滑らかに流れる伸びっぱなしの漆黒の髪。すらりと長い手足に女子に持て囃される容姿。長身のそいつを無意識に目で追い掛けるレギュラスの表情は、まるで恋する乙女だ。当の本人は全く気付いていない。―――気付くはずがない。
「レギュラス」
「え……あぁ、なに?」
振り返ったレギュラスのつぶらな瞳が俺を捉えた。蒼灰色の透き通った双眸は、はっと息を飲むほどに美しい。あの男に奪われていた綺麗な瞳が、今、俺を映している。彼の視界に、俺だけの姿が映っている。ただそれだけで、どうしようもなく胸が弾む。
「次の授業、始まるぞ」
「え……もうそんな時間?」
「あぁ、あと5分だ」
「嘘っ!早く行かなきゃ!」
俺の言葉に慌てたレギュラスは、残っていたミートローフを頬張りスープで流し込む。ひどく焦っていレせいで、口の端についたパンくずに気が付かない。俺は笑いながら彼に手を伸ばす。
「レギュラス、パンついてる」
「わ、本当に?」
「あぁ」
目をぱちくりとさせるレギュラスの柔らかな頬に俺の指が触れる。パンくずをそっと摘まんでやると、陶磁のような白い肌がうっすら薄紅に染まる。その表情をもっと見てみたくて、摘んだそれをレギュラスが見ている前で口に放り込んだ。たちまち真っ赤になるレギュラス。あぁ、なんて可愛いんだろう。
「なっ―――、バーティ…ッ!」
「なに?」
「なに、じゃなくて!いま、何したんだよっ」
「パン食っただけだけど?」
へらへらと笑いながら惚けてみせると、レギュラスはようやく自分がからかわれていることに気付いたらしい。キッと強く睨み上げてくるが、真っ赤な顔では迫力などは皆無に等しい。というかそれ、ただ可愛いだけだぞ?
「〜〜っ!……バーティ、きみは僕をからかうのを趣味にしてるだろう」
「別にからかってないさ」
「からかってる!その趣味の悪い行いを今すぐにやめるべきだ」
「悪趣味なんてひどい言い草だな。別にいいだろ」
「あっ、いま認めたね!?」
「……あぁ、もう3分前だな」
「う、嘘…っ!」
「大マジ」
「あぁもう!バーティに付き合ってたせいだ…!」
「俺だけのせいにすんなよ。パンつけてた間抜けはお前だろ?」
「ぐ、っ……」
悔しげに端正な顔を歪める、それすらも可愛くて仕方がない。滑らかな黒髪をわざとぐしゃぐしゃと掻き回すとたちまち悲鳴が上がる。それを無視してそのまま荒らしてやると、美少年が台無しな爆発したような髪になってしまう。怒りにぶるぶると震えるレギュラスの表情は、見るからに引き攣っていた。
「ほらレギュラス、行くぞ!」
そそくさと駆け出してちらりと振り返れば、レギュラスは怒った表情で俺を睨みつけている。滅多に見れない本気で怒った彼の顔はなかなかの迫力だ。
「ちなみに次は占い学だぞ!教室まで辿り着けるか?」
「っ…、バーティ!あまり舐めないでよ!僕はスリザリンのシーカーだ!」
「あぁそうだった!シーカーさんなら余裕で間に合うよなぁ?」
ニヤニヤ笑いを隠しもせずに尋ねてやると、レギュラスは拳を強く握り締めて走り出した。こうなれば、負けず嫌いのレギュラスは何があっても諦めない。
「当たり前だ!」
「ははっ、それなら早く追いついてみろよ!さっさとしないと置いていくからなっ」
大広間を飛び出した俺は全力で廊下を駆け抜ける。後ろから聴こえるレギュラスの忙しない靴音が耳に心地いい。ふと、前方に赤いフードのローブが目に入る。忌々しい赤の色は、視界に入るだけでひどく不快な気分にさせられる。俺は速度を上げると、そのままグリフィンドール生4人組を追い抜いた。瞬間、4人分の視線が痛いほどに突き刺さる。高揚感が俺の身体を駆け抜ける。あぁ、いい気分だ。
「レギュラス、早くしろよ!」
振り返りながら長身の男の表情を窺う。黒髪の男は、鋭い濃灰色の双眸で俺を強く睨みつけた。不機嫌剥き出しなその瞳には、妬みと不快感がありありと浮かんでいて思わず笑みが零れる。この上ないほどの優越感が俺を満たしていく。
「……っ待って、バーティ!」
焦燥の入り混じった声が耳に届く。その声に僅かな戸惑いが入り混じっていることに気付かない俺ではなかった。レギュラスは、奴を追い抜く時に一体どんな表情を浮かべるのだろう。そう考えただけで、仄暗い喜びが腹の底から込み上げてくる。
あぁレギュラス、お前が苦しむのを喜ぶような奴でごめんな。だけどお前の瞳に映してもらうためなら、俺はなんだってする。―――そんな愛し方しかできないから。
(独占欲はどろどろと)
end.