「細い」
不機嫌な低い声が綺麗な唇から吐き出され、セブルスは顔を上げた。
「……不満か」
「―――」
肯定も否定もしないままで彼は濃灰色の瞳を眇めてセブルスの身体に触れた。シャツ1枚の薄い壁越しに感じる彼の掌は熱を持っていて、低体温の身体にはひどく熱く感じられた。
「……別に」
「遅い否定だな」
「うるせぇよスニベリー」
「……、」
その名前で呼ぶなと言いたかったが、何度言おうとも彼は改めてくれやしないとセブルスもよく分かっていたので無言の反論として恨みがましく睨み上げておいた。そんな視線はお構い無しに彼はセブルスの身体をまさぐる。ラインと肉付きを確かめるような触り方は嫌では無かったが、なんとなく複雑な気持ちになってきたので彼の手を掴んで静止の声を上げる。
「ブラック、やめろ」
濃灰色がセブルスを捉えてじっと見詰める。感情の読みにくいこの視線は若干苦手だが、決して嫌いではない。
「……お前が、細すぎるんだよ」
ぽつり、シリウスはそう呟いてセブルスを解放した。離れた熱が名残惜しくないと言えば嘘になる。つい、目でシリウスの手を追い掛けてしまって気まずい気分になる。女々しい自分に嫌気が差した。
「そんなに、僕は細いか」
「細い」
「即答しなくてもいいだろう」
「事実なんだよ。お前は細すぎる。もう痩せ細っていると言っても過言じゃねぇ」
「…………」
シリウスの言葉に、自分で胸と腹に手を這わせてみる。触れた手が冷たくて思わず身体を震わせた。
「ほら、細いだろ」
「……自分じゃ分からない」
「…………ったく、」
シリウスの手が伸びてきて、セブルスの髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。乱暴な手つきに憤慨すると、にやりと笑う表情に見下ろされて言葉に詰まった。無駄に色気を振り撒いて笑うなと、理不尽な文句が喉元までせり上がってきた。
「とにかくお前は細すぎる。何食ってたらそんなに痩せ細るんだよ。此処は普通の食事だろうが。好き嫌いしてんのか」
「誰が好き嫌いを「お前」
「……お前には言われたくない」
「はぁ?」
「貴様、生野菜が苦手だろう」
「なっ」
「ルーピンが言っていた」
「あ、いつ…ッ!」
「貴様は子供か」
「うちの馬鹿弟よりガリガリな奴には言われたくねーよ」
「……確かに細いな」
「あいつの場合は細いけど、最近は背が……」
「あぁ、伸びてきたな」
「―――……」
「兄としては抜かれそうで心配か?」
「だっ……誰がだよ!」
「しかし、意外にレギュラスのことを見ているんだな。嫌い嫌いと言う割には」
「っ、るせ!」
セブルスの言葉にシリウスは唇を尖らせてそっぽを向く。その行動があまりにも子供じみていて思わず笑みが零れた。学年一のハンサムお坊っちゃまの見掛けによらない中身の幼さに、始めはそのギャップに驚いたものだったが、今ではセブルスもすっかり慣れてしまっている。案外、ほだされているのかもしれないと思った。
「つーかさ、」
不意にシリウスが振り返ってセブルスの肩を掴む。
「お前が痩せ細ってると困るのは、抱き心地が悪いってことなんだよ」
ぎしりとベッドのスプリングが鳴いた、と思えばセブルスの身体はシーツに沈んだ。どうやら押し倒されたらしかった。
「…………知るか」
そんなことをさらりと真顔で言うなと、セブルスは心底シリウスを殴ってやりたかった。
(栄養を分けてあげる)
end.