近付く睦月の足音

※年賀文


呼び出された部屋の扉を開けた先で親友2人が頬を染めて見詰め合っていたらどうするべきか?答えは簡単だ。見なかった振りをすればいい。僕は何も見ていない。見ていない。見ていない。見たとしてもそっとしておこう。そうだ、記憶を消去してしまえばいい。それならば忘却呪文があった。あれが手っ取り早くて確実だろう。僕は扉を閉じながら杖を自分の頭に向けた。さぁ後は呪文を唱えるのみだ。

「オブリビエぶふっ!」

身体に重たい衝撃。暗転。眼鏡が吹っ飛んだ。そうして後頭部に半端じゃない痛みを感じて悶絶した。痛い。超絶痛い。頭が割れそうとはすなわちこういう状態のことなんだろう。

「〜〜ッ、痛ってぇ…!」

痛みの持続する頭で薄く目を開くと生理的な涙で滲んだ視界にぼやけた大きな黒い塊。

「……?」

首を傾げてそれを鷲掴みにするとキャンっという悲鳴が聞こえた。と思えば思いっきり手に噛みつかれて僕はまた痛みに涙を浮かべた。

「痛い!ちょ、痛いってば!」

絶叫しながら身体を無理矢理起こして怒鳴ると、溢れた涙が頬を伝って流れ、視界が幾分かましになった。未だにぼやけたままのそこに映っていたのは紛れもなく漆黒の毛をした犬だった。

「…………」
「…………」
「―――…シリウス?」

また噛みつかれて悲鳴を上げた。肯定するなら元の姿に戻ってくれ。いちいち噛みつかれていたら僕の手は使い物にならなくなってしまう。そう糾弾すると犬はしぶしぶといったように僕の身体から降りて部屋に戻っていった。僕は安堵の息を吐いて犬の毛やら埃をはたきながら立ち上がって部屋を覗き込む。そこには麗しい美青年ととろんとした目でソファーに寝転がる青年が。

「痛かったよ、シリウス」
「うるせぇ。お前が自分に忘却呪文なんてとち狂ったことをしようとしたから親友として止めてやったんだろうが。寧ろ感謝しろ」
「いや、あんなの見たら誰だって忘却呪文の1つもやりたくなるって…しかもあんなに噛みつかれて感謝なんか出来ないし」
「……ジェームズ、あのな、今のあれは「しりうすぅーっ」
「……………」

シリウスが何かを言いかけた瞬間、遮るように甘い声が飛んできて、それはキャラメル色の髪の青年のものだと分かった。それにしても実に甘ったるい声だった。

「……はぁ……」

深い溜息を吐いて、シリウスはリーマスの元へ向かう。今日のリーマスはどうしたというのか。いつもの彼ならば呆れたように苦笑しているのに。

「リーマスは間違ってシェリー酒を飲んじゃったんだよ」

背後から幼い声が聞こえて振り返ると、頭2つ分ほど低い位置にミルクティ色の髪の少年がいた。

「あぁピーター、居たのか」
「なっ…居たよ!」
「あははごめんごめんあんまり影薄いから気付かなかった」
「ひどいよジェームズ……」
「ていうか何だって?リーマスは酔ってるのか?しかもシェリー酒で?シェリー酒でか?」
「なんで2回……そうだよ、シリウスが自分の家からご馳走を盗んでこいって屋敷しもべ妖精に命令したんだけど、奴はそれが気に食わなかったらしくてジュースにシェリー酒を一本紛れ込ませていたみたいなんだ」
「あぁ、クリーチャーか。あいつはシリウス大嫌いだからなぁ。弟くんのことは大好きみたいだけど。レギュラスだっけ」
「そうそう、クリーチャーだよ。まぁでもシェリー酒にははっきりと酒って表記されてたから、多分いくらシリウスでも分かるだろうと思って紛れ込ませたんだろうけど、ね……」
「……いくらシリウスでも、ね」
「……うん」
「クリーチャーの予想すら裏切って、しかも自分じゃなくて友人にシェリー酒を飲ませて泥酔するまで気付かないなんて……シリウス、流石だ……」
「そうだね、流石だね」

最早、ある種の感嘆の域に達していると2人で頷いているとシリウスの困りきった声に呼ばれて顔を見合わせた。

「おいお前ら!俺だけじゃ手ぇつけらんねーから手伝え!」
「えーっだってシリウスがクリーチャーに無理矢理命令なんかしたせいでこうなったんだろ。あと君が酒の表記に気付かなかったせいで。自業自得じゃないか」
「っ、ワームテールお前…!」
「ひぇっ」
「あーほら八つ当たりするし」
「し、仕方ねぇだろ、本当に気付かなかったんだから!」
「開き直っちゃったよ」
「開き直っちゃったね」
「あーもういいからこっち来て手伝え!全部俺の自業自得だから!俺が悪いから!」
「そうだね、シリウスが馬鹿犬なのが悪いもんね」
「犬は関係ねぇだろうがっ!」
「ふふっ」
「笑うなワームテール」

シリウスに咎められてまたびくりと肩を揺らしたピーターに笑って僕は真っ赤になったシリウスと鳶色の瞳を蕩けさせてふにゃりと笑みを浮かべているリーマスの元へ向かう。必要の部屋でのニューイヤーパーティは今年も楽しくなりそうだ。


(僕らの冬はまだまだこれから)



end.




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