聖夜のかみさまへ

※クリスマス


いつも以上に豪勢で煌びやかな料理が並ぶ今日はクリスマスである。だからといって僕の中で何かしらの変化が生じるわけではなく、僕にとってはただ寒い真冬の1日でしかなかった。

聖歌や鈴の音が響き渡る賑やかな大広間から逃げるように抜け出してきた僕は特に行き場もなく、ふらふらしていた。少しでも早く談話室に戻りたいところだが、血みどろ男爵がゴースト仲間とクリスマスパーティの真っ最中な可能性が大いにあったし、居たとしても追い返される可能性があった。行き場を失った僕は図書館へ向かおうとしたが、やっぱり追い返される気がしてやめた。

クリスマスというイベントが嫌いなわけではない。熱心なキリスト教徒ではないが。だからといって好きというには程遠い。その最大の理由はリリーが居ないからだ。クリスマス休暇は決まって帰省して暖かな家族の元で過ごすのがエバンス家らしい。どうやら普通の家族もそうらしいが、僕は普通の家族というものを知らない。何よりも幸せに遠い僕の人生の中で他人の『普通』なんてものは何の役にも立たない。だから遠ざけてきた。なのに、彼女の居ないクリスマスはこんなにも静かで、寂しい。彼女の優しさという名のぬるま湯に浸かりきった僕にとって、それはひどく残酷な事実だった。リリーが居ない、それだけで僕はこんなにも弱りきっている。

「………無様なものだな」

自嘲を吐き出して冷たい石畳の床を蹴る。八つ当たりをするにはあまりにも手応えのない相手だった。暖かな大広間から飛び出した身体はすっかり芯まで冷えきって寒い。どうしてこうなることを考慮してローブを羽織ってこなかったのかと後悔しても遅い。虚しい気持ちで俯くと気持ちに拍車が掛かって更に重くなった。

「スニベリー」

忌む名前で呼ばれ、はっとして顔を上げると嬉しそうに微笑むくしゃくしゃ髪に眼鏡の男が居た。紛れもなく、そいつはジェームズ・ポッターだった。

「………ポッター」
「やだなぁ、名前で呼んでよ」
「じゃあお前もその名で呼ぶのをやめろ。不愉快だ」
「あぁごめん、嫌だった?」
「当たり前だろう」
「僕は可愛いと思うんだけどなぁ、スニベリーって。まぁもちろん、セブルスはどんな呼び名でも可愛いんだけどね」
「黙れ」
「あはは、ひどいなぁ」

へらへらと笑うジェームズは少し寒そうに指先をセーターの袖から覗かせていて、そういえば彼はどうしてここに居るのかと思い至った。

「どうしてここに居るんだって顔してるね、セブルス」
「…クリスマスパーティを満喫しないのか?お前が」
「うーんそうだねぇ、パーティは楽しいけれど、あんまり気分じゃなかったっていうか。それに君が大広間を抜け出しているのが見えたから」
「………別にお前が抜け出してくる必要はないだろう」
「まぁ、それはそうだけどさ」

息を吐いて、近付いてきたジェームズがそっと寄り添ってくる。勝手に触るなと言いかけたが、見上げた彼の顔がどこかいつもと違った色を孕んでいて―――哀愁や憂鬱に近いものを感じて、閉口した。彼がこんな表情を浮かべる時は珍しいし、それに嫌いではなかった。

「ねぇ、スニベリー」
「……何だ」
「抱き締めても、いい?」
「―――……」
「…嫌だったらいいけど」
「……その聞き方は、反則じゃないのか」
「はは、そうかなぁ」
「…反則、だ」

呟くとそっと腕が伸びてきて身体を引き寄せられ、ふわりと抱き締められた。ほんのりと香る甘い香りはチョコレートケーキのものだろうか。冷えきった身体が彼の体温でじんわりと暖まる。低体温の僕からすれば彼の体温はひどく暖かかった。

「……ジェー、ムズ」
「んー?」
「お前も、寂寥感を感じることはあるのか…?」
「そりゃあ、あるよ」
「……そうか」
「ていうかセブ、わざわざ回りくどく言わなくても」
「いや、貴様に通じるか試してみただけだ」
「なっ…試すなんて酷いよ!」
「うるさい」
「………」

黙り込んだ彼から不服そうな気配が伝わってきて忍び笑う。いつもと真逆な立場がひどく愉快だった。悪戯に彼の背中に手を回してみると、僅かに肩が跳ねたので面白い。もっとからかってやろうと腕に力を込めようとしたらぎゅっと強く抱きすくめられて思わずびくりとした。何をすると叫べばセブが調子に乗るからだよと揶揄する声が降ってきて悔しさに唇を噛んだ。逆に遊ばれたのだと気が付いて無性に腹が立った。

「ばか、離せっ!」
「折角セブが積極的になってくれたのに、やだよ」
「なってない!」
「強情だなぁ…もう、」

小さな溜息が聞こえたと思えば顎を捉えられてくい、と持ち上げられた。そして唇に軽い衝撃。口づけられたのだと気付くまでに3秒。ぱちぱちと目を瞬くと、柔らかく微笑まれて息を呑んだ。普段のふざけた笑みとはまた違う、見たこともないほど柔和なそれに息が詰まるほどに鼓動が早まった。寒いはずなのに、じわりと込み上げる熱で顔がひどく熱くて。

「セブ、真っ赤だよ」
「っ、いま、お前、キッ…!」
「嫌だった?でも謝らないよ」

何を言うんだと睨み上げると優しく笑いかけられた。

「だって君が、そんなに可愛い顔をするのが悪いんだから」

人の唇をやすやすと奪っておいて、そんな理不尽な理由があってたまるか。大体、そんな甘ったるい台詞で僕が騙されると思うな。僕はお前なんか好きじゃない。寧ろ嫌いなんだ。憎いほど大嫌いなんだ。

いつもなら喉元までせり上がってくる、ひどい時には吐き出してしまうはずの言葉が何故だか意識に浮かんでこない。これがクリスマスの魔力なのか。聖夜というものはこんな幻惑魔法を孕んでいたのか。


×


神様というものが実在したのならば昏倒するだろう混乱だらけの僕の思考は彼の手のひらが頬を包み込むように触れたことで中断された。最早、彼の手のひらが熱いのか僕の頬が熱いのか分からない。思考を遮られた頭では何を考えることも困難を極めていて、僕は思考を放棄して彼に唇を委ねたのだった。


(あなたが憎くてたまらない)



end.




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