月の少女 | ナノ
Original - n
3

「エリーネ」

ふわりと浮かぶは白い世界。
エリーネは、まるで水の上に浮かんでいるような感じがした。
ひんやりと冷たい感覚もしてなんだか気持ちいい。
誰かが呼んでいるような気がするが、心地の良い感覚のするこの不思議な世界にまだいたいとエリーネは思った。

「エリーネ」

"ウルサイ、私ハマダココニイタインダ"

また誰かの声が聞こえた。
聞こえてくる声は、自分をこの世界から引きずり出そうとしているような感じがして、心の中でその声にこたえた。

「エリーネ!」

声が怒鳴り声になった瞬間、ふわりと浮いていたエリーネは不思議な世界に沈んだ。
水の上に浮いていたはずが、ごぽりと急に沈み溺れた。
世界が荒れて、全身にひやりとした感覚。
荒い波にのまれて水圧で動けないうえに、息苦しさに耐えられなくなってきた。


「エリーネ!!いい加減に起きろ!」
「冷たっ!!」

エリーネが目覚めた瞬間に世界は消え、それと同時にパキンと音がして全身を包んでいた魔法でつくられた氷がはじけ飛んで消えた。
うっすらと目を開き、見えたのは自分と同じ髪色で短髪の青年。

「お、やっと起きたか」
「…クルス兄さん?」
「お前がなかなか起きてこないから起こしに来たんだぞ?」

エリーネが起きたのを確認すると、クルスは部屋のカーテンを開け、窓を開いた。
クルスを横目に見てゆっくりと自室のベッドから起き上がるエリーネは、ぼんやりとする頭の中で記憶をたどっていた。

昨日は夢を見た。
エリーに会い、夜中に目覚めて外に行き、その後に…

そこまで思いだしてはっとして左目をおさえた。
自分は悪魔に何かをされたという事を思い出し、寝起きのだるさが一気に飛んだ。
エリーネは自分を心配そうに見ているクルスを気にせずに部屋にある壁掛け鏡の前へ駆け寄って、ゆっくりと左目を覆う手をどけた。

「っ!!?」
「…エリーネ?」

クルスがいつもと様子の違うエリーネを気にして声をかけるが、その声はエリーネの耳には入らなかった。
鏡の前で言葉を失っているエリーネが心配になり、どうしたのかと思いエリーネの後ろから鏡を覗き込んだ。

「お前…それ、どう――」
「っ!!が、眼帯…眼帯とって来い!!!」
「お、おう!!」

鏡を覗き込み、驚くクルス。
鏡に映っていたエリーネの左目はいつもの青い瞳ではなかった。
エリーネの青い瞳の中に、黄色い丸いものが刻みこまれていた。

「っ、見られた…」

クルスに見られた事に焦り慌てて部屋から出て行かせたが、口の軽い兄の事だからきっと両親にもバレてしまったに違いない。
エリーのいない普通の夢もたまに見るので夜中の出来事も夢だと思いたかったが、鏡に映る自分を見てエリーネはこれが夢でなく本当にあった事なんだと改めて自覚した。
そしてふと頭の中で再生される悪魔の言葉。

"お前の満月はあの月のように綺麗だぞ"
"印を刻んだ人間をすぐに殺すわけがないだろう"
"オレはいつでもお前を見ているぞ、エリーネ・ハリス"

自分の瞳に刻まれた"月"は何かの"印"であり、自分はあの悪魔にどこかから"見られている"という事か、と考えてエリーネは溜息をついた。
自分はタチの悪いストーカーに消えない印をつけられてしまった、と考えて情けなくなってしまった。
師匠の元で修行して、魔法も覚え街の周辺の魔物も余裕で倒せるようになっていたからか油断をしていたようだ。
そこまで考えて、エリーネは調子に乗って夜中に家を抜け出していた自分の愚かさを呪いたくなった。


「…エリーネ」

エリーネがどんどんネガティブになっていっている時に、ドアの開く音がして少し控えめなクルスの声が聞こえた。
はっとして左目を手で覆いそちらを向くと、無言で白い綺麗な眼帯が差し出された。

「……有難う」

ドアが閉まる音を聞いてから覆う手を外し、エリーネはクルスに背を向けて左目を隠すように眼帯をした。
眼帯をしてクルスの方を向き椅子に座ったエリーネを見て、何を言っていいのか、理由を聞くべきなのかわからず、何も言えずにクルスは椅子に座った。
そんな兄を見て、見られてしまった以上は話さなくてはいけないか、けれど迷惑がかかってしまうから話すべきではないか、話すか話さないかでエリーネは迷っていた。


「…母さんと父さんの、反応は」
「え?」
「言ったんだろう?反応は、どうだったんだ」
「……反応?」

あまり大きな問題にはしたくなかったのに。
小さな机を挟んで正面に座ったクルスをじっと見る。
エリーネは唇を噛み、後悔に押しつぶされそうになるのに耐えていた。
エリーネの両親はとても真面目で曲がった事が大嫌いだった。
だからこそ、夜中抜け出したりしている事等親に見つかりたくない事は、今まで影でこっそりとやってきていた。
正直、見つかっても怒られるだけで済むのだろうと思っていたが、今回の事は絶対に怒られるだけでは済まないだろうとエリーネは思った。

「そう。早く、言え」
「……別に、何とも」
「…本当にか?一体何て話したんだ?」
「え、何も言ってないけど」

クルスはいつものようにすでに両親に話しているかと思いこんでいたためなかなか話そうとしないクルスにイラついていたエリーネだったが、クルスが話していないと言うと驚いたが、すぐに怪しい、何か企んでいるのではないかと思ってしまった。
けれどクルスの顔を見てみれば、嘘をついていない顔。
クルスが嘘をついていれば必ず顔に出るため嘘か本当かは顔を見ればすぐにわかる。
それがわかり、不安な部分はまだまだあるけれどもエリーネは少しだけ安心する事ができた。

「…そう、か」

再び沈黙がその場を支配する。
一人くらい安心して話した方がいいのかと思ったが、兄の事だから今回は平気でもいつか必ずボロを出して嘘がバレてしまうに違いない。
しかし、今正直に話すのとその時に言うのでは絶対に反応も変わるだろう。
それだけでなく、自分以外の人に迷惑がどれくらいかかるのかも変わってくる。
話すのはやはり今の方がいいだろうとエリーネは覚悟を決めた。


「よぉ、見ていて物凄くイライラするからこのオレが直々に説明してやろうかと思い来てやったぞ」
「っ、貴様!!」

エリーネが話そうと口を開いた瞬間、エリーネの瞳に"月"を刻んだ悪魔が羽根をはばたかせ、開かれた部屋の窓から入ってきた。
クルスはいきなりの事で椅子に座ったまま驚いていたが、エリーネは座っていた椅子が倒れる程の勢いで立ち上がり、何があってもいいようにぐっと手を握り締めて両腕を前に出し構えた。

「そこにいるのはクルス・ハリスか」

悪魔はゆっくりと床に足をつけると羽根をたたんでマントの中に隠し、構えるエリーネを気にする事無くクルスを見た。
明るい所で見る悪魔は昨夜とは違い、光で顔もハッキリと見る事が出来た。
青色のショートヘアーに尖った耳、そして右耳にはピアスが一つついている。
服装は鎖がついている首輪の様なものに昨夜とは違う黒いマント、中の服やブーツは旅人の様な簡素なものだ。
けれどもやはり悪魔だからなのか、普通の人とは違って裾を折ってあげられたズボンとブーツにはいばらが巻きつけられていた。
話し方は大人だけれども改めて見る顔は意外と幼く、身長的にも悪魔が子供に見えて仕方がなかった。
見た目には騙されてはいけない、とエリーネはクルスを見ている悪魔を睨む。

「何で俺の名前を…?」
「クルス兄さん、奴は…私の目の原因で、悪質なストーカーだ!」
「す、ストーカー!?」
「貴様っ…この俺をストーカーなどというものと一緒にするな!!」

エリーネは悪魔を睨みつけながら、いきなりの事に戸惑うクルスに状況を理解させようと悪魔の事を簡潔に伝えた。
だがエリーネが言った"ストーカー"という一言で、悪魔が自分の家に来たという状況でいっぱいだったクルスの頭は余計に回らなくなってしまった。
"ストーカー"と言いきり悪魔を睨みつけるエリーネもわけがわからなくなりかけていたが、肩で息をしながらも冷静に振舞おうと精一杯だった。
渦中の悪魔はと言えば、自分の事がストーカー等と呼ばれるとは全く考えていなかったのか驚きと戸惑いとストーカー扱いされた悲しみと怒りでいっぱいいっぱいになっていた。

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2010/07/01:3ページ途中まで公開

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