せいなるよるのやくそく

※クリスマス


「出来たわっ!」

嬉しそうに弾んだ声を上げて振り返った彼女は喜色満面という言葉がぴったりな笑顔を浮かべていた。

「ねぇセブ、出来たわよ!」

得意げな彼女の方を見遣ると、そこにはふわふわの雪のように真っ白な生クリームとたくさんの鮮やかでみずみずしいフルーツで盛り付けられた1ホールのケーキがあった。蛍光灯の光がフルーツを照らし出して、それはもう宝石のように輝いていた。

「綺麗……だね、」

言葉に詰まり、僕がやっとそう呟くとリリーはふふっと笑みを零した。そのうつくしさに見蕩れる。

「セブ、びっくりしてるの?」
「だ、だってリリーが出来るまでこっちを見ないでって言ったから…まさかケーキなんて…」
「ふふ、だって今日はクリスマスですもの。当たり前よ」
「クリスマス……」
「そうよセブ、忘れてたの?」
「―――……うん」

頷くと、リリーは目を丸くして驚いた。

「忘れてた、の?」
「……僕の家には、リリーのお家みたいにクリスマスとかハロウィンを祝う習慣なんてものは、無いから」

思った以上に低く、陰鬱な声が出てしまってまるで幸せな彼女の家庭を妬んでいるようだった。慌ててリリーを横目で見ると

「……、っ」

彼女はひどく傷ついた表情で僕を見詰めていた。綺麗な顔を歪めた彼女に驚いて椅子から飛び降りて駆け寄ると、リリーはごめんなさいとちいさく呟いて僕のサスペンダーをぎゅっと握り締めた。

「どうして君がそんな顔を……どうして謝ったりするんだ……」
「だって私、無神経だったわ」
「そんな……僕の家庭が特殊なだけだ、君の家は普通の家庭なんだからそんな」
「でも…!」
「っ、」
「でもセブには『普通の家庭』が無いのに…、それなのに私はなんて無神経なことを」
「……リリー」
「ごめん、なさい」
「謝らないで……」
「……っぅ、」
「泣かないで……リリー……」

震える肩にそっと手を置くと、彼女が胸に飛び込んできて心臓が跳ねた。あぁ駄目だよリリー、こんなところをペチュニアやポッターに見られたらどうするんだ。受け止めた彼女の身体は柔らかくて暖かくて、だけれどこれが彼女を抱き締めることの出来る最初で最後のような予感がして胸がつきりと痛んだ。ただの予感だというのに。


×


しばらくして、ようやく顔を上げたリリーはすこし恥ずかしそうにはにかんでいた。

「ごめんなさい、セブ」
「……気にしないで」
「私が泣いてどうするの……」

情けないわね、と苦笑した彼女はしかし、すぐに柔らかい笑顔でケーキに向き合った。

「さてセブ、あとはチョコレートをトッピングするだけよ」
「チョコレート?」
「えぇ、この板チョコにアイシングで文字を書いて飾るの」
「へぇ……なんて書くの?」
「もちろん、メリークリスマスって書くのよ」
「ふぅん…」
「貴方が、ね。セブルス」
「そうなんだ……―――えっ?」
「ほらほら早くっ!」
「……だ、だって僕なんかよりもリリーの方が綺麗な字を書けるじゃないか!」
「あら、私の字はお世辞にも綺麗じゃないわよ。それに上手い下手じゃないわ、私がセブの字が好きだから書いて欲しいの」
「そっ…そんな……」
「ほら、いいから早く!」
「っ、リリーのわがまま……」
「ふふっ、わがままかしら?」
「わがまま、だよ……」

背中を押されるままにケーキの前に立つと小さなアイシングのペンを渡された。振り返れば近くに微笑むリリーの顔があってどきどきと心音が大きくなった。仕方無く、緊張に震える手でペンをしっかりと握り直して文字をチョコレートの板に綴っていく。普通に紙に書くように上手く書けなくて、どうしても滑らかとは言えない文字にしかならない。それでも背後から期待の眼差しを感じていては途中放棄することなど到底無理で、僕は何とか気力を振り絞って最後まで書き上げた。

「で……きた…」
「やだセブ、かわいい!」
「かっ」
「やっぱりセブに頼んで良かったわ!あぁかわいい!」
「……かわいくない……」
「えっ?なぁに?」
「……別に」

きゃらきゃらと嬉しそうにケーキを見詰めて笑うリリーに反論など出来なくて、僕はちいさく嘆息して板チョコを眺めた。ガタガタで目を凝らしてようやく読めるような、寧ろ下手すれば読めないようなこんな字のどこをどう見ればかわいいなどと言えるのか僕には全く分からなかったけれど、かわいくない彼女が喜んでいるのでもうそんなことはどうでも良かった。ただ今はリリーの眩しい笑顔だけで幸せだから。

「ねぇセブ、このケーキはママ達が帰ってきてから食べましょうね。夕飯も食べていって」
「え、だけど……」
「今日はクリスマスなのよ?今日ぐらい遠慮なんかしないで」
「―――……うん」
「やったぁ!」
「……嬉しい、の…?」
「当たり前よっ」
「……そっか」
「あぁでも、やっぱり自分で最初から作りたかったわ」
「ケーキ?」
「えぇ。ママがスポンジは作ってくれたんだけど…だから私がしたのはスポンジのカットと生クリームの泡立てとトッピングくらい。ママったらお節介よ」
「でも、オーブンはまだ僕らだけじゃ危ないし……」
「……分かってるわ。だけど」

不満そうに頬を膨らませた彼女はひどく幼くて、微笑ましい気持ちになったけど歯痒い気持ちはすごくよく分かった。

「ねぇ、リリー」
「えっ?」
「あと2年したら――2年後のクリスマスは僕たちが自分でクリスマスケーキを作らない?」
「……え……」
「あ、えっと、もちろん、君が嫌じゃなければ―――というかその時もまだ僕と交友関係にあったら、なんだけど、その」
「もちろんっ…!」
「え、」
「いいに決まってるじゃない!あぁセブ、なんて素敵な提案なの…約束よ!絶対だから!」
「へ、あっ、リリー待っ」
「絶対、ぜーったいだから!」

止める間もなく捲し立てられた僕は再びリリーに飛び付かれることになり―――なんとか受け止めたものの、ぎゅうっと抱き着かれて混乱するやら赤面するやらでもうわけが分からなくなってそれからリリーの家族が帰宅するまでの記憶はすっかり飛んでしまっていた。


(果たされなかった契り)



end.




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