう置くか考えて色々やっている二人には聞こえないようにぼそりと呟く。
頭の中で幾重にも魔法をかけてある大切な本と本の制作者の事を思い浮かべながらネックレスを元の場所へと戻した。
きっとこのネックレスが使い物にならなくなってしまった時、わらわはシュゼ以上に悲しんでしまうのではないかと思う。
だからこそ、あの本とこのネックレスを重ねて見てしまっているのかもしれない。
遠い昔の、あの時の事を。

「アルト、終わったよ」
「…どうしたの?」
「ああ、いや…こちらも用が終わったから、早く出るぞ」

声をかけられ一瞬驚くも、二人は驚いた事すら気付く様子はなかった。
防音膜に覆われているので大丈夫ではあるが、用事も終わったので早く出ようと二人を急かす。
二人はわらわの心の内など知るはずもなく、急かされるがままに部屋を出た。
部屋を出た二人に続いてわらわも部屋を出ようとした際に、ちらりとシュゼとネックレスを見る。

「…良い夢を」

頭を軽く振って重ねて思い出したものを記憶の底に沈め、部屋を出た。

わらわは馬鹿だ。
昔の事を思い出すなんて、それを重ねて見てるなんて、馬鹿にも程がある。

二人と別れ、自室に戻ったわらわは本に入らずに部屋にあるベッドで眠りに就いた。



 * * *

終わりが見えないのでこっちにup。
続きが書けたら小説置き場にに移動予定。

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執筆:2012/08/01

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