幸福の証



僕は木陰でリリーと何気無い会話を交わしながら過ぎていく時間が大好きだ。木々のざわめきと小鳥たちの囀りは心地良い音となって耳に届き、風は緩やかに吹き抜けてリリーの綺麗な紅茶色の豊かな髪と僕の重たく脂っこい黒髪を揺らす。そして陽の光は木の葉たちの隙間から木漏れ日となって優しく降り注ぐ。全てがまるで僕たちを包み込んでくれているような錯覚を憶えるほどにひどく柔らかくて、それがたまらなく好きでたまらない。勿論、彼女と共に過ごせているという事実が一番僕を幸せな気分にさせているのだが。

「それでね、その女の子は悪い狼に食べられてしまうの!」

リリーは大げさに身体を揺らし、身振り手振りを付けながらマグルの寓話を話してくれる。とても楽しそうに語る彼女の笑顔が眩しくて、話なんか全然聞こえていなかったけれど、凛とした声が薄紅色の唇から紡がれるだけで僕は胸が高鳴って気持ちが高揚した。

「――…っていうお話なの!どう?セブ、とっても面白いお話でしょう?」
「あぁ、とても面白かったよ、リリー」
「わぁ、本当に?」
「もちろん、本当さ」
「嬉しいわ、私も大好きなの」

リリーが満面の笑みで至極嬉しそうに声を弾ませた。それは寓話に対しての賛辞であったのに、その寓話にさえもつい嫉妬を覚えそうになってしまう。彼女に大好きだなんて言われるだけで羨ましいのだ。

「ねぇセブ、他にもマグルのお伽噺はたくさんあるの。面白いものがいっぱい!」
「そうなんだ」
「えぇ!だからもし貴方さえ良ければまた私が「へぇ?僕に聞かせてくれるって?」

彼女の嬉しげな声を遮って頭上からにやついた声が降ってきてリリーはすぐに上をきっと睨み上げた。その先にはぼさぼさの髪の毛に眼鏡を掛けた男子生徒が木の幹に腰掛けて唇を歪めて笑っていた。顔をみるよりも先にそのいやらしい笑い方で僕はそいつがジェームズ・ポッターであると分かり、己の警戒レベルを一気に引き上げて奴を睨めつけた。

「……誰が貴方なんかに話すものですか」

リリーの声色が張りつめて重たくなった。それを聞いてポッターはおやおやとわざとらしく肩を竦めながら笑う。

「嫌だなぁリリー、何を怒っているんだ?あぁ、緊張しているのかな?」
「……冗談は性格だけにして」
「ちょっとリリー、それどういう「あら、そのままの意味だけど?学年トップの秀才の貴方が分からないなんて…意外だわ」

言い寄るポッターをばっさりと切り捨てるリリーの凛々しさには惚れ惚れするものがあった。軟派な男どもを磨き抜かれた毒舌で一刀両断する時こそ彼女は一番の美しさを見せる。そして流石のポッターも彼女には敵わないのだ。奴は歪めた唇の端をひくひくと震わせて苦笑いを浮かべた。

「………言うようになったね、君も」
「貴方のお陰よ、ジェームズ・ポッター」
「それはどういたしまして」

ポッターはひらりと幹から飛び降りると、彼女の横に着地して浮かべていた苦笑いを消して嘘みたいに爽やかな笑顔を作った。しかし今まで奴は一瞬たりとも僕を見ていない。まるで視界になど入っていないかのように。

「それよりもリリー、この間の話は考えてくれたよね?」
「……何の話だったかしら?」
「やだなぁ、またはぐらかすつもりかい?今度のホグズミート行き、僕と一緒に行こうって話だよ!」
「嫌よ」
「―――…どうしてだい?」

きっぱりと切り捨てるリリーの返事を聞いて、ポッターが榛色の瞳を眇めて聞き返す。その眼光はリリーではなく、その後ろの僕を鋭く射抜いていた。僕は今まで視界に入ってなかったんじゃなかったのかと半ば呆れる。

「……どうして?それこそどうして貴方なんかに理由を言わないといけないの?」
「それは僕が君のことを「リリー!」

その先を言わせてたまるかと奴の言葉を遮ると、ポッターは親の仇でも見るような目で僕を睨み付け、リリーは振り返り、僅かに驚いたように目を見張った。

「……セブ?」
「…………こんな奴は放っておいて、行こう」

ポッターの視線が痛かったが無視をしてリリーの手を掴み、歩き出す。末端冷え症らしい彼女の白魚のような指はひやりと冷たくて陶磁のように滑らかで、心臓がどきりと高鳴った。緊張で掌が汗ばんで彼女の手までも汚してしまうのが嫌で、必死に緊張を鎮めようと素面を装う。そこに背後からポッターの声が突き刺さるように聞こえてきた。

「おいスネイプ、リリーを何処に連れていくつもりだ?彼女は僕と話しているんだ」
「貴方と話してなんかっ…!」
「黙れポッター。お前には関係ない」
「へぇ、関係ない?何時から君は僕に対してそんな口が利けるようになったんだ?あんまり調子に乗るなよ」
「っ、うるさ「黙りなさい、ポッター」

僕の言葉をぴしゃりと遮ってリリーが言い放つと、途端にポッターは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になって閉口した。流石はリリー、本当に凛々しい。

「貴方がセブを貶めるのなら理由を教えてあげるわ。今度のホグズミート行きはセブと行くのよ。2人で」

あまりにも自然な口調で彼女が言ったので一瞬何を言ったのか分からなかった。

「り、リリー…!」

慌てて彼女のローブをくいくいと引くと、振り返ったリリーは晴れやかな笑顔を浮かべている。

「いいのよセブ、どうせ分かることなんだから今言ったところで大差無いでしょう」

首を傾げる彼女に、思わず頷きそうになったがぶんぶんと首を横に振る。そういう問題じゃなくて僕の心の準備の問題だ。

「ち、違うんだリリー、そうじゃなくて」
「?なぁに?」

不思議そうに緑色の瞳を丸くして尋ねてきたリリーに、しかし何も言い返せなくなった僕はちいさくやっぱり何でもないと尻すぼみになりながら呟いた。

「………リリー、」

不意に、ポッターが彼女を呼んだ。それにリリーが眉を顰めて振り向くと、ポッターは渋面を作って暫くの間僕を睨めつけていたが、再び彼女に視線を戻して重い溜息と共に口を開いた。

「くれぐれも、後悔しないように、と忠告しておくよ」
「あら、ご忠告痛み入るわ。でも結構よ、私が貴方よりもセブを選んだのは私自身の選択だもの。私は自分の選択に後悔なんてしないから」
「……そうか」
「えぇ、そうよ」

リリーが鷹揚に頷くと、ポッターは呆れたような参ったような表情で小さく息を吐いて背を向け、歩き出した。

「君自身の選択なら仕方ない」

そう、悔しげに零しながら。

「セブ!」

ポッターの背中が完全に丘の向こうに消え去ってから、リリーは勢いよく僕に飛び付いてきた。彼女の腕が首をぐいぐいと絞めるものだから、苦しくて仕方がない。

「り、リリー…くるし…っ…」

切れ切れに、だが精一杯の抗議を申し立てると、彼女は慌てて飛び退いてごめんなさいセブ、と呟いた。

「っ、けほ………どうしたの、リリー」
「い、いえ……その、なんだか嬉しくて…」
「……嬉しい…?」

ポッターを追い払うことなんて常なのに、そんなにも嬉しかったのだろうかと首を傾げると、リリーは花が綻ぶようにゆるく、ふわりと微笑んだ。

「きっとセブが考えていることじゃないわ。だけど、」

彼女は本当に嬉しそうに笑う。

「だけどねセブ、私にとってはすごくすごく嬉しくて大切なことなのよ」

そう言って、繋いだままになっていた手をぎゅっと握られて胸がきゅうっと締め付けられた。心臓がすごくどきどきして、身体が熱くて、苦しい。

「………君が嬉しいなら、僕も嬉しいよ」

きっと、見当外れであろう僕の言葉にもリリーは微笑んでこくりと頷いた。彼女がそうやって笑ってくれるだけで本当に嬉しくて嬉しくて。だから見当外れだったとしても構わないのだ。

今、彼女が傍で笑っている。
それだけで僕は幸福なのだから。


(それはあなたとのやくそく)



end.




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