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追憶

人は時間が経てば経つほど記憶が曖昧になっていくと言うが、それは誰もがなる事だと思う。

忘れる事、忘れられる事に恐怖するのもそうだ。
例え記憶力が他人より良くともそれは完全ではないのだから、いつか必ず忘れてしまうだろう。

もちろん寿命の短い人間ならば死ぬまでに忘れない事も多々あるだろう。
しかし何百年も生き続ける種族の物となると話は変わる。
どんなに記憶に深く刻まれようとも、やはり長々と生きていれば徐々に薄れてきてしまう。


あの人に出会ってから、どれだけの月日が流れたのだろうか。
大切な本の裏表紙を捲れば、作成された年月が著者の名前と共に書かれている。

「ーー163年、か…」
本の著者はそれから数年後に亡くなっているため、あれから500年は経っているという事になる。
そう考えれば、所々薄れてきている記憶があるのはおかしくもないか、と自嘲気味に笑う。

「もう、そんなに経っているのか」

魔法により劣化しなくなった本を抱きしめ、溜息交じりに一人ごちる。
どうりで最近思い出せない事が多くなってきているわけだ、と思えば目頭が熱くなってきた。

天井を仰ぎ目を閉じ、想い人の姿を思い浮かべる。
そして好きだった声を思い出し、本を抱きしめる力が強くなる。

ーーーーまだ、思い出せる、残っている。

既に一部の記憶には霧がかかってしまい思い出すことができなくなっている。
その霧は徐々に範囲を広め、深くなっていっている。
きっといつかはこの顔も声も思い出せなくなってしまうのだろう。
その時、自分は想い人の事をまだ想い続けていられるのだろうか?
考えれば考える程心の痛みは強さを増し、息ができなくなってくる。
無情にも過ぎていくこの時間を、今すぐ止めてしまいたくなる。

しかしそう思うのも今更だと、かぶりを振る。
こうなる事は最初から分かっていた、そもそも種族が違うのだから。
これは当たり前の事なんだーーーーそう、自分に言い聞かせる。

自分で決めて、その道を進んだんだ。
遠い昔に秘術を使用した時点で、覚悟は決めていたんだから。

「これくらいで泣いていたら、"次"が思いやられるな」

ぐいと袖で瞼を擦り、ニヤリと笑う。
そうだ、こんな事でくじけていたら次が耐えられない。
何より想い人に笑われてしまう、子供だなとまた言われてしまう。
子供に思われるのは勘弁だな、と呟き扉を開けて自室を出る。

そうだ、"次"の事はまだ考えなくてもいいーー

そろそろ夕食の時間だろう。
本を優しく抱えながら、楽しい記憶を増やしてくれる仲間達がいるであろう場所へと足を進めた。


 * * *

現在はフォウト歴673年。
秘術は寿命延長の魔法。

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執筆:2015/07/12

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