ネビル・ロングボトムはお世辞にも頭がいいとは言えない生徒だった。
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記憶力は良くないし、不器用で要領も悪く、そのせいで失敗は日常茶飯事だった。今日だって1限目のスネイプの魔法薬学の授業でリコリスと木天蓼を細かく刻んですり鉢で潰して鍋に加えるだけの作業の何処をどう失敗したのか、深い緑色になるはずだったネビルの液体は真っ赤になった。冷ややかな視線のスネイプに20点もの減点を食らったネビルは、授業後の後片付けを命じられたせいで、危うくその次の変身術の授業に遅れてしまうところだった。
「やぁネビル、元気かい?」
「あ……ハリー」
午後の授業を終えて、中庭のベンチに項垂れるように座って橙色の夕日をぼうっと眺めていたネビルは、不意に声を掛けられて我に返った。声を掛けてきたのは柔らかな笑みを浮かべたハリー・ポッターだった。胸には魔法史の教科書と羊皮紙を抱いている。
「今日は散々だったね」
気遣うようにハリーはそう言ってネビルの表情を窺うように顔を覗き込んできた。生き残った男の子、勇猛果敢なハリー・ポッターはネビルの少ない友人の一人で、血筋や家柄、寮の違いを気にすることのない優しい心の持ち主だ。誰に対しても分け隔てなく振る舞うハリーはいつだってネビルの憧れだった。そしてハリーは例外無く、ネビルにも優しい。今日の後片付けを命じられた時だって、スネイプにバレないように手助けを申し出てくれた。もちろん、丁重に断ったが。
「あー…うん、でも、僕がいけないんだ。ぼくがミスをしなきゃ、グリフィンドールが減点されることも無かったし、後片付けを命令されることもなかったんだから…」
尻すぼみになりながらネビルが呟くと、ハリーは少し困ったように眉根を寄せて、それから軽くネビルの肩を叩いた。
「小さなミスは誰にだってあるよ、ネビル。あんまり深く思い詰めちゃ駄目だ」
励ますようなハリーの言葉にネビルは僅かに笑みを浮かべた。ありがとうと小さく零すと、ハリーも安堵したように微笑んだ。
「ハリー!どこなの、ハリー!」
廊下から呼ぶ声にハリーが振り返ると、ハーマイオニー・グレンジャーがキョロキョロと周囲を見渡してハリーを探していた。その彼女の後ろからロン・ウィーズリーが抱えきれないほどの大量の本と羊皮紙を抱えて息を切らして走ってくる。
「ハーマイ、オニー……待っ」
「ハリー!」
疲れ果てたロンの言葉を遮って、ハリーを見つけたハーマイオニーが声を上げた。
「ハリー、こんな所に居たのね。図書館でレポートをするんでしょう?」
「……今からレポート?」
ハーマイオニーの台詞にネビルが首を傾げると、ハリーは苦笑いで頷いた。
「あぁ、うん。ハーマイオニーが魔法史のレポートを手伝ってくれるっていうから今から図書館でやるんだよ。ネビル、君も来るかい?」
「あー………僕はいいよ」
「そう?」
「ハリーったら!」
「あぁごめんハーマイオニー、今行くよ!―――…じゃあね、ネビル。またあとで」
「あ、うん。またねハリー」
駆けていくハリーに手を振りながらネビルはその背中を見送った。走り寄っていったハリーはハーマイオニーに叱られ、その後ろでロンが抱えていた教科書が雪崩を起こして廊下の床に落とす。それを見て叱るどころじゃなくなったらしい慌てて拾い上げながらロンに謝り、ハリーとロンは苦笑しながら肩を竦めて手伝う―――なんだかんだで仲の良い三人を少しだけ羨ましく思いながら、ネビルは立ち上がって沈む寸前の真っ赤な夕日を眩しげに見上げながら僅かな笑みを浮かべたのだった。
「ごめんね、ハーマイオニー」
「もうハリー!早くしないと図書館が混んじゃうじゃない!」
「いや、みんなは夕食前に図書館に殺到したりしないよ……」
「いいから早く!」
「あ、ちょっ…ハーマイオニー」
「あっ」
「え?」
「…………」
「ああっ教科書が…!ごめんなさいロン、私ったら気付かなくて」
「あー…うん、いいよ別に…」
「……君はロンよりも教科書の心配をしてないかい…?」
「まぁ失礼な!ちゃんとロンの心配もしてるわよ!」
「…………うん、分かったから早く拾おうか。ロンの傷が悪化する前に」
「えっ、ロン、貴方怪我をしたの!?大丈夫!?」
「いやハーマイオニー、心の傷だから外傷は無いはずだよ……」
end.