小ネタ置き場 | ナノ
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毒薬に優しさを込めて

※若干死ネタっぽいの有?



一部の者を除き、皆寝静まったであろう時間。
魔王城最上階に位置するプリチリテルの部屋のテーブルの上では、キャンドルに灯った小さな炎が揺らめいている。
城の主でありその部屋の主であるプリチリテルは部屋のベッドの上で蹲り、お気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめながら揺らめく炎を寂しそうに見つめている。
マントは邪魔だからと部屋に戻ってきた時に外し、椅子にかけてある。

ふとプリチリテルが気付けば、もうそのキャンドルの半分が溶けている。
どれくらい経ったのか気にはなったが時計を見る気にはならなかった。

「…リ・ゲイル」
加減をして風魔法を唱えると、キャンドルの炎が一瞬にして消えた。
カタンとキャンドルが受け皿の中で動いた音がした気がしたが、プリチリテルは全く気にしなかった。

真っ暗な部屋の中、一人きり。
プリチリテルは抱きしめていたぬいぐるみを横に置くと唐突に摘まんだものを持ち上げてそれを振るような動作をした。
すると何も持っていないはずのプリチリテルの手元から唐突にベルの音がする。
音が聞こえたのを確認するとプリチリテルは手を下ろし、ベッドの淵に腰をかけて無表情で正面を見る。
数秒の後に何もない目の前の空間が歪み、一瞬にしてその場に見知った者の姿が出てきた。

「如何されましたか、プリチリテル様」
「ああ…邪魔しちゃってごめんね」
「いえ、問題ありませんのでお気になさらずに」

プリチリテルの目の前で跪くナイトメアは、普段のドレスとは違い少しラフな服装の上に白衣を着ていつものとは違う手袋をしていた。
ナイトメアは何か薬でも作っていたのだろうと考えたが、プリチリテルは特に気にする事もなく話を続けた。

「その薬の期限は?」
「まだです。少なくなってきたのに気づいたため作っていただけですので」
「そう。……ああ、今薬の時間止めたから、気にしなくて大丈夫だよ」
「有難うございます」

話し途中に唐突に手を叩いたプリチリテルを見て、ナイトメアはぎこちなく笑い礼を言った。
笑わないわけではないが、どうしても笑うという事が苦手なナイトメア。
その事を言っているプリチリテルは、ナイトメアのぎこちない笑みに対していつもより控えめの笑みを返した。

「あの…プリチリテル様。何か、あったのですか…?」
控えめに笑うプリチリテルを見て、ナイトメアは心配そうに問いかけた。
そして問いかけた瞬間、プリチリテルがびくりと肩を震わせた。

「…」
「無理に聞き出そうとはしません。ですが私でも宜しいのでしたら、プリチリテル様のお力になりたいです」
「……。…じゃあ、昔の話でもしようか」
「昔の話、ですか…?」
「そ。私達が出会った時の事とか」
「…プリチリテル様に初めてお会いした時、私は一人きりでしたね」
「ああ…一人山奥で死のうとしてたね」

プリチリテルはその時の事を思い出す。



結界の張られた山奥にて深い霧のせいで見えない星空を辛そうに見上げる夢魔の姿。
その姿があまりにも悲しく思えたので、魔王の身を守るべくついてきていた部下達をその場に待機させて魔王は一人で夢魔の元へと足を進めた。

夢魔は魔王の存在に気付いていたが、それを気にする事無く霧で見えない空を眺めていた。

「何も見えないよ」
魔王も空を見上げて、言った。
それは夢魔に対して言ったのか、独り言なのか。

「死ぬ者に光はいらない」
夢魔は自嘲気味に笑い、魔王の言葉に答えた。
そして手に持つ小瓶の蓋を開けてそれを一滴も残さず飲みほした。

夢魔は、目を閉じる。
これで全てが終わると信じて、小瓶を手にしたまま祈るように手を組んでその場に跪いた。
夢魔が飲んだのは自らが作りだした劇薬で、それはすぐに自らの命の灯を消し去ってくれる物だった。


唐突に突風が吹いた。
終わりを待つ夢魔の紫色の髪が乱れ、夢魔は目を開く。
そして夢魔が目にしたのは、暗闇を照らす美しい宝石達。

終わりを前に、こんなにも美しい物を見る事が出来て良かった。

夢魔は地面に視線を落としてから再び目を閉じようとして、再び開いた。


「ねえ。悪いけど、死なせないよ」


くい、と顎に手をかけられて強制的に上を向かされ目の前の魔王と初めて目があう。
肌を触れられて不安に思ったが、触れられた部分に布の感触があるとわかり夢魔は安心した。
そして、夢魔を光が包んだ。

「何故」
「魔王のあたしに逆らう事は許されない」

幼い顔をした魔王は夢魔の体の毒を消した。
そして夢魔に告げた、自らが絶対の存在だと。
告げられて夢魔は理解した、この方に逆らってはいけないと。
まだ幼い子供だけれども、目の前に立つ者の持つ力が魔王に逆らうなと、そう言っている。
けれども夢魔は譲れなかった、決意した気持ちが魔王を拒んだ。

「私は今死ななければいけない。例え貴方の命令であっても、生きるのは許されない」
「そこまでして死にたいの?」
「夢魔の存在は、あってはならない。自他共に害しかない夢魔は消えるべきだ。夢魔がいなくなる、それが私達の望みであり願いである」
「他の夢魔は死んだっていうの。そんな事の為に」
「なんとでも。馬鹿にされたとしても、私達の望みが叶うならそれでいい」
「じゃあ貴方が最後の夢魔って事?…ふーん」
「例え邪魔をされても、私は死ぬ。薬なんて幾らでも作れるのだから」

上を向かされたまま、抵抗する事無く淡々と話を続ける夢魔。

「死なせないって、言ったよね。聞いてた?」
「何をされても死ぬ。毒を禁じられたならば舌を噛み切ればいい。噛み切る事を禁じられたなら何も口にしなければ良い。方法なんて、幾らでも」
「そう言うなら、こっちだって死なせない方法なんて幾らでも。でも無理やりっていうのは好きじゃない」

わざとらしく魔王は溜息を吐いて見せたが、夢魔は気にする素振りも見せない。
魔王は苛立ちを感じたが、口にした通り無理やりというのは好かないので八つ当たりはしなかった。

「…どうしてそんなにも死なせたくないの」

夢魔の瞳が一瞬揺れたのを見逃さなかった魔王は心の中で笑い、夢魔の顎から手を離した。

「だって、貴方が必要だから」
「……薬くらい誰でも作れる。私を必要だと言う意味がわからない。私は不要な存在」
「世界中を探しても、貴方以上の薬剤師は見つからない」
「死なないと、希望のために死んでいった夢魔達はどうなるの」
「希望の為に生きる夢魔がいてもおかしくないよ。ナイトメア・ハニー」

名前を呼ばれて動揺する夢魔をよそに、少しくしゃくしゃになった紙切れを取りだし広げて読み上げた。
魔王が紙に書かれた言葉を読み上げると、夢魔は涙を流した。
涙を流す夢魔の手から、小瓶が零れ落ちる。
コロコロと転がる小瓶は魔王の足元へと転がっていき、コツンと魔王のブーツにぶつかり動きを止めた。


"死というものは、生ける者全てに訪れる。
夢魔の総意は死ぬ事だけれども、いつ死ぬかなんて誰も決めていない。
それに死ぬ事に希望を持つ者がいれば、生きる事に希望を持つ者がいたっておかしくはないでしょう?
この手紙を読んでいる頃には貴方に手を差し出す人がいるはず。
差し出された手を取るのは悪い事ではないし、手を取っても誰も文句を言わないわ。
手紙を読んでどう思うのも自由だけれども、私は夢魔ではなく母として貴方に生きてほしいと願うわ。
こんな事を言われたら、貴方は困ってしまうでしょうね。けれど夢魔としてではなく、ただのナイトメアとして選んでほしいの。
自分勝手な願いを押し付けてしまうような母でごめんなさい。
追伸:貴方の薬は最高だわ。勿論良い意味で、よ。"


「この手紙を、どこで?」
「貴方の事を探してるって言ったら居場所教える代わりに渡してほしいって言われた」
「私は…」

手紙の内容を読み上げた魔王は動揺する夢魔に手紙を渡す。
直筆の手紙を見て夢魔は確信した、それが母が書いたものだと。

「さあ、それを見て貴方はどうするの?」

魔王が問えば夢魔は手紙から魔王の顔へと視線を上げた。
夢魔の目を見て、魔王は笑う。

「…もう決まってるんでしょ?」

笑いながら魔王は小瓶を拾い上げ、それを手のひらに乗せる。
すると乗せた瞬間、小瓶はぱあんと音を上げて粉々になってしまった。
魔王の手のひらで唐突に割れた小瓶を見て夢魔は一瞬びくりとするが、それよりも手のひらの赤色に目がいった。
魔王は気にする素振りを全く見せないが、先ほどの小瓶の破片で手を切っていたようだ。

「手が…」
「手?ああ、これくらいなんともないよ」

手当てをしなければと思ったところで夢魔ははっとした。
魔王が割った小瓶は猛毒の液体が入っていた物。
それで手を切ったなら傷口から液が入り込んでしまった可能性が高い。

「毒が傷から入ってるかもしれない、早く手当てを…っ!」
「手当てなんてさせないよ。手当てしたいなら、うちにおいで」
「くっ…」

手当てをしようと魔王の手を取ろうとした瞬間、魔王を覆う何かによって弾かれてしまう。
弾かれた手を押さえながら、夢魔は必死に考える。
急いで結論を出さなければ魔王は死んでしまう。


「わかった、だから早く手当てを!」
優しい夢魔に、死を選ぶことはできなかった。

「ここでできるの?」
「ええ、すぐに」

夢魔が魔王の手のひらの上に手をかざすと、優しい光が魔王の手を包み込む。
魔王が心地よさに身を委ねていると、優しい光は怪我を治して入り込んだ毒を吸い取った。
そして光は魔王の手を離れると、雫となって土に落ちて消えてしまった。
魔王が光の雫が土に消えた部分をじっと見ていると、夢魔が心配そうに声をかけてきた。

「もう、大丈夫なはず」
「そうだね、有難う」

地面から顔を上げ、先ほどまで怪我をしていた手を見る。
元々怪我なんてしていなかったかのように綺麗さっぱり傷が無くなっているのを見て、魔王は満足気に笑う。
そんな魔王を見て夢魔は一瞬安心した表情を見せるが、すぐにまた不安そうな表情へと戻ってしまった。
それに気付いた魔王は首をかしげて夢魔を見た。

「何か問題でもあるの?」
「勢いで同行を許可してしまったけど、私は能力の問題がある。…どう考えても一緒には行けない」

夢魔は手袋をはめたまま手を見る。
触れられたくなくてはめた手袋に、なるべく素肌を見せないようにと選んだ裾の長いドレス、そしてブーツ。
傍にいればその人に悪夢を見せてしまうので仲間以外がいる場所へは行かなかった。
夢魔は存在するだけで同族以外を苦しめてしまう、だからこそせめて他の苦しみからは救ってあげたいと願い薬の生成をするようになった。

「薬ならすぐに届けられるようにする…だから、私はここに―――」
「嫌だね。大体、そんなんあたしの魔法でどうにかしちゃえばいいんだし」
「…能力を無効化させる事なんて、できない。できるなら夢魔は苦しむこともなかった」
「周りに合わせられないなら、周りが合わせてくれればいいよね」
「そんなの…暴挙にも程がある」
「あたしは魔王だもん、だからどうにかできちゃうんだもんね!」

魔王は不敵な笑みを浮かべて魔法の詠唱を始めた。
夢魔はそれを何をするでもなく、ただじっと見ていた。
夢魔は魔王が何を言っているのか気になったが、声が小さかったので夢魔には詠唱の言葉は聞き取ることができなかった。

「―――はい、これで夢魔の効果の軽減とうちの仲間達の夢魔の能力による耐性がついたよ。でも周りにだけだから、触れた時の効果はバッチリ出るよ」
「効果範囲は」
「城内なら大体問題ないよ。城外に用があるなら言ってくれればどうにかしてあげる。…あくまで軽減と耐性だけだから、それは忘れないでね」



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リチィの寂しさについて書く予定が気付けば出会いの話に。
でも何だかんだ気に入ってるので続きが書け次第小説置き場に移動予定です。

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執筆:2012/09/?

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